人を喰う噺
黒いパーカー。灰色のカーゴパンツ。黒いバラクラバ。
なけなしの胸ではあるが、レズビアン専門店で購入したナベシャツ――胸を締め付けて平らに見せる矯正下着のように締め付けるシャツ――で胸の膨らみを押さえる。
パーカーの下に一昔前に流行った盛り上がりを見せるための、見えないファッションとしての肩パッドを縫い付けてある。
腹回りをバスタオルで巻いてサラシで押さえる。
こうすればかなり体格の印象が違う。
彼女の顔を知らぬ者は、背丈と肩幅だけで早職を割り出すのは少し難しいだろう。
その姿のまま、酒類配送業者がカーゴを押し、裏口の業者用搬入口から業者が出てきたのを見計らい、ドアが閉まる前に滑り込む。
その姿はあたかも人の姿をなした黒い影が残像を残して……。
人間に追い立てられるゴキブリのように、素早く細かく走り回り最短ルートを駆け抜ける。
次々と脳内の地図が更新されていく。
あらかじめ、このクラブの建物全体の見取り図は頭に叩き込んである。
消防法を無視して大量の荷物を置いた防火壁や荷物を高く積みすぎてスプリンクラーが万が一に用をなさないのも、視野に捉えて脳内の地図に書き込んでいく。
裏口を警戒する要員は見当たらない。
搬送専門の業者と何人か擦れ違う程度だが、誰も彼も我関せずという顔で無視してくれる。
誰も好んでとばっちりを受ける真似はしたくない。
まだ銃は抜かない。
フルサイズマガジンを叩き込んだFNブローニングBDACはまだ抜かない。無用な音は立てたくない。
フロアに続くドアを開ける。
いくつか防犯カメラに姿が写ったはずだが、それは無視だ。姿を確認されることを留意して体形に細工しているのだ。
ドアの前2m。そこで不意にドアが開く。目が、その向こうからやってくる数を数えた。2人。後ろ腰に右手を廻してタクティカルナイフ――エマーソン・コマンダー――を引き抜き、ブレードを展開する。
ドアの向こうより、何かを卑下した笑いで会話しながら無警戒でこちらにやってくる2人の黒服に向かってエマーソンのナイフを放り投げた。
スローイングではない。
手渡すようなモーションで放り投げた。
男2人の表情は笑いから引き攣った笑顔に張り替えたように変化したが、感情の変化と不意を衝かれたことで咄嗟の判断ができずに、水の入ったガラスコップでも放り投げられたような反応で、放物線を描いて自分達に向かって軽く投げられたタクティカルナイフをおっかなびっくりに受け止めた。
完全に2人の黒服の意識は分断された。
放り投げられたナイフ。目の前の闖入者。
どちらにどのように反応していいのか解らない、瞬き数回分の時間の間に早職の左手は左腰からフルサイズマガジンを取り出してその勢いのまま、左手側に立つ男の喉仏にマガジン底部を叩きつけて気を遠退かせる。
打撃はやや浅い。直ぐに回復するだろう。
その前に、右手側の男――ナイフを受け取った男――の膨らむ左脇に手を差し込んで拳銃を奪う。
スリのような滑らかな手つき。
ショルダーホルスターは近接されると、グリップ底部を相手に向けている都合上、相手に奪われやすいのが難点だ。
その拳銃……在りきたりな1911。セフティを解除して左掌でスライドを引く。薬室から実包が弾き出される。コンディション2で待機していたらしい。
相手の顔面を殴り飛ばせる距離でモザンビークドリル。
充分に脇を締めて肘を引き発砲。
胸部に2発。頭部に1発。
左掌で顔を覆い、指の隙間から相手の頭部に射入孔が開くのを確認する。
続けて、喉を痛そうに押さえる隣の男――慌てふためきながら拳銃を抜こうと左脇に手を差し込んだ――の頚部と胸部に1発ずつ銃弾を叩き込む。
顔面にかざしていた左掌に血煙と火薬の滓が付着。
