灼熱のストレングス
玄関から出る真似はしない。
半地下の部屋といえど家屋の屋内だ。
土足では礼儀と常識に反する。
スニーカーを手に持ち台所の勝手口に走り、履き慣れたスニーカーに足を突っ込んで勝手口から飛び出る。
「!」
寒気。
直感が働いたのに似る。
……それは怪我を恐れずに顔面から地面にダイブしろと囁いた。
ダイブ。コンクリの地面に。不細工にダイブ。
直感の囁くままに実行した。
それと間髪入れない爆発音。
あの、恐怖を掻き立てられた爆発音に似た発砲音。
大きく開けた空間で聞くと大口径の猟銃並みに迫力がある。
だが……痛い。鼻の先を擦り剥いた。薄い胸がさらに薄くなる打撲。
大きく開かれたドアから室内に大口径の、44マグナムの3倍近い威力を持つ50口径が飛び込み、屋内で暴れ狂うかのように軟い建材やガラスなどを破壊する。
弾道の直線状に立てばこのように関取の張り手を受けたかのように薙ぎ倒されてしまう。
幸い、境界線を定めるコンクリ塀が膝上辺りの高さまで積み上げられていたので匍匐前進を維持すれば逃走成功の可能性はあった。
「!」
匍匐前進を開始してすぐに次弾が襲う。
低いコンクリの基礎をハンマーで豆腐を叩くように破壊する。
目の前30cmの位置で炸裂する500WE。
塵埃を顔面に被り思わず咳き込む。
転進して、建築途中の隣家へと向かう。
直ぐに次弾が襲いくるかと思ったが、なぜかインターバルが空く。
約80坪の土地に灰色の養生塀で囲まれた隣家へと逃げ込むことができた。
屋内から出たのに、早くも屋内に押し込まれた。
あの化物マグナムの前ではこの家を構成するあらゆる材質は一切、防弾板の役目を果たさないだろう。
辛うじて有利なのは遮蔽物に困らないという点だ。
薄っぺらい養生塀で囲まれた建築途中の家屋。柱や梁が覆われたばかりで壁や床の分厚い合板が剥き出し。……だが、遮蔽が多い。これは有利な点だといえる。
遮蔽の役目は弾を停止させることではない。
姿を隠してどこに潜んでいるのか解りにくくさせるのが本来の目的だ。
カーテン1枚でも広げれば、それが本命の隠れ場所なのか、ブラフなのかという選択肢を相手に迫ることができる。隠れていることがばれていても左右のどちらから飛び出るのか不明瞭という圧力をかけることもできる。
この判断がつかない、この状況が理解できない素人は、潜んでいると確信すると迷わず遮蔽に銃弾を撃ち込み、その目隠し的効果を一切無力化させる。継戦能力が計算できない人間ほど、邪魔なら撃てばいいと考える。
「……!」
ところがその始末屋。思い切りがよすぎる。玄人にあるまじき戦法! 光恵が逃げ込もうとする先々の養生塀の遮蔽を無視して発砲する。
光恵もアストラモデルコンスターブルを抜く。
エジェクションポート後部のインジケーターを確認し、薬室に実包が送り込まれているのを確認するとセフティをカットして撃鉄を起こす。ホンの僅かなトリガープルでどんな人間も一発で無力化させる9mmショートを撃発できる……あのフリーダムアームスM83/500WEを扱う筋肉達磨が人類の範疇に入るかどうか怪しいが。
――――?
――――間隔が……回転式だからか?
――――シングルアクションのリロードのロスを警戒しているのか?
