Attack the incident

「……」
 リップミラーを突き出し、移動を開始する連中の行動を読む。
――――読めない。
 当然だ。即席のチームであって、プロのチームではない。
 この場合、連中はプロの世界のセオリーは守らないと想定したほうが賢明だろう。
 逆をいえば、湊音がプロだからこそ突かれる弱点も存在する。連中が数の優位に酔い痴れているか、薄氷を踏む思いで戦術を繰り出すことを願うまでだ。
 コルトウッズマンを握るポニーテールの女が印象に深く残る。
 先ほど、ブルゾンの脇腹に孔を開けた銃声はクラッカーに似た発砲音の直後だ。9mmや45口径とは全く異質な銃声なので覚えやすい。
 その女……少女は凛と引き締まった唇に緊張感を走らせながらフィストグリップで6インチのコルトウッズマンを構えて、ウイーバースタンスで遮蔽を伝う。
 他の5人より挙動が素早く、誰よりも早く、駐車場へと向かうルートを無難な陰を通過して前進してくる。
 他の男……少年は2人1組を作り、あぶれた1人はバックアップを務めるのか、最後尾からやや低速で進行する。
 連中が移動を開始した頃には湊音は既に大きく迂回し、倉庫街の裏手へ廻るべく倉庫と倉庫の間の僅かな隙間を駆けていた。
 右手のワルサーPPを前方に、左手のワルサーPPを後方に向けた体勢での移動。
 両手を大きく開いて、不自然な右半身での移動。
 視界は前方だけを捉える。
 全周囲に聴覚を張り巡らせる。
 倉庫の隙間から飛び出ると、両手のワルサーPPを閃かせ、視線と同じ方向に2梃の銃口を合わせる。
 たった8発しか装填できない2梃拳銃でも、速射をしてしまうから大きな隙を呼び込みやすくなる。
 左右同時に発砲ではなく、左右が違うリズムで引き金を引けばリロードの間隙を突かれた反撃に出られる機会も少ない。
 だが……それは曲芸レベルの芸当だ。
 皿回しや、後ろ手に目隠しで銃を組み立てるのと同じで実用性が証明される機会はごく僅か。
 その僅かな機会が今、訪れた。
 天佑とも思える機会なのだから、湊音が狙ったタイミングではない。
 1911とグロックG17Lを構えた2人組みと会敵。
 すぐさま、激しい銃撃戦を展開するつもりで身構えた。2人組の右手側面にある遮蔽の陰から飛び出た形の湊音。
 ポジションとしては理想だ。湊音にとっては。
 指弾の隙も置かずに右手のワルサーPPが発砲。空薬莢が2個、夜明けが近い空に舞う。
 目前4mの位置にいる1911の少年の右脇腹と右即頭部に32口径が命中し、膝をゆっくり突きながら前のめりに倒れる。湊音はその倒れるモーションと自分の体勢を同期させて同時に倒れる。
 傾斜する被害者の体躯を遮蔽にし、グロックG17Lの少年の死角に潜り込みながら左手のワルサーPPを発砲。
 グロックG17Lの少年は湊音が発砲するまでに、4発の9mmパラベラムを発泡した。その内2発は外れ、2発は1911の息をしていない少年の胴体にめり込んで湊音に必殺の銃弾を届かせなかった。
「アッ……」
 グロックG17Lの少年は短い悲鳴を挙げ、仰け反りながら倒れる。胸部の真ん中に被弾。胸骨が粉砕される鈍い音を聞く。即死は免れただろうが逃げることも叫ぶこともできないだろう。
 そして、湊音の体は1911の少年とともに地面に倒れたまま、ワルサーPPのセフティを弾いて安全装置をオンにして左手側に体を転がらせて再び遮蔽に入る。
 この銃声で他の4人もこちらに戻ってくるだろう。
 起き上がって2人の死傷者に背を向けるが、直ぐにその2人に向き直り、1発発砲。……手放したグロックG17Lを拾った少年が一矢報いる気力で、倒れたままグロックを拾い、こちらに銃口を向けようとしていたが、その願望をワルサーPPのマメ弾は撃ち砕いた。
――――!
