人を喰う噺

 移動を繰り返す。
 柱の陰には必ず黒服が陣取っていた。
 柱の角に牽制の1発を叩き込み、怯んだ隙に接近して至近距離から腹部と胸部に必ず2発の弾頭を叩き込む。
 柱を遮蔽とする度に2発以上の実包を消費した。
 空薬莢が柱や壁や調度品に当たって破砕する、様々な音色を奏でる。
 高級社交クラブの雰囲気が瓦解する。
 硝煙と鉄錆に似た血液の香りで穢される。
 そこに死に損ねた人間や上手く死ねた人間がオブジェとして横たわる。
 客に盾にされたホステスが被弾し、それを見ていた隣のホステスが人外を連想させる悲鳴で阿鼻叫喚の先途を作る。
 銃声。悲鳴。銃声。悲鳴。そして銃声。
 黒服が増援される。
 そんなものは構わない。関係者通用口に銃弾を一定のリズムで叩き込む。
 影や硝煙で見えないが、反撃の余地を与えられずに何人かは被弾して倒れたらしい。
 早職のパーカーの裾にも孔が開いたが、命に別状はない。また特売の日に買い直せばいい。
 少々興奮が過ぎたのか、弾倉が空のFNブローニングBDACの銃口を目前に、突如として現れたガードの顔面に向ける。
 ガードの男も撃たれたと思ったのか、右手に握った短ドスの閃きが鈍る。
 スライドが後退したまま、早職が弾倉交換する折角の機会を狙わずに、硬く目を閉じてしまっている。その男の親指を捻り、手から短ドスを奪って臍下に深々と短ドスを刺す。
 僅かに腹腔から空気が漏れる音を聴いた。
 そのまま手を離し、短ドスを腹に植え込まれた男は跪いた常態から横倒しになる。
 背中を調度品と柱の間に埋めて新しいフルサイズマガジンと交換する。
 右手側3mの位置で平べったいFNベビーを構えた痩せっぽちな客が立っていた。ガードを全員殺されて弾除けのホステスに逃げられたか。
 FNベビーをこちらに向ける前に、空の弾倉を無造作に放り投げて顔面に直撃させる。
 懐中拳銃のFNベビーを落とし、妙な方向に歪んだ鼻を押さえて苦悶する。その男に真正面から近付き、ネクタイの根元を掴んで真っ直ぐに立たせる。
 その刹那に銃弾が男の背中……肩の真ん中に命中して瞬間的に体が付随になる。息はしている。死にはしない。だが、男の体が小さく何度か震えて呼吸が止まった。集中的火力を浴びせられてる。彼はその盾にされたのだ。
 銃弾が早職に集中している。
 ネクタイの根元を握ったまま、死体を盾に後退を繰り返す。
 メインフロアの一角での銃撃戦だったが、後退することで、今度はその隙に脱出を図ろうとする客やホステスが正面出入り口に殺到し、団子状態を形成する。
 体内で精製される麻薬で時間が長く感じられる。
 刹那の時間が数時間の猶予に感じられる。
 座らせた死体の陰でマガジンリリースレバーを押し、スライドを前進させると即座に死体を捨てて新しい遮蔽――御影石の柱――に飛び込み、呼吸を整える。
 背後……正確にはこの柱を挟んで背後には黒服かガードが潜んでいる。同じく呼吸が荒い。左手でエマーソン・コマンダーを抜き、ブレードを展開させると逆手に持ち、左手側へ蟹のように横走りして接近して、矢張り潜んでいた黒服の右腕と右腰辺りに切っ先を叩きつけて負傷させる。
 負傷の度合いは浅いが、生理的な反応でその黒服は右手側に体を折って苦しむ。
 苦も無くその男の頭頂部を撃ち抜く。顎下から赤黒い尾を引いて銃弾が抜ける。脳内で急激発生した圧力で両目玉を飛び出させて地面に踏まれた蛙のように倒れた。
 逆手に持ったナイフを順手に構え直し、至近接での戦闘に備える。
 銃弾が飛び交う。
 黒服とガードが互いの位置を誤認して同士討ちを始めている。
 自分が護るべき主人を失ったガードも逃走を目論む。
 出入り口が殺到している。関係者用通路のドアは死体がみえるので生理的に忌避しているのか、一目散に向かう姿は多くない。
 どちらに、誰に、いつまで加勢していいのか解らずに、その顛末として同士討ちが始まったらしい。
