人を喰う噺
9mmパラベラムを7発、飲み込むダブルカアラムマガジン。
それを収めるグリップの全高は従来のFN BDAの半分の長さしかない。
トリガーガードやスライド幅、マガジンキャッチの位置と大きさ、ハンマーはFN BDAと同じだというのに、グリップが極端に短いので異様なシルエットに見える。
全長は178mm。重量は760g。
兎に角軽くて信頼性が高く火力がある拳銃を大至急寄越してくれと早職が抽象的なオーダーをしたものだから、地下で武器を流通している窓口は倉庫の奥の奥に有った、埃を被ったFNブローニングBDACを渡した。
武器屋が不誠実というわけではない。
早職がオーダーを端折った結果だ。
彼女は注文の時に「バランスの良い銃」と付け加えるべきだった。
売りも買いもできない事情が有るに違いない曰く付きのFNブローニングBDACの引き取り先がようやく決まったということで武器屋はそれを送り出し、早職は心を弾ませながら油紙を解いた。
その結果がこれだ。
酷い銃だ。
兎に角、グリッピングが最悪。
グリップが短過ぎていかなるダブルハンドも拒絶するかのようなバランスの悪さ。
確かに、9mmパラベラムの火力は魅力的だ。
アンビのハンマーデコッキングレバーも使い勝手が良い。
だが……だが、どうしても握りこむと小指がはみ出て、薬指がマガジンの底部に辛うじて引っ掛かっているだけなのだ。
……小指をツメたヤクザ専用の拳銃かと疑った。
軍用拳銃がベースということもあり、確かな作動をみせる。
握り難いというだけで命中精度に大して影響はない。
狙って撃てばそこそこ当たるだけの命中精度は及第点以上だ。
グリップの短さばかりは如何ともし難い。
代替の拳銃を手配しようにも悔しいことに……ショルダーホルスターでの納まり具合はグリップの短さが幸いして、最高のフィーリングをみせてくれる。
ダブルカアラム7連発で、全長18cm前後で、ディフェンスガン程度にしか考えていない銃なのでこれで充分と言われれば充分なのだ……非常に使い難いという致命的な難点を除けば、だ。
そこで彼女が苦肉の策として思いついたのが、フルサイズマガジン……つまり、FN BDAの14連発弾倉を差し込んでエクステンションマガジン兼ロングマガジンとして使う事だ。
グリッピングは僅かに改善されたが、重心が大きく崩れるという、更なる難点を背負ってしまった。それでも本来の7連発弾倉を差し込むよりマシだった。
最大の謎は……前の持ち主は何を思ってここまで使い込んだのか、だ。
中古として買い取ったが、武器屋は「オーバーホールは済んでいる。磨耗したパーツは全部交換した。細かい傷は有るが、まあ、勘弁してくれ。コイツの性能に支障は無い」とのことだ。
そもそも一般流通していないこの銃はどのような経緯で極東の島国に渡ってきて何の縁で25歳の女探偵に扱われているのだ? 出自や経歴を調べて、身の上調書を作成しようにも、シリアルナンバーから逆引きしても遺失物扱いされていることくらいしか解らない。
誰が何の為にこのけったいな銃を横流ししたのかさえ不明なのだ。
横流しするのならもっと『まともな銃』を横流しした方が実入りは良いはずだ。
薬室をそろそろと引く。薬室に既に1発の実包が送り込まれているのを確認する。
7+1発。
どうせすぐに撃ち尽くす数。
後ろ腰に左手を廻して14発の実包を呑み込んだフルサイズマガジンを引っ張り出す。
「……」
――――嫌な銃……。
武器屋に送り返そうにも拳銃が在庫切れだったり、更に酷いキュアテック380があてがわれたり、そもそも武器屋が公安から隠れるために『地下に潜って』連絡がつかなくなったりと、なぜか手元を離れる機会がない拳銃。
投げ捨てて射殺死体の傍から拾った大型軍用オートを使っていたがイザという時になってストーブジャムを連発。
嫌気が差しているところに『都合よく、FNブローニングBDACを銜えた野良犬が通りかかったので』それを奪って難を逃れた局面もあった。
――――なんなのよこの銃!
