速やかに、去(い)ね。

 何処をどうやって噛んだのか? 噛み付いたのか? 屍狗魂は唇の端から青白い幽鬼の様な人魂を旨そうに噛み砕いて飲み込んだ。
 節木は全く動かなかった。『火閃を集中させてはいけない』と云うセオリーを全く無視して4挺のシグP230が一斉に火を噴いた。たった一匹を昇天させるには充分な釣銭が返って来るほどの報復だった。
「マメな奴だったよな」
 高谷は節木のポケットから殉職者の作戦コードを羅列した地図とマジックインキを抜き取って自分のポケットに移した。
「この間のタバコ代、返しておきますね」
 猛美は500円硬貨を節木の亡骸の上に置いた。
「……十川に宜しくな」
 石部は拝みながら呟く。42AB、両者の死亡が確認された。
「行くぞ」
 石部が自ら前衛に立って先を行く。高谷が少し離れて石部をバックアップする。後衛は猛美と利根だ。2階フロア―に全員が降り立つ。
「風祭さん。非常階段の鍵を撃ち抜いて外に出られませんかね?」
「私もそれを考えていたんだけど……」
「何か?」
「32口径じゃ無理。それと音で屍狗魂が寄って来たら非常階段に出られても挟撃されるわ。飛び降りて足を負傷したら良いエサよ」
「んー。じゃ、何か大きな硬いモノを窓とかドアにぶつけて……」
「むーりー。作戦概要読んでなかったの? 完成したココに調度品を運んでいる最中に次々と作業員が倒れたから事件性が浮かんだのよ。そんな『私達でもブツけられる』大きなものが都合良く転がってるとは思えないわ」
 二人がそんな遣り取りをしている時、石部が急停止した。
「? 石部さん?」
 高谷が石部に慎重に近付く。石部が遣る瀬無い溜息を吐く。
「『節木の遺品』に書き込め」
 高谷が覗き込むと22Aと63Aのワッペンを貼った二人が自らの頭を撃ち抜いて絶命していた。
「これで残存約7人か。救援はまだか……」
「はい。救援の体勢が整うを期待するしかないですね」
 合掌を終えた高谷が節木の遺品である地図の裏に22Aと63Aを記入する。
 応戦に次ぐ応戦。排撃に次ぐ排撃。
 どれだけの銃弾を消費したか数え切れない。
 猛美は帰の所為か命中精度の下がってきたP230の薬室を空にして目を凝らして見た。
 ライフリングが僅かに磨り減っている。材質の熱膨張の所為か、何度か装弾不良を起こして危険な目に遭った。予備のP230で対処したが、メインで使っている拳銃がこんな時に寿命を迎えるとは計算外だった。
 弾倉を抜いて予備の拳銃に持ち替える。
 熱が冷めて銃身を交換してやればまだまだ使えるメインのP230だったが、そんな余裕は無いのでここで放棄する。
 ロビー付近まで漸く近付いた。
 肝を寒風に晒す様な凄まじい雄叫びが聞こえる。
 角に身を潜めて石部が猛美から借りた手鏡を介してその正体を暴こうとするが勿論、何の変哲も無い。鏡には何も写っていない。
 唯、他チームの床に寝そべる一人と虚空に向けて発砲している一人が鏡に映った。
 床の一人は恐らく絶命しているのであろう。天井に向けて撃つような仰角で発砲して不審に思い、自分から目視する為に顔を晒して覗き見る。
「!」
 直ぐにサッと身を引いて交替で目視する様にハンドシグナルで喋った。
 猛美も絶句する。
 天井に背が届かんばかりに巨大な屍狗魂が前足の鉤爪で22Bのワッペンを貼ったメンバーと交戦中だ。
 直ぐ様石部は飛び出して「続け!」と指示を出した。
 こんな巨大な屍狗魂は初めてだ。3発撃ち込めばどんな大型の屍狗魂も灰になったのに、どれだけ22Bの男が弾丸を叩き込んでもビクともしていない。辺りに空弾倉と空薬莢が散乱している。
