チョコレート・ゴースト
起伏が激しく安定しない自分自身。
生きていることを実感するには、安息を得るためには、ワルサーP38ゲシュタポで無為な殺人を犯し、性的に物思いに耽って仮初めの快楽に溺れるしかない。
あの女の影に風声鶴唳とするも、人を殺めるときだけ麻姑掻痒と進む殺人も、人智を超えた何かがワルサーP38ゲシュタポに弱みを握られて牽強付会を計られている気がする。
「っ!」
狭く熱く柔らかな迷宮を深く探索した指先は自らの迸らせた水分を浴びて痙攣の後に停止する。
白い喉を窓からの細い光に晒し、若鮎のような白い腹が悦びに打ち震える。霞掛かった里香のまなじりには涙の粒が滲み出す。
「…………」
暫し快楽の余韻に身を任せる。
深夜2時を経過。
壁掛けのアナログ時計が蛍光塗料で視認性が高められた文字盤と二つの針で静かに報せる。
仮死状態の思考回路に火が点ったのは約20分後。
表通りで複数台の軽四自動車が停車した音を聞いた。
牛乳配達にしては早い。複数の車。複数の足音。足音の数は片手の指以上の数。
エンジン音からして軽四車は3台程度だと思われる。
「……?」
安全装置を解除。引き金に指を掛けたままのワルサーP38ゲシュタポをダラリと右手に提げて窓からそっと顔を出す……無意味にカーテンの隙間から、後ろめたい雰囲気を醸しながら。
――――?
――――警察……か?
――――いや、違う。
軽四車が自宅の斜向かいの空き家のガレージに勝手に入っている。
あぶれたその他の車は人目を憚るように路肩に停車している。
その陰で蠢く影。
窓から確認できるのは軽四車3台に、男と思われる人間の頭が6人分。
バディを最小単位とする捜査機関なら数の上では正しいが、不審に思った根拠は連中の動きだった。
姿を隠しているつもりなのに堂々とタバコに火を点ける奴がいる。
静寂が席巻する空間でも恐れずにくしゃみを堪えない奴がいる。
何より、拳銃を携行しているかもしれない容疑者相手に『人数が少な過ぎる』。
……捜査関係者であれ何であれ、キナ臭い連中が時折、山本里香が住まう邸宅を見上げながらその場で声も殺さず、話し込み始めれば怪しい以外に何も感じない。
渦中の怪しい張本人の里香でさえ怪しいと思う。
そっと窓際から離れてカーテンを揺らさないように身支度を始める。
グレイに黒の水玉をあしらったパンツにブラ。違う意味であっても勝負下着というには華やかさに欠ける。
下着姿の上から黒いジャージの上下で素肌を隠す。
薄っすらと火照る体の芯が衣服を拒むのを感じる。
机のサイドにあるラックに掛けていたウエストポーチを腰に巻く。
――――嫌な予感がする。
――――私に用があるのは解ってる。
――――けど、『警察じゃない』。
――――警察でないのなら、頭を撃ち抜いて自殺してやるつもりはない。
ワルサーP38ゲシュタポの空の予備弾倉に手際良く実包を詰め込んでいく。
当初は指先に相当な力を必要とした6発目以降の装填もリムの縁を梃子の原理で押しやれば、割と軽い力で装填できることを学習していた。
10本全部に装填しているとロスタイムが大きい。
連中にイニシアティブを握られる気がした。
6本だけロード。
ワルサーP38ゲシュタポのスライドを引いて安全装置を掛ける。
その弾倉を引き抜き、薬室に送り込まれた1発分の実包を補弾する。
先ほどのウエストポーチに予備弾倉を詰めて腰に巻きつける。
ジャージの右手側のハンドウォームにワルサーP38ゲシュタポを差し込んで玄関に降りる。
「……!」
――――やっぱりねぇ……。
――――マトモなヤツじゃないよ!
男の影。
表に立つ街灯の灯りを背に、擦りガラス越しにこちらを……里香の家の中を伺おうと背伸びしたり鍵穴を覗いたりと間抜け過ぎる行動を取っている。
暗がりの中でいる里香の気配も察知できないのだろう、2人分の影は玄関の表ドア一枚向こうで携帯電話で連絡を取り始める。
そろりそろりと足を差し、音を立てずに自分の出しっぱなしだった運動靴を左手で掴む。
右手は出番を焦がれているワルサーP38ゲシュタポのグリップをハンドウォームの中で握った。
「……!」
台所側の勝手口方面から、箒かデッキブラシが倒れるような軽い音。裏手口からの脱出は無理か?
――――?
違和感。大きな違和感。
――――脱出?
――――攻撃?
