無明の瑕
オートマグと謂えば、オートジャムと木霊するように返ってくるほどの悪評だが、その後にライセンスが転々としその中でマイナーチェンジを繰り返す事を止めて早々に後継機を輩出した。
その中での三代目のモデルがこのオートマグⅢだ。販売当初は初代のイメージからパッした業績を残せなかった。何回かのマイナーチェンジを繰り返した後に、次代のオートマグⅣが出現するのだが、初代で見せた野心的設計は何処にも無く、1911のメカニズムをコピーし、ロッキングシステムを変更したに留まった。
命中精度や火力以前にジャムを多発するトラブルからはとうとう逃げ切ることが出来ないままのシリーズとなる。
それは現行モデルのオートマグⅤに到ってようやく改善されて、日を見る。
美奈が所有するオートマグⅢも例外に漏れず反動と火力を愉しむ以外の実用としては疑問が残るモデルでありロットだった。
所有者である美奈の性格に反して鉄火場でしか本領を発揮しない怠け者であった。
サイティングやプラクティクスでは一定の確率で作動不良を起こしてしまう。
次回に違う銃に変えようと、今回の鉄火場を最後にするつもりで所持し、仕事で荒々しく扱うと、全くと言っていいほど欠陥銃の片鱗を見せない。
……即ち、作動不良で命の危険に晒された経験が無いのだ。
前後幅が広く握り難いグリップフィーリングは否めない。拳銃以上小銃以下の働きを期待されたが故に、強力で中途半端な実包となった.30カービンの反動はじゃじゃ馬そのもの。
だが、それだけだ。
不満はそれだけだった。
重さも長さもバランスも申し分無い。
単純計算で357マグナム以上の停止力を180mm先まで届ける事が出来る威力を秘めた弾薬を用いるのだ。反動が大きくて当たり前。
弾薬のデザイン上、グリップが握り難くくて当たり前。
満足のいく殺傷力を存分に発揮してくれる。
問題だったのは、人間の命を吹き消す動作以外では、前評判通りの少々残念なハンドガンだったというだけだ。
故に、手放す機会を失っている。
手放す理由は幾らでもある。手放す機会は幾らでもあったはずだ。……だが、この銃の話題が脳内に浮上しないのだ。
抽斗を開けてみて、ふと思い出してしまう。
この銃が鎮座している姿を見てから、またも手放せなかったという事実を思い出す。
文句と注文と苦言をぶつけたい相棒。
それが彼女のオートマグⅢ。
実際の所のオートマグⅢは最終的に欧米ではハンターのサイドアームとして一応の成功を収めた。
あながち、全てのロットがオートジャムの血脈を受け継いでいるとは一概に言えない。
悩ましかったのは初期ロットの……問題が散見されたはずの彼女のオートマグⅢが射撃練習で作動不良を見せ、実戦で快調に作動する不思議な現象だけが悩みの種だった。
ハンドガンケースには弾倉が2本。
ここに有る以外にも、弾薬とクリーニングキットと同じく充分な弾倉も別の場所に保管されている。
これはあくまで、仕事用の拳銃だ。
本命の護身用拳銃はデスクの裏にガムテープで貼り付けられている。尤も、その拳銃……327フェデラルマグナム6連発のルガーLCRが実際に使用される事態だけは絶対に避けねばならない。
クリーニングが充分に行き届き、グリスも吹き付けられたオートマグⅢの無機質そのものの肌を撫でると、本体の弾倉と2本の予備弾倉に20発1パックのブリスターパックの30カービン弾を押し込める。
弾頭はフルメタルジャケット。ハイベロシティにモノを言わせた力押しの弾頭。
バイタルゾーンに命中すれば無力化を通り越して死に到る。
戦闘力の簒奪という生易しい思想は無い。