 頃合を見計らった早職は脳内の地図を広げ、退路用のルートを検索する。
 厨房の中に2箇所の通用口がある。
 2発ずつの牽制を繰り返して厨房へ飛び込む。スライドがまたも後退。人を直接殺傷する機会以外は本当にやる気を感じさせてくれない拳銃だ。牽制の発砲のときほど弾数を数え間違える。
 厨房に飛び込むと、ガードが既に何人か飛び込んでうた。
 什器が並び、床面積の割には狭く感じる厨房内で軍用自動拳銃を乱射する。
 相手は3人。梃子摺っていると黒服連中もやってくる。
 調理人は危険を察知したのかフライパンに火を掛けたまま逃げ出している。
 包丁で野菜や果物をスライスしていたのにそれも放置して逃げ出したらしい。電動ミキサーが延々とミックスジュースを掻き混ぜていた。
 ガードが乱射しているうちに頭を低く下げ、賄い用の冷蔵庫から新品のミネラルウォーターを取り出して喉を鳴らして飲む。
 腹膜炎を起さないように摘み食いはしない。美味そうな生ハムから視線を逸らせる。
 視線を逸らせた先にガスチューブをみつける。
 床から50cmほどの高さから生えている。
 さらに視線を走らせる。
 賄い用の家庭用電子レンジがみえる。
 床に散らばる菜箸やタッチアップシャープナーが床を這う早職の指に触れる。
 シルバーやステンレスのカトラリーも散乱している。
 連携が取れていないガード連中のトリガーハッピーに酷似した乱射が止む。
 こちらも馬鹿正直にFNブローニングBDACで応戦というわけにはいかない。
 ぶら下がる鍋やフライパン、背の高いステンレスの島棚が邪魔で遮蔽が多過ぎた。
 相手もそれを察知したのか、まな板の上の包丁を掴んで突進してくる。
 射撃準備が整ったFNブローニングBDCAを構えるには時間がない。
 咄嗟に床に転がっていたタッチアップシャープナー――全長30cmほど。直径1cmほど。ペティナイフやキッチンバサミも想定しているのか先端が先細り――を拾って、立ち上がる。
 FNブローニングBDACは一旦、床に置く。
 自分の相棒を後生大事に握っていたら自らの命が危ない。ときには数秒でも手放す勇気が必要だ。
 立ち上がる勢いと、その男が覆い被さるタイミングが一致。
 思わず突き出したタッチアップシャープナーが男の鼻に下から脳天に向けて貫通する。
 掌から伝わる、脳内が破壊される嫌な生々しい抵抗と感触。
 仰天の形相で男は仰向けに倒れる。
 タッチアップシャープナーのグリップを離し、その男の手から滑り落ちた包丁を拾って残りの2人の内、一番遠くにいる男の顔面に向けて投射。
 都合よく刺さりはしない。グリップ部が顎先に当たって大層な悲鳴を挙げる。その隙に再び屈んでFNブローニングBDCAを拾う。
 一番近くにいる男――直線距離3m――の腹部にヒノキのまな板をフリスビーのようにスローイングして強打させる。腰の高さからの奇襲を予想していなかった男は拳銃を握ったまま、まな板の角が命中した臍の辺りを押さえて呻いて屈む。
 FNブローニングBDACのスライドを口に銜え、カトラリーを拾って賄い用の電子レンジに放り込み、スイッチを入れる。
 空かさず、後転で下がり、床上の壁から生えているゴムのガスチューブをタクティカルナイフで切断する。
 厨房外から多数の足音。
 会話の内容が繋がっていることから黒服連中だと解る。
 走る視線。
 電子レンジは金属製品を温め中。
 いい感じにスパークしている。
 切断されたガスチューブから迸る異臭。
 それを察した男達は顔色を変えて、すぐに退避すべく駆け出す。
 間違えても牽制の発砲はしない。2箇所有る勝手口へ通じる押し開きのドアを体当たりで開いて転がり出る。
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