僅かな動作だが、左掌をかざしていなければ視界をこれらによって、塞がれ、最悪の場合は視力を失う。
シューティンググラスでは駄目だ。射撃場に来たのではない。血煙がこびり付くグラスを拭いている時間はない。
汚れた手を男の白いYシャツで拭く。ナイフを拾いドアの向こうに歩みを進める。
ドアの向こうは控え室前の廊下だ。
先ほどのフロアと違ってコンクリの打ちっぱなしではない。
ここまで銃声は聞こえていないのか、静かなものだ。
右半身でタクティカルナイフを構え、サムレストを軽く押さえる。
いつでも力を込め易く準備する。このスタイルだといつでもナイフを投擲するモーションにも移りやすい。
先ほどのドアと壁の厚さの数値を脳内の図面から読み取る。
裏方の騒音が聞こえないように防音パッキンを噛ませてあるし、音を遮断する壁材を使っているので銃声は漏れない……流石にドア一枚向こうのこのフロアではそれは通用しないだろう。
一直線の廊下。幾つかのドアが等間隔で並ぶ。
そのドアの一つが開き、何も知らぬ顔の若い黒服が無警戒に横顔を出す。目前4m。
空かさず、右手のタクティカルナイフを左肩に片手首で担ぐように構えて素早く手首のスナップを利かせて大きく振る。
指の間から白銀を描いて離れたナイフは、やっと何かの気配に気がついた顔の黒服の頚部に深く突き刺さり、悲鳴や断末魔を挙げることなく……自分の身に何が起きたのかも理解出来ずに『立ちつくす』。
自分が致命的負傷を与えられた事実を、頸に突き刺さったナイフの冷たさから理解したのか、目を剥き、悲鳴を挙げるような大きな口の開き、声を発することなく、前のめりに倒れる。
部屋の中からは騒ぐ声は聞こえない。
気配も感じない。大股で足早に進む。
まだ息の根がある若い黒服は頚部のナイフを押さえたまま目を血走らせて大きく引ん剥き、襲撃者である早職に表情で助けを請う。
痛みと冷たさと頚部の異物感でパニックを起こして、声も出ない状態だ。
早職はそんな青年に構わずタクティカルナイフを一旦押し込んで頚部の奥に有る生命活動に必要な部位を破壊して体を半身にして引き抜く。
最近のタクティカルナイフは優秀なデザインだ。緊張した筋肉繊維が絡み付いていても引き抜きやすいデザインと脂と肉が巻き付かない加工が施されている。
大動脈から血がピュッと吹き出た後は、みるみるうちに大きな血の池が広がり、その中で断末魔の痙攣を始める。若い黒服が絶命する頃には早職は15歩先を歩いていた。
角。左に折れる角。人の気配。角より3歩下がった位置で静かに立ち止まり、気配を分析する。
分析中に更に情報を拾うために、リップミラーで角の向こうを視認する。……その角の向こうの気配の登場は早かった。
3人の黒服。何れも三下の顔付き。
20代から30代前半の、獰猛な顔付きだけで世の中を渡り歩いているような典型的チンピラ。素早く仕留めることを優先した。
チンピラでも人間は人間だ。不確定要素が服を着て歩いているのには違いない。
角から先に現れた年長の黒服の右腕を素早く掴み、捻り挙げる。その右掌をタクティカルナイフで壁に縫い付けて行動に制限をつける。
その男は、危機感以前に脳内麻薬が生成されていない体なので激痛に襲われて全身が痙攣する思いを味わい、声も出ない。
素早く行動に出る背後の2人。
すぐさま、大声を挙げて援軍を呼ばなかったのが幸いだ。
拳銃の携行が許されていないのか、携行させてもらえるほどの地位にいないのか。2人の内右側の若い黒服は腰から短ドスを抜く。
左手側の男は右手でシルバーのスナブノーズを引き抜く。
早職の両手が同時に伸びる。
左手はスナブノーズのシリンダーを力強く掴んでそのまま左上に捥ぐように捻る。