相手は小型の熊を想定した弾薬だ。獣の皮革を突き破って逞しい生命力を黙らせる。そんな凶暴な弾頭が人間の心臓や咽頭、頭部に命中すればどうなるのか想像が逞しくなくとも安易に予想できる。
美奈の性格からして、標的は逃がしたくないのだ。
当てるのなら一発で楽にさせてやりたい。
銃口が恐ろしく跳ね上がる大口径マグナムでは次の標的に銃口を振るとロスが大きくなる。銃口が大きく跳ねると『サイトから標的が消えてしまう』のだ。故に、一発で仕留めたい。
愉しいとも悲しいとも退屈とも思えない表情で黙々と実包を詰めていく。
火が消えて久しいダッチマスターコロナデラックスを銜え、アーマーモデルのジッポーで火を点ける。
ニコチンの定着により味が不味く変わった葉巻に眉を顰めてスキットルの国産ブレンドウイスキーで舌を洗う。
窓の外はとうの昔に日没を迎えていたのに繁華街の毒々しい明るさで空が舐められていた。
※ ※ ※
深夜。仕事に入る。
車は盗難車を偽造ナンバーで欺瞞したモノ。
それをブローカーから買って何台かを契約ガレージに停めてある。
白のカーロラフィールダー。何処にでも有る車ゆえの強み。普通に街を流していても誰も不審に思わない。
覆面パトカーの追尾も無し。交通整備の警官の興味も惹かない。法定速度で走る。国道を道なりに走り、途中の交差点で折れて平野部を突っ切る。
山の麓の高級住宅地を目指している。
ここまでは順調。
殺し屋に限らず、この業界の界隈には司直に密告して糊口を凌ぐ輩も存在すると聞く。
元警察官が探偵稼業と兼業で生業にしているらしい。注意は必要だ。後ろ暗い人間を刈り取るのは司法の犬だけとは限らない。
夜道。一般道。人通りは少ない。深夜2時を経過。
まだまだコートが手放せない。今冬は天候が安定せずに毎日のように天気予報が変動した。
3月に入ったというのに、真冬に逆戻りのような寒さ。エアコンの出力を上げる。
ウインドウを流れる夜景。
まだ顔を隠すためのバラクラバは被らない。疎らとはいえ対向車と出会う機会がある。バラクラバを被った姿は異様に映るに違いないからだ。
やがて、目的地に到達。
ハンドルを握ってから1時間ほどの道程だった。
これが仕事で無かったらスキットルを呷りつつ、遠くに臨む港湾部の夜景を眺めながら夜のドライブを堪能したかった。……軽口の一つ叩ける相棒が欲しいが生憎、1人分の給料でもピーピーと鳴いている身分だ。今は、物言わぬ左懐の鉄の相棒で我慢だ。
盗難された中古車とはいえ、オーバーホールは完璧な車格。
申し分ない足回りを見せて法定速度の時速50km以下で走る。
彼女自身はこの速度での振動や排気音が何故か好きだ。理由は解らない。
突き抜けるモノや力強さも感じない普通の、在り来たりな、いつもの何かに惹かれる。
スキットルを3口も舐めていれば、ふざけて盗難車に愛の言葉を囁いていたかもしれない。
「…………」
脳内の地図、展開。
同時に目標の潜む建物内部の見取り図も展開。
標的は自分が今夜殺される事を勿論、知らない。
情報屋がダブルスパイでもない限り今夜、確実に標的は殺される。
暴力団幹部。いつものシマ絡みの揉め事だ。鉄砲玉にカチコミをさせるより殺し屋を雇った方が安くて早い案件。
すなわち、警護の人員も少ない。
重要人物や要注意人物なのではなくて、情報が漏洩されていない証拠とも言える。
脳内に展開された図面はカーナビより確実だ。
寝静まった高級住宅街。弾倉1本も消費しないで速やかに終わる事を願う。
高級住宅街と銘打たれて販売されているが、まだ更地で分譲地の看板が出ている物件も3割ほど見受けられる。
その空き地には駐車しない。開けた場所に深夜に車が停まると何も知らぬ人間が見ても目立つのでそれを避ける。
