租界の陰の金牛宮
脅威順に2人の胸部に9mmパラベラムのジャケッテッドホローポイント1発ずつ叩き込む。左肩の向く方向を転換させながら立ち上がる。 立ち上がっても肩幅分の範囲で小さな移動を前後左右に繰り返すだけ。即座に物陰に飛び込む真似はしない。
物陰に飛び込む軌道をみせれば、その地点に銃弾が集中し、被弾する可能性が高くなる。
この場の脅威は残り4人。
弾倉交換の隙をみせれば圧倒的不利、牽制の仕掛け所も神経を使う。弾倉には6発。薬室に1発。
自分の体が遠心力に負けそうな感覚に襲われる。
無駄な遠心力を抑えるためにも下肢で腰に発生するバランスと重心を制御し、腋をしっかり締めて腕を小さく折り畳んで最小面積を作り出している。被弾面積を少なくするだけの構えではない。余計な遠心力は、吶喊時に発生した演舞的な動作の弊害だ。
「……ちっ!」
小さく舌打ち。今し方牽制に割ける貴重な1発を費やした。
無駄弾は撃てない。
左太腿外側の熱い痛みが痒みを帯びる。
出血しだしたらしいが、アドレナリンが沸点を迎えればこの程度の痛みは無視できる。それまでにこの場を片づけることに専念する。
発砲する。
発砲される。
発砲した。
発砲させる。
連中の定まらない銃口はトリガーハッピーの心理に陥る前に沈黙する。
無駄が多く、全く定まらない標的に対して弾倉分の実包を使い果たした。再装填は許さない。
相変わらず被弾面積の減少を目論む構えで、左足を軸に左肩の方向を向け、その先にいる標的を素早く、冷静に、容赦なく仕留める。
無力化できればそれでいい。
殺すつもりはない。放置されたまま死んだ場合は運がなかっただけだ。
視界に認めた三下連中を全員排除すると、2台のカローラのタイヤに1発ずつ叩き込んで機動力を削いだ。車中には誰も乗っていない。
丁度空になった弾倉を交換。
手元は弾倉交換のために働いていたが、頭脳と神経は久野の部屋を見上げていた。
久野の部屋から2人の男が出てくる。
短機関銃のような速射を浴びせてくる。
綾左の足止めと綾左への直接攻撃を目論む銃弾が飛来。
――――こいつら『プロ』だ。
――――今までの連中と動きが違う!
2階建てのアパート。久野の部屋から出てきた2人は左右に展開して錆が浮いた下へ通じる階段を下りてくる。
2人ともグロック17L。それも33連発弾倉を差し込んでいる。
フルオートに頼らない多弾数主義者が好みそうな組み合わせだ。
――――?
――――車……2台?
――――人数は?
――――2台に男がこんなに詰め込んで乗っていたの?
――――まだ車はどこかに待機させてあるわね。
――――少なくとも私の出現は計算外。万が一に備えて雇われただけの拳銃遣い。
――――久野を殺すつもりはない……拉致……?
――――部屋の中で口を割らされていたのかな?
車の台数と今し方、無力化させた人数と、展開しつつある2人組みをみながら情報の精度を上げる。
2台のカローラは三下連中が乗っているものと仮定したら、もっとフットワークを軽くするためにもグロック17Lを構えた2人は別に停めてある車で移動するはずだ。
そして連中の目的は久野や綾左の殺害ではなく、久野の拉致。
あらゆる勢力が聖域として扱う久野の部屋に押し入るのだから万が一に備えた戦力を引き連れて参上したのだろう……そしてグロック147Lの男たちがプロだとするなら……その2人もクライアントに関する情報は何も喋らないだろう。
流石に連携の取れた銃撃に押されてしまい、自分がパンクさせたカローラの陰に体を滑り込ませる。
連中からみて、遮蔽になる地点に先に銃弾が集中したときは心臓を吐きそうだった。右肩の筋肉を軽く削られただけで、カローラの陰に飛び込めたのは幸運だったとしかいえない。
返り血を浴びてドス黒い染みで彩られたフィールドコートが自分の血で汚れるのは、いつ体験しても気分がいいものではない。
右肩を浅く削られた際にアドレナリンの分泌量が促され、急激に喉の渇きを覚える。
不思議なもので、喉の渇きを覚えるのに鳩尾は冷たく、肺は熱い。冷や汗は汗ではなく不快な何かという感触だ。視界が狭くなり、音が遠くに聞こえる遊離感を覚える。
脳味噌の中に心臓があるのではないかと疑うほどに、自分の心臓が五月蝿い。
全ての不快感や焦燥感はたった1本の煙草を吸うだけで解決できるのではないかと突拍子もなく考える。
ヨーロッパでカチコミ屋というより拳銃遣いとして修行に出る前に、ヨーロッパへの逃走ルートを手配してくれたトカレフ遣いのあの女は、コニャックの香りがする銜え葉巻のあの女はいった。
「恐怖を忘れるな。恐怖に慣れるな。恐怖を知れ」
と。
恐怖を知らないだけの蛮勇は命の安売りの他ならない。
