簡略アイロニーと狭い笑顔
元からモジュール化されたタクティカルパーツは耳障りな音も立てずにレールに装着される。
全長僅か110mmほどの長さだが200ルーメンの明るさで1時間半、連続照射が可能だ。
暗く狭い屋内での使用を想定し、集中照射型ではなく、広範囲照射型のライトである。
屋内の光源は窓からの頼りない僅かな夕日の残りと、各部屋のドアの隙間から漏れる蛍光灯の明かりのみ。
全ての部屋に人員が配置されると警護人数と計算が合わない。
従って、無人の部屋でも蛍光灯を灯らせているのだ。中途半端な知識での襲撃者対策だ、と亜美は嗤う。
重心を落とし歩を進める。
グロックG20SFはフィストグリップで保持。アイソセレススタンスを崩さない。
背中に冷たい汗が伝う。
角を曲がれば。壁一枚向こうに。ドアが開け放たれて突如。会敵して銃撃戦が始まる緊張。
緊張感という生易しい表現ではない。『緊張』そのものだ。耳と目だけがカミソリのように神経に研ぎ澄まされたのではない。
鼻も舌も肌の表皮も全ての神経を尖らせて最大の情報を得ようと尖る。
トレッキングブーツ越しに伝わるカーペットやフローリングの感触でさえ『痛い』。
閉じられたドアを前にして、亜美の静かな侵攻が停止する。
――――このドアは……。
――――直ぐに開く!
直感からの警鐘ではない。足裏から伝わる振動が亜美の体に次の命令を下したのだ。
――――こちらへくる。
――――ドア向こう1m。
――――50cm
――――0……ノブに手を掛け……。
――――捻り、開ける。
――――そして。
――――撃つ!
『撃つ』という意思と同時に脳内に投影される、見えぬ人間のバイタルゾーン。
ここに標的が当て嵌ったときに引き金を引く。
見えぬ人間が『見えて、目視して、視認したとき』、既にその人物は右肩を鈍重な50口径を叩き込まれ、走行するトラックに肩を当てられたように、独楽さながらに体を回転させて床に崩れ落ちる。
そして聴覚が、本来の視覚が、掌の感触が本来の『発砲したという事実』を亜美の脳と体に伝える。
発砲音と銃火と反動を感じた。
グリップ底部を蹴り上げられる力強いリコイルショック。
弾き出された空薬莢がフローリングの床に衝突して跳ねる。
図太い空薬莢が転がり始めるまでに亜美のグロックG20SFは次の標的を捉える。室内にいた、もう1人。
――――『コイツも』。
――――『違う』。
ドアから正面4mの位置で1人掛けソファで座っていた男が腹に差した自動拳銃を抜こうとしている最中に、喉の甲状腺を秒速300mで飛来する15gのシルバーチップホローポイントで穿かれ、衝撃で喉頭が砕ける。首がちぎれかけてだらりと下がる。。
最初に右肩に被弾させた男は戦力足り得ない。
右肩に命中した重量弾が全てのエネルギーを発散させ、その衝撃は脳震盪を誘発させた。
GI社が満を持してセールスする50口径の特製シルバーチップホローポイントはインパクトによる変形が向日葵のごとく例えられるハイドラショックとは違い、ノンリーサルウエポンから射出するスタースタンのように綺麗な十字型を形成する。15gの弾頭が毎秒300mで弾き出され、690Jの初活力で対象を無力化させる。
その衝撃波の伝導は血管を遡り、場合によっては心臓の活動を一瞬で停止させてしまうほどだ。
マグナムのように鋭く抉って破裂するシルバーチップホローポイントとは具体的なインパクトが違う。標的の内部で破裂するのと体表で即座に弾頭がインパクトで変形するのでは、同じ停止力でも意味合いは違う。
――――戦力3、ダウン!
今の銃声でこの山荘全体が蜂の巣をつついたような騒ぎを引き起こした。
各階のドアが派手に開閉する音が聞こえる。
ドアの開閉や足音、罵声の音階から人数を計算する。
――――5人、くる!