なけなしの胸ではあるが、レズビアン専門店で購入したナベシャツ――胸を締め付けて平らに見せる矯正下着のように締め付けるシャツ――で胸の膨らみを押さえる。
パーカーの下に一昔前に流行った盛り上がりを見せるための、見えないファッションとしての肩パッドを縫い付けてある。
腹回りをバスタオルで巻いてサラシで押さえる。
こうすればかなり体格の印象が違う。
彼女の顔を知らぬ者は、背丈と肩幅だけで早職を割り出すのは少し難しいだろう。
その姿のまま、酒類配送業者がカーゴを押し、裏口の業者用搬入口から業者が出てきたのを見計らい、ドアが閉まる前に滑り込む。
その姿はあたかも人の姿をなした黒い影が残像を残して……。
人間に追い立てられるゴキブリのように、素早く細かく走り回り最短ルートを駆け抜ける。
次々と脳内の地図が更新されていく。
あらかじめ、このクラブの建物全体の見取り図は頭に叩き込んである。
消防法を無視して大量の荷物を置いた防火壁や荷物を高く積みすぎてスプリンクラーが万が一に用をなさないのも、視野に捉えて脳内の地図に書き込んでいく。
裏口を警戒する要員は見当たらない。
搬送専門の業者と何人か擦れ違う程度だが、誰も彼も我関せずという顔で無視してくれる。
誰も好んでとばっちりを受ける真似はしたくない。
まだ銃は抜かない。
フルサイズマガジンを叩き込んだFNブローニングBDACはまだ抜かない。無用な音は立てたくない。
フロアに続くドアを開ける。
いくつか防犯カメラに姿が写ったはずだが、それは無視だ。姿を確認されることを留意して体形に細工しているのだ。
ドアの前2m。そこで不意にドアが開く。目が、その向こうからやってくる数を数えた。2人。後ろ腰に右手を廻してタクティカルナイフ――エマーソン・コマンダー――を引き抜き、ブレードを展開する。
ドアの向こうより、何かを卑下した笑いで会話しながら無警戒でこちらにやってくる2人の黒服に向かってエマーソンのナイフを放り投げた。
スローイングではない。
手渡すようなモーションで放り投げた。
男2人の表情は笑いから引き攣った笑顔に張り替えたように変化したが、感情の変化と不意を衝かれたことで咄嗟の判断ができずに、水の入ったガラスコップでも放り投げられたような反応で、放物線を描いて自分達に向かって軽く投げられたタクティカルナイフをおっかなびっくりに受け止めた。
完全に2人の黒服の意識は分断された。
放り投げられたナイフ。目の前の闖入者。
どちらにどのように反応していいのか解らない、瞬き数回分の時間の間に早職の左手は左腰からフルサイズマガジンを取り出してその勢いのまま、左手側に立つ男の喉仏にマガジン底部を叩きつけて気を遠退かせる。
打撃はやや浅い。直ぐに回復するだろう。
その前に、右手側の男――ナイフを受け取った男――の膨らむ左脇に手を差し込んで拳銃を奪う。
スリのような滑らかな手つき。
ショルダーホルスターは近接されると、グリップ底部を相手に向けている都合上、相手に奪われやすいのが難点だ。
その拳銃……在りきたりな1911。セフティを解除して左掌でスライドを引く。薬室から実包が弾き出される。コンディション2で待機していたらしい。
相手の顔面を殴り飛ばせる距離でモザンビークドリル。
充分に脇を締めて肘を引き発砲。
胸部に2発。頭部に1発。
左掌で顔を覆い、指の隙間から相手の頭部に射入孔が開くのを確認する。
続けて、喉を痛そうに押さえる隣の男――慌てふためきながら拳銃を抜こうと左脇に手を差し込んだ――の頚部と胸部に1発ずつ銃弾を叩き込む。
顔面にかざしていた左掌に血煙と火薬の滓が付着。
