灼熱のストレングス

 明らかに発砲速度とリズムが自動式ではない。
 爆発音を髣髴とさせる銃声。僅かにその銃声が突き抜けるように聞こえる。拳銃としては長銃身の回転式なのだろう。それも景気よく発砲を繰り返さない辺りを考慮すると、スイングアウトのモダンな回転式ではなさそうだ。
 スイングアウト式のリローディングなら体力と筋肉が続く限り、スピードローダーを用意している限り、割と早い間隔で発砲を繰り返すことができる。
 だが、違った。発砲の間隔が長すぎるのだ。
 自ずとシングルアクションの回転式が導き出される。
 狭い空間では振り回すのも難儀な、長い銃身を具えたモデルでオーバーキルをオーバーするような実包を用いる。
 輪胴の薬室も5発程度だと推察できる。
 シングルアクションアーミーを踏襲した古典的な回転式であれば、再装填に異常に時間がかかる。それこそ西部劇のガンマンよろしく2挺拳銃でも気取っていないと再装填のロスが大き過ぎてたちまち、窮地に追いやられる。
 シングルアクションアーミーをコピーしたメカニズムで構成された拳銃なら泣きどころは多い。
 再装填と排莢をするためには、左右の手を持ち替えてローディングゲートを開いて銃身下部のイジェクターロッドで空薬莢を1発ずつ押し出さなければならない。
 普通の殺し屋ならこの辺りの弱点をカバーすべく一人でも牽制できる小型の短機関銃や多弾数オートを携行しているはずだ。……相手が普通の殺し屋なら、だ。
――――マジか!
 普通じゃなかった。
 普通の殺し屋ではなかった。
 筋骨隆々の見事な体躯をクールビズファッションに包んだ鬼瓦よりは人間に近い顔をした強面の中年が肩を怒らせながら、左手に超大型の回転式――そのフォルムは予想通りにシングルアクションアーミーを模倣したもの――を携えていた。
 異様だったのは雰囲気だけじゃない。
 遮蔽から覗かせたリップミラーに映るその姿は、直視しなくとも解る、イカレた正統派だった。
 褐色で素晴らしい肉体を包んだクールビズ。腰にぶら提げた左利き用のウエスタンタイプのホルスターが場違いだった。
 白昼であっても、得物が大音響を発しても、近隣の迷惑を考慮することもなく平気でオーバーキルをばら撒く人間だ。
 正面から堂々と近付いてくるのはまるで、光恵のアストラコンスターブルには一切の弾薬が装填されていないのを知っているかのような超然としたオーラを発していた。
 昼間から屋外の日光の下で海外製のホラー映画を見ている気分だ。
 奴は先ほど3発発砲した。
 彼我の距離25m以上。
 遮蔽としている放置された自転車群。
 駐車場手前に放置された錆びの浮いた自転車を一応の遮蔽としているが、100%光恵を遮蔽しているのではない。それに遮蔽物は姿を隠せるものや位置であって、防弾効果が期待できるモノを差してはいない。
 ……即ち。
「!」
 リップミラーの向こうの和製ターミネーターがこちらに銃口を向けた途端マズルフラッシュが耳を聾する銃声と供に爆ぜ、音の速さを2倍近く速く超えてマッシブな熱い金属弾を放つ。
 着弾の衝撃で、一時の遮蔽としていた自転車の連なる群れがビリビリと震える。
「…………」
 着弾した痕は光恵が背後にしていたコンクリブロックの壁に刻まれる。否、風穴を拵えられる。
 このコンクリの壁のお陰で光恵の移動範囲は狭められている。
 これをヒョイと越えることできれば、と何度も考える。
 形振り構わず不細工で無様な匍匐前進の体勢で地面を這いながら移動する。
 速度は遅いが奴の視界から一時的に消えることができる。
 従業員用の駐車場から宿泊客用の駐車場は隣接している。
 フェンスも無い。路面にラッカーで規制線を描いているだけだ。
 ここにきて、唐突に選択肢が現れる。 
 奴は何事があっても光恵を殺す。ならば駐車場に停めてある盗難車のフィアットパンダに乗り込んでエンジンを掛けてアクセルを踏むことに全力を注ぐか、その時間をアストラモデルコンスターブルの戦闘準備を整えることに注いで奴を迎撃するか。
 匍匐前進を続けながら考える。
 目前50cmにある遮蔽の切れ目がくるまでに考えないとそこで終了だ。
 奴の銃口も光恵の出現予測を終えてこまねいているだろう。
 立ち上がって全速力で駆けてフィアットパンダに向かうか。
 匍匐前進しながらアストラモデルコンスターブルに再装填を完了させるか。
 止まれば、すなわちち死だ。
 あの化物みたいな回転式から弾き出される銃弾は掠っただけでも大きく肉を削り取られるだろう。大動脈に命中しようものなら衝撃波が血管を遡って心臓麻痺を誘発させかねない。
 ただのヤクの売人には重過ぎる決断だ。
――――参った……。
――――チキショウ……。
――――なにもできねぇよ!
