驟雨の前に珈琲を

 2発ずつのダブルタップ。それぞれの腹に1発ずつ叩き込み、完全な無力化を図るために胸部に1発ずつ叩き込む。
 望実が手摺に降り立ったときに2人はその場に崩れ落ちた。
 階段下で呻きながら悶絶する男の右手が、自分の放り出した拳銃を求めていた。芋虫同然の右足首を失いかけている男の腹に38口径を叩き込んで黙らせる。
 残弾0。
 再装填しながら飯場のスライドドアに向かう。
 階段裏のボルタリングを敢行する前に、咄嗟とはいえ、左手の小指に挟んで待機させていた予備の特殊ローダーを胸元に放り込んだので今は取り出し難い。
 スライドドア側にウジーの男がこちら側へ廻りこむまでにカタをつけたい。
「!」
 砲撃。40mmの砲弾が飯場を直撃する。容赦なく砲撃が続けて襲いくる。
――――ここには明塚はいないの?
――――やばい!
 プレハブ全体が地震に見舞われたように軋む。窓ガラスに次々と罅が入る。
 目論み違い。欺瞞。ブラフ。……いくつもの可能性が頭を駆け巡る。今のこの危機を何とかして切り抜けなければ瓦礫の下敷きになる。
 日本のプレハブは優秀だ。簡単には壊れない。だが、要の柱をバランスを崩すように、いくつか破壊すると脆く崩れ落ちる。
 大黒柱一本で建物全体を支えている一般的家屋とは拵えが違う。
 絶妙なバランス感覚でその形状を保持している。
 勿論、バランスを保持する部位は強化されているので、ちょっとやそっとでは崩落しないように造られている。……40mmグレネードランチャーの砲撃に耐えられるというコンセプトではないだけだ。
 階段を支える支柱に飛び移り、望実の自重で緩やかに支柱が折り曲がり始めて、地面に着地。
 着地と同時に根元からヘシ折れる支柱。
 甲高い金属の擦過音を立てて階段が崩落。
 この位置から再び2階の廊下に登ることは難しい。
 2階のスライドドアを開け放ち、室内に飛び込んでいたら今頃室内で挽肉にされているところだ。
 満遍なく2階の飯場に砲弾が飛び込んで、頭の上からガラス片が降り注ぐ。上着の襟をずり上げて、頭部や首をガラス片から守る。
――――少なくとも! このプレハブには賞金首はいない!
――――どこに?
――――そもそも『誰だ?』
――――『誰』が賞金首なの?
――――ここにいるのは確かなのに!
 最大の篭城場所である飯場を破壊してまで遁走するのは解るとして、飯場に潜んでいるであろう賞金首はどこにいったのかが全くの謎だ。
 人数が合わない。
 最初に背後から撃ち倒した男。
 アンバランスなウジーを遣う男。
 足首を撃ち抜いた男。
 階段上で仕留めた男が2人。合計5人。
 『護り屋』は既に前情報で手に入れた通りの人数と邂逅している。残りは賞金首だけのはず。
 砲撃が止んだ。
 体当たりで全体が崩落して瓦礫の山になりそうな飯場のプレハブ。
 その擲弾が残した匂いが鼻を突く。刺激臭に顔を顰める。擲弾の弾頭の火薬の臭いだ。他ではそう簡単に出会えない匂い。
「!」
 咄嗟に伏せる。
 止めの砲撃と思われる砲声を聞いた。
 爆発音こそ今までと比べて小さな物だが、瓦礫のプレハブに火が点く。
 着弾点を中心にナパームジェル主体の火焔を撒き散らす砲弾でも用いたか。
 遠くで――大した距離ではないのに、そのように聞こえた――車のエンジンが唸る。
 火の手が上がるプレハブ。
 体をぴったりと合わせて遮蔽にすることが出来なくなったプレハブ。 熱で蒸し殺される前に、不恰好で無様な匍匐全身で鈍足な移動を始める。
――――少なくともプレハブの中に賞金首はいなかった!
――――だけど、『この場』に賞金首はいる!
――――その証拠に車のエンジンが掛かった!
