人を喰う噺
事故を装った場合もあれば、明らかな毒殺もある。
この辺り一帯は元から治安が良い方ではないので、警察もいつもの事件だと処理する方針らしいが早職は勘づいた。
殺された女達は昔に調べたことがある。
探偵事務所から雲隠れした元社長を追いかけるために調査した女ばかりだ。
つい最近まで洗っていた女も含まれている。
共通点は一つしかない。
竹居江利のハニートラップで身を崩した男に一番関係の深い女達だ。
情報屋を使うまでもない。
情報屋に情報を提供していた内容と一致している。このままでは遅かれ早かれ早職にも追撃の手が及ぶ。
竹居江利が首魁と思われる、一連の殺人事件にメッセージ性は感じられない。
無闇矢鱈に自分が嘗て篭絡してきた男と深い関係や一番近い位置にいた女を殺しているだけだ。
正に手当たり次第。
早職が殺されても、竹居江利の手元のリストに掲載された『心当り』を全員殺さないと彼女の復讐劇は終わらない。
無論、正当防衛の角で襲撃者と応戦して返り討ちにしてやる。
あるいは、尻尾を巻いて綺麗に消えてやる。
一番手っ取り早く、竹居江利その人を殺害する方法も考えている。
クラブの経営者を降ろされた竹居江利にどれほどの権力と資金があるのかは解らないが、コロシの手段が三下と変わらない殺し屋の手法なので、大した資金ではないだろう。
もしかすると、組織の人間を経由して実働要員を動員、指揮するだけの権力も剥奪されたのかもしれない。
それを鑑みて裏返しに考察すると、怒り狂って正気を失っている竹居江利の顔が浮かんで愉快だった。
自由に使えた権力も、金も、居心地の良い地位も剥奪されたに等しい竹居江利をいかに返り討ちに処すのかを考えるだけで口元が歪に緩む。
※ ※ ※
2日後。1日1人のペースで繰り広げられる竹居江利の絨毯爆撃に似た暗殺。
情報屋という伝を持たない事実上カタギの女達は簡単に殺害されていく。
夕方。午後6時。
繁華街の外れに近い、立ち食い蕎麦屋で天ぷら蕎麦に生卵を落としたモノ――月見天ぷら蕎麦ではない――を掻っ込んで、たまたま見かけた喫煙区域で一服しようと立ち寄ったときだ。
銃声の洗礼。
走行する自動車の車中からの銃撃。短機関銃。発砲音はウインドウを半分閉じたガラスのお陰で車内にくぐもり、予想より小さな銃声を発する。
短機関銃の乱射。
サプレッサーを装着したイングラムM11の独特の発砲音。
ただでさえ押さえられた発砲音が車内でくぐもり、発砲音らしからぬ発砲音を発する。
大型のスズメバチが羽ばたいているかのような、あるいはモーターが低音で唸るのに似る銃声。
横一列の弾幕は通行人諸共、早職を襲う。多数の怪我人が出るのもお構いなし。
早職は食事の後で重たくなった胃袋に思わず危険を感じ、自分の傍を歩いていた自分より背丈の大きい通行人の男性を防弾の遮蔽とした。その弾除けの男性は脇腹に被弾し、力なく崩れ落ちる。
銃撃を浴びせた黒いクーペはあっと言う間に過ぎ去り、誰が何の目的で凶行に及んだのか判然とさせないままだった。
混乱を極めるその場を一旦離れる。
人気の多い路地裏を選んで足早に歩く。
胃袋が満たされた状態で消化が始まっている胃腸に被弾すると腹膜炎を起して死亡率が跳ね上がる。
目的は早職の命だ。
虱潰しに行っている竹居江利の報復活動の順番が早職に廻ってきたのだ。
竹居江利はランダムに狙いやすい順に早職を標的にしたのかもしれないが、早職の立場だと、くるべきときがきたといったところだ。
浅葱色の麻のジャケットに夏物のクリーム色をしたスラックス、活動的な地味なデザインの運動靴。足回りだけは万が一に備えていたのが幸いした。
