簡略アイロニーと狭い笑顔
タクティカルライトに時折、残像を残して浮かぶ槙都香苗。
ソバージュの黒髪をした痩身の女。
痩身なれど痩せっぽちの不健康な体躯ではなく、ほど好い肉付きを蓄えたモデル体型に近い。
キツネを連想させる狡猾で鋭利な顔つき。身長は亜美と同じくらいか。
亜美のカランビットが槙都香苗の橈骨を浅く捉える。
脊髄反射的に槙都香苗は手を引く。創傷に力んだのかパラオーディナンスLDAを暴発させ、銃口の先にいた警護の1人に被弾する。
右胸部を45口径に穿かれ、膝から落ちて仰向けに倒れる。即死には到らないが重症だ。
慄いたもう1人も先ほどから槙都香苗を援護しようと、カップアンドソーサーで構えた大型自動拳銃の照準を定めようと、銃口を忙しなく左右させている。
位置としては槙都香苗の背後にその男がいるために、警護対象の槙都香苗に被弾させないように慎重を期している。
背中を撃たれまいか、槙都香苗の心中は穏やかでは無いだろう。
訓練不足だと判断して大将自らが亜美を屠りに参上というところか……それとも、槙都香苗は亜美程度の強襲者なら自分でも充分に迎撃できると判断したからか。
カランビットナイフが小指を軸に遠心力で回転し、スズメバチの羽音に似た音を立てる。ことごとく、槍と盾を兼ねるパラオーディナンス LDAに刃を弾かれる。
「!」
虚を突かれたのは槙都香苗だった。反射的に状況が一転する光景を視て二次的に虚を突かれる亜美。
先ほど、右胸部を被弾した男の流血の溜まりを踏んだ槙都香苗が足を滑らせて体勢を大きく崩してしまった!
右側面に崩れる槙都香苗。
グロックG20SFの銃口を向ける。殺すべき対象ではないと、脳内シナプスが衝突する。
微電流が走る僅かな時間。
しかし、グロックG20SFの鈍重で低速の弾頭は弾き出された。背後にいた警護の一人に向かって。
眉間に小指が入る射入孔を作った男は、後頭部から派手に延髄と脳漿と血液の塊を吐き散らし、首を直角に後方へ折り曲げて倒れる。
「ひっ!」
槙都香苗は小さな悲鳴を挙げた。
亜美はグロックG20SFを発砲した直後、槙都香苗に足払いをかけて地面に倒し、硝煙を登らせるグロックG20SFの銃口を槙都香苗の即頭部に押し当てた。右足でパラオーディナンス LDALDAを踏みつけた。
呆気なく、幕切れ。
マガジンポーチに差し込んでいた結束バンドで、槙都香苗の手首を後ろ手に縛る。
手の甲同士を合わせ、手首と親指と小指を細かく縛る。
ザイルを後ろ手に手首と喉を絡めて結束バンドで縛った手首に結ぶ。ザイルの一端を引けば手首と喉が締まって酷い苦痛が襲う。
余分なザイルをエマーソンのカランビットナイフで切断したが、酷い刃毀れだった。
特殊な条件下で使うことを前提にしたステンレス鋼の154CMでもパラオーディナンスLDAのスライドを切断するに到らず、刃を食い込ませることも叶わなかった。
冶金や力学的観点でいえばコンロッドスチールの発展型を使用するパラオーディナンスLDAのスライドに154CMが負けるわけがない。 金属同士のぶつかり合いは、ナイフにとって非常なリスクを背負う良い例であることを再確認した。
槙都香苗との至近接格闘で亜美は小指にリング部を通し、バタフライナイフの展開に似たローリングで距離を保っていた。これは特殊な用例である。
本来のカランビットは逆手に軽く握り、人差し指をリング部に通す。そして中国拳法で用いられる一指拳と同じ握り方でリング部を相手に突き出すように『拳』を繰り出し、逆手の影から伸びる鎌状のブレードを相手の動脈を『掠らせる』ように切り刻む。
