人を喰う噺

 押し開きのドアが反動で元に戻ったと同時に、電子レンジで温められたカトラリーが大きく爆ぜて盛大に破裂する。
 その火花が、ガスチューブから吹き出るガスに引火して一拍遅れてさらに盛大な爆発を引き起す。
 ガス検知器が反応して自動的にガスの供給が遮断される前に起きてしまった大爆発だ。
 押し開きのドアが蝶番から外れて早職の体の側面を手裏剣のように飛んでいく。熱い風が全身を煽る。
 警報。スプリンクラー、作動。
 混乱に混乱を重ねるのに打ってつけだったが、厨房を爆破するのは計算にはなかった。
 あの爆発で黒服が何人か吹き飛ばされたはずだ。怒号と罵声に混じって呻き声がいくつも聴こえる。
 手元から転がって床を滑っていたFNブローニングBDACを回収して体勢を整えながら走る。
 このルートは裏口への最短だったが、裏口を利用する黒服や敵対組織連中と鉢合わせになるので利用を控えていたルートだ。だが、今は文句など言っていられない。
 スプリンクラーの激しい雨を浴びながら通路を走る。
 5mほど走ると左に曲がる角がある。
 その角の向こうから大量の駆ける足音。
 早職は一旦、立ち止まる。
 角の陰に背を預けてFNブローニングBDCAを構え直して深呼吸。足音と会話の数からして7人。裏口を警備していた敵対組織直轄の三下だろう。
 先頭の男が顔を出すのと同時に同じくスプリンクラー雨を浴びている男の頚部に9mmパラベラムのジャケッテッドホローポイントを叩き込み、素早く右腹部にもう1発。
 それを機に一気に駆け出す早職。
 この集団の中に向かって駆け出した。
 弾倉は先ほど新しいものと交換した。
 無駄弾を使わない限り充分だ。
 先頭の男が被弾して泡を食った後続の連中は慌てて拳銃を引き抜こうと懐や腰に手を廻す。
 その集団の先頭に割り込みながら、小脇を引き締めFNブローニングBDACを充分に体に引き付け、相棒を奪われる可能性を少なくした、やや無理が有るフィストグリップで発砲。
 集団の真ん中で足でしっかりと床を掴んで、前方、前右、前左、右後ろ、後ろ、左後ろの順で発砲する。
 少しでも自分に近い位置に立つ男から弾頭を叩き込む。……必ず胸部に叩き込む。
 一瞬にして間合いを詰められて、自分達の真ん中で固定砲台と化した人影になす術もなく、カカシのごとく銃弾を浴びせられる。
 スプリンクラーのカーテンの中でマズルフラッシュが乱れ咲く。
 硝煙が立ちこめ、血煙は土砂降りに似た消火水で直ぐに床に流される。
 早職の放つ9mmは一巡したが、素早すぎて男達はまだ地面に崩れていない。
 無力化に成功したのを確認していたのに、彼女の体の反応が止まらない。
 もう一巡、逆回転で男達の頭部や頚部、左胸に9mmの熱く焼けた弾頭を叩き込む。
 硝煙が一塊のガスとなって、狭い廊下の狭い区域を大きく包む。
 空薬莢の無秩序な散乱と霞掛かった視界の悪そうな……あたかもエアカーテンで仕切られた部屋を飛び出るように、早職は飛ぶように抜けて走り出た。
 彼女が先ほどまで極狭の空間で一方的に発砲していた硝煙の空間の内部ではようやく、複数の脱力した人体が崩れ落ちる生々しい音が聞こえる。
 走りながら弾倉交換。
 弾倉にはまだ2発の残弾があったが、次に何が起きるか解らない状態なので弾倉は万全にしておきたい。
 撃鉄は危険なことだが、起きたまま。
 引き金を操作する人差し指にはトリガーディシプリンを徹底させる。
 裏口から飛び出る。
 数多の人間が行き交い、多数の敵対組織がたむろしている風景を想像して決死の覚悟を決めていたが、相変わらず酒類の搬送業者が忙しなく往来する、荷物の搬送エリアに飛び出た。
 辺りの混雑具合や遁走に向いた経路をみつけるべく脳内の地図を捲る。
