速やかに、去(い)ね。
今回はそのケースの可能性が高い。今回の任務では風祭&利根組の他にも2人一組のチームが2組あって、それぞれ別方向からのドアや窓から潜入しているはずだ。
1階で3チームが合流し、2チームが前衛・後衛を担当しながら前進。その間、1チームが中間に位置しどちらのチームにでも協力できる様に警戒する。1階を制圧し、地下室を制圧し、2階及び屋根裏を制圧して任務完了。
どこに何体の屍狗魂が潜んでいるか解らない。個体差の激しい屍狗魂は人間を捕食するパターンや捕食量まで違う。
被害件数が少ないから潜んでいる数も少ないとは限らない。だから戦力を分散させずポイントで合流して一塊で行動する。
「銃を抜け! 馬鹿!」
「あ、そうでした」
横に立った利根に視線を走らせて一喝する。
利根は慌てて今頃になって左脇のホルスターからP230を抜いてスライドを引く。
何の緊張感も無い。丸でエアガンのコッキングだ。インドア専門のサバイバルゲーマーの方が余程機敏に動く。
ここで幾ら呆れ返っていても仕方ないので、合流ポイントまで前衛に猛美が立ち、後衛に利根が立つ。屍狗魂は物理的仲介を受けない曲に根城として「与えられた」建造物の中では壁をすり抜けるなどと言う事は出来ない様だ。
……先人達が残した記録に書いてあった。
不意に猛美の後方で……利根が守っているポジションで発砲音が2つ聞こえた。
「!」
「屍狗魂1体確認! 昇天確認!」
背中越しに利根が簡潔に報告する。
「警戒密に! 今のが最後の一匹だったらいいのにな。ちょっと楽観かな?」
「いいえ、全くです!」
利根の前方3mの位置では大型のシベリアンハスキー程も有る4本足の獣が額を撃ち抜かれて前屈姿勢で今にも飛び掛ってきそうな体勢のまま停止していた。
全身が黒い毛で覆われた目が4つ有る、横に変倍が掛かった様に平たい顔をした不細工な顔。
それでも、鮫の様な歯が並んだ顎は人間の手足を軽く噛み千切るだろうし、無気味に光る爪はどんな金属を用いたナイフより切れる。もしも物理的なダメージを受けるのなら、だ。
見る見るうちに体色を失って灰色になり白っぽい灰色になりやがて真っ白になると小さな旋風が発生して灰燼と化した屍狗魂を吸い上げて天井を突き抜けて消えてゆく。これが屍狗魂と屍狗魂の最期だ。
合流ポイント近くまで来て全部のチームが揃った。
利根が時間通りに突入してこなかった分だけ他の2チームを待たせてしまった。全滅したのでは? と不安を抱かせたのは非常に悪い。チームの今後の連携に支障が出るかもしれないからだ。
予てからの予定通り前衛を風祭&利根組が受け持つ。
1階制圧中、ホールの吹き抜けから屍狗魂が飛び降りて襲い掛かってきた。全部で4匹。セオリー通りに1対につき2発、銃弾を叩き込む。猛美・利根・バックアップ1人の3人で迎撃する。残りは後方に控えさせて周辺の警戒に当たらせる。
全員が一つの集団目標に火閃を注ぐのは効率が悪い。
幾ら32口径と言えど閉鎖に近い空間で十数発も連なって聞こえると聴覚に影響が出る程の爆音である。
空薬莢が舞い、着地するまでに絶命した屍狗魂が床に落ちて足元で塵に帰って元の世界へ帰っていく。……多分帰っていくのだろう。当事者である『神田機関』の生き残りに聞かなければ真相は不明だ。
この後、何度かの襲撃に遭遇した。
適度な緊張が持続できる様に夫々のチームがポジションを交替しながら洋館内を隈なく制圧した。
勿論、敷地内を徘徊する屍狗魂も昇天させたが僅か1体だけだった。
捕食が終わって「巣」に戻ってくる恐れもあったのでそれは別チームと丸々入れ替わって任務の引継ぎをして帰投した。これが保全課の日常だった。
極単調だが、一度のミスで自分はおろかチーム全体が全滅しかねない危険と隣り合わせだ。
一般警察と違い発砲自体はとやかく問われない。
屍狗魂の行動パターンや固体の個性を事細かに記録する事が義務付けられている。パソコンを起動させて、雛型の出来上がった入力フォームで報告書を作成して送信する。この送信をクリックした時に漸く仕事から解放された実感を感じる事が出来る。
入浴か就寝時以外は腕時計型識別機は常に手首に有り、オフの食事中でも手の届く範囲に必ず拳銃を置いている。
緊張の連続。お陰で、野良犬を見かけても思わず拳銃のグリップを握ってしまう。
「疲れた……」
泣き縋る様な呟きと共に缶チューハイのプルタブを開ける。
口には火の点いていないラッキーストライクライト。
仕事に不満は無い。充実した毎日だと感じている。
唯、緊張の連続過ぎで糸の解しドコロが中々見つからないのだ。