標的の潜む邸宅の50m手前で停車させて、足早に歩きながら黒いバラクラバを被る。伸ばしたままの髪が邪魔だ。今度、暇を見てカットしに行こう。
その中での三代目のモデルがこのオートマグⅢだ。販売当初は初代のイメージからパッした業績を残せなかった。何回かのマイナーチェンジを繰り返した後に、次代のオートマグⅣが出現するのだが、初代で見せた野心的設計は何処にも無く、1911のメカニズムをコピーし、ロッキングシステムを変更したに留まった。
命中精度や火力以前にジャムを多発するトラブルからはとうとう逃げ切ることが出来ないままのシリーズとなる。
それは現行モデルのオートマグⅤに到ってようやく改善されて、日を見る。
美奈が所有するオートマグⅢも例外に漏れず反動と火力を愉しむ以外の実用としては疑問が残るモデルでありロットだった。
所有者である美奈の性格に反して鉄火場でしか本領を発揮しない怠け者であった。
サイティングやプラクティクスでは一定の確率で作動不良を起こしてしまう。
次回に違う銃に変えようと、今回の鉄火場を最後にするつもりで所持し、仕事で荒々しく扱うと、全くと言っていいほど欠陥銃の片鱗を見せない。
……即ち、作動不良で命の危険に晒された経験が無いのだ。
前後幅が広く握り難いグリップフィーリングは否めない。拳銃以上小銃以下の働きを期待されたが故に、強力で中途半端な実包となった.30カービンの反動はじゃじゃ馬そのもの。
だが、それだけだ。
不満はそれだけだった。
重さも長さもバランスも申し分無い。
単純計算で357マグナム以上の停止力を180mm先まで届ける事が出来る威力を秘めた弾薬を用いるのだ。反動が大きくて当たり前。
弾薬のデザイン上、グリップが握り難くくて当たり前。
満足のいく殺傷力を存分に発揮してくれる。
問題だったのは、人間の命を吹き消す動作以外では、前評判通りの少々残念なハンドガンだったというだけだ。
故に、手放す機会を失っている。
手放す理由は幾らでもある。手放す機会は幾らでもあったはずだ。……だが、この銃の話題が脳内に浮上しないのだ。
抽斗を開けてみて、ふと思い出してしまう。
この銃が鎮座している姿を見てから、またも手放せなかったという事実を思い出す。
文句と注文と苦言をぶつけたい相棒。
それが彼女のオートマグⅢ。
実際の所のオートマグⅢは最終的に欧米ではハンターのサイドアームとして一応の成功を収めた。
あながち、全てのロットがオートジャムの血脈を受け継いでいるとは一概に言えない。
悩ましかったのは初期ロットの……問題が散見されたはずの彼女のオートマグⅢが射撃練習で作動不良を見せ、実戦で快調に作動する不思議な現象だけが悩みの種だった。
ハンドガンケースには弾倉が2本。
ここに有る以外にも、弾薬とクリーニングキットと同じく充分な弾倉も別の場所に保管されている。
これはあくまで、仕事用の拳銃だ。
本命の護身用拳銃はデスクの裏にガムテープで貼り付けられている。尤も、その拳銃……327フェデラルマグナム6連発のルガーLCRが実際に使用される事態だけは絶対に避けねばならない。
クリーニングが充分に行き届き、グリスも吹き付けられたオートマグⅢの無機質そのものの肌を撫でると、本体の弾倉と2本の予備弾倉に20発1パックのブリスターパックの30カービン弾を押し込める。
弾頭はフルメタルジャケット。ハイベロシティにモノを言わせた力押しの弾頭。
バイタルゾーンに命中すれば無力化を通り越して死に到る。
戦闘力の簒奪という生易しい思想は無い。
相手は小型の熊を想定した弾薬だ。獣の皮革を突き破って逞しい生命力を黙らせる。そんな凶暴な弾頭が人間の心臓や咽頭、頭部に命中すればどうなるのか想像が逞しくなくとも安易に予想できる。
