人を喰う噺
不可逆に流れる時間の数瞬の隙間に澱みを見る。
あたかも煙幕の中を砲弾が突き進んだように、たわみがトンネルのように晴れて『狙って撃ってくれ』と懇願されているかのように思える。
このポイント。
このポイントが大事で大切で貴重だった。
西に沈みつつある夕陽。
連中はその90度横に位置するプレハブ事務所とトイレブースの電灯だけを頼りに進軍している。
それに比べ……早職は『凋落する太陽を背負って』遮蔽の陰で自分の影を紛れ込ませながら待っていた。
洋画のアクション映画なら主人公が口笛を吹いて、敵に泡を食わせてから発砲する場面だ。
勿論、そんな余裕はない。考慮していない。引き金を6度引き絞る余裕と自分が生きて帰ることしか考慮していない。
連中は勝手に勘違いをしている。
闖入者が何かを持って逃げている。
記録媒体を仕込んだ機材に違いない。追いかけて奪い返して殺そう。そうしよう。生かさず殺さず、だ。……と、勝手に勘違いしている。
結果として、全ての遮蔽に牽制以上の働きをする銃弾を叩き込めずに、判然としない人影を追ってこの隊列に並ばされた。
容赦は、ない。
命は奪わない。
死は与えない。
生存は運次第。
引き金、引く。
起きたハンマーは軽快に撃芯を叩く。
空薬莢が舞い散る。
癖で残弾2発の弾倉を捨ててフルサイズマガジンを素早く叩き込む。
低回転の短機関銃を思わせる連なるような銃声の後、連中は倒れた。ドミノが倒れるように、オモチャのように、案山子のように倒れた。
右手側からの銃弾の飛来。
夕陽より明るい外灯を背負う連中のシルエットは、撃てば撃つほど、次から次に現れるマンターゲットのように被弾して倒れていく。
呻き声も上げず、右脇腹に熱い9mmパラベラムのジャケッテッドホローポイントを叩き込まれて倒れていく。
彼らの人生をたった1発の銃弾が否定するような気楽で気軽な感覚。本日のレートで1発たった数十円の、密輸した銃弾で彼らの多くはここでリタイヤだろう。
連中も決して素人ではなかった。最初の1人が被弾した時点で隊列の前後に飛び出して散開しようと目論んだ。だが、サイトの延長線上から外れる動く影は腰をほんの数mm左右に振るだけで簡単にサイティングが可能で、彼女に大きなアクションを要求しなかった。
それは単純なことで、連中と早職。彼我の距離が25m前後の、拳銃弾の常識的有効射程としては中距離だったことだ。
厳密には、拳銃弾の射程とエネルギーの問題ではない。
『早職の眼が利く距離で、ギリギリ即応できる距離でもあった』だけだ。
――――なんなのよこの拳銃!
嫌な音を立て続けに6つも聴かされた。
死にはしないが、生きるのが難しい負傷を与えたのを耳で聴いた。
前のめりに跪き、倒れた連中は例外なく地面を掻き毟っている。
即死に到った者は皆無。苦悶に地面を掻き毟る力はあっても、再び放り出した拳銃を拾って反撃する気力のある者はいない。
楽にしてやりたい。そう願う。連中を殺しても一銭の金にもならない。寧ろ経費で落ちない実包代が発生する。楽にしてやりたい。ああ、楽にしてやりたい。
「……!」
新しい14連発弾倉を叩き込んだFNブローニングBDACのグリップを握る。
はみ出た小指はマガジンを握る。
楽にしてやりたい……そう思って銃口を定めるべく、元気のない芋虫のように体を丸める連中を見るが……銃口が……銃が……腕が……重い。
肩や腰や下肢に粘性の空気が巻きついたかのように重い。
早職は直感した。
FNブローニングBDCAが、連中の悶える声をずっと聴いていたいのだと。
殺してしまっては今際の合唱が聴こえない。
時間を置かず、死に逝く者の苦しみだけを愉しみたいのだと。
早職は自分の頭上でハゲタカが雄大な空を舞っている感触にさらわれた。
彼女は出自も出典も明らかでない自動拳銃の言いなりに、きびすを返して立ち去ることにした。そう考えるしかなかった。それしか考えたくなかった。さもなければ、自分が『呑みこまれてしまう』と恐怖したのだ。
落とした7発の弾倉を回収。機材ケースも回収。
夕陽が沈んで姿を誇示しつつある夕月がやけに白い。
逃げる先を見つけたように懐のポケットから黄色い箱のドライシガーを取り出すと1本銜え、使い捨てライターで火を点けて紫煙を吐く。
砂糖菓子のように甘ったるい着香料を使用しているはずなのに、苦い。
人を撃った後の葉巻はいつも苦い。
※ ※ ※
フィールドストリッピング。通常分解。日常のメンテナンス。
晴れた日の屋上。探偵事務所のテナントが入るビルの屋上。
パラソルを出してテーブルを置き、引火性の液体をふんだんに使って丁寧にFNブローニングBDCAをクリーニング。
