簡略アイロニーと狭い笑顔
たった3kg前後の軽い引き金を引く。
但し、精密射撃に向かないサイトを覗いての射撃のため、セレクターはセミオートに切り替えてある。
オモチャのようなワイヤーストックに軽くゲンコツを叩き込まれるのに似た反動を感じた。
音速の壁を辛うじて超えた弾頭が賞金首の腰骨を捉える。
無様にすっ倒れる賞金首を確認するよりも早く、驚いて立ち止まるもう1人の賞金首の下腹部の、さらに下を狙って無表情で引き金を引く。
遅れてきたように耳を劈く銃声が聞こえた。
それが自分のミニUZIの発砲音だと認識できたのはコンマ数秒後だった。
彼女は、唯衣は、ただ、駆け出して地面に倒れて苦悶する賞金首を遮蔽にするべく、腹を地面に這わせて寝そべって滑り込み、ミニUZIを横に倒して低い視点から、地面と同じ射角から9mmパラベラムを撒き散らした。
ミニUZIの32連発弾倉が長いために横倒しにして保持。
その体勢で発砲するしかなった。
遮蔽のない道路の真ん中なので、連中が守る『大事な人物』を遮蔽物と認識したうえで、そのように機能してくれることを願いつつ負傷した賞金首を壁にするしかなかった。
ここ一番のフルオート射撃。
バレルに刻まれたガスポートから高圧ガスが吹き出し、火焔放射器のようなマズルフラッシュが伸びる。
高速で弾き出される空薬莢がのたうつ蛇を連想させる。
銃口の先では一瞬、虚を突かれて立ち止まった警護の連中が屏風に風穴を開ける手軽さで被弾していく。
渾身の襲撃が終わり、空弾倉を捨て、最後の32連発弾倉を叩き込んだときには、1発も被弾せずに無事でいられた者はこの場にいなかった。
……それは唯衣も例外ではない。
「ちっ……!」
両肩の肉と、またも左腕の肉に擦過傷を作る。
銃を保持するのに痛みは走るが幸い、無視できる痛みだ。
万が一に備えて亜美から鎮痛剤を与えられているが、その適切な使用も聞いているために今すぐに飲まない。
唯衣の衣服に溢れる血が染みを作り出す。失血性ショックで倒れる酷さではない。彼女が動くたびに血液の珠を撒き散らしているだけだ。
不思議と痛みは『軽い』。
脳内麻薬の生成である程度の痛みは緩和され、被弾しても新陳代謝が停止するので大した出血と痛みは覚えないとは聞いていたが、自分でも呆気に取られる。
カカシを撃つがごとく反撃がなく、楽な掃討だと思っていたのに、何人かの警護が放った断末魔代わりの銃弾に浅く皮膚を削られた。
それでも痛みや感慨が湧いてこない。
命令無視に近い行動だったが、彼女は『初めて自分から本気で自分の能力以上の任務を遂行したのだ』。
アドレナリンが達成感を後押して、鼓動がアップテンポに踊る。
最後の弾倉を惜しげもなく、虫の息で転がる警護の連中に一連射を浴びせる。
アシが付かないから捨ててもいいといわれたミニUZI。
弾倉は空だ。予備弾倉も無い。後ろ腰からコンディションワンで待機させているコルトガバメントを引き抜き、セフティを解除する。
しばし、呆けた表情ではあったが、足元で痛みを訴える2人の賞金首を見下ろすと、ポケットからサムカフを取り出し、厳重に親指を拘束してから手錠を嵌める。
結束バンドで滑らかに捕縛するには訓練されたテクニックが必要だ。拘束するのに一番手軽な手錠を嵌める時でさえ、愛用のコルトガバメントは地面に置くくらいなのだ。自ら物理的積極的に他人を束縛するのは初めてだ。
「は、ハハッ……」
意気軒昂に高ぶる意識とは別に、腰が抜けてその場にへたり込む。
意識の中でコンフリクトを起こし、喜んで良いのか恐怖して良いのか解らない感情が衝突したのだ。
やがて、コルトガバメントを放ったまま、大の字に寝転がってしまう。
負傷箇所が痛み出した。
現実離れした痛みだった。
唯衣は……。
笑顔を貼り付けたまま睡魔に負けた。
――――殺す気が無いわね!