違和感。圧倒的優位に立つ始末屋が発砲をとあるポイントで、できるだけ控えているように思える。まるで弾薬が心許ないとでもいわんばかりに。
勿論、幾つかの理由は推測できた。体力の問題。バレルの寿命を長持ちさせるため。弾薬の入手が困難なため、など。
それに付随した事項で気がついた点がもう一つ。
それは、西部劇のガンマンよろしくクイックドロウを用いていないということだ。
とっておきの奥の手として温存している秘技かもしれないので早撃ちの件は充分に警戒して留意する。
「…………」
アスファルトに転がる軽い金属音が場違いに涼しく感じられる。
始末屋は今し方発砲した分を補弾したらしい。
光恵は遮蔽の隙間から自分の体の一部分でも晒してしまえばお仕舞いだといい聞かせる。
完全なアウトレンジからの狙撃。
防弾効果が望める物体はなし。
常に先手を読まれていると肝に銘じて裏を掻かなければ……恐らく、たった一発で勝負は決まる。
光恵の体に大きな風穴が出来てお仕舞いだ。
9mmショートの有効な距離に入り込むか、誘い込むか、アストラモデルコンスターブルでも狙撃できる近距離に接近する、あるいはさせる必要がある。
距離を縮めれば速射が利くだけ光恵が有利だ。
あのガタイのどこに9mmショートを叩き込んでも1発で無力化させられる自信はない。
見事な体躯の筋肉達磨だ。胸板や腹筋の表面だけで9mmショートのホローポイントは持てるパワーを存分に発揮しても無力化には遠いと思われる。
9mmショートの単純な初活力と初速は制服警官の38splと同程度。司法実包でない分、弾頭の停止力は大きいが、所詮はディフェンスガンを運用するための実包だ。一撃必殺の破壊力とは無縁だ。
近距離から2、3発叩き込んで相手を無力化させるか、1、2発で負傷させて怯んだ隙にその場から速やかな逃走を図るのが『賢い』使い方だ。薬莢の長さが2mm長くなる9mmパラベラムでは少し話は違ってくるが、この状況ではないものねだりりは虚しいだけだ。
――――近付いて……来ない、な。
リップミラーを突き出して、小さな世界に映る始末屋を確認する。
左手にフリーダムアームスM83を構え、銃口を空に向けている。
律儀に引き金から指を離している。炎天下の、オーブンのような直射日光を浴びながら彫りの深い眉目に影を濃く作る。
――――弾薬、か?
発砲回数を制限しているかのような発砲のリズムが何となく理解できた。
ベルトの実包を差し込んでいるカートホルダー分の弾薬しか持っていないのか。それは一見の感想だが、他のポケットが膨らんでいたり、サイドアームを携行しているようにもみえない。
そもそもクールビズにウエスタンタイプのクイックドロウ用でないホルスターという時点で力押ししか考えていない拳銃遣いだと気がつくべきだった。
弾丸は真っ直ぐ飛んでいても、ある程度の硬さを持った物体に当たると弾道が逸れる。
ライフルで心臓を狙撃されても弾頭は脇腹から飛び抜けたという、よくある話と同じだ。……故に、力押しのマグナムでも複数枚の物体を貫通すれば、素直な弾道を描いてくれなくなる。極論でいうと、この遮蔽の塊りの建築途中の家屋の片面を貫通した弾頭は反対側の片面から真っ直ぐな弾道で貫通するはずがないのだ。
家屋全体を遮蔽ではなく防弾……否、弾道を阻害するマテリアルとして看做すこともできる。
発砲。
相変わらず鼓膜に優しくない爆発音。
リップミラーの光りの反射でも捉えたのか、正確に、遮蔽としている養生塀のど真ん中に風穴を開ける。
遮蔽の陰ではパーカーの右脇を引き裂かれた光恵が唾を飲んでいた。
――――だけど……。
――――『コスト』ならこっちの方が上だ!