何より、このFNブローニングBDACで人を撃ち殺すと、矢鱈と大きく手応えを感じる。手応えを聞く。手応えが予測できる。
FNブローニングBDAC自体が殺人そのものを楽しんでいるのではないかと錯覚する。
きっとそうだ。前の持ち主はこの拳銃を気味悪がって捨てたに違いない。
早職は意識を遮蔽の向こうに集中させる。
そろそろ連中の火力と火線が重なり始めた。
圧倒的複数の銃口がたった一つのか弱い火力に集中するのは賢くない。
この遮蔽である廃材の山から一旦、撤退。
足元の麻袋を俵型に適当に丸めて小脇に抱える。
この場に隠れる闖入者が『何かを持って』逃げ出したと印象付ける作戦だ。
廃材の山の下に隠した機材ケースは後で回収すればいい。
慌てて記録媒体の小さなカードを引き抜いてもその最中に傷が付いたり紛失したりすれば意味が無い。
今は現場を押さえた証拠を持ち去ろうとしている不逞の輩を演じて実力行使で黙らせる。
連中が逃げてくれればそれでよし。
連中の命に用は無い。
連中の会話と面子に用が有る。
『その場は押さえた』。
後は逃げるだけ。そのために連中に適度に物理的ダメージを与えて尻尾を巻かせればこちらの勝ちだ。
薄暗く沈む太陽。
濁る夕陽。
明日は雨かもしれない。
完全に太陽が埋没してしまえば、お互いが手探りで銃弾を放つことになる。
銃火の閃きを頼りに銃撃戦を展開するのは賢いとはいえない。
敵の位置が解ったところで、早職の数も増えるわけではない。火力の数に変化は無い。無駄なリスクが増える前にカタをつける。
大きく息を吸い込んで遮蔽から遮蔽へ転がる。
遮蔽が身を隠していない間だけは、まるで水中に飛び込むような意気込みだ。
まだ早職は発砲していない。
早職を追いかける銃弾は止むことがない。
小さなプレハブ事務所とトイレブースが提供してくれる灯りだけを頼りにする。夕暮れの明かりに頼りっぱなしだと、この戦闘区域の位置を把握し難い。
絶対に動かないマテリアルを目印に行動した方がゲリラ戦に似た作戦を行いやすい。その意味でも特異な影をくっきりと浮かび上がらせる、連中の乗ってきた自動車は頼り甲斐の有る遮蔽物だと言えた。
耳の奥を針で突くような痛み。
耳鳴りより酷い耳鳴り。
脳内で反響する自分の鼓動。喉の渇きは大量の冷水といつも贔屓にしているドライシガーを要求していた。
――――鉄火場は……嫌いなのよね……。
背中に冷たい脂汗が垂れる。夏の終わりの湿度が高い空気が肺腑に遠慮なく入り込む。
冷たいのか熱いのか、寒いのか暑いのか解らない体感温度。
不快指数が高いのは理解できた。
遮蔽物すなわち、銃弾が決して貫通することのない防弾板ではない。ブルーシート1枚がそこに有るだけで、その向こうに敵の存在の有無を疑わせ、惑わせる効果を持つ。
そのブルーシートやベニヤ板や麻袋の山に気を取られていると思わぬ方向からの強襲に奪命されてしまう。
丁度、今の男達のように……。
男達は自分達が有利だと遮蔽を利用して『面で押すように進軍していた』。だが、『真横から見れば限りなく点』だ。
6人が横一列に並ぶポイントで待っていた。
横一列、すなわち限りなく点の標的となる。
すうっと吸い込む。
呼吸を止める。
ハンマーは既に起きている。
弾倉と薬室の9mmパラベラムに次々と撃発の命令を下す。
それを収めるグリップの全高は従来のFN BDAの半分の長さしかない。
トリガーガードやスライド幅、マガジンキャッチの位置と大きさ、ハンマーはFN BDAと同じだというのに、グリップが極端に短いので異様なシルエットに見える。
全長は178mm。重量は760g。
