簡略アイロニーと狭い笑顔

 正直なところ、唯衣というパーソナルを掴むためにもわざと窮地に陥りやすいポジションを与えた。
 追い詰められなければ死に物狂いで体を動かさないし、生への渇望から必死で頭脳を回転させることもない。
 どの場面で、どの程度の底力を発揮するのかを知りたい。純粋な戦闘力を推し量る一番の近道だ。
 亜美も距離を詰めながら発砲。
 亜美が受け持つのは多数の拳銃と僅かな短機関銃。
 月明かりを頼りに50口径を放つ。
 ピカティニーレールにはタクティカルライトを装備しているが、暗がりに慣れた両眼は雑魚連中が焚く下品な銃火を捉えて刹那の光源とする。
 回転式や自動式が混ざった、統一性の無い発砲音。
 亜美の討伐に割かれた短機関銃はVz61スコーピオンが確認できているだけで2梃。チェーンソウを薙ぐような特徴的な発砲音だ。
 連中の拳銃が一定の間隔で弾幕が薄くなるのを鑑みると練度が低く、銃火器の扱いに慣れていないのが解る。
 連中の再装填の隙が、微妙に一致するタイムラグが発生しても誰も援護しない。
 その隙を見計らって亜美は反撃に出る。相変わらずの暴れ狂う反動をフィストグリップで抑えて図太い空薬莢を弾き出す。
 的確な一発必中を叩き込む。
 これが陽の明るい時間帯ならば次々と倒れる仲間を見せつけられて恐怖が連鎖して逃げ出すが、暗がりの魔法のようなもので、見えず聞こえずだと状況を把握する能力が格段に落ちて『盲目になる』。
 あれだけ雁首揃えて拳銃を発砲しても、亜美の体を掠る銃弾は数えるほどだ。
 それもサマージャケットの裾を弾く程度の弱気な弾道で、遮蔽物伝いに移動するのが馬鹿らしくなってくる。
「亜美さん! 死にそうです! 押されてます! 退路から離れました!」
 イヤホンに入る唯衣の悲痛な叫び。
 先ほどから唯衣は頻繁に捲し立てているが、中々、『本物の窮地』に陥っている様子はない。
 ミニUZIの軽快な連射音が転々と場所を変えているからだ。
 槙都香苗も唯衣を陽動に用いたが、もしかしたら唯衣は陽動要員としての才能があるのかもしれない。
「がんばれー。死ぬなー」
 応援する気が感じられない棒読みで返信する亜美。
 亜美も多忙だ。
 仲間内の危機を察知しないトリガーハッピーを相手に適度に応戦し、賞金首が潜伏するポイントに潜入しなければならない。いたずらに弾薬を消費できない。
 コンテナの陰から陰へと走り抜ける。
「……」
――――『臭い』。
――――賞金首4人の同時捕縛……。
――――無理かなぁ……。
 唯衣は与えられたミニUZIを、身長より高く積み上げられた木製のパレットの陰から潜望鏡のように突き出し、指切り連射を繰り返す。
 銃口の先を連続で蹴り上げられる反動が、無理な体勢からの発砲で手首に衝撃として襲いかかる。
 喉がカラカラに渇く。
 浪費の方が多い体力のお陰で空腹も覚える。
 この港湾に出発する5時間前から亜美に、何も食べるなと厳しくいわれている。胃袋に未消化物が残っている状態で胃腸に被弾するとたちまち腹膜炎を起こし、重大な負傷となる。
 水を飲むのは許されたが、呷るように飲んではダメで、口中に含んでゆっくり嚥下することも教えられる。
 亜美からは「慣れないだろうから」とスポーツドリンク1に対して水4で割った物を500mlのペットボトルに詰めて持たされているが、それを飲んでいる余裕もない。
 腰に巻きつけた弾倉帯を恨めしく睨む。
 14本の32連発弾倉が収まる弾倉帯は本来ならBDU越しに装着するもので、カジュアルな衣服の上から体に巻きつける代物ではない。
 4本の弾倉を空にした。体感でも5kg以上の錘をぶら下げて走っているのと同じだ。