弾薬のコスト。
始末屋はハエを殺すのに戦車のエンジンを使っているのと同じだ。
折角の大威力でも当たらなければ無為に空を切る、悲しいだけの外れ弾だ。
必要なときに必要な威力を必要なだけ提供できる上に、弾薬の携行数では光恵のアストラモデルコンスターブルの方がフレキシブルに扱える。
家屋内の完成したばかりの階段を駆け上がって2階から養生塀越しに発砲。2発の牽制。短い空薬莢が右手側に軽快に排出される。
半地下の部屋といえど家屋の屋内だ。
土足では礼儀と常識に反する。
スニーカーを手に持ち台所の勝手口に走り、履き慣れたスニーカーに足を突っ込んで勝手口から飛び出る。
「!」
寒気。
直感が働いたのに似る。
……それは怪我を恐れずに顔面から地面にダイブしろと囁いた。
ダイブ。コンクリの地面に。不細工にダイブ。
直感の囁くままに実行した。
それと間髪入れない爆発音。
あの、恐怖を掻き立てられた爆発音に似た発砲音。
大きく開けた空間で聞くと大口径の猟銃並みに迫力がある。
だが……痛い。鼻の先を擦り剥いた。薄い胸がさらに薄くなる打撲。
大きく開かれたドアから室内に大口径の、44マグナムの3倍近い威力を持つ50口径が飛び込み、屋内で暴れ狂うかのように軟い建材やガラスなどを破壊する。
弾道の直線状に立てばこのように関取の張り手を受けたかのように薙ぎ倒されてしまう。
幸い、境界線を定めるコンクリ塀が膝上辺りの高さまで積み上げられていたので匍匐前進を維持すれば逃走成功の可能性はあった。
「!」
匍匐前進を開始してすぐに次弾が襲う。
低いコンクリの基礎をハンマーで豆腐を叩くように破壊する。
目の前30cmの位置で炸裂する500WE。
塵埃を顔面に被り思わず咳き込む。
転進して、建築途中の隣家へと向かう。
直ぐに次弾が襲いくるかと思ったが、なぜかインターバルが空く。
約80坪の土地に灰色の養生塀で囲まれた隣家へと逃げ込むことができた。
屋内から出たのに、早くも屋内に押し込まれた。
あの化物マグナムの前ではこの家を構成するあらゆる材質は一切、防弾板の役目を果たさないだろう。
辛うじて有利なのは遮蔽物に困らないという点だ。
薄っぺらい養生塀で囲まれた建築途中の家屋。柱や梁が覆われたばかりで壁や床の分厚い合板が剥き出し。……だが、遮蔽が多い。これは有利な点だといえる。
遮蔽の役目は弾を停止させることではない。
姿を隠してどこに潜んでいるのか解りにくくさせるのが本来の目的だ。
カーテン1枚でも広げれば、それが本命の隠れ場所なのか、ブラフなのかという選択肢を相手に迫ることができる。隠れていることがばれていても左右のどちらから飛び出るのか不明瞭という圧力をかけることもできる。
この判断がつかない、この状況が理解できない素人は、潜んでいると確信すると迷わず遮蔽に銃弾を撃ち込み、その目隠し的効果を一切無力化させる。継戦能力が計算できない人間ほど、邪魔なら撃てばいいと考える。
「……!」
ところがその始末屋。思い切りがよすぎる。玄人にあるまじき戦法! 光恵が逃げ込もうとする先々の養生塀の遮蔽を無視して発砲する。
光恵もアストラモデルコンスターブルを抜く。
エジェクションポート後部のインジケーターを確認し、薬室に実包が送り込まれているのを確認するとセフティをカットして撃鉄を起こす。ホンの僅かなトリガープルでどんな人間も一発で無力化させる9mmショートを撃発できる……あのフリーダムアームスM83/500WEを扱う筋肉達磨が人類の範疇に入るかどうか怪しいが。
――――?
――――間隔が……回転式だからか?
――――シングルアクションのリロードのロスを警戒しているのか?