ジャケットの左脇にはFNブローニングBDAC。
予備弾倉を合計11本も携行している。
それ以外にもバラ弾が50発。
袖で隠れて見えないが左肘下には7本のスローイングスパイクを差し込んだ専用ホルダーも巻きつけてある。ジャケットの左手側外ポケットにはタクティカルナイフのエマーソン・コマンダー。
見慣れた街中を歩くには嘲笑を浴びせられるほどの重装備だ。
役に立たなければ、出番がなければそれでいい。
現実は非情で、それの出番になる導火線があちらこちらに転がっている。
表通りの騒ぎを知らぬ振りをするために、愛飲しているドライシガーのポンポンオペラを取り出して何食わぬ顔で使い捨てライターで火を点ける。
口の中で砂糖のように甘い煙が爆発するように広り、立ち食い蕎麦の余韻をブチ壊す。
襲撃してきた連中がプロの端くれなら、確実な死の提供をオーダーされた殺し屋なら、これで引き下がりはしないはずだ。
早職のプロフィールをある程度、竹居江利は知っていると想定するなら……すぐにでも追撃が始まる!
まだ浅い時間帯の路地裏。
違法屋台の呑み屋や、どう見てもうらぶれているバーが点在するこの場所では派手な銃撃は先ほどの表通りより難しい。
遮蔽や弾除けが多く、視界が利かない。
早職が襲撃者ならこの路地裏を通過するまでは絶対に標的を襲撃しない。
尾行を差し向けて、先回りを予想するだろう。
ただの逆恨みと私怨と八つ当たりが早職の原動力であった。
純度100%のそれをぶつけられた竹居江利としては、報復を受けて、黙ってはいないというアピールも含んでいると思われる。
どちらが悪くどちらが先かの話では収まらなくなった。
それは竹居江利の指揮と思われる、頻発する殺人で証明できる。
彼女は彼女なりに溜飲を下げるために心当りのある、嘗てハニートラップで破滅させた男と近い関係のある女を殺しているだけだ。
女の勘というのは馬鹿にできないもので、真っ先に、嘗て関係のあった男の近辺の女を標的に合わせる辺りが恐ろしい。
当たらずしも遠からず。
流石、女の全てを武器に変換して数多の男を篭絡してきたタマだ。
褒めてばかりもいられない。
早職は深くポンポンオペラを吸い込んで顔が隠れるほどの大量の煙を撒き散らし、この直後の展開を予想して脳内の地図を広げる。
ここは地価でいうと3等地以下の繁華街の外れで交通の便も悪く、すぐそこの周辺にはシャッター街が広がっている。
近い内に区画整理されて徐々に更地になることが決まっているので人気はここよりもさらに少ない。
連中が先回りしているとなるとそのシャッター街だ。
相手の人数と技量は不明。
今の竹居江利の情報を携帯電話からアクセスして聞き出すのはリスクが大きいので、携帯電話で収集できる情報と、それを扱う情報屋は『危険』だ。
実行犯の早職の存在を、遠回しに竹居江利に報せているようなものだ。
リテラシーがあってないようなもの。
それが情報屋界隈。
情報屋に情報を提供する人間としてそれを熟知しているので過剰な信頼は持っていない。
時々、ビニールカーテンの赤提灯の中を覗く振りをして視線を自分の背後に廻らせて追尾してくる数を数える……『数が増えている』。
気配というより、足音の違和感で一定の距離を開けて追尾してくる存在を知っていたが、さり気なく背後を窺う度に、1人また1人と増えている。
今では4人の尾行者がいる。
プロにしては雑。
どいつもこいつも左脇や腰を庇う歩き方をしているので、一目で拳銃を呑んでいるのだと知れる。
身のこなしから見て、練度は知れているが、練度が低いから銃弾の威力も低くなるわけがない。