槙都香苗との戦いで小指を用いたローリングのメリットは掌1枚分と、回転するナイフの柄尻からブレードの先端までのリーチが稼げることだろう。
傍目には曲芸レベルの魅せ技だが、実戦で用いると、その不気味な回転音と視覚で捉え難いブレードの軌跡から厄介な技だといえる。
本来のカランビットナイフの基本戦術は下腹部を狙ってアッパー気味にリング部を叩き込み、そのまま握り拳を顎先まで狙って本当にアッパーを決めるモーションで殴り上げる。
逆手から伸びるブレードが下腹部から鳩尾、喉、顎下と切り裂いて簡単に致命傷を負わせることができる。
カランビットナイフを使う本来の武術であるペンチャックシラットでは暗殺で多用されたために、動脈や腱や筋肉節を切断する技が豊富だ。
「ちょっといいかしら?」
槙都香苗が喉に食い込むザイルに耐えながら空気の不足する声を発する。
「命乞いはダメ。あなたの首に懸賞金をかけた連中を恨みなさい」
「でも、あの子はいなかったことにして」
槙都香苗が後ろ手に指先のジェスチャーで窓を指す。
亜美が50口径で叩き割った窓ガラス。
カーテンがはためいて冷たくなってきた外気を流し込んでくる。
あの場所では咄嗟に放った50口径を叩き込まれた『誰か』が倒れているはずだ。
「……」
亜美は弾倉に残弾3発のグロックG20SFを再び抜き、その銃口で槙都香苗を脅すようにつつきながら窓枠に近寄る。
「ほら。ただの負傷者よ」
槙都香苗は気息奄々の呼吸で言い放つ。
「……!」
亜美はしばらく閉口した。
そこで倒れていたのは二十歳にも満たない少女だった。
ボーイッシュなショートカットが印象的で、一見すると少年だと勘違いしてもおかしくない。
負傷した左上腕部を抑えながら大粒の汗を額に浮かべ、歯を食い縛っている。
その表情がどこか被虐な色香を放っている。
悔しさや痛みを耐える苦悶の表情はすぐにでも抱き締めてやりたい衝動が湧く。
155cmにも満たないであろう体躯は肉付きが良く、女性らしい丸みを帯びた胸や尻は衣服で隠せない媚香を薄らとまとう。
正に、文字通り、そのまま、手負いの動物を連想させる瞳。
野性的な容貌の陰に漂う『女の貌』のセックスアピール。地面で倒れて爪先で地面を掻く姿も月明かりに好く映える。
中々の美少女。
外見を裏切らない活動的な服装。
麻のガヤベラシャツにジーンズパンツ。タンクトップに包まれた胸はブラに戒められているものの、クーパー靭帯の辺りまでボリュームが盛り上がり、若い肌が汗で輝く。
「で、一応聞くけど。彼女はどれくらい危険?」
自分でもいっていて頭を抱えたくなる間抜けな質問をする亜美。
「私の陽動を迷わず引き受けるくらいに危険。一応銃を持ってるわよ」
なるほど。と、頷く亜美。確かに腹のベルトの辺りに1911と思しき自動拳銃が差し込まれている。
元を正せばこの窓枠の人影に気を取られている間に、槙都香苗の接近を許したのだ。
自分の果たす役割を承知した上で少女は『発砲しなかった』のだ。
「彼女のあなたに対する忠誠度は? あったとしてで答えてくれたら助かるわ」
「……それはあの子を見逃してくれるバーターと思っていいかしら?」
「……」
しばし無言の亜美。
槙都香苗の背中に押し付けていたグロックG20SFを少女に見せつけるように、槙都香苗のコメカミに銃口を押し付ける。
「!」
少女はバネ仕掛けの人形が跳ね起きるように、左上腕部の負傷を押さえていた右手を離し、自らの血で汚れた手で1911を抜き、強靭な意志で、痛む左手でスライドを引いた。ヨロヨロと銃口を亜美に向ける。
