無明の瑕
一気に体が軽くなる。『進め』と体に命令していない。
ヒタリと全身に伝う冷たさは、内臓を舐めたかのような錯覚を覚えさせる。
「…………」
「…………」
沈黙。1秒。
美奈の体は……上半身の右斜め下から左肩に掛けてゆっくりとスライドし、『ずれていく』。
『彼女の胴体の断面が露出する頃』に、彼女の右手に握られたオートマグⅢは脊髄反射的に引き金を引く。
筋肉繊維の一瞬の緊張から発生した強張り。
その緊張は漸く右手の指先を動かし、返り血すら浴びていない見事な斬撃を繰り出して残心する高市の左胸部……『心臓のど真ん中に30カービンの弾頭は命中した』。
彼我の距離、70cm。
これもまた美奈にとって懐かしい距離だった。
そして美奈は懐かしいという感情に思いを馳せる事は無かった。
自分の上半身の胴体が、斜めに切断されて、下半身と繋ぎようの無い状態になったまま地面にボトリと落ちる。……遅れて下半身が地面に崩れる。
美奈の精気を失った双眸は曇り空を睨んだまま瞬きをする事は無かった。
泣き別れになった自らの切断面から零れ落ちる臓物の海に彼女は沈む。
屠殺場で腑分けされたように脈動を止めたた赤い臓物が彼女を美しく穢す。
あの夜と同じく、オートマグⅢがジャムを起した感触が右掌から伝わったが、それを分析する事は二度と無い。
彼女の生命の灯火が消えるまでの数秒間。
美奈は走馬灯の中で、これから未来に起こりえたであろう、娘との明るく温かい抱擁を見ながら、絶命した。
静かに、静かに、実に静寂に包まれた世界の中で彼女の生命は今生から消え去った。
一度は膝をついた高市。
気力を振り絞って立ち上がる。
勝利の余りに、雄叫びを挙げる自分の姿を想い描いたまま……絶命した。
心臓への30口径の被弾が直接の死因だ
曇り空。誰にも看取られる事の無い二つの死。
彼と彼女は誰の為に何の為に……何故そこまでして命を賭けたのか誰も知らないまま亡骸となった。
後日、美津乃は容態が急変し、美奈の親族を探すのに多忙を極めていた捜査関係者を戸惑わせたが、それは病院の駐車場での死闘とは直接関係の無い件として処理された。
《無明の瑕・了》
ヒタリと全身に伝う冷たさは、内臓を舐めたかのような錯覚を覚えさせる。
「…………」
「…………」
沈黙。1秒。
美奈の体は……上半身の右斜め下から左肩に掛けてゆっくりとスライドし、『ずれていく』。
『彼女の胴体の断面が露出する頃』に、彼女の右手に握られたオートマグⅢは脊髄反射的に引き金を引く。
筋肉繊維の一瞬の緊張から発生した強張り。
その緊張は漸く右手の指先を動かし、返り血すら浴びていない見事な斬撃を繰り出して残心する高市の左胸部……『心臓のど真ん中に30カービンの弾頭は命中した』。
彼我の距離、70cm。
これもまた美奈にとって懐かしい距離だった。
そして美奈は懐かしいという感情に思いを馳せる事は無かった。
自分の上半身の胴体が、斜めに切断されて、下半身と繋ぎようの無い状態になったまま地面にボトリと落ちる。……遅れて下半身が地面に崩れる。
美奈の精気を失った双眸は曇り空を睨んだまま瞬きをする事は無かった。
泣き別れになった自らの切断面から零れ落ちる臓物の海に彼女は沈む。
屠殺場で腑分けされたように脈動を止めたた赤い臓物が彼女を美しく穢す。
あの夜と同じく、オートマグⅢがジャムを起した感触が右掌から伝わったが、それを分析する事は二度と無い。
彼女の生命の灯火が消えるまでの数秒間。
美奈は走馬灯の中で、これから未来に起こりえたであろう、娘との明るく温かい抱擁を見ながら、絶命した。
静かに、静かに、実に静寂に包まれた世界の中で彼女の生命は今生から消え去った。
一度は膝をついた高市。
気力を振り絞って立ち上がる。
勝利の余りに、雄叫びを挙げる自分の姿を想い描いたまま……絶命した。
心臓への30口径の被弾が直接の死因だ
曇り空。誰にも看取られる事の無い二つの死。
彼と彼女は誰の為に何の為に……何故そこまでして命を賭けたのか誰も知らないまま亡骸となった。
後日、美津乃は容態が急変し、美奈の親族を探すのに多忙を極めていた捜査関係者を戸惑わせたが、それは病院の駐車場での死闘とは直接関係の無い件として処理された。
《無明の瑕・了》
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