灼熱のストレングス
それが全ての先途だった。
引き篭もって震えているだけの標的でないと確認した始末屋・萱野は美しいランニングフォームで30m以上の距離を駆け寄り、光恵が潜む建築途中の家屋に飛び込む。
走り寄る始末屋に一矢報いるべく、ラッキーパンチの期待も込めて3発発砲したが地面に弾痕を穿つだけで終わる。
それどころか光恵は移動せずに同じ場所で発砲したことに失策だと感じ、すぐに屋内に引っ込む。
予想通りに始末屋は走りながらの発砲で正確さに欠けるも、大雑把な意味では、割と正確に光恵が潜んでいた位置の近くに貫通痕を作った。
珍しく高級で堅牢な木材が用いられた梁だったが、500WEの弾頭はその梁をバルサ材の模型を握り拳で叩き壊すように孔を開ける。
恐怖が駆けてくる! 物凄い勢いで、化物みたいな巨大な回転式を握って駆けてくる。
同時にチャンスがくる。
距離を詰めなければ勝ち目が無いと半ば諦めていた『距離』が縮まる。
「……!」
アストラモデルコンスターブルの弾倉を交換。
完成すれば恐らく豪奢な上流家庭の家屋の姿を顕すであろう建築途中の家屋が、化物とそれを撃退せんとする人間のバトルフィールドとなりキルゾーンとなる。
踵を返し、空いた左手で腰の周りを手の届く範囲で弄り、予備弾倉の数を数える。
記憶が正しければ、今穿いているカーゴパンツの右手側のサイドポケットには9mmショートのバラ弾が10数発放り込まれている。ズボンの右のポケットにはアーミーナイフが収まっているがシビアな戦闘では殆ど意味をなさないであろう。
――――!
「おっと!」
2階から階下へ向かって迎撃すべく階段を目指している最中につんのめって前のめりに転げそうになる。大きく崩れる体勢。
――――しまった!
派手な音を立て過ぎたと舌打ちしたのと同じタイミングで階下からの発砲。脆い床材をブチ破って500WEが目の前に大穴を開ける。
前のめりに倒れそうな体勢でなかったら股間に新しい穴をもう一つ開けているところだった。
床板のコロシが決まっていないので太鼓のように足音が反響する。2階で居座るのは完全な失策ではないが、頻繁な移動を押し付けられる。
「ちっ……」
またも舌打ち。
施工業者が手を抜いて片付けずに放置した道具箱を蹴り飛ばしてしまう。工具やネジ、針金、番線などが床にぶちまけられる。
その音を聞きつけたのか、今度は工具箱が突き上げられるように空中に舞う。500WEが床下から工具箱を弾き飛ばしたのだ。
工具箱から工具が弾けたポップコーンのようにばら撒かれる。ボルトやナットの小さな金具は天井まで当たって床に落ちる。
見回せば後片付けもなまくらで、資材と一緒に捨てるのか必要なのか判然としない金具類もまとめて置かれている。
足音を殺しつつ床に軋む音を伝えずに静かに移動する。
始末屋の500WEはこの床を簡単に貫通し、この程度の厚さなら弾道を大きく逸らせることも期待できないのが判明する。
その一方で光恵のアストラモデルコンスターブルの9mmショートは貫通させる威力を持ち合わせていない。
ホローポイントがフルメタルジャケットに変わったところで結果は同じだろう。
――――考えろ!
――――考えろ!
――――兎に角考えろ!
50口径の洗礼を何度か浴びているうちに、狙撃されつつも状況を理解して手段を思案し、判断する余裕が生まれていた。
階下へ繋がる階段付近は危険だ。
きっと始末屋はその辺りからの強襲を先読みしている。
踊り場へ通じる階段へ一歩でも下りれば建材越しに500WEを放ってくるはずだ。
光恵が強力な火器を持っていればそうする。
階下へ下りる姿勢をみせれば尻を叩かれるように銃弾に追われて1階に追い立てられ、そこでこまねいている始末屋が薬室に残った最後の1発で光恵を仕留めるまでが簡単に予想できる。
「…………」
――――暑い……。
空調は勿論設置されていない。窓ガラスが嵌め込まれただけで開放すればその音を聞きつけて奴の50口径が襲いくるだろう。
遠くで蝉の鳴く声だけが聞こえる。
仮に窓を開けても養生塀が風通りを邪魔して涼を得ることは難しい。天井と壁に断熱素材が敷き詰められているのをみるだけで暑さが増す。
湿度を含んだ木の香りが鼻や口から入り込んで咳き込みたくなるのを唾を飲んで誤魔化す。
今更ながらに潜んでいたエアコンの効いた半地下の部屋が懐かしい。水をもっと飲んでおくべきだった。もっと煙草を吸っておくべきだった。もっと涼しい衣服をチョイスしておくべきだった。
40度近い家屋内部は蒸し風呂以上に過酷だった。
工具箱やゴミか何だか解らないものを忘れるくらいなら扇風機も忘れていけ、と呪詛を心の中で唱える。銃弾に倒れる前に熱中症で倒れてしまう。
顎先から汗の珠が落ちて床に染みを作る。
思い返せばここ3日間ほど全力疾走だの大汗を掻くだのと、健康的な生活を強いられてきた。
生命維持装置ともいうべきラッキーストライクと使い捨てライターを手に取って一服入れたのは数えるほどだ。
ニコチンへの渇望が喉の渇きを助長させる。
「……?」
階下で僅かな動き。
工具箱を舞い上がらせた銃弾が開いた孔からリップミラーを翳して伺う。勿論、限られた角度でしか観察できない。
「……?」
リップミラーで伺うために床に静かに片膝を突いたときだ。床が何かしらの微弱な振動を伝えているのが、床に突いた指先に伝わってきた。
――――これは!