自分の行動教義の常盤となるものが不確定なことに気がつく。
攻めたいのか守りたいのか逃げたいのか。
心に揺らぎを持つと勝利は遠のく。
部活で浴びせられた有り難い言葉だ。
この場合の『勝利』は『自分の目的』に置き換えられる。
どの道、まともなラストは里香には訪わない。早かれ遅かれ里香に訪れるのは破滅だ。
不思議とあの女に縊り殺される方が恐怖の度合いは強かった。
ほんの僅かな、コンマ数秒の世界で里香の頭脳は目まぐるしく回転する。
自分がこの奇怪で奇妙な集団に襲撃される理由を。
連中は男ばかりとみた。
声の雰囲気で20歳から30歳までの、連携が取れていない間柄だと推察できる。そして里香の命が狙われるほどの人物像、集団の理由を導く。
――――あー。
――――あのときの。
――――多分、あのときの連中の仲間か。
――――お礼参りね。
ワルサーP38ゲシュタポを入手し、人を殺したい衝動を抑えられずに繁華街の路地裏で追い剥ぎもどきの集団を射殺した。
恐らくその繋がりの仕返しだろう。
この世の日の当たらない世界では、表世界の個人を特定することを生業にする連中もいるらしく、割と安く早く簡単に個人を特定できるらしい。
誰も見ていないと思ったが近場の防犯カメラから解析したか、殺し損ねた奴がダイイングメッセージでも遺してそれを手掛かりに里香を特定したのだろう。
里香にとっては、最早どうでもいい。
彼女の日常はたった今、本当に崩壊したのだ。
深夜2時の寂間。
「……」
僅かに後退り、廊下で運動靴を履く。
台所の鍵が突破されるのも時間の問題だ。その気になればピッキングという手順をすっ飛ばしていきなりドアを蹴り飛ばすかもしれない。
再び、玄関のドアに視線を向ける。
「……」
表情の無い両眼。口はへの字に曲がっていたが心で大笑いする。
男と思われる1人が片膝をついて、玄関の鍵をピッキングしている影絵が見て取れる。その隣でもう1人の男が煙草に火を点けるシルエット。
躊躇わない。
躊躇しない。
右手が閃く。
セフティカット。
親指が撃鉄を起こす。
動作所作に感情が感じられない。
狙い、軽い引き金を、引く。
自宅の、見慣れた空間で広がるマズルフラッシュ。
大きく咲き誇る、銃火のリング。家人を叩き起こすこと確実の轟音。
開けた場所でもなく、シンプルな構造の空間でもないので新鮮な銃声が鼓膜を直撃する。
擦りガラスの向こうでピッキングに励んでいた男は額付近の頭部を撃ち抜かれて仰向けに倒れる。
脳漿が飛散する様子も影で表現されるガラスの向こうの世界。
相方の煙草の火が落ちる。その朱色の粒がやけに明るくみえる。
傍で被弾した男に怯まず懐を探る仕草をみせたのは、拳銃でも抜くつもりだったのか?
生きていることを実感するには、安息を得るためには、ワルサーP38ゲシュタポで無為な殺人を犯し、性的に物思いに耽って仮初めの快楽に溺れるしかない。
あの女の影に風声鶴唳とするも、人を殺めるときだけ麻姑掻痒と進む殺人も、人智を超えた何かがワルサーP38ゲシュタポに弱みを握られて牽強付会を計られている気がする。
「っ!」
狭く熱く柔らかな迷宮を深く探索した指先は自らの迸らせた水分を浴びて痙攣の後に停止する。
白い喉を窓からの細い光に晒し、若鮎のような白い腹が悦びに打ち震える。霞掛かった里香のまなじりには涙の粒が滲み出す。
「…………」
暫し快楽の余韻に身を任せる。
深夜2時を経過。
壁掛けのアナログ時計が蛍光塗料で視認性が高められた文字盤と二つの針で静かに報せる。
仮死状態の思考回路に火が点ったのは約20分後。
表通りで複数台の軽四自動車が停車した音を聞いた。
牛乳配達にしては早い。複数の車。複数の足音。足音の数は片手の指以上の数。
エンジン音からして軽四車は3台程度だと思われる。
「……?」
安全装置を解除。引き金に指を掛けたままのワルサーP38ゲシュタポをダラリと右手に提げて窓からそっと顔を出す……無意味にカーテンの隙間から、後ろめたい雰囲気を醸しながら。
――――?
――――警察……か?
