灼熱のストレングス

 ホローポイント弾頭なのでその2発はそこで仕事は終えた。
 強化ガラスと衝突した弾頭はマッシュルーミングを起こしかけ、その向こうの養生塀に力無く当たって地面に落ちる。
 光恵は低い体勢から、皹の入ったガラスに体当たりし、ベランダに飛び出した。網目状の柵に足を掛けてベランダから飛び降りる。
 体が完全に落下する前に左掌……左手の五本指に一瞬だけ全力を注いで網目状の柵の根元に指をかける。
 落下速度が急激に落ちる。
 体が右側へ慣性で大きく振られる。
 階下の、サンデッキに通じるガラス窓がある辺り。予想通りにフリーダムアームスM83の襲撃があった。
 階下で始末屋はいた。大きく体が右側へ振られ、落下速度や落下位置も予想より大幅にずれたために放たれた500WEは虚空を穿つ。
 流石、50口径。強化ガラスをハンマーで叩くように大きな孔を開ける。
 その発砲を確認してからすぐさま、地面に着地し、広いサンデッキの上を蛇行気味に後転しながら、転げ落ちる。
 サンデッキの縁から地面に転げ落ちた後も、サンデッキの下に空いた高さ45cmほどの隙間に身を滑らせ、ゴキブリのように這う。
 始末屋の照準を合わさせないためでもあったが、それ以外にも狙いがある。
 足音。サンデッキ上にドスンと響く、あの体躯を裏切らない重量感満点の足音。しかし鈍重さは欠片もみせず、素早くサンデッキ側に駆け寄ってくる。
――――これが決まれば……。
――――回転式なんざぁ怖くない!
 逃げ惑う仕草を続けながら、サンデッキの下で無様に逃げ惑う後姿を隙間から見せながら、光恵は、高温で湿度の高いサンデッキの下で耐え忍んだ。
「何を企んでいる?」
 始末屋の抑揚のない、低い声が心臓や肝を氷で包んだような恐怖をもたらした。
 完全に怒ってる。
 何かに裏切られて、その怒りの遣り場に、無様な姿を晒す光恵にぶつけられたニュアンスを含んでいた。……そんな気がなぜかした。
「もう少し楽しい奴かと思っていたぞ……」
 始末屋の握るフリーダムアームスM83の銃口がサイトが、それを定める冷たい目が細くなる。
 ほとほと呆れ果てた。文句も出ない。……そんな台詞を無言で沢山沢山、語っていた。
「!」
 サンデッキの下部からの突然の発砲。
 まともに当たりやしない。
 サンデッキの木製の床に阻害されて9mmショートの威力が半減以下だ。
 頭蓋骨に当たっても致命傷には遠いだろう。木くずを吹き上げるだけ。
 無様。無様過ぎる。
 期待をかけた分だけの残念な反動は大きくなる。
 光恵には始末屋が僅かに目を閉じてくれるだけでよかった。次の瞬間には始末屋は光恵に向かって発砲するはずだから。
「お終いだ」
 サンデッキに踏み込んできて、うずくまり加減で始末屋は片膝を突くとフリーダムアームスM83をサンデッキの床板に触れる寸前まで近づけた。
 その直下には光恵がいる。
 発砲。
 この超至近距離で聴くと鼓膜が心配になるというレベルではない。鼓膜を針でつつかれるような痛みが光恵を襲う。爆音が光恵の鼓膜を襲う。
「!」
 サンデッキの隙間から見える光恵の背中に確かに500WEは命中した。
 現にパーカーの背中のど真ん中には大きな孔が開いている。
 マズルフラッシュで生地がチリチリと燃える臭いもする。
「よくみろよ! 始末屋!」
 サンデッキの下部――隙間――から『硬くい細い真っ直ぐな何か』が突き出されるように伸び、それの正体を確認するよりも早く、それはフリーダムアームスM833の銃口に深く深く突き刺さり、薬室に達する。
「!」
 照準を定め直して撃鉄を起こすが、撃鉄に掛ける親指が一定以上起き上げることができない。
 表情を一瞬で焦燥の色に変える始末屋。
 その間に始末屋・萱野は様々なことを、色々なことを、諸々のことを、全て理解した。