亜美は走りながらグロックG20SFの弾倉を交換する。
先程から亜美の負傷箇所……着弾点が大腿部から下に下がっている。いくつもの擦過傷を太腿に拵える。
特殊な『護り屋』……殺し屋崩れか。機動力を削いで止めを刺す。それも消音銃を近接距離で用いるのだから『護り屋』と殺し屋の二足の草鞋かも知れぬ。
自分の姿を極力晒さずに警護に徹するスタイルから、きっと今まで最後の隠し球として多用されてきたのだろう。『拳銃を使うガンマン』には自らのルールと矜持を持つ者が多い。
――――ライトは不利か?
自分の居場所を教えるタクティカルライトのスイッチをオフにしてマズルフラッシュの灯りを頼りに手探りで銃撃戦を開始する。
無尽蔵に弾薬を所持しているのではないので、この戦法も賢いとはいえない。
だが、これを超える戦術も存在しない。
狭い廊下や階段の踊り場で銃火が咲き、空薬莢が壁を叩く。
硝煙渦巻く建物の中で銃を握って互いの命を削り合う2人は無言。
奥まった場所へ箒で掃かれて追いやられるように、逃げ出す賞金首は喚き散らしながら豆鉄砲を発砲する。
その下品極まりない銃声。時折、カチカチと聞こえるがタマの切れた回転式を空撃ちでもしているのか?
――――?
スロートマイクからの通信が途絶した。
電波障害ではなく通話していないだけだったが、急に唯衣の泣き言が止んだので重度の負傷を負ったか、一瞬で絶命したのか気を揉み始めた。
その矢先にバカ笑いが聞こえたかと思ったら、規則正しい、鼾にも寝息にも似た呼吸のノイズが聞こえてきた。疲労困憊極まってのナチュラルハイからの気絶状態だと分かった。
アドレナリンの分泌に体が耐えられなくなり、脳が負荷をシャットアウトさせるために神経を一時的に切断しただけだ。
亜美にも似た経験があるので銃撃戦の最中に口元を緩めて軽く笑う。
スロートマイクは外部の音声を拾わない。
唯衣がどのような状況でアッパートリップを起こしてショートしたのかは解らないが、取り敢えずは無事なようだ。
――――さて……。
――――こっちも早くキメて帰りましょうか!
22口径の豆鉄砲の威力は亜美にとって大した脅威ではない。脅威なのは、サプレッサーを装着し、『弱装弾だからこそ、狙うべき場所を心得ている精緻な射撃』だ。
狙う心理的余裕を持ち、光源がしっかりと確保された無風状態なら恐らくは、眼球を撃ち抜く技量も披露するだろう。
遮蔽の陰から手鏡を翳す。
暗闇にぽつぽつと咲くマズルフラッシュは賞金首の拳銃だ。この建物の奥まった場所は畢竟、脱出口に相応しくなく、1階玄関ホールとその付近の窓からの脱出が好ましいと判断したのか。
「……」
早く葉巻を吸いたい。違いな願いが亜美に一筋の光明を与える。
文字通りの光明。
レトリックとしての光明。
センテンスとしての光明。
手鏡を半分折り畳み、グロックグロックG20SFのタクティカルライトの光量リングをオフのまま絞る。
照射範囲を絞ってビームにすれば発光信号としても充分に使用できる光量が確保できる。
後ろ腰の予備弾倉のポーチに手を持っていくが、予備弾倉が皆無だ。空になった弾倉を差し込んでいるだけである。
やはり、跳弾とマズルフラッシュを用いた索敵は馬鹿の極みだった。グロックグロックG20SFの弾倉を引き抜き、残弾孔を確認する。……7発。薬室を含めて8発。雑魚を片付けるのに20連発弾倉を景気良く使ったのも仇になった。
これから行う小癪な作戦を考慮すればシビアな確率に賭けなければならない。
消音銃の使い手が潜む場所は依然、解らないが、建造物の構造上での遮蔽足り得る場所は亜美の脳内に叩き込まれている。
但し、精密射撃に向かないサイトを覗いての射撃のため、セレクターはセミオートに切り替えてある。
オモチャのようなワイヤーストックに軽くゲンコツを叩き込まれるのに似た反動を感じた。
音速の壁を辛うじて超えた弾頭が賞金首の腰骨を捉える。
無様にすっ倒れる賞金首を確認するよりも早く、驚いて立ち止まるもう1人の賞金首の下腹部の、さらに下を狙って無表情で引き金を引く。
遅れてきたように耳を劈く銃声が聞こえた。
それが自分のミニUZIの発砲音だと認識できたのはコンマ数秒後だった。