『人質』の槙都香苗を眼前に押し出すとその1911もうなだれる。
ソバージュの黒髪をした痩身の女。
痩身なれど痩せっぽちの不健康な体躯ではなく、ほど好い肉付きを蓄えたモデル体型に近い。
キツネを連想させる狡猾で鋭利な顔つき。身長は亜美と同じくらいか。
亜美のカランビットが槙都香苗の橈骨を浅く捉える。
脊髄反射的に槙都香苗は手を引く。創傷に力んだのかパラオーディナンスLDAを暴発させ、銃口の先にいた警護の1人に被弾する。
右胸部を45口径に穿かれ、膝から落ちて仰向けに倒れる。即死には到らないが重症だ。
慄いたもう1人も先ほどから槙都香苗を援護しようと、カップアンドソーサーで構えた大型自動拳銃の照準を定めようと、銃口を忙しなく左右させている。
位置としては槙都香苗の背後にその男がいるために、警護対象の槙都香苗に被弾させないように慎重を期している。
背中を撃たれまいか、槙都香苗の心中は穏やかでは無いだろう。
訓練不足だと判断して大将自らが亜美を屠りに参上というところか……それとも、槙都香苗は亜美程度の強襲者なら自分でも充分に迎撃できると判断したからか。
カランビットナイフが小指を軸に遠心力で回転し、スズメバチの羽音に似た音を立てる。ことごとく、槍と盾を兼ねるパラオーディナンス LDAに刃を弾かれる。
「!」
虚を突かれたのは槙都香苗だった。反射的に状況が一転する光景を視て二次的に虚を突かれる亜美。
先ほど、右胸部を被弾した男の流血の溜まりを踏んだ槙都香苗が足を滑らせて体勢を大きく崩してしまった!
右側面に崩れる槙都香苗。
グロックG20SFの銃口を向ける。殺すべき対象ではないと、脳内シナプスが衝突する。
微電流が走る僅かな時間。
しかし、グロックG20SFの鈍重で低速の弾頭は弾き出された。背後にいた警護の一人に向かって。
眉間に小指が入る射入孔を作った男は、後頭部から派手に延髄と脳漿と血液の塊を吐き散らし、首を直角に後方へ折り曲げて倒れる。
「ひっ!」
槙都香苗は小さな悲鳴を挙げた。
亜美はグロックG20SFを発砲した直後、槙都香苗に足払いをかけて地面に倒し、硝煙を登らせるグロックG20SFの銃口を槙都香苗の即頭部に押し当てた。右足でパラオーディナンス LDALDAを踏みつけた。
呆気なく、幕切れ。
マガジンポーチに差し込んでいた結束バンドで、槙都香苗の手首を後ろ手に縛る。
手の甲同士を合わせ、手首と親指と小指を細かく縛る。
ザイルを後ろ手に手首と喉を絡めて結束バンドで縛った手首に結ぶ。ザイルの一端を引けば手首と喉が締まって酷い苦痛が襲う。
余分なザイルをエマーソンのカランビットナイフで切断したが、酷い刃毀れだった。
特殊な条件下で使うことを前提にしたステンレス鋼の154CMでもパラオーディナンスLDAのスライドを切断するに到らず、刃を食い込ませることも叶わなかった。
冶金や力学的観点でいえばコンロッドスチールの発展型を使用するパラオーディナンスLDAのスライドに154CMが負けるわけがない。 金属同士のぶつかり合いは、ナイフにとって非常なリスクを背負う良い例であることを再確認した。
槙都香苗との至近接格闘で亜美は小指にリング部を通し、バタフライナイフの展開に似たローリングで距離を保っていた。これは特殊な用例である。
本来のカランビットは逆手に軽く握り、人差し指をリング部に通す。そして中国拳法で用いられる一指拳と同じ握り方でリング部を相手に突き出すように『拳』を繰り出し、逆手の影から伸びる鎌状のブレードを相手の動脈を『掠らせる』ように切り刻む。