命の売り場所を弁えろと言外に伝えたのだろう。
あのトカレフの女も恐怖に鈍感になったお陰で随分と痛い思いをしたと付け足していた。
一つしかない命だからこそみせる輝きに価値がある。
考えて解決する知能と知力と知性だ。
銃弾の威力だけで解決できる問題なら山ほどある。
アンダーグラウンドでは銃弾一発で全てが決まる事柄は日常茶飯事だ。
だからこそ恐怖を友とする覚悟も必要だ。
恐怖に対し、慢心も麻痺も欠落も全てが生死に直結する。
悲しいことに、自分に助言をくれたトカレフの女のような職人気質の拳銃使いは最近では中々みかけなくなった。
そして最近ではみかけない職人気質な拳銃遣いを相手にしているのだと想像に到ると、綾左は歯を食い縛らずにはいられなかった。
左右から大きく緩く距離を取って包囲するグロック17Lの男たち。
牽制射撃すら許してもらえない。
2人のグロック17Lが吐き出す9mmパラベラムがカローラのウインドをことごとく叩き割る。
弾切れを誘って再装填のロスを狙おうにも、互いが互いをカバーし合っているので隙が窺えない。
2人ともアパートの1階に下りて敷地から出ようとしている。
その向かい直線距離にして10m程度の距離を詰められると状況は悪化する。
無意味な命の安売りと相成る。
そうなる前に少なくとも距離を保ちながら離脱とみせかけたモーションをアピールする必要がある。
実際に離脱するのは簡単だ。
1発程度のバイタルゾーン以外への被弾を覚悟して飛び出せば、頭に描いた退路に進むことができるだろう。それはつまり、久野という情報の提供元と、仕事の斡旋窓口と、武器弾薬の流通経路をまとめて失うことになる。
『死ぬよりも辛い死に方』が待っている。
拳銃遣いとして死ぬ。暗黒社会の人間として死ぬ。明るい世界で適合できずに死ぬ。自分の人生に価値を見出せずに心が死ぬ。久野を失う負い目だけを背負って不味い酒を呑みながら死ぬ。こうしている間にも9mmパラベラムで追い立てられて死ぬ。
車体下部の隙間から窺って2人のいずれかの足を狙うが、暗過ぎて照準が定まらない。
絶対防衛圏の10mが縮まろうとしている。
風通しの良くなったカローラのあらゆる隙間を遮蔽にして、無様な牽制を仕掛けるのが限度だ。
予備弾倉、残り7本。合計56発。
普通なら充分すぎる火力だが、2人の火力はさらにその上だ。
同じ9mmパラベラムを使用する自動拳銃でも使い手が違うと、脅威も違う。
自分に撃ち倒された連中もこんな心中だったのだろう。
物陰に飛び込む軌道をみせれば、その地点に銃弾が集中し、被弾する可能性が高くなる。
この場の脅威は残り4人。
弾倉交換の隙をみせれば圧倒的不利、牽制の仕掛け所も神経を使う。弾倉には6発。薬室に1発。
自分の体が遠心力に負けそうな感覚に襲われる。
無駄な遠心力を抑えるためにも下肢で腰に発生するバランスと重心を制御し、腋をしっかり締めて腕を小さく折り畳んで最小面積を作り出している。被弾面積を少なくするだけの構えではない。余計な遠心力は、吶喊時に発生した演舞的な動作の弊害だ。
「……ちっ!」
小さく舌打ち。今し方牽制に割ける貴重な1発を費やした。
無駄弾は撃てない。
左太腿外側の熱い痛みが痒みを帯びる。
出血しだしたらしいが、アドレナリンが沸点を迎えればこの程度の痛みは無視できる。それまでにこの場を片づけることに専念する。
発砲する。
発砲される。
発砲した。
発砲させる。
連中の定まらない銃口はトリガーハッピーの心理に陥る前に沈黙する。
無駄が多く、全く定まらない標的に対して弾倉分の実包を使い果たした。再装填は許さない。
相変わらず被弾面積の減少を目論む構えで、左足を軸に左肩の方向を向け、その先にいる標的を素早く、冷静に、容赦なく仕留める。
無力化できればそれでいい。
殺すつもりはない。放置されたまま死んだ場合は運がなかっただけだ。
視界に認めた三下連中を全員排除すると、2台のカローラのタイヤに1発ずつ叩き込んで機動力を削いだ。車中には誰も乗っていない。
丁度空になった弾倉を交換。
手元は弾倉交換のために働いていたが、頭脳と神経は久野の部屋を見上げていた。
久野の部屋から2人の男が出てくる。
短機関銃のような速射を浴びせてくる。
綾左の足止めと綾左への直接攻撃を目論む銃弾が飛来。
――――こいつら『プロ』だ。
――――今までの連中と動きが違う!
2階建てのアパート。久野の部屋から出てきた2人は左右に展開して錆が浮いた下へ通じる階段を下りてくる。
2人ともグロック17L。それも33連発弾倉を差し込んでいる。
フルオートに頼らない多弾数主義者が好みそうな組み合わせだ。
――――?
――――車……2台?