 軽い失禁を禁じえない。ショーツの内側が汗ではない液体で湿り気を帯びる。
 1秒後に選択するルートに正誤があるのかどうかも解らない。
「だったら!」
――――こっちを選ぶ!
 突如立ち上がり、きびすを返して走り出す。
 いつ狙撃されても文句がいえない体勢。
 奴の動体視力の低さに賭けたのではない。奴の弾切れを誘うのが目的じゃない。奴を奇を衒った行動で混乱させるのが目的じゃない。
 目的は……。
 今きた、細い遮蔽の間を上半身を晒して猛然と駆ける若い女に哀れみの表情一つ投げつけることもなく、男の全長30cmを超える大型リボルバーの銃口が僅かに僅かに、僅かに微調整を繰り返して光恵の姿をフロントサイトに捉え、さらにその2mm先に銃口が向く。
 着弾予想地点を計算しているのだ。
 起きた撃鉄。軽い筈の引き金。薬室にはたった1発の実包。
 ……この男には、この萱野和雅にはそれで充分だった。
 意外に呆気ないのは仕方がない。少々ムロセミツエという標的を過大評価していた部分もあるのかもしれない。ともかく、これにて終了。
 萱野は左手に構えたフリーダムアームスM83/500WE――特注の10インチバレル――に必殺の命令を下すべく人差し指に力を込める。
「!」
 発砲。
 だが、驚いた。自らの相棒が奏でる聞きなれた大銃声に驚くほどに虚を突かれた。
 サイトの向こうの世界からムロセミツエが姿を消した。
 少なくともコンマ数秒間はそのように認識していた。
「あの女!」
 標的は『空を駆けていた』。
 厳密には、そのようにみえた。
 光恵は遮蔽の自転車群を右足をかけて飛び上がり、さらに左足の爪先をフリーダムアームスM83/500WEが穿った、コンクリの大きな風穴に差し込み、足場としてさらに大きく跳躍し、左手側のコンクリブロックの壁を乗り越えたのだ。
「………………やられたな」
 萱野が5連発のフリーダムアームスM83/500WEを撃ち尽くしても尚、生き延びた数少ない標的に光恵がランクインした。
 突拍子もない脱出を図ったという点では堂々の殿堂入りだ。
 コンクリ塀の向こうでは軽快に駆ける靴底の音が聞こえる。
 見事な逃走劇。大胆な発案。
 ただの偶然、生粋のバカという可能性も拭いきれないが、この場はフリーダムアームスM83/500WEをホルスターに戻して苦笑しながらも、彼女への絶賛の拍手をして踵を返した。


「………………」
 パタパタパタ……。
 尻餅を搗き痛みを食い縛り、堪えながらコンクリ塀の向こうで光恵は咄嗟に運動靴を脱ぎ、自分の歩幅を意識した間隔で地面を靴底で叩いた。徐々に小さくしていくという細かい芸も忘れずに。
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