「43Bと4班の3人だ! 22B! 加勢する」
「頼む!」
 石部の援護に叫んで応える22B。
「ラスボスですかねぇ!」
 利根は誰と無しに声に出す。
「そう願いたいわね!」
 猛美は軽口に軽口で応えて銃撃を加える。だが、急に違和感。弾丸が効いていない……と、言うより弾丸を『殺している』のだ。
「石部さん! ヤツの足元!」
 猛美は絶叫する。
 巨大な屍狗魂の陰になって解り難かったが、豆粒がパラパラと落ちている。
 更に気が付いた事に撃ち込んだ弾丸は数秒してから屍狗魂の腹の下辺りからポツポツと落ちるではないか。
「お前ら! 22B! 撤退だ!」
「高谷さん!」
 石部と利根の声と銃声が重なった。
 高谷が物陰から飛び出してきた子犬程の大きさの屍狗魂に喉笛を横切られた。屍狗魂の口には青白く光る不定形な人魂が咥えられていた。
 利根の銃弾がその屍狗魂を貫く。咥えられていた、本体から剥離された高谷の魂は中空を彷徨いながら消失する。
「風祭! 利根! 退路を確保! 22B! 早くこっちへ!」
 猛美は少し逡巡した。退路と言われても、ここから真っ直ぐ進めそうなのは地下遊技場くらいなものだ。
 それ以外はどんなに銃弾で撃ち倒しても屍狗魂が曲がり角の陰や上の階からぞろぞろと涌いて出てくる。不思議と地階からは一匹の屍狗魂も出現しない。
 今は選択している余地など無い。地階といえども袋小路では無い。
 火災時の非常口などの脱出経路は用意されている。ちゃんと消防法で決まっているのだ。
 頭に叩き込んだ地図にも非常口の位置がはっきり浮かんでいる。
 地階の非常口は一直線に地上に出られる様に設計されている。石部と22Bが退路を開いた二人の後に続いて地下へと続くなだらかな階段を駆け下りる。
「何故、地下だけはヤツらが確認出来ないんだ? 本当に居ないのか?」
 石部は地下遊戯室の図面を頭の中に投影しながら理由を模索する。
 遊戯室になだれ込む。遊戯室と言っても広いだけの空間でしかない。空調も照明も幸い生きている。猛美はP230に安全装置を掛けて、任務の最中なのに構わずにラッキーストライクに火を点ける。
 紫煙を大きく吐きながら思いっきり脱力する。
 22Bは疲労困憊を隠せず床に寝転がってしまった。それに倣うように猛美も凭れた背中をズリ下げる格好で床にへたり込む。
「僕の考察ですが」
 利根もだらしなく足を伸ばして床に座りながら意見を述べる。
「地脈、水脈。この山荘については、仙脈が原因かも、と諜報部の人は言っていましたよね? 魔術知識は素人ですが、完全に仙脈が支配されている訳ではないと思います」
「?」
 3人とも顔を見合す。
「もしかして、強度に偽装があったのでは?」
 利根が天井の一角を指す。壁紙がカビで変色している。カビが生えているのはそこだけではなかったそこかしこにカビが確認できる。
「床もなんですが」
「あ!」
 猛美が利根の話の最中に素っ頓狂な声を上げる。
「どうしました?」
「血……血、だよね?」
 皆は床を見る猛美の視線を追っていくと血溜まりを踏んだ靴の跡が石部の靴底から続いていた。
「ん? ホントだ。石部さん、負傷ですか?」
「い、否。そんなはずは……」
 猛美も利根も体を捻ったりしてどこか負傷したのかも? と、点検してみるが擦り傷一つ無い。屍狗魂の攻撃なら血が出ずに痛みと痕だけが皮膚に残り、そして死ぬ。
「あのロビーのバケモノだよ」
 22Bが重たそうに口を開く。
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