Attack the incident

 その少年が振り撒いた血飛沫が、辺りに潜みながら潜望鏡のように拳銃を突き出して乱射していた少年少女を恐慌に陥れる。
 明後日の方向へ乱射されていた銃弾が跳弾となり、狭い路地の壁を跳ね返り、湊音まで萎縮する。
 狙われたのではない銃弾の弾道ほど厄介なものはない。
 事故のような確率で……多発する事故のような高確率で、当たるかもしれないという、膨れ上がった可能性を伴って飛来する。
 至近弾こそは1発程度だったが、狙った銃弾よりも一番近い距離に着弾し、壁面を削ったのだ。
 湊音の背中に冷たい汗が吹き出る。
 連中の再装填が重なるロスを突き、遮蔽伝いに移動を始める。
 追撃の銃声が遠のく。
 ワルサーPPを握ったまま、小走りに路地の角を曲がりながら、行き止まりのルートを避けて、走る。
 遮蔽にすると頼もしいが、全速力で駆けられないので突き出た室外機や足元の束ねた古新聞は誰にとっても障害物だ。
 ワルサーPPには勿論セフティをかける。デコッキングしたハンマーは安全位置に戻る。
 ワルサーPPを握った右手は左脇に潜らせて、人目に晒させないように務める。
 尤も、この界隈の路地裏で出会う人種にまともな部類が含まれている可能性は低いので、通報される恐れは低いが、出会い頭に連中の増援が待機している可能性もある。
 繁華街の外れまで駆け抜ける。
 繁華街に客を取られて急激に寂れたシャッター街に出る。
 商店街の体をなしていたが、アーチの下で人通りのない商店街を街灯が爛々と光源を提供していた。
 不法駐車された自転車、バイク、自動車。錆の浮いた違法駐車もみられることから、普段からこの商店街は自治が行き届いていないらしい。
 シャッター街に出てからすぐにメイン通りを歩かずに店の軒下……違法駐車された軽四トラックの陰でしゃがみこんで、ワルサーPPを抜く。
 流れるような手つきで弾倉を抜く。
 ワルサーPPのスライドを強靭な顎で銜えたまま、内ポケットから取り出した25発のバラ弾が詰まった32口径フルメタルジャケットのボール紙を取り出して、内容物を抜いて弾倉に補弾する。
 警戒する意味で耳を澄ましながらカチカチと32口径の可愛らしくも恐ろしい実包を詰める。
 雑居ビル群の裏路地を介して繋がっているこの商店街。
 遠くで繁華街の喧騒が聞こえる。夜鳴きラーメンのチャルメラ以下の音量だ。
 すぐ近くにある繁華街とは違い、車道の流れが悪い。駅に背を向けた位置に商店街の入口があるために生活の動線に乏しく、市がテコ入れを図っても廃れてしまった商店街。
 今どき、別段珍しくない話だ。
「……参ったなぁ……」
 ワルサーPPに満腹になった弾倉を差し込みながら呟く。
 今し方通過してきた路地が騒がしくなってきた。
 声色の若さからして、先ほどの連中が増援を案内しているのだろう。 商店街の左右に眼を振る。
 この辺りがちょうど商店街の真ん中らしい。
 商店街の出入口であるアーチの根元付近で人影がちらつく。野次馬かと思ったが、野次馬は拳銃を持っていない。
 命を狙われる覚えが多過ぎて解らない。
 この稼業……に限らず、暗黒社会は狭い社会だ。投げた石が様々な過程を経てある日突然、自宅の郵便受けに何故か入っている珍妙な現象もある。
 つまり、湊音がバッタ屋として働いて成功すれば、どこかの誰かが迷惑を被って、八つ当たり的に末端の構成員に抹殺を下すこともあり得る。
 左右どちら方面に逃げても鉄火場は回避できない。
 今までに恨まれた末に闇討に遭い、手痛い思いをしたことは何度もある。
 その全てが結局のところ、誰の差し金か解らないままだ。
 恐らく警告の意味を込めていたのだろうが、幸い、同じクライアントの筋だと思われる仕事は2度もしたことがないので、襲撃者を一度撃退しただけでコトは済んできた……。
 今回もどこかの誰かの不評を買ったらしい。
――――揉めごとはお偉いさん同士でやってくれよ!