兎に角軽くて信頼性が高く火力がある拳銃を大至急寄越してくれと早職が抽象的なオーダーをしたものだから、地下で武器を流通している窓口は倉庫の奥の奥に有った、埃を被ったFNブローニングBDACを渡した。
武器屋が不誠実というわけではない。
早職がオーダーを端折った結果だ。
彼女は注文の時に「バランスの良い銃」と付け加えるべきだった。
売りも買いもできない事情が有るに違いない曰く付きのFNブローニングBDACの引き取り先がようやく決まったということで武器屋はそれを送り出し、早職は心を弾ませながら油紙を解いた。
その結果がこれだ。
酷い銃だ。
兎に角、グリッピングが最悪。
グリップが短過ぎていかなるダブルハンドも拒絶するかのようなバランスの悪さ。
確かに、9mmパラベラムの火力は魅力的だ。
アンビのハンマーデコッキングレバーも使い勝手が良い。
だが……だが、どうしても握りこむと小指がはみ出て、薬指がマガジンの底部に辛うじて引っ掛かっているだけなのだ。
……小指をツメたヤクザ専用の拳銃かと疑った。
軍用拳銃がベースということもあり、確かな作動をみせる。
握り難いというだけで命中精度に大して影響はない。
狙って撃てばそこそこ当たるだけの命中精度は及第点以上だ。
グリップの短さばかりは如何ともし難い。
代替の拳銃を手配しようにも悔しいことに……ショルダーホルスターでの納まり具合はグリップの短さが幸いして、最高のフィーリングをみせてくれる。
ダブルカアラム7連発で、全長18cm前後で、ディフェンスガン程度にしか考えていない銃なのでこれで充分と言われれば充分なのだ……非常に使い難いという致命的な難点を除けば、だ。
そこで彼女が苦肉の策として思いついたのが、フルサイズマガジン……つまり、FN BDAの14連発弾倉を差し込んでエクステンションマガジン兼ロングマガジンとして使う事だ。
グリッピングは僅かに改善されたが、重心が大きく崩れるという、更なる難点を背負ってしまった。それでも本来の7連発弾倉を差し込むよりマシだった。
最大の謎は……前の持ち主は何を思ってここまで使い込んだのか、だ。
中古として買い取ったが、武器屋は「オーバーホールは済んでいる。磨耗したパーツは全部交換した。細かい傷は有るが、まあ、勘弁してくれ。コイツの性能に支障は無い」とのことだ。
そもそも一般流通していないこの銃はどのような経緯で極東の島国に渡ってきて何の縁で25歳の女探偵に扱われているのだ? 出自や経歴を調べて、身の上調書を作成しようにも、シリアルナンバーから逆引きしても遺失物扱いされていることくらいしか解らない。
誰が何の為にこのけったいな銃を横流ししたのかさえ不明なのだ。
横流しするのならもっと『まともな銃』を横流しした方が実入りは良いはずだ。
薬室をそろそろと引く。薬室に既に1発の実包が送り込まれているのを確認する。
7+1発。
どうせすぐに撃ち尽くす数。
後ろ腰に左手を廻して14発の実包を呑み込んだフルサイズマガジンを引っ張り出す。
「……」
――――嫌な銃……。
武器屋に送り返そうにも拳銃が在庫切れだったり、更に酷いキュアテック380があてがわれたり、そもそも武器屋が公安から隠れるために『地下に潜って』連絡がつかなくなったりと、なぜか手元を離れる機会がない拳銃。
投げ捨てて射殺死体の傍から拾った大型軍用オートを使っていたがイザという時になってストーブジャムを連発。
嫌気が差しているところに『都合よく、FNブローニングBDACを銜えた野良犬が通りかかったので』それを奪って難を逃れた局面もあった。
――――なんなのよこの銃!