槙都香苗との戦いで小指を用いたローリングのメリットは掌1枚分と、回転するナイフの柄尻からブレードの先端までのリーチが稼げることだろう。
傍目には曲芸レベルの魅せ技だが、実戦で用いると、その不気味な回転音と視覚で捉え難いブレードの軌跡から厄介な技だといえる。
本来のカランビットナイフの基本戦術は下腹部を狙ってアッパー気味にリング部を叩き込み、そのまま握り拳を顎先まで狙って本当にアッパーを決めるモーションで殴り上げる。
逆手から伸びるブレードが下腹部から鳩尾、喉、顎下と切り裂いて簡単に致命傷を負わせることができる。
カランビットナイフを使う本来の武術であるペンチャックシラットでは暗殺で多用されたために、動脈や腱や筋肉節を切断する技が豊富だ。
「ちょっといいかしら?」
槙都香苗が喉に食い込むザイルに耐えながら空気の不足する声を発する。
「命乞いはダメ。あなたの首に懸賞金をかけた連中を恨みなさい」
「でも、あの子はいなかったことにして」
槙都香苗が後ろ手に指先のジェスチャーで窓を指す。
亜美が50口径で叩き割った窓ガラス。
カーテンがはためいて冷たくなってきた外気を流し込んでくる。
あの場所では咄嗟に放った50口径を叩き込まれた『誰か』が倒れているはずだ。
「……」
亜美は弾倉に残弾3発のグロックG20SFを再び抜き、その銃口で槙都香苗を脅すようにつつきながら窓枠に近寄る。
「ほら。ただの負傷者よ」
槙都香苗は気息奄々の呼吸で言い放つ。
「……!」
亜美はしばらく閉口した。
そこで倒れていたのは二十歳にも満たない少女だった。
ボーイッシュなショートカットが印象的で、一見すると少年だと勘違いしてもおかしくない。
負傷した左上腕部を抑えながら大粒の汗を額に浮かべ、歯を食い縛っている。
その表情がどこか被虐な色香を放っている。
悔しさや痛みを耐える苦悶の表情はすぐにでも抱き締めてやりたい衝動が湧く。
155cmにも満たないであろう体躯は肉付きが良く、女性らしい丸みを帯びた胸や尻は衣服で隠せない媚香を薄らとまとう。
正に、文字通り、そのまま、手負いの動物を連想させる瞳。
野性的な容貌の陰に漂う『女の貌』のセックスアピール。地面で倒れて爪先で地面を掻く姿も月明かりに好く映える。
中々の美少女。
外見を裏切らない活動的な服装。
麻のガヤベラシャツにジーンズパンツ。タンクトップに包まれた胸はブラに戒められているものの、クーパー靭帯の辺りまでボリュームが盛り上がり、若い肌が汗で輝く。
「で、一応聞くけど。彼女はどれくらい危険?」
自分でもいっていて頭を抱えたくなる間抜けな質問をする亜美。
「私の陽動を迷わず引き受けるくらいに危険。一応銃を持ってるわよ」
なるほど。と、頷く亜美。確かに腹のベルトの辺りに1911と思しき自動拳銃が差し込まれている。
元を正せばこの窓枠の人影に気を取られている間に、槙都香苗の接近を許したのだ。
自分の果たす役割を承知した上で少女は『発砲しなかった』のだ。
「彼女のあなたに対する忠誠度は? あったとしてで答えてくれたら助かるわ」
「……それはあの子を見逃してくれるバーターと思っていいかしら?」
「……」
しばし無言の亜美。
槙都香苗の背中に押し付けていたグロックG20SFを少女に見せつけるように、槙都香苗のコメカミに銃口を押し付ける。
「!」
少女はバネ仕掛けの人形が跳ね起きるように、左上腕部の負傷を押さえていた右手を離し、自らの血で汚れた手で1911を抜き、強靭な意志で、痛む左手でスライドを引いた。ヨロヨロと銃口を亜美に向ける。
『人質』の槙都香苗を眼前に押し出すとその1911もうなだれる。