猛美とて女である。ある日目覚めたら誰かの腕の中……と云う幻想に憧れたりもする。
こんなタバコ臭い女なんか誰も欲しがらないサ。と、自嘲気味に唇の端を吊り上げる。ラッキーストライクを摘み代わりにチューハイを飲み干してベッドに倒れ込む。
――――はぁ。今日が終わるー。
明日までの暫しの休息。室内灯を消すのを忘れて朝まで泥の様に眠った。
※ ※ ※
訓練時以外出勤する必要の無い警察官。
それが保全課の卑下た呼ばれ方である。
捜査活動という概念が存在せず、屍狗魂に関する情報収集は諜報専門の情報機関が行う。
その諜報活動如何でどこそこに集合と言う形態が主な出勤スタイルだ。
そんな訳で時間に少々ルーズな利根と云う男が今一つ信用なら無い。通信メディアの常時携行が義務付けられているのに定刻通りに集合した事が無いからだ。だが、今日は少しばかり違った。
「お?」
「おはようございまーす」
咥え煙草で集合場所になっている警察署の一室に入ると利根が既に着席して先に来ていた先輩連中と談笑していた。
「おう、ここは禁煙だぞ」
保全課の先輩が茶化す。
ここは一時的に公安が借りている、警察署の空き部屋だ。
会議室の様な面白味に欠ける空気が漂っている。相変わらずの縄張り意識の強さからか、この空き部屋を公安の為に提供して欲しいと申し出ただけで苦虫を噛み潰した顔をされたそうだ。尤も、諜報機関の人間と図面を広げて直接、作戦立案が出来れば何処でも良い。
「なんかお前が早く来てると気色悪いな」
「はぁ。早く来ても遅く来ても文句言われるんですか」
普段から困り顔の利根の顔が更に困り顔になる。
そうこうしているうちに諜報部の人間が姿を現す。
脇に丸めた図面と分厚い紙の束を持っていた。を持っていた。40代くらいと思しき諜報部の人間は平木と名乗った。何の特徴も無い平凡な顔つきで中肉中背だった。人間の波に潜んで泳ぐには充分な外観だ。
平木は図面を広げてファイリングされた紙の束をここに集まっている3チーム6人全員に配った。
「今度の任務は予測不能だ」
平木の第一声に皆は呆気に取られた。
初対面なのに、まるで自分がこのチームのリーダーであると言わんばかりだったからだ。高谷と言う30代後半のメンバーは露骨に顔を顰めた。平木は構わず続ける。
「この現場だが……」
広げた図面を見て一同、眉を顰める。今までに経験の無い現場だと全員が直感で悟った。
1階で3チームが合流し、2チームが前衛・後衛を担当しながら前進。その間、1チームが中間に位置しどちらのチームにでも協力できる様に警戒する。1階を制圧し、地下室を制圧し、2階及び屋根裏を制圧して任務完了。
どこに何体の屍狗魂が潜んでいるか解らない。個体差の激しい屍狗魂は人間を捕食するパターンや捕食量まで違う。
被害件数が少ないから潜んでいる数も少ないとは限らない。だから戦力を分散させずポイントで合流して一塊で行動する。
「銃を抜け! 馬鹿!」
「あ、そうでした」
横に立った利根に視線を走らせて一喝する。
利根は慌てて今頃になって左脇のホルスターからP230を抜いてスライドを引く。
何の緊張感も無い。丸でエアガンのコッキングだ。インドア専門のサバイバルゲーマーの方が余程機敏に動く。
ここで幾ら呆れ返っていても仕方ないので、合流ポイントまで前衛に猛美が立ち、後衛に利根が立つ。屍狗魂は物理的仲介を受けない曲に根城として「与えられた」建造物の中では壁をすり抜けるなどと言う事は出来ない様だ。
……先人達が残した記録に書いてあった。
不意に猛美の後方で……利根が守っているポジションで発砲音が2つ聞こえた。
「!」
「屍狗魂1体確認! 昇天確認!」
背中越しに利根が簡潔に報告する。
「警戒密に! 今のが最後の一匹だったらいいのにな。ちょっと楽観かな?」
「いいえ、全くです!」
利根の前方3mの位置では大型のシベリアンハスキー程も有る4本足の獣が額を撃ち抜かれて前屈姿勢で今にも飛び掛ってきそうな体勢のまま停止していた。
全身が黒い毛で覆われた目が4つ有る、横に変倍が掛かった様に平たい顔をした不細工な顔。
それでも、鮫の様な歯が並んだ顎は人間の手足を軽く噛み千切るだろうし、無気味に光る爪はどんな金属を用いたナイフより切れる。もしも物理的なダメージを受けるのなら、だ。
見る見るうちに体色を失って灰色になり白っぽい灰色になりやがて真っ白になると小さな旋風が発生して灰燼と化した屍狗魂を吸い上げて天井を突き抜けて消えてゆく。これが屍狗魂と屍狗魂の最期だ。
合流ポイント近くまで来て全部のチームが揃った。