フルサイズのFN BDAは、遠目にはブローニング社のベストセラーの一つであるブローニングハイパワーに似ていないでもないシルエットをしているが、ブローニングハイパワーがシングルアクションなのに対してFNBDAとそのカットダウンモデルのFNブローニングBDCAはダブルアクションだ。
薬室に実包が送り込まれていれば引き金を引けば撃発する。
セフティを解除して初弾がダブルアクションでの撃発が可能なのも米軍正式拳銃のトライアルでのチェック項目だった。
尤も、軍隊の関係者でない早職には関係の無い話だったが、一応命を預ける道具なのでネットで調べられる範囲での知識は留意してある。 フィールドストリッピングの手順もFN BDAをクリーニングする動画で覚えた。
今現在は便利なもので、実戦経験者が動画で様々なシューティングスタイルやシチュエーションをアップロードしてくれている。畢竟、師匠を探す手間が省ける。
叱られたり減点されたり試験が無い通信教育を受けている気分だ。
別段ヘビーなデジタル依存症ではないが、便利なものは便利なものとして有効に活用しなければ損だ。
何でもかんでも頭ごなしに否定するガンマン業界のご老体の言葉を鵜呑みしてやる義理は無い。
敬意は払うが、付き従う義理が無い。
世代が交代するとはこういうことなのだ。新しい世代もいつかは古い世代になる。
時流に逆らうも留まるも自由。流されるも泳ぐも自由。新しいガジェットは使ってこそ値打ちが輝く……『早職の立場』のように。
何も本日は休業というのではない。
電話だけで用件が済む仕事を本日に集中させて体を休めているだけだ。……その用件とは情報の売買。
私立探偵という職業柄、最前線の最新最高の情報に触れる機会が多い。
その情報を買いにくる情報屋連中と情報を売買するのが本日の仕事だ。
情報屋とて、生きた人間だ。
鮮度の高さは人並み以上に敏感だ。情報屋が情報屋たる所以は情報の入手速度だ。
情報屋は基本的に情報の売買で生計を立てている。
暗く狭い部屋でキーボードを叩いているだけで情報が集められるのではない。
そのような情報屋も存在するが、それは二次三次の情報を拾わされた『安い情報屋』だ。誰も知らない情報を情報屋はどこから手に入れる? ……それは様々な界隈で鼻を利かせている調査業者からだ。
情報屋は情報を生まない。情報を知っているだけだ。
あたかも煙幕の中を砲弾が突き進んだように、たわみがトンネルのように晴れて『狙って撃ってくれ』と懇願されているかのように思える。
このポイント。
このポイントが大事で大切で貴重だった。
西に沈みつつある夕陽。
連中はその90度横に位置するプレハブ事務所とトイレブースの電灯だけを頼りに進軍している。
それに比べ……早職は『凋落する太陽を背負って』遮蔽の陰で自分の影を紛れ込ませながら待っていた。
洋画のアクション映画なら主人公が口笛を吹いて、敵に泡を食わせてから発砲する場面だ。
勿論、そんな余裕はない。考慮していない。引き金を6度引き絞る余裕と自分が生きて帰ることしか考慮していない。
連中は勝手に勘違いをしている。
闖入者が何かを持って逃げている。
記録媒体を仕込んだ機材に違いない。追いかけて奪い返して殺そう。そうしよう。生かさず殺さず、だ。……と、勝手に勘違いしている。
結果として、全ての遮蔽に牽制以上の働きをする銃弾を叩き込めずに、判然としない人影を追ってこの隊列に並ばされた。
容赦は、ない。
命は奪わない。
死は与えない。
生存は運次第。
引き金、引く。
起きたハンマーは軽快に撃芯を叩く。
空薬莢が舞い散る。
癖で残弾2発の弾倉を捨ててフルサイズマガジンを素早く叩き込む。
低回転の短機関銃を思わせる連なるような銃声の後、連中は倒れた。ドミノが倒れるように、オモチャのように、案山子のように倒れた。
右手側からの銃弾の飛来。
夕陽より明るい外灯を背負う連中のシルエットは、撃てば撃つほど、次から次に現れるマンターゲットのように被弾して倒れていく。
呻き声も上げず、右脇腹に熱い9mmパラベラムのジャケッテッドホローポイントを叩き込まれて倒れていく。
彼らの人生をたった1発の銃弾が否定するような気楽で気軽な感覚。本日のレートで1発たった数十円の、密輸した銃弾で彼らの多くはここでリタイヤだろう。
連中も決して素人ではなかった。最初の1人が被弾した時点で隊列の前後に飛び出して散開しようと目論んだ。だが、サイトの延長線上から外れる動く影は腰をほんの数mm左右に振るだけで簡単にサイティングが可能で、彼女に大きなアクションを要求しなかった。
それは単純なことで、連中と早職。彼我の距離が25m前後の、拳銃弾の常識的有効射程としては中距離だったことだ。
厳密には、拳銃弾の射程とエネルギーの問題ではない。
『早職の眼が利く距離で、ギリギリ即応できる距離でもあった』だけだ。
――――なんなのよこの拳銃!