 勘に従って、今きた道を逆に戻った。
 商店街で挟撃されるより、勝手を知っている路地裏で応戦しながら脱出すればいい。
 プロのみせかけ稼業らしく『痛い思いをして凹んでいる姿』をみせつければそれで丸く収まる。……多分、丸く収まるだろう。
 再び路地裏に滑り込む。光源に乏しい、全速力で走る事ができない場所へ臨む。
 小走りになりながら、再びワルサーPPの照門と照星に小型LEDライトの光を当てて蓄光させる。
 ワルサーPPをカップ&ソーサーで保持し、ウイーバースタンスで移動。
 誰かに伝授された構え方ではない。
 我流だ。このスタイルが自分に適していると実戦の中で修得した。
 グリップ底部を添える、左手の人差し指と中指の間には予備弾倉が1本、差し込まれている。
 近付く、複数の呼吸。
 声を潜めているつもりでも、荒い呼吸や素人同然の足音は聞こえてくる。
 右半身前屈み気味の姿勢で前進しながら、銃口を視線と一致させる。
 この通路では連中も散開するのに手間取るはずだ。
 先ほどの商店街の出入り口付近でたむろしていた連中も挟撃のための要員だとすればここへ到着するのに大した時間はかからない。
 目前の路地の奥で衝突する勢力を実力で排除して突破しなければならない。途中で迂回できるルートもいくつかある。
 どの程度の人数が投入されているかは不明。この狭くカビ臭い通路を突破できれば勝利条件を満たしたことになるだろう。……恐らく。
「! ……くっ」
 先手を取られる。距離30m。数少ない見通しの良い直線通路。路地裏に戻ってから5分ほど歩いた地点だ。
 銃弾が右脇の壁を削って粉塵を巻き上げる。
 牽制の2発を放ってからすぐ傍の室外機の影に飛び込む。
 遮蔽物は相変わらず多いので助かる。
 銃声が疎らに開始。間の抜けたリズム。連携もカバーも取れていないが、銃弾一発辺りの殺傷力には変化はない。当たればお終いだ。
 左右の壁に空薬莢が弾ける。
 ジャンパーのポケットのバラ弾を箱から出してズボンのポケットに全部流し込む。室外機の陰で消費した2発を補弾。
 銃声が増える気配はあるが非常に緩慢だ。
 頭を低く……ずっと低く……寝そべって……プローン状態でワルサーPPの銃口を固定。
 銃口の先は……室外機の底部の隙間を通り、遮蔽伝いに移動を行う敵勢力と思しき連中の足元を捉える。
 落ち着きのない移動。無駄な歩幅。
 小走りに踏み出す奴らが多い……明らかに鉄火場の経験が浅く、恐怖を覚えている。
 じっくり狙う。
 時間にして2秒ほど。
 重なる足首。3人分はあるだろうか?
 その重なった足首に向かって引き金を引く。……呼吸を止めての、一発必中を願った狙撃だった。
 銃口が跳ね上がる。トリガーガード前方を軽く蹴られたような反動。軽い反動。精密な狙撃は不可能なワルサーPPでの狙撃。サイトに打ち込まれた白色ドット頼みの狙い撃ち。
 室外機に反響して被害者の悲鳴や呼吸は聞こえなかった。
 だが、地面にぶち撒けられるそれらの音は聞いた気がした。
 手応え。
 命中した手応え。
 右手側に弾き出された32口径の空薬莢が壁面に当たり、跳ね返って脳天にこつんと当たる。
 そして聞こえる罵声と悲鳴。
 遅れて聞こえる、被害者が地面に倒れる鈍い音。
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