――――撃鉄が……『薬室が回転しない!』
――――俺が撃ったのは『パーカーだけ!』
――――これは! 『番線!』
――――『薬室が固定された!』
 フリーダムアームスM83の銃口から突っ込まれた木枠を組む際に用いる、硬く長い針金の番線はそのまま薬室に到達。
 空薬莢だからこそ、薬室内にまで番線の先端が到達したのだ。
 その番線が刺さったままで撃鉄を起こしても撃鉄は起きない。
 撃鉄が起きるときはシリンダーが薬室分の一だけ回転し、次弾が銃身と直列したときに撃鉄が完全に起きて撃発可能となる。
 フリーダムアームスM83を咄嗟に引き抜く動作を取る前に、孔の開いた光恵のパーカーの正体がみえた。
 ズボンを丸めて膨らませただけの、『案山子』だったのだ。
 無様に逃げ惑う行為自体がブラフで、その行為の影でパーカーに脱いだズボンを抱かせて、自身はすぐ隣のサンデッキの継ぎ目に姿を隠していただけだ。
 光恵の目論見通り、動きの止まった『案山子』に向かって発砲する始末屋。
 その化物みたいな回転式の銃口から番線をすかさず、突っ込んで刹那の間だけフリーダムアームスM83を無力化。
 光恵は鼓膜がフリーダムアームスM83の発砲音でキーンと五月蝿いのを堪え、番線を握ったまま、『アストラモデルコンスターブルを発砲する』。
 アストラモデルコンスターブルの最初の数発はサンデッキの木製の床に穴を穿つだけに始終した。
 軽く快く心地良い反動が掌の中で踊る。
 至近距離から放たれる9mmショートのホローポイント弾は堅牢な一枚板から形成したサンデッキの床を乱暴に叩く。
 初速毎秒280mの速さで7度、ノックされた硬い堅い固い、壊れ難いさしもの木材も悲鳴を挙げた。
「ぐあっ!」
 粉々の木片を顔面に吹き付けられる始末屋・萱野。
 目蓋を庇う。生理的反応に視界が塞がれる。
 数秒ほどの時間に愛銃のフリーダムアームスM83の銃身がサンデッキの隙間に数cmほど吸い込まれて抜けなくなる。フロントサイトが『何かに引っかかったようだ』。
 サンデッキの下ではプライヤーを起こしたアーミーナイフを横銜えにした光恵がいた。
 フロントサイトを取っかかりに、番線をひしいで銃身を真横から貫くように形作る。
 銃身から左右に出っ張った番線は固い。
 力づくで抜くのは困難だ。
 フルーダムアームスM83本体を90度捻って隙間から引き抜く作業が要求される。
 このままでは発砲しても地面にクレーターを拵えるだけで全くの無害。
 木片の入った目蓋をぎゅっと閉じた萱野は、目に走る激痛を堪える。
 彼の両耳が鋭い金属の作動音を聞く。
 作動音の流れから直感する。
 室瀬光恵は弾倉を交換してスライドを前進させ、初弾を薬室に送り込んだのだ。
 勿論セフティをかける音は聞こえない。
 獲物を前に舌舐めずりする陰湿なタイプではなかった。
 自然に口角が上がる。
 萱野の左手がフリーダムアームスM83に固執する筋肉を緩める。  今にもフリーダムアームスM83が彼の手から零れ落ちそうだ。
 それよりも、何よりも、何ものよりも……彼の命のほうが早く零れ落ちるだろう。
「…………」
「…………」
 サンデッキの下から既に這い出ていた光恵はサンデッキの淵に右足をかけて両手でアストラモデルコンスターブルを保持していた。
 勝負あった。
 大量の汗の染みが浮いた灰色のTシャツに、ベルトリンクハーネスを止めていないショルダーホルスター。
 下半身はパステルブルーのショーツだけ。
 ショーツの後ろ腰には最後の弾倉を差し込んでゴムの張力だけで保持させている。
 萱野の口が何事かを話そうと開かれる。
 光恵はその声が発せられる前に軽い軽い、非常に軽い引き金を引いた。
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