1階サンデッキ側へと伸びる非常階段への扉が開いていないところを鑑みるに、標的は山荘から脱出していない。
警護の人員が殆ど全て亜美を排撃するために向かってくると考えるのが普通だろう。
標的の賞金首・槙都香苗の、女の歩幅は感じられない。声は聞こえない。
聞こえてくるのは警護の連中が、連携が取れていない、未熟な練度のむくつけき連中が罵りながら銃火器をコッキングする猥雑な音声のみ。
軽い金属音。HKスラップに代表されるような短機関銃やカービン銃の派手なコッキングは聞こえない。
――――雑魚は黙っていて欲しいわね。
槙都香苗がどこかの部屋で大人しくガタガタと震えてくれていることを楽観視しつつ、前進を開始する。
この前進は明らかに鉄火場へと向かう。
気が逸る。
ワークスペースに確保した視界が、リアサイトに眼球を移植した錯覚を植え付ける。
下腹が熱い。
喉が渇く。
ニコチンへの渇望。
ライトが照らす、命の安売りの世界。
角を曲がると会敵。遮蔽物は無し。自身のバイタルゾーンを狭めるために左手側の壁に左肩を密接させる。
目前3mに丁字型通路。左右から湧いてくる警護の連中。
……視界が加速する。
否、思考が加速する。
『未だ起きてもいない事象が眼球を通じて体に命令を下す』。
「!」
殺気。
『気配だと認識する前に体が、軸足が、右手が、呼吸が、背後から忍び来る敵を屠る』。
遅れて聞こえる銃声。……怒号に似た咆哮に喩えても遜色ない轟音。
ワンハンドからのダブルタップ。2発の50口径は大型自動拳銃を握った男の腹部と胸部に命中し、巨大なハンマーで殴られたように弾かれて尻餅を搗く。
――――5プラス1
弾倉の残弾を無意識にカウント。
途中のシナプス結合を無視して前頭葉は次の命令を亜美に下す。「20連発のロングマガジンを装填せよ」と。
亜美のグロックG20SFの銃口が再び左右に分かれる3m先の丁字の角に向けられると、牽制を願う間延びした発砲を左右の角へ叩き込む。内装の脆い壁を削った。
それだけでその角を遮蔽としていた警護の手下には充分な効果があった。
スライドをホールドオープンさせないために薬室内には1発、残しておく。……間髪入れず、ワークスペースを確保したまま、マガジンキャッチを押しっ放しにし、自重でノーマルマガジンを滑り落とし、左手で抜いた特製のロングマガジンを叩き込む。
――――4人。
――――左右に2人ずつ。
――――弾幕を張りつつ後退。
――――後ろから挟撃されたら拙い!
亜美は建物から撤退するつもりはない。一時、押される可能性が高い現況を考慮し、散発的な発砲を繰り返して、遮蔽に乏しいフローリングの廊下を後ずさる。
牽制のつもりの50口径がラッキーパンチを生み出したのか、左手側の角で怯え気味だった男の左手首を捉える。
マグナムほどでないにしても、GI社謹製のシルバーチップホローポイントは成人男性の手首を引き千切るだけの威力を存分に発揮していた。
襲いくるはずの警護連中の銃撃が中々、始まらない。
左手首から先を破壊された男の喚き声が、水風船を破裂させたのに似た鮮血のハレーションが戦慄を連鎖させた。
耳を聾する轟音が席巻する狭い廊下。
たった3mの距離でもトリガーハッピーすら発生しない50口径の恫喝。
硝煙と同時に噴出する熱い火薬滓も、火焔放射器のごとく、内装の壁紙に焦げ跡を作る。
全長僅か110mmほどの長さだが200ルーメンの明るさで1時間半、連続照射が可能だ。
暗く狭い屋内での使用を想定し、集中照射型ではなく、広範囲照射型のライトである。
屋内の光源は窓からの頼りない僅かな夕日の残りと、各部屋のドアの隙間から漏れる蛍光灯の明かりのみ。
全ての部屋に人員が配置されると警護人数と計算が合わない。
従って、無人の部屋でも蛍光灯を灯らせているのだ。中途半端な知識での襲撃者対策だ、と亜美は嗤う。
重心を落とし歩を進める。
グロックG20SFはフィストグリップで保持。アイソセレススタンスを崩さない。
背中に冷たい汗が伝う。
角を曲がれば。壁一枚向こうに。ドアが開け放たれて突如。会敵して銃撃戦が始まる緊張。
緊張感という生易しい表現ではない。『緊張』そのものだ。耳と目だけがカミソリのように神経に研ぎ澄まされたのではない。
鼻も舌も肌の表皮も全ての神経を尖らせて最大の情報を得ようと尖る。
トレッキングブーツ越しに伝わるカーペットやフローリングの感触でさえ『痛い』。
閉じられたドアを前にして、亜美の静かな侵攻が停止する。
――――このドアは……。
――――直ぐに開く!
直感からの警鐘ではない。足裏から伝わる振動が亜美の体に次の命令を下したのだ。
――――こちらへくる。
――――ドア向こう1m。
――――50cm
――――0……ノブに手を掛け……。
――――捻り、開ける。
――――そして。
――――撃つ!
