簡略アイロニーと狭い笑顔

 賞金稼ぎという職業柄、いつでもデッドオアライブな賞金首しか追いかけないというわけではない。
 生きていないと価値が無い賞金首の方が多い。
 死体が必要なら専属の殺し屋でも雇えばいい。それに賞金稼ぎといえば拳銃活劇のようにのべつまくなく発砲しているイメージが強いが、実際は銃火器を握る賞金稼ぎは少ない。
 暗黒社会で最も重宝される賞金稼ぎは意外なことに『情報屋』だ。
 情報の流通を活かして賞金首の潜伏先を教えるのだ。
 懸賞金を用意する方も大概、生きたまま捕えることを願っているので両者の需要と供給は成り立っている。
 ……だが、しかし、それでも。
 例外はどこの業界にでも存在する。
 全体的でも部分的でも例外は存在する。
 例えば、亜美が今正に狙わんとしている賞金首は複数の警護を従えてたむろしている。
 狙うのは賞金首1人。それも生きたまま。なのに警護する人員は何人排除しても金には成らない。
 警護する人員だけを短機関銃で薙ぎ払って賞金首を12番口径のテイザー弾で麻痺させればことは済むのだが、財布と相談した結果、相対コストとして50GIを使うことで落ち着いた。45口径ではヤクを決めた標的を黙らせられない。10mmオートでは殺してしまう。
 応戦し、排撃して遂行するのに中間に位置する使い易い弾薬を選んだら50GIだった。
 更に価格を検討すれば弾をばら撒くより一発必中を心がけた方が安上がりだ。
 普遍な45口径信奉では、威力主義の10mmオートではなし難い事象がある。
 それもこれも賞金首が常日頃から狙われる恐怖から逃げるために麻薬に手を出し痛みも衝撃も感じない体になっている場合が多いのだ。
 おまけに真っ先にトリガーハッピーに陥る奴に限ってヤクを決めてる賞金首なので面倒なのだ。
 9mmや40口径のダブルタップでは不足を感じた。
 回転式のマグナムでは弾数の少なさと再装填のロスに泣かされた。
 だから彼女は鈍足でも1発で黙らせる50GIを選んだ。それもメーカー純正の1911のデッドコピーであるGI社謹製のM1やM2ではなく、更に弾数が多く、『いつでも捨てられる安い拳銃』であるコンバージョンのグロックを選んだ。
「……」
――――さて……。
 亜美はレッグホルスターを装着すると右太腿にグロックG20SFを差し、左太腿に4本の予備弾倉を差し込んだ。1本当たりの弾数は9発。ブリスターパックのバラ弾を弾薬サックに50発。
 それ以外にサードパーティに所属するアンダースミスに作らせた、角張った鈍器を思わせる20連発弾倉を4本、短刀を差すように腹のベルトに通したポーチに差し込む。
 デイパックをその場に置き、アウトドアベストを脱ぐ。
 素早く麻のズボンの左後ろポケットに、折り畳みのカランビットナイフを差す。エマーソンのカランビットナイフでスイッチナイフにも劣らない即応性に優れたアクションでブレードがワンハンドで展開する。
 賞金稼ぎと紙一重の情報屋から賞金首の情報を買うとなれば値段が跳ね上がるので、亜美は『諜報活動専門』の相棒と活動している。
 鉄火場は全般、亜美の仕事だが、情報収集はその相棒だ。その信頼する相棒が提供する情報を元にここまで徒歩でやってきた……というのがあらまし。
 そして始まる、亜美のビジネス。
 膝上まで伸びる多種の雑草が茂る斜面を滑るように下る。
 何度か足元を救われそうになるが強靭な筋力でリカバリ。
 ロッジ風山荘は全ての部屋の窓がカーテンで覆われていた。人影が電灯に照らされてちらほらと見える。これでは山歩き用の道から外れると、ほぼ暗がりの山荘の辺りを完全に目指すのは至難だろう。
 日が完全に暮れるまでに到着したので問題無く、山荘の壁面に背中を預けることができた。