この辺り一帯は元から治安が良い方ではないので、警察もいつもの事件だと処理する方針らしいが早職は勘づいた。
殺された女達は昔に調べたことがある。
探偵事務所から雲隠れした元社長を追いかけるために調査した女ばかりだ。
つい最近まで洗っていた女も含まれている。
共通点は一つしかない。
竹居江利のハニートラップで身を崩した男に一番関係の深い女達だ。
情報屋を使うまでもない。
情報屋に情報を提供していた内容と一致している。このままでは遅かれ早かれ早職にも追撃の手が及ぶ。
竹居江利が首魁と思われる、一連の殺人事件にメッセージ性は感じられない。
無闇矢鱈に自分が嘗て篭絡してきた男と深い関係や一番近い位置にいた女を殺しているだけだ。
正に手当たり次第。
早職が殺されても、竹居江利の手元のリストに掲載された『心当り』を全員殺さないと彼女の復讐劇は終わらない。
無論、正当防衛の角で襲撃者と応戦して返り討ちにしてやる。
あるいは、尻尾を巻いて綺麗に消えてやる。
一番手っ取り早く、竹居江利その人を殺害する方法も考えている。
クラブの経営者を降ろされた竹居江利にどれほどの権力と資金があるのかは解らないが、コロシの手段が三下と変わらない殺し屋の手法なので、大した資金ではないだろう。
もしかすると、組織の人間を経由して実働要員を動員、指揮するだけの権力も剥奪されたのかもしれない。
それを鑑みて裏返しに考察すると、怒り狂って正気を失っている竹居江利の顔が浮かんで愉快だった。
自由に使えた権力も、金も、居心地の良い地位も剥奪されたに等しい竹居江利をいかに返り討ちに処すのかを考えるだけで口元が歪に緩む。
※ ※ ※
2日後。1日1人のペースで繰り広げられる竹居江利の絨毯爆撃に似た暗殺。
情報屋という伝を持たない事実上カタギの女達は簡単に殺害されていく。
夕方。午後6時。
繁華街の外れに近い、立ち食い蕎麦屋で天ぷら蕎麦に生卵を落としたモノ――月見天ぷら蕎麦ではない――を掻っ込んで、たまたま見かけた喫煙区域で一服しようと立ち寄ったときだ。
銃声の洗礼。
走行する自動車の車中からの銃撃。短機関銃。発砲音はウインドウを半分閉じたガラスのお陰で車内にくぐもり、予想より小さな銃声を発する。
短機関銃の乱射。
サプレッサーを装着したイングラムM11の独特の発砲音。
ただでさえ押さえられた発砲音が車内でくぐもり、発砲音らしからぬ発砲音を発する。
大型のスズメバチが羽ばたいているかのような、あるいはモーターが低音で唸るのに似る銃声。
横一列の弾幕は通行人諸共、早職を襲う。多数の怪我人が出るのもお構いなし。
早職は食事の後で重たくなった胃袋に思わず危険を感じ、自分の傍を歩いていた自分より背丈の大きい通行人の男性を防弾の遮蔽とした。その弾除けの男性は脇腹に被弾し、力なく崩れ落ちる。
銃撃を浴びせた黒いクーペはあっと言う間に過ぎ去り、誰が何の目的で凶行に及んだのか判然とさせないままだった。
混乱を極めるその場を一旦離れる。
人気の多い路地裏を選んで足早に歩く。
胃袋が満たされた状態で消化が始まっている胃腸に被弾すると腹膜炎を起して死亡率が跳ね上がる。
目的は早職の命だ。
虱潰しに行っている竹居江利の報復活動の順番が早職に廻ってきたのだ。
竹居江利はランダムに狙いやすい順に早職を標的にしたのかもしれないが、早職の立場だと、くるべきときがきたといったところだ。
浅葱色の麻のジャケットに夏物のクリーム色をしたスラックス、活動的な地味なデザインの運動靴。足回りだけは万が一に備えていたのが幸いした。
