Attack the incident

 運転しながらでは、喉まで出ている何かが出そうにないので路肩に軽トラを停車させて、シガリロを銜えたまま頭を指で突く。
「……」
 沈黙。遠くでパトカーと救急車のサイレンが聞こえる。やけに大きく鼓膜に届く。
――――橋田を喪って困るのは……。
――――顧客?
――――高いヤクを買わされるから?
――――否、それでは動機が薄い!
――――だけど襲ってきた奴らはガキで組織力は皆無。
 シガリロに火を点けずに思考の世界へ飛ぶ湊音。マッシュの髪をガリガリと掻く。
――――……ん?
――――薄い動機が『厚い』と感じられる場合は?
――――!
「まさか……!」
 携帯電話を取り出し、闇社会の万事屋ばかりが収められたアドレスを開く。
 大手ではなく、いつも金欠の個人経営や二重スパイの疑いを持たれている万事屋に片っ端から電話を掛けて同じ依頼をする。
 料金はどこも揃って格安で手軽。その分、腕前もサービスも質も低く、モグリでもなければ使いたがらない有象無象だ。
 だが、今はその有象無象、海千山千の力が必要だった。
 湊音が格安の万事屋に依頼した内容が正確に届いているのなら……この場合は「格安で情報の横流しがされているのなら」、正確に伝わるはずだ。
 『恋野湊音は港湾部の外れにある倉庫街で潜んでいる。明日には海外へ逃げる。今日の午前4時に湊音は南埠頭2番倉庫へ戻る』……ただそれだけを、恋野湊音の身辺を訪ねにきた依頼者に知らせてくれるだけでいい。
 湊音の予想が正しければ、そこに、指定した場所に予想通りの奴がくる。


――――来たか……。
 湊音は軽トラの運転席で軽い睡眠をとっていたが、近付く足音と小さな話し声で目を覚ました。
 数時間前にワゴンを襲撃して疲れが溜まっていたが、神経は鋭く尖っていたので軽い睡眠だけで疲労を無視できる錯覚に陥っていた。
 直前の仕事で20本も用意した弾倉を殆ど使わなくて幸運だった。
 夜鳴きラーメンの誘惑に勝てた自分を褒めたい。


 南埠頭2番倉庫。
 湊音が雑多で猥雑な万事屋や情報屋モドキに流した情報に早くも「踊らされた連中」がぞろぞろとやってくる。
 群れなければ何もできない今時の若年層。
 あどけなさが抜けない少年少女。隠そうともせず手に持っている拳銃もエアガンに見える。
 連中だ。一人ではない。複数だ。
 計画通り且つ、予想通り。
 湊音が即席で依頼した万事屋は、早くも情報を流出させて底辺同士で情報の共有を計り、依頼人の個人情報を拡散させていた。
 程度の低いニュースに踊らされた……否、『程度の低いニュースしか買えない』あの連中はブラフだらけの情報を万事屋から二束三文で購入し、ここへ参上した。
 ……そこまでは計画通り。
 湊音の予想が的中したのはそこから先だ。
 『この一件には首魁は存在しない』。
 この一言につきる。
 少年少女で構成されているのではない。
 集まったら、若年層だらけだったというだけだ。
 個人あるいは少数が、なけなしの金を叩いて安い情報網で湊音の足取りを探っていた。
 個別に、だ。
 連携も何もあったものではない。それぞれが顔を合わせるのは今回が初めてだというケースも多いだろう。
 『首魁は存在しない』。
 ここに集まってきた少年少女は何れも湊音が暗殺した橋田雅朋なるヤクザの顧客だ。
 そして橋田雅朋に知らぬ間に恩義を売られた、橋田正雅朋の使いっ走りだ。
 恩義の売られ方は大方予想がつく。
 舎弟の口利きをしてやるとか子分の盃を交わしてやるとか、独自の麻薬密売ルートを任せてやるなどという甘い言葉で飼い慣らされていたのだろう。
 そして橋田は湊音に殺された。
 全員ではなかろうが、決して少なくない数の少年少女は安っぽく浅はかな計算機を脳内で叩いて答えを出した。
 『橋田を討った殺し屋を討てばさらに上位の幹部に子飼いにしてもらえる』と。……彼等彼女等は独自で情報を収集し、少なからず、連携しあるいは個別に湊音を尾行し襲撃した。
 湊音が違和感を覚えたのは、塒にいつまで経っても襲撃がなかった事。
 情報の統制と共有が成されていない、組織力の極めて低い集団で、首魁がいたとしても権力は皆無で、寧ろ首魁がいないからこそのバラバラでちぐはぐな行動だと考えた。
 そうなれば情報の出処を逆から浚い直せば、『まるで貧乏の素人が、安く低い情報を渋々買ってそれを頼りに』湊音を監視しているとしか思えない。
 レベルの低い万事屋や情報屋モドキが鮮度が高く、ソースが確かな情報を的確に迅速に、クライアントである少年少女に売り渡すとは考え難い。
 恐らく、湊音の潜伏先を尋ねた時には足元を見て一桁二桁も上の金額を吹っ掛けられて、その情報を購入することができなかったに違いない。
 街中でみかけた程度の、情報価値が皆無の情報だけを頼りに湊音を追っていたのだろう。
 その中で湊音を追う者達が少数ながら徒党を組み、僅かにまともな連携が執れ始めた。そうなれば集団としての財政がマシなものになりもう少し価値のある情報が購入できた。
 すなわち、今ここに……この港湾の倉庫街の一角に示し合わせたように集まった若年層の、伸し上がりを目論む、野心溢れる若者達は財布を枯らしてでも湊音を討ち取る覚悟ができた「有望株」だ。
 今日のこの機会に……標的たる湊音が明日海外へ逃走のために出発するという話を聞いても、リアクションが起こせなかった者は湊音を討ち取ることを諦めた、軟弱で貧乏で覚悟の足りない落伍者だ。
 少年少女の年齢を外見で平均すると二十歳。
 酒や煙草よりもアイスクリームやチョコレートの方が好きそうな年齢も見受けられる。
 ぞろぞろと集まり出す集団がお互いの顔を見合わせて、自己紹介もせずに格好だけは一丁前のガンの飛ばし合いを始める。
 ここにいる全員が全員ともライバルだと思っているらしい。早く主役の湊音が参上しなければ、ここで全員が銃撃戦を始めかねない険悪な空気を醸し出している。
 午前4時を20分程経過。
 理性のある何人かが気付く。
 この倉庫街に生活感のある雰囲気は全くないことに。
 ざっと数えて20人以上の彼彼女たちは、懐や後ろ腰から拳銃を抜き始める。
 その視線は朝の白みが訪れる直前の、暗く寒い周囲を忙しなく走らせる。
 真正面から湊音が登場するなどとは思っていない。そして連中は自らの情報すら湊音によって操作されたニセモノだと感知していない。
 雇った万事屋や情報屋に悪態を吐くセリフが聞こえ始める。
 その様子をすぐ近くにある飯場のプレハブの陰から見守っていた湊音。
 双眼鏡を使わなくとも、外灯の光源に照らし出された影の数を数えながら、シガリロを吸いたい欲求と戦っていた。
――――さて……と。
――――仕掛けるか。
――――業界の先輩らしいところをみせるかねぇ。
 湊音は両脇からワルサーPPを抜いてセフティを解除した。
 湊音はここに集まった全員を許さない。
 怒りからの感情ではない。自分の身を守るために脅威を排除するために、敵意を持つ者を許さないのだ。
「?」
 集まった連中は一様に鼻を鋭くさせる。
 普段では身に覚えることのない香り。甘い香り。
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