灼熱のストレングス
その後、空薬莢が収まったケースを逆さにし、空薬莢を金属のロッドで押し出し、フレアイングツールで弾頭を差し込むマウス部分を僅かに押し広げる。
ケースを上向きに……つまり雷管側を下に向けたケースに、予め計量された特性のブレンド炸薬を流し込む。
その炸薬の上からセミジャケッテッドホローポイントの鈍重なイメージを覚える50口径の弾頭を落とし込み、ブレットシーティングロッドで木製のハンマーを緩く叩きながら空薬莢に押し込む。
さらにケース自体を逆さにして、金属ハンマーで叩いてクリンプ。
そうして金属のケースから転がり出たのが500WEのワイルドキャットカートリッジだ。
勿論、これをまともに発砲できる拳銃は単発を除けばフリーダムアームスM83のみだ。
特製のレシピでブレンドした炸薬は現在に到るまでに様々な紆余曲折があった。
苦労の末に今の膂力に最もマッチした手詰め実包を造り、それを用いて標的を仕留めたときの感動は忘れられない。
その感動を味わいたくてもっと強力な手詰め実包を造る。
勿論のこと膂力が追いつかなければ意味はない。
爆弾の爆発に喩えられる発砲音を発生させる500WEの反動を制御するには……長く携行していても疲れない足腰、長く握っていても銃口が下がらない腕力握力を身につけ、維持するためにも筋力トレーニングは欠かせない。
良い筋肉を得るためには良いバランスの食事も大切だ。肉体疲労はもとより精神疲労も大敵だ。
フリーダムアームスM83で自作の実包を実戦で発砲するようになってから酒も辞めた。
最近では筋肉に供給する酸素量を鑑みて肺活量を増やすために禁煙も検討している。
「……」
萱野は今し方完成したワイルドキャットカートリッジ――手詰め実包――を静かにウレタンマットの上に置く。
40cm四方にカットされた灰色のウレタンマットの上で、既に完成した500WEが整然と行儀よく並べられている。
全部で30発。
炸薬に湿度が影響してはいけないので大量の実包は作成しない。
工場で大量に製造される炸薬でも、湿度と温度の管理加減で微妙に変わる。
炸薬の詰まった缶は厳重に蓋をして分厚く幅広のゴムバンドを巻き、機密性を高める。その状態で数種類の炸薬が並べてあるロッカーに仕舞い込む。
完成した実包も磨き抜いたダイヤモンドを愛でるような手つきで丁寧にアモケースに収納する。
萱野は早く室瀬光恵を仕留めたくて仕方がなかった。
情報屋からの定時連絡やタレコミが待ち遠しくて仕方がない。
その逸る心を鎮めるために手詰め実包の作製に取り掛かっていたのだが、それも終わってしまうと手持ち無沙汰を覚える。
複数の情報筋からの入電では、不思議と網の目からすり抜けたように室瀬光恵の情報がヒットしないのだ。
定時連絡では「新着無し」の一文だけで肩透かしを食らう。
この人口密度の高い地域で誰の目にも止まらずに忽然と消えてしまった。
ライバル組織に転がり込んだかと疑ったが、各方面に放っている内通者からも、女の亡命者や裏切り者はいないとのこと。
そうなれば疑う矛先は組織内部の事情を知っている人間ということになる。中司令部だけで構成される組事務所の横の連携は強固だ。異分子や不穏因子の存在はすぐに浮き彫りになるはずだが……。
「…………」
萱野は組織内部に手引きしている人間がいる疑いを捨て切れずにいた。
腕を組み瞑想するように静かに目を閉じる。
※ ※ ※
午前10時を経過。左手首のデジタル時計は少なくともそう告げている。
エアコンとベッドとユニットバスがあるだけ、充分にまともな隠れ家。
昨夕、律歌に連れてこられてからこの半地下になった8畳間ほどのコンクリ打ちっ放しの空間で過ごしている。
携帯電話は通じる。冷蔵庫はないが、ポータブル冷蔵庫に律歌が飲料水を存分に補充してくれる。
外出の自由が利かないだけで大人しくしていれば今のところ、安全だった。
今の命綱は律歌だけだ。
大学生の律歌は夜の8時までには自宅へ帰る。
オヤジの決めた門限が五月蝿いらしい。
本日の午前中には注文しておいた大型バッグの代替品と新しい日用品が届いて、昼食に充てるコンビニ弁当も差し入れてくれた。去り際に律歌は「光恵を飼ってみたかったの……」と呟いたときには寒気がしたがそれはきっと冗談でいったのだろう。……うむ。冗談に決まってる。
とはいえ、ここで一生を終えるわけにはいかない。
この辺りの土地勘は薄い。もう一度脳内で地図を広げてみる。
光恵の乏しい記憶と知識で補完した地図だ。ヤクの売人が自分の縄張り以外に通じているというのは案外と少ない例だ。そこが生まれ故郷でもない限り。
――――えーと……ここは……。
――――住宅街……になる前の更地が並んでいたな。
周囲は造成地が疎らにみえる新興の住宅地で、建売販売の物件が幾つか並んでいるだけの人気が無い場所だ。
律歌に背中を取られた繁華街からは離れている。
その建売物件の一つで、組事務所のペーパーカンパニーが社員寮の名目で購入した物件だ。
律歌にあの繁華街に光恵が出没するのを事前に知っていた理由を問うたが、意外とタネは簡単だった。
律歌が情報屋を買収しWスパイとして『演技』させて組織内部の情報網を一時的に別方向へ誘導させているだけだ。
その情報屋の一人が始末屋なる物騒な飼い犬に情報を流す前に鼻薬を嗅がせ、情報を高額で買い取り、口止めさせたのだ。そして、始末屋に流す予定だった情報とは光恵の出現ポイントだ。
さすがに警察や公安に賄賂を握らせて、司直の手を逃れているヤクザの娘だ。鼻薬の使いどころを心得ている。
だが、それも一時凌ぎだ。
律歌が命懸けで情報の錯綜を計ってくれているうちにこの物件から出ていかなければ、今度こそ律歌共々殺されてしまう。
午前10時を10分経過。
半地下なので煙草を吸うときは路面の高さほどの位置にあるペアガラスの窓を開けてそこから紫煙を吐き出す。
今もお馴染みのラッキーストライクを銜えて使い捨てライターを手に取ったところだ。
……今日も命があるだろうか?