何より、このFNブローニングBDACで人を撃ち殺すと、矢鱈と大きく手応えを感じる。手応えを聞く。手応えが予測できる。
FNブローニングBDAC自体が殺人そのものを楽しんでいるのではないかと錯覚する。
きっとそうだ。前の持ち主はこの拳銃を気味悪がって捨てたに違いない。
早職は意識を遮蔽の向こうに集中させる。
そろそろ連中の火力と火線が重なり始めた。
圧倒的複数の銃口がたった一つのか弱い火力に集中するのは賢くない。
この遮蔽である廃材の山から一旦、撤退。
足元の麻袋を俵型に適当に丸めて小脇に抱える。
この場に隠れる闖入者が『何かを持って』逃げ出したと印象付ける作戦だ。
廃材の山の下に隠した機材ケースは後で回収すればいい。
慌てて記録媒体の小さなカードを引き抜いてもその最中に傷が付いたり紛失したりすれば意味が無い。
今は現場を押さえた証拠を持ち去ろうとしている不逞の輩を演じて実力行使で黙らせる。
連中が逃げてくれればそれでよし。
連中の命に用は無い。
連中の会話と面子に用が有る。
『その場は押さえた』。
後は逃げるだけ。そのために連中に適度に物理的ダメージを与えて尻尾を巻かせればこちらの勝ちだ。
薄暗く沈む太陽。
濁る夕陽。
明日は雨かもしれない。
完全に太陽が埋没してしまえば、お互いが手探りで銃弾を放つことになる。
銃火の閃きを頼りに銃撃戦を展開するのは賢いとはいえない。
敵の位置が解ったところで、早職の数も増えるわけではない。火力の数に変化は無い。無駄なリスクが増える前にカタをつける。
大きく息を吸い込んで遮蔽から遮蔽へ転がる。
遮蔽が身を隠していない間だけは、まるで水中に飛び込むような意気込みだ。
まだ早職は発砲していない。
早職を追いかける銃弾は止むことがない。
小さなプレハブ事務所とトイレブースが提供してくれる灯りだけを頼りにする。夕暮れの明かりに頼りっぱなしだと、この戦闘区域の位置を把握し難い。
絶対に動かないマテリアルを目印に行動した方がゲリラ戦に似た作戦を行いやすい。その意味でも特異な影をくっきりと浮かび上がらせる、連中の乗ってきた自動車は頼り甲斐の有る遮蔽物だと言えた。
耳の奥を針で突くような痛み。
耳鳴りより酷い耳鳴り。
脳内で反響する自分の鼓動。喉の渇きは大量の冷水といつも贔屓にしているドライシガーを要求していた。
――――鉄火場は……嫌いなのよね……。
背中に冷たい脂汗が垂れる。夏の終わりの湿度が高い空気が肺腑に遠慮なく入り込む。
冷たいのか熱いのか、寒いのか暑いのか解らない体感温度。
不快指数が高いのは理解できた。
遮蔽物すなわち、銃弾が決して貫通することのない防弾板ではない。ブルーシート1枚がそこに有るだけで、その向こうに敵の存在の有無を疑わせ、惑わせる効果を持つ。
そのブルーシートやベニヤ板や麻袋の山に気を取られていると思わぬ方向からの強襲に奪命されてしまう。
丁度、今の男達のように……。
男達は自分達が有利だと遮蔽を利用して『面で押すように進軍していた』。だが、『真横から見れば限りなく点』だ。
6人が横一列に並ぶポイントで待っていた。
横一列、すなわち限りなく点の標的となる。
すうっと吸い込む。
呼吸を止める。
ハンマーは既に起きている。
弾倉と薬室の9mmパラベラムに次々と撃発の命令を下す。