――――情報屋の情報が嘘でないのなら……。
 先程のトイレブースに辿り着くまでに、ウジーの銃声は聞こえなかった。
 ハイエースの運転席で、今にも発車しようとしているウジーの男と思われる後頭部がみえた。
 事務所近辺では外灯が破壊されていないのでその光景がよくみえる。
「……」
――――ああ……そうでしょうね。
――――そうとしか考えられないわ。
 謎が氷解した顔で、地面に伏せた状態でマテバMTR-8を構える。撃鉄を起し、50m先のハイエースの右側後輪を狙う。
 呼吸一拍。
 引き金を引く。
 立った状態より遠くの標的を狙うのに適した体勢。
 狙わずとも狙いやすい体勢のまま引き絞った。
 38口径は誘導されたようにタイヤに命中し、浅くめり込んだ。辛うじてパンクさせる。
 小さな紙風船を踏み潰したような迫力のない音響。
 ハイエースの運転席からM203A1をアッドオンしたウジーを携えて降車した男……その男の顔を今初めてまともにみる。
 陰と影と遮蔽に守られてみえなかったその容貌は、手配書の人物と同じものだった。
――――明塚一臣……。
 あれほどの猛攻を続けていた、『護り屋』と思い込んでいた最大の脅威が、仕留めるべき賞金首の明塚一臣だった。
 先に仕留めておくべき人物が、先に仕留めなければならない人物だった。
 明塚一臣がたった一人の賞金首を弄んだ末に逃走を図る意図が不明。逃走を一時だけ阻止したが、すぐ隣のもう一台のハイエースに乗り込まれたら望実の敗北だ。
 迷わずもう一台のハイエースの後輪もパンクさせる。
 特に驚いた顔もみせない明塚一臣。
 ウジーを腰溜めで構えて4、5発の指切り連射を繰り返し、プレハブ事務所の方へ向かってくる。
 望実は右手側に転がりながら瓦礫のオブジェと化したトイレブースの陰に戻り、隠れもせずに歩み寄る明塚一臣をリップミラー越しに確認する。
 飯場への砲撃で襲撃者を仕留めたと思っていたのだろう。
 余裕で立ち去れる横顔に表情の変化は感じ取れないものの、リップミラーに映る明塚一臣は、伸ばした折り畳みストックを軽く右肩に当てて両目の高さでウジーを上げやや前傾姿勢で移動を始める。
 今までにみせたことがない構え方。
 肩から湯気のように戦意や闘志が立ち昇るのがみえそうだ。
 右手でM203A1がアッドオンされたウジーを、ワークスペースを確保しつつ、左手はトレンチコートの後ろ腰に廻り、40mmグレネードの砲弾を取り出す。
「!」
 遮蔽としている場所を特定されたとは思えないが、着弾点一帯を薙ぎ払う擲弾は厄介だ。
 破片を受ければ場合によっては痛いだけでは済まない。
 すぐに遮蔽伝いに移動する。
 瓦礫のトイレブースは材質は脆いが、遮蔽物としては有用で姿を晦ませるには充分に役立つ。
 刹那。
 シュポンという間抜けな砲声とは裏腹に秒速80m以上の速さで飛来した擲弾はFRPでできたトイレブースをさらに大きく変形させる。
 そう簡単に引火しないが、鼻を突く刺激臭が含まれた焦げ臭い煙が立ち込める。
 左手の指で顔に付いた粉塵を払ったときに、左手首の腕時計が眼に入る。残り4分だと報せている。
 4分経過したからピッタリと同業者が殺到するわけではないが、漁夫の利を得ようとする集団がいつ現れてもおかしくはない状況に早代わりする。
 リップミラー経由で、焦げ臭い世界の情報を集める。
 明塚一臣は相変わらず右手でワークスペースを確保したまま、小走りに駆けて左手でトレンチコートの内側からウジーの予備弾倉を引き抜く。
 両目を開けたままの索敵を繰り返す。
 真っ当な訓練を積んだ人間の動きだ。
 教科書通り。セオリー通り。ハウツー通り。オーソドックス。故に強敵だ。
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