僅かな動作だが、左掌をかざしていなければ視界をこれらによって、塞がれ、最悪の場合は視力を失う。
シューティンググラスでは駄目だ。射撃場に来たのではない。血煙がこびり付くグラスを拭いている時間はない。
汚れた手を男の白いYシャツで拭く。ナイフを拾いドアの向こうに歩みを進める。
ドアの向こうは控え室前の廊下だ。
先ほどのフロアと違ってコンクリの打ちっぱなしではない。
ここまで銃声は聞こえていないのか、静かなものだ。
右半身でタクティカルナイフを構え、サムレストを軽く押さえる。
いつでも力を込め易く準備する。このスタイルだといつでもナイフを投擲するモーションにも移りやすい。
先ほどのドアと壁の厚さの数値を脳内の図面から読み取る。
裏方の騒音が聞こえないように防音パッキンを噛ませてあるし、音を遮断する壁材を使っているので銃声は漏れない……流石にドア一枚向こうのこのフロアではそれは通用しないだろう。
一直線の廊下。幾つかのドアが等間隔で並ぶ。
そのドアの一つが開き、何も知らぬ顔の若い黒服が無警戒に横顔を出す。目前4m。
空かさず、右手のタクティカルナイフを左肩に片手首で担ぐように構えて素早く手首のスナップを利かせて大きく振る。
指の間から白銀を描いて離れたナイフは、やっと何かの気配に気がついた顔の黒服の頚部に深く突き刺さり、悲鳴や断末魔を挙げることなく……自分の身に何が起きたのかも理解出来ずに『立ちつくす』。
自分が致命的負傷を与えられた事実を、頸に突き刺さったナイフの冷たさから理解したのか、目を剥き、悲鳴を挙げるような大きな口の開き、声を発することなく、前のめりに倒れる。
部屋の中からは騒ぐ声は聞こえない。
気配も感じない。大股で足早に進む。
まだ息の根がある若い黒服は頚部のナイフを押さえたまま目を血走らせて大きく引ん剥き、襲撃者である早職に表情で助けを請う。
痛みと冷たさと頚部の異物感でパニックを起こして、声も出ない状態だ。
早職はそんな青年に構わずタクティカルナイフを一旦押し込んで頚部の奥に有る生命活動に必要な部位を破壊して体を半身にして引き抜く。
最近のタクティカルナイフは優秀なデザインだ。緊張した筋肉繊維が絡み付いていても引き抜きやすいデザインと脂と肉が巻き付かない加工が施されている。
大動脈から血がピュッと吹き出た後は、みるみるうちに大きな血の池が広がり、その中で断末魔の痙攣を始める。若い黒服が絶命する頃には早職は15歩先を歩いていた。
角。左に折れる角。人の気配。角より3歩下がった位置で静かに立ち止まり、気配を分析する。
分析中に更に情報を拾うために、リップミラーで角の向こうを視認する。……その角の向こうの気配の登場は早かった。
3人の黒服。何れも三下の顔付き。
20代から30代前半の、獰猛な顔付きだけで世の中を渡り歩いているような典型的チンピラ。素早く仕留めることを優先した。
チンピラでも人間は人間だ。不確定要素が服を着て歩いているのには違いない。
角から先に現れた年長の黒服の右腕を素早く掴み、捻り挙げる。その右掌をタクティカルナイフで壁に縫い付けて行動に制限をつける。
その男は、危機感以前に脳内麻薬が生成されていない体なので激痛に襲われて全身が痙攣する思いを味わい、声も出ない。
素早く行動に出る背後の2人。
すぐさま、大声を挙げて援軍を呼ばなかったのが幸いだ。
拳銃の携行が許されていないのか、携行させてもらえるほどの地位にいないのか。2人の内右側の若い黒服は腰から短ドスを抜く。
左手側の男は右手でシルバーのスナブノーズを引き抜く。
早職の両手が同時に伸びる。
左手はスナブノーズのシリンダーを力強く掴んでそのまま左上に捥ぐように捻る。