冬空越しの楽園
――――思ったほどじゃない。
その暴発に驚いた周りの2人は『銃口と視線を一致させない』で暴発させた男に向かって罵詈雑言を叩きつけた。
すなわち、こいつらも体と銃を連携させる腕前ではないということだ。
おっかなびっくりと往く連中の一人にモーゼルHSc-80の狙いを定める。
狙撃には不向きなサイトではあるが、20mも離れていないので感覚でカバーする。
狙うはスポンサーと連絡を取っていた男の後ろ腰。
腰椎を破壊されれば重大な障害が残るだろうが即死には到らない。
口を割るだけの気力が残っていればいい。
両手で保持。カップ&ソーサー。左尺骨を左手側のコンクリの壁に軽く押し当て、簡易的に固定。
引き金を引く。
セフティをカットした状態での『引き金をデコッキングさせないキャリング』だったので引き金は恐ろしく軽い。
出番を焦がれていた9mmウルトラの初弾が弾き出さ、一拍遅れて空薬莢が床に落ちる涼しい音。その頃には9mmウルトラの94グレインの弾頭は既に男の腰に命中し、手に持ったノリンコハイパワーを暴発させて床に膝から崩れ落ちる。単純に初速毎秒330mで弾き出された94グレインのフルメタルジャケットは340Jの初活力を目標の目的の位置に叩き込んでいた。
日本人程度の筋骨ならばこれで無力化できる。
残りの2人も慌てて振り向く。が、真面目に相手になってやる必要はない。
今し方被弾させた男さえ置いて行ってくれればいい。
予想に反し、逃竄に徹すると思った残りの連中は、一人が倒れた男をおぶり、一人――こちらは女だ――は倒れた男の拳銃を拾って二梃拳銃で弾幕を張る。
由子の遮蔽が9mmパラベラムによって荒く削られる。
鉄骨鉄筋の、人が隠れられるほどの大きなコンクリの柱なので貫通のおそれはないが、このまま遁走を図られたのでは忸怩に耐えない。
耳を聾する銃撃。
コンクリの壁を相手に、殆どが無意味な銃撃。本日のレートで1発70円の9mmパラベラムが無為に砕け散る。
連中の目線の高さからの銃撃であるとみた、由子はリップミラーで確認しながら、静かにしゃがむ。その体勢から、『連中の膝あたりの高さへの銃撃』。
虚を突かれた一人――二梃拳銃の女――は左太腿に1発被弾し、倒れるモーションの途中で更に右鎖骨周辺にも被弾する。
負傷した男をおぶっていた男も、銃撃に助太刀するが、無理な体勢からの命中は望めない。
当たる確率が低い銃弾でも体表をかすって衝撃波に撫でられると、流石に尿道口が緩む思いをする。
ミミズ腫れ一歩手前の擦過傷を右頸部に刻まれたときは誇張ではなく、頸部が削ぎ落とされたと覚悟した。
さすが9mmパラベラム。その威力は決して体感したくない。
コピーと謂えどハイパワーが『ハイパワーたる所以』を知らしめているかのように思える。
フィールドコートやカーゴパンツの端を9mmの弾頭に弾かれながら遮蔽物の間を転がるように移動。
低い姿勢を維持したまま、素早く間隙を縫う移動を行うとしたらこれしかない。
9mmパラベラムで貫通しそうにない遮蔽物が多いのは助かる。言い方を変えれば初活力に劣る自分の9mmウルトラも貫通しないということだ。
無風状態の空間に硝煙が漂い始め、くしゃみが出そうな鼻を、強く摘んで誤魔化す。
銃撃が行われているフロアに新しい『騒音』。
2人組の連中が合流したらしい。
負傷した仲間をピックアップする速度が早まってしまう。このまま、銃撃に押されて黙ったままでは『何も進展しない』。
まともな敵戦力は3人。
