驟雨の前に珈琲を

 マテバMTR―8。
 嘗てマテバ・スポーツ&ディフェンスと呼ばれていたものと同一のものだ。
 全長26cm強。重量1.2kg。全長の割りに75mm……3インチ相当の銃身を具えている。
 何より目を引くのは8発の38splを特殊なローダーで装填するシリンダーが、トリガーガード前方の低い位置に取り付けられており、フロントヘビーのバランスが生み出すその効果はシリンダーの重量によって反動を制御しやすいのがポイントだ。
 グリップの形状が人間工学的な直線で斜形を取っており、あたかも指先を伸ばすような自然で直感的なサイティングが可能だった。
 元は射的競技用の拳銃として開発され、使用する実包が38口径と大きく、デフェンスガンとしての使用も視野に入れて発売された。
 だが、命中精度としては上々だが、射的競技用の精密なサイトを搭載しているのではなく、極普通の……まるで自動拳銃に採用されているのと同じ、精密な狙撃に向かないサイトでこの銃を携えてシューティングマッチに参加するシューターは少なかった。
 8連発のシリンダーは8発1組の特殊なプラスチック製の専用ローダーを用いるので、素早い再装填が可能だった……が、8発1組というローダーのために、全弾撃ち切らないと8発という火力が活かせない場面が多い。
 発砲した分だけの空薬莢を取り抜いて、新しい実包を個別に差し込むことができないのだ。
 みた目はどこにも撃鉄が見当たらないためにダブルアクションオンリーの輪胴式を想像させるが、実際には左右のグリップ上方に申し訳程度の円柱形の突起が突き出ており、これを親指で後方へ押し倒すことで、引き金が大きく後退してシングルアクション状態でより精密な発砲が可能となる。
 シリンダーをスイングアウトさせるサムピースはシリンダー前方のヨーク部分に取り付けられており、左手の親指でないと操作が難しい。左手の親指でサムピースを押し下げ、左手の中指薬指でフレーム左側に押し出し、右手で実包の尻を挟み込んだ特殊なローダーの隙間に爪を差し込んで力技で抜く。
 強力な炸薬を用いる38口径……38spl+以上などを用いると薬莢が内圧で膨らんで薬室に張り付いてしまい空薬莢が抜けなくなる可能性があるのでこの銃に凄まじい威力を求めるのはお門違いというものだ。
 尚、空薬莢が張り付いた場合はシリンダーを外してそれを万力で固定し、空薬莢が張り付いている薬室の前方から長いプラスドライバーでもあてがいながらハンマーで叩くと簡単に空薬莢は抜ける。
 この対処方法は他の輪胴式でも同じだ。
 最近になってマテバMTR―8と名称を改めて販売されたがマイナーチェンジも何も行われていない。
 特殊ローダーの形状が僅かに変わっただけで、性能そのものに影響を与えるものではない。
 バリエーションとして32口径12連発のマテバMTR―12や357マグナム8連発のマテバMTR―8Mというモデルもあったらしいが、今ではカタログ落ちしてしまい店頭やオークションではみかけることはない。
 そもそも32口径の輪胴式用実包自体が入手困難でコレクターの間で高額な取引が交わされているだけで、壁に飾ったり化粧箱に入れて眺める以外に使い道が見当たらない。
 劇的に命中精度が高かったというのなら話は別なのだろうが、命中精度や信頼性に関する情報も僅少だ。
 ならばメーカーとしても一般的にまだまだ現役の38splを用いるマテバMTR―8を生産した方が市場を握りやすい。
 ……キワモノリボルバーで有名なマテバは結局は次々とマトモでマシな『自社らしい製品』を送り出して、一部のリボルバーフリークの間では常に噂の中心だ。
 何しろ、発射の反動で銃本体上部がスライドして後退して素早く撃鉄を自動的に起し、軽い引き金で次々と連射できてしまう、『自動拳銃のような』輪胴式の発売は大層驚かせた。
 尤も、薬室は6個しかないので発射速度では自動拳銃と張り合えても再装填の大きなロスはカバーできなかった。
 他にもユーザーがメーカー純正工具を用いて好みの銃身に交換できて銃口の位置が撃鉄前方付近にあり、反動を抑制する効果と命中精度の向上を狙ったモデルも根強い人気を誇っている。
 このマテバMTR―8もダブルアクション時だとトリガーストロークは長いがコルト社のような粘り気があり、『伸びる』錯覚を感じるトリガーフィーリングでない分、扱いやすい。
 素直に引き金を引いて、短いストロークで銀球鉄砲を撃つのに似ている。
 38splのジャケッテッドホローポイントを新しく呑み込んだマテバMTR―8を構え直した望実は、左手でリップミラーを遮蔽の角から突き出す。
 光源の及ばない角度で陣取られてしまう。
 だが、1人は負傷している。
 小さな鏡の世界越しに情報を貪る。
――――!
――――そういうことか。
 この奥は袋小路。袋小路手前に四つ辻。
 その辻の左右に展開したボディガードの『護り屋』。
 銃撃が途絶えた方向を鏡越しにみやると地面に血の飛沫が飛び散っている。
 連中が奥の袋小路に拘る理由が理解できた。左右の辻のどちらかに折れるまでに追跡者の望実の姿を確認してしまい、足止めの発砲を繰り出した。だが、奥まった袋小路に警護対象の賞金首を押しやってしまった。……大体そんな所だろう。
 発砲はなおも続く。
 連中の輪胴式は僅かにおとなしくなった。
 望実のラッキーパンチの1発が、賞金首を直接警護していた『護り屋』だったらしい。そうでなければ左右の辻から執拗に発砲は続かない。
 4人目の銃声が聞こえないところを鑑みるに、賞金首自身は拳銃を所持していないか、温存しているのか、恐怖に震え上がって使いものにならないのだろう。
 実質的な脅威は目前の2人。
 賞金首以外に弾薬を消費するのはいつものことだが、必要経費で落とせない場合が殆どなので景気良く発砲できないのが口惜しい。
 左手のリップミラーが右手側の辻の人影が不用意に前屈みになったのを捉えた。
 弾切れで再装填する際に体の一部を遮蔽から表したのに気づかずに、その場で予備弾薬を漁ったのだろう。その隙を逃がすほど望実は甘くない。
 20mそこそこの距離で、互いが固定銃座と化した状況で30秒近くも鉄火場を交えておきながらイニシアティヴの変化が読み取れないのでは賞金稼ぎとしても暗黒社会の住人としても失格だ。
 切った張ったの世界では主導権の確保、維持、強奪が肝となる。
 右手側の辻に潜む男の爪先に向けて発砲。
 頭をやや垂れているということは、爪先に重心バランスが移動するということだ。
 その片爪先を撃ち抜いてやった。男は踏みつけられた猫のような奇声とともに大きく体を飛び跳ねさせた。
 さらに大きく男の体が遮蔽から飛び出る。
 発砲。2発。
 2発の38口径は男の胴体に命中し、今度は呻き声も奇声も発することなく脱力したようにその場に崩れた。
 38口径のジャケッテッドホローポイントだ。停止力はかなりのものだが、深く体に侵徹する弾頭ではない。『すぐには死なないだろう』。
 その男が使っていたS&W M66の4インチが転がる。半開きのシリンダーが落下の衝撃で大きく開き、冷たい音を立てて横たわる。
 地面のS&W M66の付近までみるみるうちに男の体から流れ出る血液が近寄る。望実の興味はその頃には左手側の辻の男に移っていた。
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