 呼吸を整えながら脳内で山荘の見取り図を開く。
 ちらりと視界の端に20Kのタンクが見えるが爆破させようなどとは思わない。
 自殺行為と同等の愚行だ。拳銃弾ではプロパンガスの容器に穴を開けることはできない。それほど、容器の内圧は高いのだ。充分に加速されたM2ブローニングHMGの12.7mmトレーサーでようやく、片面に射入孔を作り『火を噴く』程度だ。
 プロパンガスのタンクは映画でよくみる、派手な爆発は起こさない。国内の住宅で用いられるガス爆発は火種とタンクだけでは爆発はしない。酸素が必要なのだ。つまり、酸素が混合した気体であるからこその爆発だ。住宅街での火災現場で必ずしもガスに引火しない理由でもある。
 とはいえ万が一を考慮すればガスの容器は逆にバルブを締めて不意な爆発を防ぎたい。
 脳内に地図が次々と展開していく。
 麓の地形まで展開。この建物は逃亡者のロケーションとしては最適で、過疎部落からも離れていて短期決戦の銃撃戦なら通報される心配はない。
 懸賞金150万の首。久々の大台。但し、生きたままの捕縛に限る。
 グロックG20SFを抜き、そろそろとスライドを引く。
 スライドを5mmほど引いて薬室に実包が装填されているのを確認する。
 引き金と本体の僅かな隙間に嵌め込んでいた小さなゴムの楔を外す。手製の安全装置もどきだ。能動的な安全装置がないグロックシリーズは矢張り、安全面に心理的な疑問が残る。
 建物を周回し、裏口からブレイクスルー。
 ドアを開けた途端、会敵。
 30代前半の痩せこけた男。無防備。左手に缶ビールを持っている。グロックG20SFを向けるには近過ぎる。
 ブリキのロボットのように……素早く動くブリキのロボットのようにグロックG20SFの銃口が下がる。ドアノブを握っていた左手が閃き、男の顎先を左拳が捉える。
 亜美の左拳にはブレードを展開していないカランビットナイフが逆手に握られていた。
 小指を通したフィンガーリングが男の顎先の骨を砕く。
 槌を振りおろす要領で再び拳を素早く落とす。
 今度はリングが垂れ下がった男の脳天を砕き、昏倒させる。数秒の時間も消費せずに1人分の戦力を無力化。亜美の脳内の画像では賞金首の顔とこの男の顔は一致しない。
 情報収集を行ってくれている相棒の言によると、賞金首がこの山荘に引き篭っている期間は1週間ばかり。
 それを過ぎた辺りから『逃亡先を手配してくれる組織』のエージェントがやってくる。それまで、手勢5人以上8人以下の警護を雇って籠城を決め込んでいる。
 賞金首は槙都香苗(まきと かなえ)。男の手勢を引き連れるだけの地位とカリスマを持つ27歳の女の売人だ。
 非合法商品を扱っているが、下手を打ち、暴力団のシマで売買を行ったので、その暴力団から懸賞金が出ている。勿論、槙都香苗が生きていなければ価値はない。
 寄せ集め程度の警護ではあるが、頑固に篭城されては困るので亜美は短期決戦を最初から決めていた。
 増援が到着する可能性も捨てきれない。
 携帯電話のアンテナ表示が立たない山奥だ。有線の通信回線を引いているかもしれない。送電線に偽装された電柱が電信線を兼ねているのも考慮した。
「……」
 山荘の裏手口から侵入。
 セキュリティシステムが働いていればこの時点で作戦は急遽変更だが、監視カメラや赤外線も見当たらない。
 ……薄暗い部屋。
 右足のレッグホルスターのサイドに取り付けられた小型ポーチからレールマウントアダプターが付属したタクティカルライトを取り出してグロックG20SFのスライド下部に刻まれたピカティニーレールに取りつける。
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