 唯衣の体に合うからと与えれた、ミニUZIの重量は3kg。命中精度向上を図ったクローズボルトモデルだが、唯衣の技量では銃弾のばら撒き機以上の性能を見せられない。
 呼吸が荒くなる。
 殺すつもりで迫ってくる火力はいずれも短機関銃にカービン銃。
 陽動を受け持つのは理解していたが、よりによって面倒な得物を使う三下ばかりが集まった。
 カービン銃と思しき銃弾が何十発と唯衣の遮蔽を削り、そのたびに牽制を放ちながら潜む場所を変わる。……否、追い出される。
 亜美からはミニUZIの発射速度は毎分900発以上だから指切り連射をマスターしないとすぐ死ぬ、と脅されているために彼女の言を忠実に守った。
 体が重い。呼吸が、胃袋が、筋肉が、思考が、感覚が、全てが悲鳴を挙げる。
 自らのミニUZIがばらまく熱い空薬莢を頭から被り、追撃してくる連中の銃弾が眼前で遮蔽を削り、弾頭がフラグメンテーションを起こして小さな音のない破裂を起こす。
 その破片を全身に浴びながらの遁走に似た陽動。
 フラグメンテーションで破裂した被甲の滓が目に入ると大変だから今度からはゴーグルも持参しようと誓う。
 フラグメンテーションとは高速で撃ち出されるフルメタルジャケットの被甲の外側がコンクリや大木等の硬い物体に当たり、被甲表面に傷がつき、その傷から被甲が捲れ、中心の弾が回転しながら破片を撒き散らす現象だ。
 ライフリングが急激に回転するツイストピッチを持つ自動小銃でよくみかける現象。米国の殆どの警察ではこの現象を利用したフラグメンテーション弾を装填して市街地で自動小銃を用いる。直撃すると体内で破裂し、貫通することがないので背後にいる民間人を、貫通した弾頭で被弾させる危険がない。
 唯衣も理解はしている。亜美の鍛錬方法を。
 恐らく、亜美自身が実戦に継ぐ実戦の中で、得た技術を用いて賞金稼ぎを生業にしているのだろう。
 言外に、この程度の鉄火場で命を落とすのなら私は殺せないといいたいのだろう。
 1週間以上前のあの夜に、奥深い山荘で亜美に撃たれた左上腕部の傷はまだ完全に癒えていない。
 鎮痛剤と抗生物質を飲みながら毎日消毒をしている。闇医者に縫合してもらった4針の処置跡はまだ抜糸していない。体温の上昇と疲労の蓄積が上昇するに連れて50口径に削られた左腕が鈍く疼く。
 不思議と亜美に被弾させられた恨みは根に持っていない。
 単純に弱肉強食だけが罷り通る暗黒社会だから、いつかは自分もいい最期を遂げないと思っていた。……だが、敬愛する槙都香苗を捕縛されて憤りを覚えたのは確かだ。
 ところがそれすらも一時の自分勝手な感情の暴走でしかなかった。
 自分を庇護してくれているだけの槙都香苗という存在を失い、自暴自棄になっただけの安っぽい怒り。
 『唯衣は槙都香苗が、自分だけは愛玩動物のように特別視してくれていると思い込みたかっただけ』なのだ。
 実際には槙都香苗は、できの悪い部下にも心が配れるボスでしかなかった。
 だから、誰も、あの山荘で戦った仲間は槙都香苗を売る真似はしなかった。『そんな寛容な槙都香苗に勝手に惚れ込んでいただけの幻想だ』。
 自分の甘さにホトホト嫌気が差し、結果として、亜美に土下座をすることになった。
 「私を殺せるだけの腕を鍛えてあげる」……それは亜美が唯衣の最後のプライドを踏み躙らずに温かく包んでやった言葉だ。……そして、またも自分の甘い気質に嫌気が差す。
「馬鹿……」
 自嘲の笑みが溢れる。
 唯衣は再び走り出した。
 陽動くらいは鼻歌混じりで遂行するさ、と。
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