『撃つ』という意思と同時に脳内に投影される、見えぬ人間のバイタルゾーン。
ここに標的が当て嵌ったときに引き金を引く。
見えぬ人間が『見えて、目視して、視認したとき』、既にその人物は右肩を鈍重な50口径を叩き込まれ、走行するトラックに肩を当てられたように、独楽さながらに体を回転させて床に崩れ落ちる。
そして聴覚が、本来の視覚が、掌の感触が本来の『発砲したという事実』を亜美の脳と体に伝える。
発砲音と銃火と反動を感じた。
グリップ底部を蹴り上げられる力強いリコイルショック。
弾き出された空薬莢がフローリングの床に衝突して跳ねる。
図太い空薬莢が転がり始めるまでに亜美のグロックG20SFは次の標的を捉える。室内にいた、もう1人。
――――『コイツも』。
――――『違う』。
ドアから正面4mの位置で1人掛けソファで座っていた男が腹に差した自動拳銃を抜こうとしている最中に、喉の甲状腺を秒速300mで飛来する15gのシルバーチップホローポイントで穿かれ、衝撃で喉頭が砕ける。首がちぎれかけてだらりと下がる。。
最初に右肩に被弾させた男は戦力足り得ない。
右肩に命中した重量弾が全てのエネルギーを発散させ、その衝撃は脳震盪を誘発させた。
GI社が満を持してセールスする50口径の特製シルバーチップホローポイントはインパクトによる変形が向日葵のごとく例えられるハイドラショックとは違い、ノンリーサルウエポンから射出するスタースタンのように綺麗な十字型を形成する。15gの弾頭が毎秒300mで弾き出され、690Jの初活力で対象を無力化させる。
その衝撃波の伝導は血管を遡り、場合によっては心臓の活動を一瞬で停止させてしまうほどだ。
マグナムのように鋭く抉って破裂するシルバーチップホローポイントとは具体的なインパクトが違う。標的の内部で破裂するのと体表で即座に弾頭がインパクトで変形するのでは、同じ停止力でも意味合いは違う。
――――戦力3、ダウン!
今の銃声でこの山荘全体が蜂の巣をつついたような騒ぎを引き起こした。
各階のドアが派手に開閉する音が聞こえる。
ドアの開閉や足音、罵声の音階から人数を計算する。
――――5人、くる!
1階サンデッキ側へと伸びる非常階段への扉が開いていないところを鑑みるに、標的は山荘から脱出していない。
警護の人員が殆ど全て亜美を排撃するために向かってくると考えるのが普通だろう。
標的の賞金首・槙都香苗の、女の歩幅は感じられない。声は聞こえない。
聞こえてくるのは警護の連中が、連携が取れていない、未熟な練度のむくつけき連中が罵りながら銃火器をコッキングする猥雑な音声のみ。
軽い金属音。HKスラップに代表されるような短機関銃やカービン銃の派手なコッキングは聞こえない。
――――雑魚は黙っていて欲しいわね。
槙都香苗がどこかの部屋で大人しくガタガタと震えてくれていることを楽観視しつつ、前進を開始する。
この前進は明らかに鉄火場へと向かう。
気が逸る。
ワークスペースに確保した視界が、リアサイトに眼球を移植した錯覚を植え付ける。
下腹が熱い。
喉が渇く。
ニコチンへの渇望。
ライトが照らす、命の安売りの世界。
角を曲がると会敵。遮蔽物は無し。自身のバイタルゾーンを狭めるために左手側の壁に左肩を密接させる。
目前3mに丁字型通路。左右から湧いてくる警護の連中。
……視界が加速する。
否、思考が加速する。
『未だ起きてもいない事象が眼球を通じて体に命令を下す』。
「!」
殺気。
『気配だと認識する前に体が、軸足が、右手が、呼吸が、背後から忍び来る敵を屠る』。
遅れて聞こえる銃声。……怒号に似た咆哮に喩えても遜色ない轟音。
ワンハンドからのダブルタップ。2発の50口径は大型自動拳銃を握った男の腹部と胸部に命中し、巨大なハンマーで殴られたように弾かれて尻餅を搗く。
――――5プラス1
弾倉の残弾を無意識にカウント。
途中のシナプス結合を無視して前頭葉は次の命令を亜美に下す。「20連発のロングマガジンを装填せよ」と。
亜美のグロックG20SFの銃口が再び左右に分かれる3m先の丁字の角に向けられると、牽制を願う間延びした発砲を左右の角へ叩き込む。内装の脆い壁を削った。
それだけでその角を遮蔽としていた警護の手下には充分な効果があった。
スライドをホールドオープンさせないために薬室内には1発、残しておく。……間髪入れず、ワークスペースを確保したまま、マガジンキャッチを押しっ放しにし、自重でノーマルマガジンを滑り落とし、左手で抜いた特製のロングマガジンを叩き込む。
――――4人。
――――左右に2人ずつ。
――――弾幕を張りつつ後退。
――――後ろから挟撃されたら拙い!
亜美は建物から撤退するつもりはない。一時、押される可能性が高い現況を考慮し、散発的な発砲を繰り返して、遮蔽に乏しいフローリングの廊下を後ずさる。
牽制のつもりの50口径がラッキーパンチを生み出したのか、左手側の角で怯え気味だった男の左手首を捉える。
マグナムほどでないにしても、GI社謹製のシルバーチップホローポイントは成人男性の手首を引き千切るだけの威力を存分に発揮していた。
襲いくるはずの警護連中の銃撃が中々、始まらない。
左手首から先を破壊された男の喚き声が、水風船を破裂させたのに似た鮮血のハレーションが戦慄を連鎖させた。
耳を聾する轟音が席巻する狭い廊下。
たった3mの距離でもトリガーハッピーすら発生しない50口径の恫喝。
硝煙と同時に噴出する熱い火薬滓も、火焔放射器のごとく、内装の壁紙に焦げ跡を作る。