違和感。圧倒的優位に立つ始末屋が発砲をとあるポイントで、できるだけ控えているように思える。まるで弾薬が心許ないとでもいわんばかりに。
勿論、幾つかの理由は推測できた。体力の問題。バレルの寿命を長持ちさせるため。弾薬の入手が困難なため、など。
それに付随した事項で気がついた点がもう一つ。
それは、西部劇のガンマンよろしくクイックドロウを用いていないということだ。
とっておきの奥の手として温存している秘技かもしれないので早撃ちの件は充分に警戒して留意する。
「…………」
アスファルトに転がる軽い金属音が場違いに涼しく感じられる。
始末屋は今し方発砲した分を補弾したらしい。
光恵は遮蔽の隙間から自分の体の一部分でも晒してしまえばお仕舞いだといい聞かせる。
完全なアウトレンジからの狙撃。
防弾効果が望める物体はなし。
常に先手を読まれていると肝に銘じて裏を掻かなければ……恐らく、たった一発で勝負は決まる。
光恵の体に大きな風穴が出来てお仕舞いだ。
9mmショートの有効な距離に入り込むか、誘い込むか、アストラモデルコンスターブルでも狙撃できる近距離に接近する、あるいはさせる必要がある。
距離を縮めれば速射が利くだけ光恵が有利だ。
あのガタイのどこに9mmショートを叩き込んでも1発で無力化させられる自信はない。
見事な体躯の筋肉達磨だ。胸板や腹筋の表面だけで9mmショートのホローポイントは持てるパワーを存分に発揮しても無力化には遠いと思われる。
9mmショートの単純な初活力と初速は制服警官の38splと同程度。司法実包でない分、弾頭の停止力は大きいが、所詮はディフェンスガンを運用するための実包だ。一撃必殺の破壊力とは無縁だ。
近距離から2、3発叩き込んで相手を無力化させるか、1、2発で負傷させて怯んだ隙にその場から速やかな逃走を図るのが『賢い』使い方だ。薬莢の長さが2mm長くなる9mmパラベラムでは少し話は違ってくるが、この状況ではないものねだりりは虚しいだけだ。
――――近付いて……来ない、な。
リップミラーを突き出して、小さな世界に映る始末屋を確認する。
左手にフリーダムアームスM83を構え、銃口を空に向けている。
律儀に引き金から指を離している。炎天下の、オーブンのような直射日光を浴びながら彫りの深い眉目に影を濃く作る。
――――弾薬、か?
発砲回数を制限しているかのような発砲のリズムが何となく理解できた。
ベルトの実包を差し込んでいるカートホルダー分の弾薬しか持っていないのか。それは一見の感想だが、他のポケットが膨らんでいたり、サイドアームを携行しているようにもみえない。
そもそもクールビズにウエスタンタイプのクイックドロウ用でないホルスターという時点で力押ししか考えていない拳銃遣いだと気がつくべきだった。
弾丸は真っ直ぐ飛んでいても、ある程度の硬さを持った物体に当たると弾道が逸れる。
ライフルで心臓を狙撃されても弾頭は脇腹から飛び抜けたという、よくある話と同じだ。……故に、力押しのマグナムでも複数枚の物体を貫通すれば、素直な弾道を描いてくれなくなる。極論でいうと、この遮蔽の塊りの建築途中の家屋の片面を貫通した弾頭は反対側の片面から真っ直ぐな弾道で貫通するはずがないのだ。
家屋全体を遮蔽ではなく防弾……否、弾道を阻害するマテリアルとして看做すこともできる。
発砲。
相変わらず鼓膜に優しくない爆発音。
リップミラーの光りの反射でも捉えたのか、正確に、遮蔽としている養生塀のど真ん中に風穴を開ける。
遮蔽の陰ではパーカーの右脇を引き裂かれた光恵が唾を飲んでいた。
――――だけど……。
――――『コスト』ならこっちの方が上だ!
弾薬のコスト。
始末屋はハエを殺すのに戦車のエンジンを使っているのと同じだ。
折角の大威力でも当たらなければ無為に空を切る、悲しいだけの外れ弾だ。
必要なときに必要な威力を必要なだけ提供できる上に、弾薬の携行数では光恵のアストラモデルコンスターブルの方がフレキシブルに扱える。
家屋内の完成したばかりの階段を駆け上がって2階から養生塀越しに発砲。2発の牽制。短い空薬莢が右手側に軽快に排出される。