うち、1人は負傷者。1人は負傷者をおぶる者。
残りの2人が牽制の銃撃を加えている。
空薬莢が規則性なく転がる。耳障りな金属音。立ち込める、鼻を刺激する硝煙。僅かに交じる鉄錆の……血の臭い。
モーゼルHSc-80の残弾は有るが、軽くなった弾倉を交換する。予想していない鉄火場なだけに予備弾倉は残り1本だ。
今し方、装填した1本を含めて2本。合計26発。軽くなった弾倉も5発以下しか残弾がないはずだ。
幾らスライドオートリリースで戦闘に有利だと評価されていても、マグチェンジのロスは埋められない。
得てしてそのロスに不運は訪れるものだ。
そして、今日に限ってバラ弾を詰めたポーチはベルトに通していない。
撃ち尽くせば、当初の目的をかなぐり捨てて遁走を図るしかない。
一か八かと思考が巡る前に飛び出す。
尻を針でつつかれたように遮蔽から飛び出す。猪突を連想させる勢い。ジグザグでの回避は行わない。連中に距離感を掴ませる前に真正面から突進し、アドレナリンが沸き立つだけに任せた無責任な吶喊。
アイソセレススタンス。カップ&ソーサーを維持。
軸足が地面を蹴るたびに1発、発砲。耳朶を舐める9mmの衝撃波。
単調な拍子の発砲。
居並ぶ9mmパラベラムと比べると迫力に劣る9mmウルトラ。
遮蔽への移動を繰り返した末に30m先からの吶喊。バカ正直な突進。
フィールドコートの裾に孔が三つも拵えられる。左内太腿に焼け火箸を押し当てられた痛みを感じた。酷い擦過傷だろう。走破に影響なし。
痛みは脳内麻薬という便利な新陳代謝の停止でカバー。
眼前の標的が大きく『広がる』。
トンネルビジョン状態に陥入り気味。
放棄されたサーチ&アセス。
流れる空間。自分が吐き出したであろう9mmウルトラの空薬莢が床と衝突する軽い金属音ですら『聞こえていない』。
一発。負傷者をおぶる男の背中を捉える。問答無用で倒れる。
一発。弾幕を張る男の一人の右胸部に9mmウルトラが深くめり込んで独楽のように回転しながら倒れる。死にはしない。少し黙っていろ。
一発。立て続けに被弾して沈黙する仲間を見て、怯むも勇敢に反撃。ただ、彼の場合は反撃より遮蔽への避難がお薦めだった。……胸部に2発の熱い鉄の粒を受けて膝から落ちる。死ぬかもしれないが少し黙っていろ。
退路を往かんとしていた連中の元までくる。素早くノリンコ・ハイパワーを手元から蹴り飛ばす。
体のあちこちが、熱いとも痛いとも思えぬ感覚に包まれている。今は無視だ。現実として行動できている。重症ではないだろう。
後ろ腰に被弾した男は予想通り自力で自分の脚で立てはしなかったが、生命活動に支障はなかった。
激痛に襲われているに違いない。呻き声も出ない苦悶の表情がそれを物語る。出血量は大したことがない。体内で9mmウルトラの弾頭が停止しているのか、盲管だった。
痛みに喘ぐ男のあご先に、薄らと硝煙が昇る熱い銃口を押し当てて手短に問う。
「誰の差金? 答えないとどうなるかぐらい解るわよね?」
男の左手側に座り込み、男の顎に銃口を突きつけたまま懐を探る。携帯電話と財布が出てくる。それ以外にはノリンコ・ハイパワーの予備弾倉とスパイダルコの折り畳みナイフ。
財布の札入れからヘロインのパケがいくつかみつかる。0.3gほどの僅かな量。それが5個に、手巻きタバコ用のタバコペーパーの束。この男は大麻も吸引する依存性を持っているのだろうか。
由子はヘロインのパケを一つ摘むと、前歯でナイロンの封を慎重に噛み切り、内容物の荒い粉末を男の口に注ぎ込む。応急的な鎮痛剤として使うのだ。