美奈の性格からして、標的は逃がしたくないのだ。
当てるのなら一発で楽にさせてやりたい。
銃口が恐ろしく跳ね上がる大口径マグナムでは次の標的に銃口を振るとロスが大きくなる。銃口が大きく跳ねると『サイトから標的が消えてしまう』のだ。故に、一発で仕留めたい。
愉しいとも悲しいとも退屈とも思えない表情で黙々と実包を詰めていく。
火が消えて久しいダッチマスターコロナデラックスを銜え、アーマーモデルのジッポーで火を点ける。
ニコチンの定着により味が不味く変わった葉巻に眉を顰めてスキットルの国産ブレンドウイスキーで舌を洗う。
窓の外はとうの昔に日没を迎えていたのに繁華街の毒々しい明るさで空が舐められていた。
※ ※ ※
深夜。仕事に入る。
車は盗難車を偽造ナンバーで欺瞞したモノ。
それをブローカーから買って何台かを契約ガレージに停めてある。
白のカーロラフィールダー。何処にでも有る車ゆえの強み。普通に街を流していても誰も不審に思わない。
覆面パトカーの追尾も無し。交通整備の警官の興味も惹かない。法定速度で走る。国道を道なりに走り、途中の交差点で折れて平野部を突っ切る。
山の麓の高級住宅地を目指している。
ここまでは順調。
殺し屋に限らず、この業界の界隈には司直に密告して糊口を凌ぐ輩も存在すると聞く。
元警察官が探偵稼業と兼業で生業にしているらしい。注意は必要だ。後ろ暗い人間を刈り取るのは司法の犬だけとは限らない。
夜道。一般道。人通りは少ない。深夜2時を経過。
まだまだコートが手放せない。今冬は天候が安定せずに毎日のように天気予報が変動した。
3月に入ったというのに、真冬に逆戻りのような寒さ。エアコンの出力を上げる。
ウインドウを流れる夜景。
まだ顔を隠すためのバラクラバは被らない。疎らとはいえ対向車と出会う機会がある。バラクラバを被った姿は異様に映るに違いないからだ。
やがて、目的地に到達。
ハンドルを握ってから1時間ほどの道程だった。
これが仕事で無かったらスキットルを呷りつつ、遠くに臨む港湾部の夜景を眺めながら夜のドライブを堪能したかった。……軽口の一つ叩ける相棒が欲しいが生憎、1人分の給料でもピーピーと鳴いている身分だ。今は、物言わぬ左懐の鉄の相棒で我慢だ。
盗難された中古車とはいえ、オーバーホールは完璧な車格。
申し分ない足回りを見せて法定速度の時速50km以下で走る。
彼女自身はこの速度での振動や排気音が何故か好きだ。理由は解らない。
突き抜けるモノや力強さも感じない普通の、在り来たりな、いつもの何かに惹かれる。
スキットルを3口も舐めていれば、ふざけて盗難車に愛の言葉を囁いていたかもしれない。
「…………」
脳内の地図、展開。
同時に目標の潜む建物内部の見取り図も展開。
標的は自分が今夜殺される事を勿論、知らない。
情報屋がダブルスパイでもない限り今夜、確実に標的は殺される。
暴力団幹部。いつものシマ絡みの揉め事だ。鉄砲玉にカチコミをさせるより殺し屋を雇った方が安くて早い案件。
すなわち、警護の人員も少ない。
重要人物や要注意人物なのではなくて、情報が漏洩されていない証拠とも言える。
脳内に展開された図面はカーナビより確実だ。
寝静まった高級住宅街。弾倉1本も消費しないで速やかに終わる事を願う。
高級住宅街と銘打たれて販売されているが、まだ更地で分譲地の看板が出ている物件も3割ほど見受けられる。
その空き地には駐車しない。開けた場所に深夜に車が停まると何も知らぬ人間が見ても目立つのでそれを避ける。
標的の潜む邸宅の50m手前で停車させて、足早に歩きながら黒いバラクラバを被る。伸ばしたままの髪が邪魔だ。今度、暇を見てカットしに行こう。