 このクラブが入るビルの路地裏へ滑り込むルートが検索に引っ掛かったのでFNブローニングBDACをショルダーホルスターに仕舞いこんで、バラクラバを被ったまま物陰を伝いながら路地裏を目指す。
 その姿を配送員に何度かみられているはずだが、普段からとばっちりを恐れているのか、誰も早職を振り返ってその姿を記憶に焼きつけようとする人間はいなかった。……これが組織者とカタギの違いだ。
 路地裏を駆けている間に、パトカーや消防車、救急車のサイレンが近づいてくる。
 タイミングがよかったとは思わない。
 あの場でいたであろう、竹居江利が指揮して、ただの事故の連続を偽装してから通報したのだろう。
 自動的に通報されるはずの消防への要請も何かしらの細工を施し、普段から調整が利くように準備していたのだろう。
 バラクラバの下で笑いながら、スプリンクラーのお陰で濡れ鼠の衣服のまま、夜陰に溶け込む。
 エアコンの効いたフロア内部と違い、流石に体躯を隠す細工をしているので暑苦しい。
 クラブの厨房でミネラルウォーターで一服していなかったら水分不足で目を回していたかもしれない。
    ※ ※ ※
 翌日。翌々日。翌々々日。
 時間だけが経過する。
 いつものように糊口を凌ぐ糧の一つとして、情報屋と情報で情報を売買しながら巧妙な鎌掛けをいくつか繰り出し、前からダブルスパイの可能性がある情報屋に探りを入れてみたが有効な情報は何も掴めない。 
 否、情報は掴めている……竹居江利は沈黙したままで、いつも通りの営業を行うべく各方面に鼻薬や袖の下をばら撒き、自分が経営を任された高級クラブの騒ぎの『鎮火』に忙しいのだ。
 早職が掴みたい情報は、早職という実行犯を特定したかどうかだ。
 今の所、第三勢力が介入を図るためにマッチポンプとして鉄砲玉を送り込み嫌がらせをしていたらしいという憶測だけが拾えた。
 第三勢力のマッチポンプという憶測。
 名前の知れていない外部組織がわざと自分の息の掛かった鉄砲玉を送り込み、ボディガード料を稼ぐために自分達、外部組織の末端組織の構成員を雇わせる。
 ゆくゆくは警備の一部門を足掛かりに竹居江利が所属する組織を乗っ取るなり、瓦解させるなりするための工作だろうという見方が強い。
 早職のような個人の恨みを疑う節が見当たらない。
 ある意味、早職の予定通りでもある。
 個人が欧州系マフィアの橋頭堡である一等地の店舗にカチコミを私怨だけで行うなど常識外れだ。
 そもそも、『滅茶苦茶ではあるが、この場で死ぬ気のない、練度の高い個人』が強襲してきた辺りが連中――竹居江利の在籍する組織――にとって気掛かりで、結果的に目晦ましとなり、思考すればするほど早職から遠退くのが実情だ。
 昼食。
 コンビニで買ってきた大盛りの白飯とアナゴのテンプラ、中華ドレッシングが掛かったレタスチップを頬張りながら、情報売買用の携帯電話に耳を傾けている。
 着信があればいつでも通話できる体勢だけは整えている。
 電子レンジで温められた大盛りの白飯に、出汁醤油をかけて薬味の細ネギの刻みを乗せたアナゴのテンプラ。
 炭水化物を掻っ込みながら、出汁と塩分が利いた熱いアナゴを頬張るのは見掛け以上に複雑な味わいだった。
 熱い白飯を咀嚼している最中に薬味を奥歯で磨り潰し、続けて出汁醤油が沁み込んだアナゴの淡白な身に歯が触れると、遠慮なく咀嚼。途端に衣にまで沁み込んでいた出汁醤油とテンプラ油が混じったエキスが弾けて次から次へと白飯を割り箸で口へと送り込んでしまう。
 脂ぎった口中をさっぱりとリセットさせる、中華ドレッシングを振りかけただけのレタスオンリーのサラダ。
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