――――ほう……退かない、か。
――――こいつぁ、将来嫌な商売敵になりそうだなぁ。
 あっという間に終えた銃撃戦を聞きつけたはずなのに、2人が瞬殺されたと悟らせたのに、それでもなお、小器用に遮蔽を利用して陣取りゲームの要領で移動する4人。
「ほう……動く、か」
 潜んでいた、隣り合う倉庫の隙間、前後5m辺りからこちらに向かって貫通する弾痕がある。
 左側面から攻撃されている。9mmと45口径の発砲。
 逃げ込んだ遮蔽を特定されて、トタンでできた倉庫の壁をボール紙でも射抜くように貫通痕が迫ってくる。
 敵は左手側にいるのに、驚異は目前と背後から迫ってくる、二次元的な挟撃だ。
――――マズイ!
 ひたひたと迫る死の恐怖と、ガンガンと震えるトタンの壁と、チクタクとゆっくり経過する時間。……拳銃の盲撃ちには違いない。貫通する遮蔽とはいえ、標的たる湊音がみえないのでは手探りの銃撃でアタリをつけるしかない。
「お!」 
――――『空いた!』
 前方から迫る弾痕が目前70cmで止まる。
 カシャッと何かが落下して立てる軽い音。
――――弾倉交換!
――――弾数が少ない……。
――――ハードボーラーか!
 脳内をグルグルと巡る思考とは別に、湊音の全身のバネは全速力で狭い通路を駆け出す。
 突起物にオーバーサイズのブルゾンの裾や袖を引き千切られながら。
 背後から追撃する弾痕は、軽快な発砲音から推測して9mmパラベラム。ベレッタM92FSかH&K P7M13だろう。
 倉庫の隙間を抜ける。袖や裾が余って動きにくいブルゾンを脱ぐ。重ね着していた本来のサイズの黒いパーカーが現われる。
 直前の仕事では軽いフットワークが必要だったので防弾チョッキは着ていない。
 ズボンの下、膝にニーパッドを装着しているが、これには防弾効果は期待できない。
 位置確認。
 左手側の錆びたトタンの薄っぺらい壁一枚向こうにハードボーラーと9mmの拳銃を使う少年がいる。
 32口径では貫通してなお、殺傷力を維持したまま直進するエネルギーはない。
「やべ!」
 クラッカーのような銃声と共にパーカーのフードが震える。
 22口径の強襲。
 一拍遅れて9mmの桁違いの銃声が連なる。
 パーカーのフードに22口径が掠ったと同時に、ドラム缶の遮蔽に潜り込んで、這いずる格好でセメント袋の山やパレットが繋がった弾除けを移動する。
――――右、5発。左、8発。
 残弾を思い出す。
 予備弾倉はたらふく携行しているが、彼女の余剰戦力の殆ど全てなので、使い切るわけには行かない。直前の仕事で報酬が入るが、この私闘ではギャラは発生しない。
――――あの娘、いい腕してる!
 6インチのコルトウッズマンを使う黒髪ポニーテールの少女の腕前に舌を巻く。
 遮蔽の僅かな隙間からでも湊音を確認するやいなや、冷静な狙撃を繰り出して肝を冷やされる。
 一方、9mmパラベラムを使う、ベレッタM92FSかH&K P7M13の使い手は湊音の近辺に着弾するだけで決定打には遠い。それを考慮しても、年齢と経験を重ねれば良い遣い手になる可能性を秘めた若者たちだ。
「えっ!」
 湊音は目を疑う。
 遮蔽伝いに移動していた途中、雷に打たれた音を立てて倉庫のトタンの壁が蹴り破られた。
 錆び付いているとはいえ、梁や柱に縫いつけられたトタンがアルミ箔でも蹴破るように破壊され、そこから7インチのハードボーラーをフィストグリップで構えた大柄な少年がぬうっと現れた。
 伊達や酔狂であんなに長大でマッシブな拳銃を選んでいるのではなさそうだ。
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