――――人数は?
――――2台に男がこんなに詰め込んで乗っていたの?
――――まだ車はどこかに待機させてあるわね。
――――少なくとも私の出現は計算外。万が一に備えて雇われただけの拳銃遣い。
――――久野を殺すつもりはない……拉致……?
――――部屋の中で口を割らされていたのかな?
車の台数と今し方、無力化させた人数と、展開しつつある2人組みをみながら情報の精度を上げる。
2台のカローラは三下連中が乗っているものと仮定したら、もっとフットワークを軽くするためにもグロック17Lを構えた2人は別に停めてある車で移動するはずだ。
そして連中の目的は久野や綾左の殺害ではなく、久野の拉致。
あらゆる勢力が聖域として扱う久野の部屋に押し入るのだから万が一に備えた戦力を引き連れて参上したのだろう……そしてグロック147Lの男たちがプロだとするなら……その2人もクライアントに関する情報は何も喋らないだろう。
流石に連携の取れた銃撃に押されてしまい、自分がパンクさせたカローラの陰に体を滑り込ませる。
連中からみて、遮蔽になる地点に先に銃弾が集中したときは心臓を吐きそうだった。右肩の筋肉を軽く削られただけで、カローラの陰に飛び込めたのは幸運だったとしかいえない。
返り血を浴びてドス黒い染みで彩られたフィールドコートが自分の血で汚れるのは、いつ体験しても気分がいいものではない。
右肩を浅く削られた際にアドレナリンの分泌量が促され、急激に喉の渇きを覚える。
不思議なもので、喉の渇きを覚えるのに鳩尾は冷たく、肺は熱い。冷や汗は汗ではなく不快な何かという感触だ。視界が狭くなり、音が遠くに聞こえる遊離感を覚える。
脳味噌の中に心臓があるのではないかと疑うほどに、自分の心臓が五月蝿い。
全ての不快感や焦燥感はたった1本の煙草を吸うだけで解決できるのではないかと突拍子もなく考える。
ヨーロッパでカチコミ屋というより拳銃遣いとして修行に出る前に、ヨーロッパへの逃走ルートを手配してくれたトカレフ遣いのあの女は、コニャックの香りがする銜え葉巻のあの女はいった。
「恐怖を忘れるな。恐怖に慣れるな。恐怖を知れ」
と。
恐怖を知らないだけの蛮勇は命の安売りの他ならない。
命の売り場所を弁えろと言外に伝えたのだろう。
あのトカレフの女も恐怖に鈍感になったお陰で随分と痛い思いをしたと付け足していた。
一つしかない命だからこそみせる輝きに価値がある。
考えて解決する知能と知力と知性だ。
銃弾の威力だけで解決できる問題なら山ほどある。
アンダーグラウンドでは銃弾一発で全てが決まる事柄は日常茶飯事だ。
だからこそ恐怖を友とする覚悟も必要だ。
恐怖に対し、慢心も麻痺も欠落も全てが生死に直結する。
悲しいことに、自分に助言をくれたトカレフの女のような職人気質の拳銃使いは最近では中々みかけなくなった。
そして最近ではみかけない職人気質な拳銃遣いを相手にしているのだと想像に到ると、綾左は歯を食い縛らずにはいられなかった。
左右から大きく緩く距離を取って包囲するグロック17Lの男たち。
牽制射撃すら許してもらえない。
2人のグロック17Lが吐き出す9mmパラベラムがカローラのウインドをことごとく叩き割る。
弾切れを誘って再装填のロスを狙おうにも、互いが互いをカバーし合っているので隙が窺えない。
2人ともアパートの1階に下りて敷地から出ようとしている。
その向かい直線距離にして10m程度の距離を詰められると状況は悪化する。
無意味な命の安売りと相成る。
そうなる前に少なくとも距離を保ちながら離脱とみせかけたモーションをアピールする必要がある。
実際に離脱するのは簡単だ。
1発程度のバイタルゾーン以外への被弾を覚悟して飛び出せば、頭に描いた退路に進むことができるだろう。それはつまり、久野という情報の提供元と、仕事の斡旋窓口と、武器弾薬の流通経路をまとめて失うことになる。
『死ぬよりも辛い死に方』が待っている。
拳銃遣いとして死ぬ。暗黒社会の人間として死ぬ。明るい世界で適合できずに死ぬ。自分の人生に価値を見出せずに心が死ぬ。久野を失う負い目だけを背負って不味い酒を呑みながら死ぬ。こうしている間にも9mmパラベラムで追い立てられて死ぬ。
車体下部の隙間から窺って2人のいずれかの足を狙うが、暗過ぎて照準が定まらない。
絶対防衛圏の10mが縮まろうとしている。
風通しの良くなったカローラのあらゆる隙間を遮蔽にして、無様な牽制を仕掛けるのが限度だ。
予備弾倉、残り7本。合計56発。
普通なら充分すぎる火力だが、2人の火力はさらにその上だ。
同じ9mmパラベラムを使用する自動拳銃でも使い手が違うと、脅威も違う。
自分に撃ち倒された連中もこんな心中だったのだろう。