始末屋が移動している音……否、振動だ。
どこをどのように移動しているのかは解らない。
足音を殺してはいるが、体の重心移動で発生する軋みが柱や梁を伝って2階の床を微弱に震わせている。
手抜き工事ではない。わざと弛みが発生するように床を作っているからこそ階下の振動が伝わるのだ。
「…………」
危険だと感じつつも、その場で膠着したように動かない、動けない光恵。
少しでも多くの情報を得ようと息を殺して左手の五本指を床に突く。
発砲。
発砲を表現する形容に轟くという言葉が使われるが、正に轟音だ。
轟いた。床がビリビリと振動する。
それでも、光恵は動かない。動けない。
自らの体の右側面に突如として必殺の銃弾が音速の倍以上の速さで通過したのに、それでもその体勢を維持した。
心臓は半鐘を打ち鳴らす。
全身の毛穴が開いて汗が吹き出る。
目が大きく見開かれる。下唇を噛んで恐怖を殺す。少量の失禁を禁じえなかった。
修正を終えた次弾が今度こそ自分の体を貫く恐怖を味わいながら、落雷の速さで閃いた作戦を打ち立て、決行に移すタイミングを計る。
――――『そこにいる!』
光恵の恐怖に濁りかけた目が一瞬で精気を取り戻し、階下へ通じる階段へ向けられる。
そして視線は左手側のベランダへと通じる大きなウオークスルーのガラス枠に向けられる。
さらに視線はその向こうにある番線で組まれた養生塀の木枠を射るように睨む。
発砲。
軽い発砲音。
500WEと比べれば大層可愛らしい、紙風船を破裂させるような小さな発砲音。2発分。
それは、大きな効果を狙った、大きな意味のある発砲だった。
ベランダへと通じるガラスに蜘蛛の巣状の皹を入れて脆くした2発の9mmショート。
引き篭もって震えているだけの標的でないと確認した始末屋・萱野は美しいランニングフォームで30m以上の距離を駆け寄り、光恵が潜む建築途中の家屋に飛び込む。
走り寄る始末屋に一矢報いるべく、ラッキーパンチの期待も込めて3発発砲したが地面に弾痕を穿つだけで終わる。
それどころか光恵は移動せずに同じ場所で発砲したことに失策だと感じ、すぐに屋内に引っ込む。
予想通りに始末屋は走りながらの発砲で正確さに欠けるも、大雑把な意味では、割と正確に光恵が潜んでいた位置の近くに貫通痕を作った。
珍しく高級で堅牢な木材が用いられた梁だったが、500WEの弾頭はその梁をバルサ材の模型を握り拳で叩き壊すように孔を開ける。
恐怖が駆けてくる! 物凄い勢いで、化物みたいな巨大な回転式を握って駆けてくる。
同時にチャンスがくる。
距離を詰めなければ勝ち目が無いと半ば諦めていた『距離』が縮まる。
「……!」
アストラモデルコンスターブルの弾倉を交換。
完成すれば恐らく豪奢な上流家庭の家屋の姿を顕すであろう建築途中の家屋が、化物とそれを撃退せんとする人間のバトルフィールドとなりキルゾーンとなる。
踵を返し、空いた左手で腰の周りを手の届く範囲で弄り、予備弾倉の数を数える。
記憶が正しければ、今穿いているカーゴパンツの右手側のサイドポケットには9mmショートのバラ弾が10数発放り込まれている。ズボンの右のポケットにはアーミーナイフが収まっているがシビアな戦闘では殆ど意味をなさないであろう。
――――!
「おっと!」
2階から階下へ向かって迎撃すべく階段を目指している最中につんのめって前のめりに転げそうになる。大きく崩れる体勢。
――――しまった!