嫌な音を立て続けに6つも聴かされた。
死にはしないが、生きるのが難しい負傷を与えたのを耳で聴いた。
前のめりに跪き、倒れた連中は例外なく地面を掻き毟っている。
即死に到った者は皆無。苦悶に地面を掻き毟る力はあっても、再び放り出した拳銃を拾って反撃する気力のある者はいない。
楽にしてやりたい。そう願う。連中を殺しても一銭の金にもならない。寧ろ経費で落ちない実包代が発生する。楽にしてやりたい。ああ、楽にしてやりたい。
「……!」
新しい14連発弾倉を叩き込んだFNブローニングBDACのグリップを握る。
はみ出た小指はマガジンを握る。
楽にしてやりたい……そう思って銃口を定めるべく、元気のない芋虫のように体を丸める連中を見るが……銃口が……銃が……腕が……重い。
肩や腰や下肢に粘性の空気が巻きついたかのように重い。
早職は直感した。
FNブローニングBDCAが、連中の悶える声をずっと聴いていたいのだと。
殺してしまっては今際の合唱が聴こえない。
時間を置かず、死に逝く者の苦しみだけを愉しみたいのだと。
早職は自分の頭上でハゲタカが雄大な空を舞っている感触にさらわれた。
彼女は出自も出典も明らかでない自動拳銃の言いなりに、きびすを返して立ち去ることにした。そう考えるしかなかった。それしか考えたくなかった。さもなければ、自分が『呑みこまれてしまう』と恐怖したのだ。
落とした7発の弾倉を回収。機材ケースも回収。
夕陽が沈んで姿を誇示しつつある夕月がやけに白い。
逃げる先を見つけたように懐のポケットから黄色い箱のドライシガーを取り出すと1本銜え、使い捨てライターで火を点けて紫煙を吐く。
砂糖菓子のように甘ったるい着香料を使用しているはずなのに、苦い。
人を撃った後の葉巻はいつも苦い。
※ ※ ※
フィールドストリッピング。通常分解。日常のメンテナンス。
晴れた日の屋上。探偵事務所のテナントが入るビルの屋上。
パラソルを出してテーブルを置き、引火性の液体をふんだんに使って丁寧にFNブローニングBDCAをクリーニング。
フルサイズのFN BDAは、遠目にはブローニング社のベストセラーの一つであるブローニングハイパワーに似ていないでもないシルエットをしているが、ブローニングハイパワーがシングルアクションなのに対してFNBDAとそのカットダウンモデルのFNブローニングBDCAはダブルアクションだ。
薬室に実包が送り込まれていれば引き金を引けば撃発する。
セフティを解除して初弾がダブルアクションでの撃発が可能なのも米軍正式拳銃のトライアルでのチェック項目だった。
尤も、軍隊の関係者でない早職には関係の無い話だったが、一応命を預ける道具なのでネットで調べられる範囲での知識は留意してある。 フィールドストリッピングの手順もFN BDAをクリーニングする動画で覚えた。
今現在は便利なもので、実戦経験者が動画で様々なシューティングスタイルやシチュエーションをアップロードしてくれている。畢竟、師匠を探す手間が省ける。
叱られたり減点されたり試験が無い通信教育を受けている気分だ。
別段ヘビーなデジタル依存症ではないが、便利なものは便利なものとして有効に活用しなければ損だ。
何でもかんでも頭ごなしに否定するガンマン業界のご老体の言葉を鵜呑みしてやる義理は無い。
敬意は払うが、付き従う義理が無い。
世代が交代するとはこういうことなのだ。新しい世代もいつかは古い世代になる。
時流に逆らうも留まるも自由。流されるも泳ぐも自由。新しいガジェットは使ってこそ値打ちが輝く……『早職の立場』のように。
何も本日は休業というのではない。
電話だけで用件が済む仕事を本日に集中させて体を休めているだけだ。……その用件とは情報の売買。
私立探偵という職業柄、最前線の最新最高の情報に触れる機会が多い。
その情報を買いにくる情報屋連中と情報を売買するのが本日の仕事だ。
情報屋とて、生きた人間だ。
鮮度の高さは人並み以上に敏感だ。情報屋が情報屋たる所以は情報の入手速度だ。
情報屋は基本的に情報の売買で生計を立てている。
暗く狭い部屋でキーボードを叩いているだけで情報が集められるのではない。
そのような情報屋も存在するが、それは二次三次の情報を拾わされた『安い情報屋』だ。誰も知らない情報を情報屋はどこから手に入れる? ……それは様々な界隈で鼻を利かせている調査業者からだ。
情報屋は情報を生まない。情報を知っているだけだ。