利根が時間通りに突入してこなかった分だけ他の2チームを待たせてしまった。全滅したのでは? と不安を抱かせたのは非常に悪い。チームの今後の連携に支障が出るかもしれないからだ。
予てからの予定通り前衛を風祭&利根組が受け持つ。
1階制圧中、ホールの吹き抜けから屍狗魂が飛び降りて襲い掛かってきた。全部で4匹。セオリー通りに1対につき2発、銃弾を叩き込む。猛美・利根・バックアップ1人の3人で迎撃する。残りは後方に控えさせて周辺の警戒に当たらせる。
全員が一つの集団目標に火閃を注ぐのは効率が悪い。
幾ら32口径と言えど閉鎖に近い空間で十数発も連なって聞こえると聴覚に影響が出る程の爆音である。
空薬莢が舞い、着地するまでに絶命した屍狗魂が床に落ちて足元で塵に帰って元の世界へ帰っていく。……多分帰っていくのだろう。当事者である『神田機関』の生き残りに聞かなければ真相は不明だ。
この後、何度かの襲撃に遭遇した。
適度な緊張が持続できる様に夫々のチームがポジションを交替しながら洋館内を隈なく制圧した。
勿論、敷地内を徘徊する屍狗魂も昇天させたが僅か1体だけだった。
捕食が終わって「巣」に戻ってくる恐れもあったのでそれは別チームと丸々入れ替わって任務の引継ぎをして帰投した。これが保全課の日常だった。
極単調だが、一度のミスで自分はおろかチーム全体が全滅しかねない危険と隣り合わせだ。
一般警察と違い発砲自体はとやかく問われない。
屍狗魂の行動パターンや固体の個性を事細かに記録する事が義務付けられている。パソコンを起動させて、雛型の出来上がった入力フォームで報告書を作成して送信する。この送信をクリックした時に漸く仕事から解放された実感を感じる事が出来る。
入浴か就寝時以外は腕時計型識別機は常に手首に有り、オフの食事中でも手の届く範囲に必ず拳銃を置いている。
緊張の連続。お陰で、野良犬を見かけても思わず拳銃のグリップを握ってしまう。
「疲れた……」
泣き縋る様な呟きと共に缶チューハイのプルタブを開ける。
口には火の点いていないラッキーストライクライト。
仕事に不満は無い。充実した毎日だと感じている。
唯、緊張の連続過ぎで糸の解しドコロが中々見つからないのだ。
猛美とて女である。ある日目覚めたら誰かの腕の中……と云う幻想に憧れたりもする。
こんなタバコ臭い女なんか誰も欲しがらないサ。と、自嘲気味に唇の端を吊り上げる。ラッキーストライクを摘み代わりにチューハイを飲み干してベッドに倒れ込む。
――――はぁ。今日が終わるー。
明日までの暫しの休息。室内灯を消すのを忘れて朝まで泥の様に眠った。
※ ※ ※
訓練時以外出勤する必要の無い警察官。
それが保全課の卑下た呼ばれ方である。
捜査活動という概念が存在せず、屍狗魂に関する情報収集は諜報専門の情報機関が行う。
その諜報活動如何でどこそこに集合と言う形態が主な出勤スタイルだ。
そんな訳で時間に少々ルーズな利根と云う男が今一つ信用なら無い。通信メディアの常時携行が義務付けられているのに定刻通りに集合した事が無いからだ。だが、今日は少しばかり違った。
「お?」
「おはようございまーす」
咥え煙草で集合場所になっている警察署の一室に入ると利根が既に着席して先に来ていた先輩連中と談笑していた。
「おう、ここは禁煙だぞ」
保全課の先輩が茶化す。
ここは一時的に公安が借りている、警察署の空き部屋だ。
会議室の様な面白味に欠ける空気が漂っている。相変わらずの縄張り意識の強さからか、この空き部屋を公安の為に提供して欲しいと申し出ただけで苦虫を噛み潰した顔をされたそうだ。尤も、諜報機関の人間と図面を広げて直接、作戦立案が出来れば何処でも良い。
「なんかお前が早く来てると気色悪いな」
「はぁ。早く来ても遅く来ても文句言われるんですか」
普段から困り顔の利根の顔が更に困り顔になる。
そうこうしているうちに諜報部の人間が姿を現す。
脇に丸めた図面と分厚い紙の束を持っていた。を持っていた。40代くらいと思しき諜報部の人間は平木と名乗った。何の特徴も無い平凡な顔つきで中肉中背だった。人間の波に潜んで泳ぐには充分な外観だ。
平木は図面を広げてファイリングされた紙の束をここに集まっている3チーム6人全員に配った。
「今度の任務は予測不能だ」
平木の第一声に皆は呆気に取られた。
初対面なのに、まるで自分がこのチームのリーダーであると言わんばかりだったからだ。高谷と言う30代後半のメンバーは露骨に顔を顰めた。平木は構わず続ける。
「この現場だが……」
広げた図面を見て一同、眉を顰める。今までに経験の無い現場だと全員が直感で悟った。