派手な音を立て過ぎたと舌打ちしたのと同じタイミングで階下からの発砲。脆い床材をブチ破って500WEが目の前に大穴を開ける。
前のめりに倒れそうな体勢でなかったら股間に新しい穴をもう一つ開けているところだった。
床板のコロシが決まっていないので太鼓のように足音が反響する。2階で居座るのは完全な失策ではないが、頻繁な移動を押し付けられる。
「ちっ……」
またも舌打ち。
施工業者が手を抜いて片付けずに放置した道具箱を蹴り飛ばしてしまう。工具やネジ、針金、番線などが床にぶちまけられる。
その音を聞きつけたのか、今度は工具箱が突き上げられるように空中に舞う。500WEが床下から工具箱を弾き飛ばしたのだ。
工具箱から工具が弾けたポップコーンのようにばら撒かれる。ボルトやナットの小さな金具は天井まで当たって床に落ちる。
見回せば後片付けもなまくらで、資材と一緒に捨てるのか必要なのか判然としない金具類もまとめて置かれている。
足音を殺しつつ床に軋む音を伝えずに静かに移動する。
始末屋の500WEはこの床を簡単に貫通し、この程度の厚さなら弾道を大きく逸らせることも期待できないのが判明する。
その一方で光恵のアストラモデルコンスターブルの9mmショートは貫通させる威力を持ち合わせていない。
ホローポイントがフルメタルジャケットに変わったところで結果は同じだろう。
――――考えろ!
――――考えろ!
――――兎に角考えろ!
50口径の洗礼を何度か浴びているうちに、狙撃されつつも状況を理解して手段を思案し、判断する余裕が生まれていた。
階下へ繋がる階段付近は危険だ。
きっと始末屋はその辺りからの強襲を先読みしている。
踊り場へ通じる階段へ一歩でも下りれば建材越しに500WEを放ってくるはずだ。
光恵が強力な火器を持っていればそうする。
階下へ下りる姿勢をみせれば尻を叩かれるように銃弾に追われて1階に追い立てられ、そこでこまねいている始末屋が薬室に残った最後の1発で光恵を仕留めるまでが簡単に予想できる。
「…………」
――――暑い……。
空調は勿論設置されていない。窓ガラスが嵌め込まれただけで開放すればその音を聞きつけて奴の50口径が襲いくるだろう。
遠くで蝉の鳴く声だけが聞こえる。
仮に窓を開けても養生塀が風通りを邪魔して涼を得ることは難しい。天井と壁に断熱素材が敷き詰められているのをみるだけで暑さが増す。
湿度を含んだ木の香りが鼻や口から入り込んで咳き込みたくなるのを唾を飲んで誤魔化す。
今更ながらに潜んでいたエアコンの効いた半地下の部屋が懐かしい。水をもっと飲んでおくべきだった。もっと煙草を吸っておくべきだった。もっと涼しい衣服をチョイスしておくべきだった。
40度近い家屋内部は蒸し風呂以上に過酷だった。
工具箱やゴミか何だか解らないものを忘れるくらいなら扇風機も忘れていけ、と呪詛を心の中で唱える。銃弾に倒れる前に熱中症で倒れてしまう。
顎先から汗の珠が落ちて床に染みを作る。
思い返せばここ3日間ほど全力疾走だの大汗を掻くだのと、健康的な生活を強いられてきた。
生命維持装置ともいうべきラッキーストライクと使い捨てライターを手に取って一服入れたのは数えるほどだ。
ニコチンへの渇望が喉の渇きを助長させる。
「……?」
階下で僅かな動き。
工具箱を舞い上がらせた銃弾が開いた孔からリップミラーを翳して伺う。勿論、限られた角度でしか観察できない。
「……?」
リップミラーで伺うために床に静かに片膝を突いたときだ。床が何かしらの微弱な振動を伝えているのが、床に突いた指先に伝わってきた。
――――これは!
始末屋が移動している音……否、振動だ。
どこをどのように移動しているのかは解らない。
足音を殺してはいるが、体の重心移動で発生する軋みが柱や梁を伝って2階の床を微弱に震わせている。
手抜き工事ではない。わざと弛みが発生するように床を作っているからこそ階下の振動が伝わるのだ。
「…………」
危険だと感じつつも、その場で膠着したように動かない、動けない光恵。
少しでも多くの情報を得ようと息を殺して左手の五本指を床に突く。
発砲。
発砲を表現する形容に轟くという言葉が使われるが、正に轟音だ。
轟いた。床がビリビリと振動する。
それでも、光恵は動かない。動けない。
自らの体の右側面に突如として必殺の銃弾が音速の倍以上の速さで通過したのに、それでもその体勢を維持した。
心臓は半鐘を打ち鳴らす。
全身の毛穴が開いて汗が吹き出る。
目が大きく見開かれる。下唇を噛んで恐怖を殺す。少量の失禁を禁じえなかった。
修正を終えた次弾が今度こそ自分の体を貫く恐怖を味わいながら、落雷の速さで閃いた作戦を打ち立て、決行に移すタイミングを計る。
――――『そこにいる!』
光恵の恐怖に濁りかけた目が一瞬で精気を取り戻し、階下へ通じる階段へ向けられる。
そして視線は左手側のベランダへと通じる大きなウオークスルーのガラス枠に向けられる。
さらに視線はその向こうにある番線で組まれた養生塀の木枠を射るように睨む。
発砲。
軽い発砲音。
500WEと比べれば大層可愛らしい、紙風船を破裂させるような小さな発砲音。2発分。
それは、大きな効果を狙った、大きな意味のある発砲だった。
ベランダへと通じるガラスに蜘蛛の巣状の皹を入れて脆くした2発の9mmショート。