意外と神様仏様は仕事熱心で、塵芥同然の光恵にも人類と平等に生命の危機を降り注がせた。
一通の電話。
律歌からの電話。
息が詰まって急いた声で叫ぶように短く伝えてきた。
「早く逃げて!」
……と。
その一言で全てを解した。危険だと。
律歌自身も危険でその一言を伝えるために大きな危険を犯したのだと。
時間帯は昼下がり。
どこへ逃げようが、自前の脚力しか頼りはない。
半地下の部屋は監禁されているのではないのですぐにドアを開放できる。
衣服を整えるのもそこそこにアストラモデルコンスターブルが収まっているショルダーホルスターを肩に通す。ベルトに通した空の予備マグポーチに次々と弾倉を差し込んでいく。
命の危険と、この部屋で篭城した場合の危険度を天秤にかける。
答えは簡単だ。
十中八九に生を得ても、ここに居座るのは危険だ。
アストラモデルコンスターブルのハーネスを腰のベルトに固定すると真新しい半袖のパーカーに袖を通す。それ以外の荷物を全て放棄してドアを開け放つ。
目前は短い上がりの階段。それを駆け上がり、母屋の屋内へと出る。
ケースを上向きに……つまり雷管側を下に向けたケースに、予め計量された特性のブレンド炸薬を流し込む。
その炸薬の上からセミジャケッテッドホローポイントの鈍重なイメージを覚える50口径の弾頭を落とし込み、ブレットシーティングロッドで木製のハンマーを緩く叩きながら空薬莢に押し込む。
さらにケース自体を逆さにして、金属ハンマーで叩いてクリンプ。
そうして金属のケースから転がり出たのが500WEのワイルドキャットカートリッジだ。
勿論、これをまともに発砲できる拳銃は単発を除けばフリーダムアームスM83のみだ。
特製のレシピでブレンドした炸薬は現在に到るまでに様々な紆余曲折があった。
苦労の末に今の膂力に最もマッチした手詰め実包を造り、それを用いて標的を仕留めたときの感動は忘れられない。
その感動を味わいたくてもっと強力な手詰め実包を造る。
勿論のこと膂力が追いつかなければ意味はない。
爆弾の爆発に喩えられる発砲音を発生させる500WEの反動を制御するには……長く携行していても疲れない足腰、長く握っていても銃口が下がらない腕力握力を身につけ、維持するためにも筋力トレーニングは欠かせない。
良い筋肉を得るためには良いバランスの食事も大切だ。肉体疲労はもとより精神疲労も大敵だ。
フリーダムアームスM83で自作の実包を実戦で発砲するようになってから酒も辞めた。
最近では筋肉に供給する酸素量を鑑みて肺活量を増やすために禁煙も検討している。
「……」
萱野は今し方完成したワイルドキャットカートリッジ――手詰め実包――を静かにウレタンマットの上に置く。
40cm四方にカットされた灰色のウレタンマットの上で、既に完成した500WEが整然と行儀よく並べられている。
全部で30発。
炸薬に湿度が影響してはいけないので大量の実包は作成しない。
工場で大量に製造される炸薬でも、湿度と温度の管理加減で微妙に変わる。
炸薬の詰まった缶は厳重に蓋をして分厚く幅広のゴムバンドを巻き、機密性を高める。その状態で数種類の炸薬が並べてあるロッカーに仕舞い込む。
完成した実包も磨き抜いたダイヤモンドを愛でるような手つきで丁寧にアモケースに収納する。
萱野は早く室瀬光恵を仕留めたくて仕方がなかった。
情報屋からの定時連絡やタレコミが待ち遠しくて仕方がない。
その逸る心を鎮めるために手詰め実包の作製に取り掛かっていたのだが、それも終わってしまうと手持ち無沙汰を覚える。
複数の情報筋からの入電では、不思議と網の目からすり抜けたように室瀬光恵の情報がヒットしないのだ。
定時連絡では「新着無し」の一文だけで肩透かしを食らう。
この人口密度の高い地域で誰の目にも止まらずに忽然と消えてしまった。
ライバル組織に転がり込んだかと疑ったが、各方面に放っている内通者からも、女の亡命者や裏切り者はいないとのこと。