その暴発に驚いた周りの2人は『銃口と視線を一致させない』で暴発させた男に向かって罵詈雑言を叩きつけた。
すなわち、こいつらも体と銃を連携させる腕前ではないということだ。
おっかなびっくりと往く連中の一人にモーゼルHSc-80の狙いを定める。
狙撃には不向きなサイトではあるが、20mも離れていないので感覚でカバーする。
狙うはスポンサーと連絡を取っていた男の後ろ腰。
腰椎を破壊されれば重大な障害が残るだろうが即死には到らない。
口を割るだけの気力が残っていればいい。
両手で保持。カップ&ソーサー。左尺骨を左手側のコンクリの壁に軽く押し当て、簡易的に固定。
引き金を引く。
セフティをカットした状態での『引き金をデコッキングさせないキャリング』だったので引き金は恐ろしく軽い。
出番を焦がれていた9mmウルトラの初弾が弾き出さ、一拍遅れて空薬莢が床に落ちる涼しい音。その頃には9mmウルトラの94グレインの弾頭は既に男の腰に命中し、手に持ったノリンコハイパワーを暴発させて床に膝から崩れ落ちる。単純に初速毎秒330mで弾き出された94グレインのフルメタルジャケットは340Jの初活力を目標の目的の位置に叩き込んでいた。
日本人程度の筋骨ならばこれで無力化できる。
残りの2人も慌てて振り向く。が、真面目に相手になってやる必要はない。
今し方被弾させた男さえ置いて行ってくれればいい。
予想に反し、逃竄に徹すると思った残りの連中は、一人が倒れた男をおぶり、一人――こちらは女だ――は倒れた男の拳銃を拾って二梃拳銃で弾幕を張る。
由子の遮蔽が9mmパラベラムによって荒く削られる。
鉄骨鉄筋の、人が隠れられるほどの大きなコンクリの柱なので貫通のおそれはないが、このまま遁走を図られたのでは忸怩に耐えない。
耳を聾する銃撃。
コンクリの壁を相手に、殆どが無意味な銃撃。本日のレートで1発70円の9mmパラベラムが無為に砕け散る。
連中の目線の高さからの銃撃であるとみた、由子はリップミラーで確認しながら、静かにしゃがむ。その体勢から、『連中の膝あたりの高さへの銃撃』。
虚を突かれた一人――二梃拳銃の女――は左太腿に1発被弾し、倒れるモーションの途中で更に右鎖骨周辺にも被弾する。
負傷した男をおぶっていた男も、銃撃に助太刀するが、無理な体勢からの命中は望めない。
当たる確率が低い銃弾でも体表をかすって衝撃波に撫でられると、流石に尿道口が緩む思いをする。
ミミズ腫れ一歩手前の擦過傷を右頸部に刻まれたときは誇張ではなく、頸部が削ぎ落とされたと覚悟した。
さすが9mmパラベラム。その威力は決して体感したくない。
コピーと謂えどハイパワーが『ハイパワーたる所以』を知らしめているかのように思える。
フィールドコートやカーゴパンツの端を9mmの弾頭に弾かれながら遮蔽物の間を転がるように移動。
低い姿勢を維持したまま、素早く間隙を縫う移動を行うとしたらこれしかない。
9mmパラベラムで貫通しそうにない遮蔽物が多いのは助かる。言い方を変えれば初活力に劣る自分の9mmウルトラも貫通しないということだ。
無風状態の空間に硝煙が漂い始め、くしゃみが出そうな鼻を、強く摘んで誤魔化す。
銃撃が行われているフロアに新しい『騒音』。
2人組の連中が合流したらしい。
負傷した仲間をピックアップする速度が早まってしまう。このまま、銃撃に押されて黙ったままでは『何も進展しない』。
まともな敵戦力は3人。
うち、1人は負傷者。1人は負傷者をおぶる者。