ジャケットの左脇にはFNブローニングBDAC。
予備弾倉を合計11本も携行している。
それ以外にもバラ弾が50発。
袖で隠れて見えないが左肘下には7本のスローイングスパイクを差し込んだ専用ホルダーも巻きつけてある。ジャケットの左手側外ポケットにはタクティカルナイフのエマーソン・コマンダー。
見慣れた街中を歩くには嘲笑を浴びせられるほどの重装備だ。
役に立たなければ、出番がなければそれでいい。
現実は非情で、それの出番になる導火線があちらこちらに転がっている。
表通りの騒ぎを知らぬ振りをするために、愛飲しているドライシガーのポンポンオペラを取り出して何食わぬ顔で使い捨てライターで火を点ける。
口の中で砂糖のように甘い煙が爆発するように広り、立ち食い蕎麦の余韻をブチ壊す。
襲撃してきた連中がプロの端くれなら、確実な死の提供をオーダーされた殺し屋なら、これで引き下がりはしないはずだ。
早職のプロフィールをある程度、竹居江利は知っていると想定するなら……すぐにでも追撃が始まる!
まだ浅い時間帯の路地裏。
違法屋台の呑み屋や、どう見てもうらぶれているバーが点在するこの場所では派手な銃撃は先ほどの表通りより難しい。
遮蔽や弾除けが多く、視界が利かない。
早職が襲撃者ならこの路地裏を通過するまでは絶対に標的を襲撃しない。
尾行を差し向けて、先回りを予想するだろう。
ただの逆恨みと私怨と八つ当たりが早職の原動力であった。
純度100%のそれをぶつけられた竹居江利としては、報復を受けて、黙ってはいないというアピールも含んでいると思われる。
どちらが悪くどちらが先かの話では収まらなくなった。
それは竹居江利の指揮と思われる、頻発する殺人で証明できる。
彼女は彼女なりに溜飲を下げるために心当りのある、嘗てハニートラップで破滅させた男と近い関係のある女を殺しているだけだ。
女の勘というのは馬鹿にできないもので、真っ先に、嘗て関係のあった男の近辺の女を標的に合わせる辺りが恐ろしい。
当たらずしも遠からず。
流石、女の全てを武器に変換して数多の男を篭絡してきたタマだ。
褒めてばかりもいられない。
早職は深くポンポンオペラを吸い込んで顔が隠れるほどの大量の煙を撒き散らし、この直後の展開を予想して脳内の地図を広げる。
ここは地価でいうと3等地以下の繁華街の外れで交通の便も悪く、すぐそこの周辺にはシャッター街が広がっている。
近い内に区画整理されて徐々に更地になることが決まっているので人気はここよりもさらに少ない。
連中が先回りしているとなるとそのシャッター街だ。
相手の人数と技量は不明。
今の竹居江利の情報を携帯電話からアクセスして聞き出すのはリスクが大きいので、携帯電話で収集できる情報と、それを扱う情報屋は『危険』だ。
実行犯の早職の存在を、遠回しに竹居江利に報せているようなものだ。
リテラシーがあってないようなもの。
それが情報屋界隈。
情報屋に情報を提供する人間としてそれを熟知しているので過剰な信頼は持っていない。
時々、ビニールカーテンの赤提灯の中を覗く振りをして視線を自分の背後に廻らせて追尾してくる数を数える……『数が増えている』。
気配というより、足音の違和感で一定の距離を開けて追尾してくる存在を知っていたが、さり気なく背後を窺う度に、1人また1人と増えている。
今では4人の尾行者がいる。
プロにしては雑。
どいつもこいつも左脇や腰を庇う歩き方をしているので、一目で拳銃を呑んでいるのだと知れる。
身のこなしから見て、練度は知れているが、練度が低いから銃弾の威力も低くなるわけがない。