そうなれば疑う矛先は組織内部の事情を知っている人間ということになる。中司令部だけで構成される組事務所の横の連携は強固だ。異分子や不穏因子の存在はすぐに浮き彫りになるはずだが……。
「…………」
萱野は組織内部に手引きしている人間がいる疑いを捨て切れずにいた。
腕を組み瞑想するように静かに目を閉じる。
※ ※ ※
午前10時を経過。左手首のデジタル時計は少なくともそう告げている。
エアコンとベッドとユニットバスがあるだけ、充分にまともな隠れ家。
昨夕、律歌に連れてこられてからこの半地下になった8畳間ほどのコンクリ打ちっ放しの空間で過ごしている。
携帯電話は通じる。冷蔵庫はないが、ポータブル冷蔵庫に律歌が飲料水を存分に補充してくれる。
外出の自由が利かないだけで大人しくしていれば今のところ、安全だった。
今の命綱は律歌だけだ。
大学生の律歌は夜の8時までには自宅へ帰る。
オヤジの決めた門限が五月蝿いらしい。
本日の午前中には注文しておいた大型バッグの代替品と新しい日用品が届いて、昼食に充てるコンビニ弁当も差し入れてくれた。去り際に律歌は「光恵を飼ってみたかったの……」と呟いたときには寒気がしたがそれはきっと冗談でいったのだろう。……うむ。冗談に決まってる。
とはいえ、ここで一生を終えるわけにはいかない。
この辺りの土地勘は薄い。もう一度脳内で地図を広げてみる。
光恵の乏しい記憶と知識で補完した地図だ。ヤクの売人が自分の縄張り以外に通じているというのは案外と少ない例だ。そこが生まれ故郷でもない限り。
――――えーと……ここは……。
――――住宅街……になる前の更地が並んでいたな。
周囲は造成地が疎らにみえる新興の住宅地で、建売販売の物件が幾つか並んでいるだけの人気が無い場所だ。
律歌に背中を取られた繁華街からは離れている。
その建売物件の一つで、組事務所のペーパーカンパニーが社員寮の名目で購入した物件だ。
律歌にあの繁華街に光恵が出没するのを事前に知っていた理由を問うたが、意外とタネは簡単だった。
律歌が情報屋を買収しWスパイとして『演技』させて組織内部の情報網を一時的に別方向へ誘導させているだけだ。
その情報屋の一人が始末屋なる物騒な飼い犬に情報を流す前に鼻薬を嗅がせ、情報を高額で買い取り、口止めさせたのだ。そして、始末屋に流す予定だった情報とは光恵の出現ポイントだ。
さすがに警察や公安に賄賂を握らせて、司直の手を逃れているヤクザの娘だ。鼻薬の使いどころを心得ている。
だが、それも一時凌ぎだ。
律歌が命懸けで情報の錯綜を計ってくれているうちにこの物件から出ていかなければ、今度こそ律歌共々殺されてしまう。
午前10時を10分経過。
半地下なので煙草を吸うときは路面の高さほどの位置にあるペアガラスの窓を開けてそこから紫煙を吐き出す。
今もお馴染みのラッキーストライクを銜えて使い捨てライターを手に取ったところだ。
……今日も命があるだろうか?
意外と神様仏様は仕事熱心で、塵芥同然の光恵にも人類と平等に生命の危機を降り注がせた。
一通の電話。
律歌からの電話。
息が詰まって急いた声で叫ぶように短く伝えてきた。
「早く逃げて!」
……と。
その一言で全てを解した。危険だと。
律歌自身も危険でその一言を伝えるために大きな危険を犯したのだと。
時間帯は昼下がり。
どこへ逃げようが、自前の脚力しか頼りはない。
半地下の部屋は監禁されているのではないのですぐにドアを開放できる。
衣服を整えるのもそこそこにアストラモデルコンスターブルが収まっているショルダーホルスターを肩に通す。ベルトに通した空の予備マグポーチに次々と弾倉を差し込んでいく。
命の危険と、この部屋で篭城した場合の危険度を天秤にかける。
答えは簡単だ。
十中八九に生を得ても、ここに居座るのは危険だ。
アストラモデルコンスターブルのハーネスを腰のベルトに固定すると真新しい半袖のパーカーに袖を通す。それ以外の荷物を全て放棄してドアを開け放つ。
目前は短い上がりの階段。それを駆け上がり、母屋の屋内へと出る。