残りの2人が牽制の銃撃を加えている。
空薬莢が規則性なく転がる。耳障りな金属音。立ち込める、鼻を刺激する硝煙。僅かに交じる鉄錆の……血の臭い。
モーゼルHSc-80の残弾は有るが、軽くなった弾倉を交換する。予想していない鉄火場なだけに予備弾倉は残り1本だ。
今し方、装填した1本を含めて2本。合計26発。軽くなった弾倉も5発以下しか残弾がないはずだ。
幾らスライドオートリリースで戦闘に有利だと評価されていても、マグチェンジのロスは埋められない。
得てしてそのロスに不運は訪れるものだ。
そして、今日に限ってバラ弾を詰めたポーチはベルトに通していない。
撃ち尽くせば、当初の目的をかなぐり捨てて遁走を図るしかない。
一か八かと思考が巡る前に飛び出す。
尻を針でつつかれたように遮蔽から飛び出す。猪突を連想させる勢い。ジグザグでの回避は行わない。連中に距離感を掴ませる前に真正面から突進し、アドレナリンが沸き立つだけに任せた無責任な吶喊。
アイソセレススタンス。カップ&ソーサーを維持。
軸足が地面を蹴るたびに1発、発砲。耳朶を舐める9mmの衝撃波。
単調な拍子の発砲。
居並ぶ9mmパラベラムと比べると迫力に劣る9mmウルトラ。
遮蔽への移動を繰り返した末に30m先からの吶喊。バカ正直な突進。
フィールドコートの裾に孔が三つも拵えられる。左内太腿に焼け火箸を押し当てられた痛みを感じた。酷い擦過傷だろう。走破に影響なし。
痛みは脳内麻薬という便利な新陳代謝の停止でカバー。
眼前の標的が大きく『広がる』。
トンネルビジョン状態に陥入り気味。
放棄されたサーチ&アセス。
流れる空間。自分が吐き出したであろう9mmウルトラの空薬莢が床と衝突する軽い金属音ですら『聞こえていない』。
一発。負傷者をおぶる男の背中を捉える。問答無用で倒れる。
一発。弾幕を張る男の一人の右胸部に9mmウルトラが深くめり込んで独楽のように回転しながら倒れる。死にはしない。少し黙っていろ。
一発。立て続けに被弾して沈黙する仲間を見て、怯むも勇敢に反撃。ただ、彼の場合は反撃より遮蔽への避難がお薦めだった。……胸部に2発の熱い鉄の粒を受けて膝から落ちる。死ぬかもしれないが少し黙っていろ。
退路を往かんとしていた連中の元までくる。素早くノリンコ・ハイパワーを手元から蹴り飛ばす。
体のあちこちが、熱いとも痛いとも思えぬ感覚に包まれている。今は無視だ。現実として行動できている。重症ではないだろう。
後ろ腰に被弾した男は予想通り自力で自分の脚で立てはしなかったが、生命活動に支障はなかった。
激痛に襲われているに違いない。呻き声も出ない苦悶の表情がそれを物語る。出血量は大したことがない。体内で9mmウルトラの弾頭が停止しているのか、盲管だった。
痛みに喘ぐ男のあご先に、薄らと硝煙が昇る熱い銃口を押し当てて手短に問う。
「誰の差金? 答えないとどうなるかぐらい解るわよね?」
男の左手側に座り込み、男の顎に銃口を突きつけたまま懐を探る。携帯電話と財布が出てくる。それ以外にはノリンコ・ハイパワーの予備弾倉とスパイダルコの折り畳みナイフ。
財布の札入れからヘロインのパケがいくつかみつかる。0.3gほどの僅かな量。それが5個に、手巻きタバコ用のタバコペーパーの束。この男は大麻も吸引する依存性を持っているのだろうか。
由子はヘロインのパケを一つ摘むと、前歯でナイロンの封を慎重に噛み切り、内容物の荒い粉末を男の口に注ぎ込む。応急的な鎮痛剤として使うのだ。