――――いや、違う。
軽四車が自宅の斜向かいの空き家のガレージに勝手に入っている。
あぶれたその他の車は人目を憚るように路肩に停車している。
その陰で蠢く影。
窓から確認できるのは軽四車3台に、男と思われる人間の頭が6人分。
バディを最小単位とする捜査機関なら数の上では正しいが、不審に思った根拠は連中の動きだった。
姿を隠しているつもりなのに堂々とタバコに火を点ける奴がいる。
静寂が席巻する空間でも恐れずにくしゃみを堪えない奴がいる。
何より、拳銃を携行しているかもしれない容疑者相手に『人数が少な過ぎる』。
……捜査関係者であれ何であれ、キナ臭い連中が時折、山本里香が住まう邸宅を見上げながらその場で声も殺さず、話し込み始めれば怪しい以外に何も感じない。
渦中の怪しい張本人の里香でさえ怪しいと思う。
そっと窓際から離れてカーテンを揺らさないように身支度を始める。
グレイに黒の水玉をあしらったパンツにブラ。違う意味であっても勝負下着というには華やかさに欠ける。
下着姿の上から黒いジャージの上下で素肌を隠す。
薄っすらと火照る体の芯が衣服を拒むのを感じる。
机のサイドにあるラックに掛けていたウエストポーチを腰に巻く。
――――嫌な予感がする。
――――私に用があるのは解ってる。
――――けど、『警察じゃない』。
――――警察でないのなら、頭を撃ち抜いて自殺してやるつもりはない。
ワルサーP38ゲシュタポの空の予備弾倉に手際良く実包を詰め込んでいく。
当初は指先に相当な力を必要とした6発目以降の装填もリムの縁を梃子の原理で押しやれば、割と軽い力で装填できることを学習していた。
10本全部に装填しているとロスタイムが大きい。
連中にイニシアティブを握られる気がした。
6本だけロード。
ワルサーP38ゲシュタポのスライドを引いて安全装置を掛ける。
その弾倉を引き抜き、薬室に送り込まれた1発分の実包を補弾する。
先ほどのウエストポーチに予備弾倉を詰めて腰に巻きつける。
ジャージの右手側のハンドウォームにワルサーP38ゲシュタポを差し込んで玄関に降りる。
「……!」
――――やっぱりねぇ……。
――――マトモなヤツじゃないよ!
男の影。
表に立つ街灯の灯りを背に、擦りガラス越しにこちらを……里香の家の中を伺おうと背伸びしたり鍵穴を覗いたりと間抜け過ぎる行動を取っている。
暗がりの中でいる里香の気配も察知できないのだろう、2人分の影は玄関の表ドア一枚向こうで携帯電話で連絡を取り始める。
そろりそろりと足を差し、音を立てずに自分の出しっぱなしだった運動靴を左手で掴む。
右手は出番を焦がれているワルサーP38ゲシュタポのグリップをハンドウォームの中で握った。
「……!」
台所側の勝手口方面から、箒かデッキブラシが倒れるような軽い音。裏手口からの脱出は無理か?
――――?
違和感。大きな違和感。
――――脱出?
――――攻撃?
自分の行動教義の常盤となるものが不確定なことに気がつく。
攻めたいのか守りたいのか逃げたいのか。
心に揺らぎを持つと勝利は遠のく。
部活で浴びせられた有り難い言葉だ。
この場合の『勝利』は『自分の目的』に置き換えられる。
どの道、まともなラストは里香には訪わない。早かれ遅かれ里香に訪れるのは破滅だ。
不思議とあの女に縊り殺される方が恐怖の度合いは強かった。
ほんの僅かな、コンマ数秒の世界で里香の頭脳は目まぐるしく回転する。
自分がこの奇怪で奇妙な集団に襲撃される理由を。
連中は男ばかりとみた。
声の雰囲気で20歳から30歳までの、連携が取れていない間柄だと推察できる。そして里香の命が狙われるほどの人物像、集団の理由を導く。
――――あー。
――――あのときの。
――――多分、あのときの連中の仲間か。
――――お礼参りね。
ワルサーP38ゲシュタポを入手し、人を殺したい衝動を抑えられずに繁華街の路地裏で追い剥ぎもどきの集団を射殺した。
恐らくその繋がりの仕返しだろう。
この世の日の当たらない世界では、表世界の個人を特定することを生業にする連中もいるらしく、割と安く早く簡単に個人を特定できるらしい。
誰も見ていないと思ったが近場の防犯カメラから解析したか、殺し損ねた奴がダイイングメッセージでも遺してそれを手掛かりに里香を特定したのだろう。
里香にとっては、最早どうでもいい。
彼女の日常はたった今、本当に崩壊したのだ。
深夜2時の寂間。
「……」
僅かに後退り、廊下で運動靴を履く。
台所の鍵が突破されるのも時間の問題だ。その気になればピッキングという手順をすっ飛ばしていきなりドアを蹴り飛ばすかもしれない。
再び、玄関のドアに視線を向ける。
「……」
表情の無い両眼。口はへの字に曲がっていたが心で大笑いする。
男と思われる1人が片膝をついて、玄関の鍵をピッキングしている影絵が見て取れる。その隣でもう1人の男が煙草に火を点けるシルエット。
躊躇わない。
躊躇しない。
右手が閃く。
セフティカット。
親指が撃鉄を起こす。
動作所作に感情が感じられない。
狙い、軽い引き金を、引く。
自宅の、見慣れた空間で広がるマズルフラッシュ。
大きく咲き誇る、銃火のリング。家人を叩き起こすこと確実の轟音。
開けた場所でもなく、シンプルな構造の空間でもないので新鮮な銃声が鼓膜を直撃する。
擦りガラスの向こうでピッキングに励んでいた男は額付近の頭部を撃ち抜かれて仰向けに倒れる。
脳漿が飛散する様子も影で表現されるガラスの向こうの世界。
相方の煙草の火が落ちる。その朱色の粒がやけに明るくみえる。
傍で被弾した男に怯まず懐を探る仕草をみせたのは、拳銃でも抜くつもりだったのか?