彼女は、唯衣は、ただ、駆け出して地面に倒れて苦悶する賞金首を遮蔽にするべく、腹を地面に這わせて寝そべって滑り込み、ミニUZIを横に倒して低い視点から、地面と同じ射角から9mmパラベラムを撒き散らした。
ミニUZIの32連発弾倉が長いために横倒しにして保持。
その体勢で発砲するしかなった。
遮蔽のない道路の真ん中なので、連中が守る『大事な人物』を遮蔽物と認識したうえで、そのように機能してくれることを願いつつ負傷した賞金首を壁にするしかなかった。
ここ一番のフルオート射撃。
バレルに刻まれたガスポートから高圧ガスが吹き出し、火焔放射器のようなマズルフラッシュが伸びる。
高速で弾き出される空薬莢がのたうつ蛇を連想させる。
銃口の先では一瞬、虚を突かれて立ち止まった警護の連中が屏風に風穴を開ける手軽さで被弾していく。
渾身の襲撃が終わり、空弾倉を捨て、最後の32連発弾倉を叩き込んだときには、1発も被弾せずに無事でいられた者はこの場にいなかった。
……それは唯衣も例外ではない。
「ちっ……!」
両肩の肉と、またも左腕の肉に擦過傷を作る。
銃を保持するのに痛みは走るが幸い、無視できる痛みだ。
万が一に備えて亜美から鎮痛剤を与えられているが、その適切な使用も聞いているために今すぐに飲まない。
唯衣の衣服に溢れる血が染みを作り出す。失血性ショックで倒れる酷さではない。彼女が動くたびに血液の珠を撒き散らしているだけだ。
不思議と痛みは『軽い』。
脳内麻薬の生成である程度の痛みは緩和され、被弾しても新陳代謝が停止するので大した出血と痛みは覚えないとは聞いていたが、自分でも呆気に取られる。
カカシを撃つがごとく反撃がなく、楽な掃討だと思っていたのに、何人かの警護が放った断末魔代わりの銃弾に浅く皮膚を削られた。
それでも痛みや感慨が湧いてこない。
命令無視に近い行動だったが、彼女は『初めて自分から本気で自分の能力以上の任務を遂行したのだ』。
アドレナリンが達成感を後押して、鼓動がアップテンポに踊る。
最後の弾倉を惜しげもなく、虫の息で転がる警護の連中に一連射を浴びせる。
アシが付かないから捨ててもいいといわれたミニUZI。
弾倉は空だ。予備弾倉も無い。後ろ腰からコンディションワンで待機させているコルトガバメントを引き抜き、セフティを解除する。
しばし、呆けた表情ではあったが、足元で痛みを訴える2人の賞金首を見下ろすと、ポケットからサムカフを取り出し、厳重に親指を拘束してから手錠を嵌める。
結束バンドで滑らかに捕縛するには訓練されたテクニックが必要だ。拘束するのに一番手軽な手錠を嵌める時でさえ、愛用のコルトガバメントは地面に置くくらいなのだ。自ら物理的積極的に他人を束縛するのは初めてだ。
「は、ハハッ……」
意気軒昂に高ぶる意識とは別に、腰が抜けてその場にへたり込む。
意識の中でコンフリクトを起こし、喜んで良いのか恐怖して良いのか解らない感情が衝突したのだ。
やがて、コルトガバメントを放ったまま、大の字に寝転がってしまう。
負傷箇所が痛み出した。
現実離れした痛みだった。
唯衣は……。
笑顔を貼り付けたまま睡魔に負けた。
――――殺す気が無いわね!
亜美は走りながらグロックG20SFの弾倉を交換する。
先程から亜美の負傷箇所……着弾点が大腿部から下に下がっている。いくつもの擦過傷を太腿に拵える。
特殊な『護り屋』……殺し屋崩れか。機動力を削いで止めを刺す。それも消音銃を近接距離で用いるのだから『護り屋』と殺し屋の二足の草鞋かも知れぬ。
自分の姿を極力晒さずに警護に徹するスタイルから、きっと今まで最後の隠し球として多用されてきたのだろう。『拳銃を使うガンマン』には自らのルールと矜持を持つ者が多い。
――――ライトは不利か?
自分の居場所を教えるタクティカルライトのスイッチをオフにしてマズルフラッシュの灯りを頼りに手探りで銃撃戦を開始する。
無尽蔵に弾薬を所持しているのではないので、この戦法も賢いとはいえない。
だが、これを超える戦術も存在しない。
狭い廊下や階段の踊り場で銃火が咲き、空薬莢が壁を叩く。
硝煙渦巻く建物の中で銃を握って互いの命を削り合う2人は無言。
奥まった場所へ箒で掃かれて追いやられるように、逃げ出す賞金首は喚き散らしながら豆鉄砲を発砲する。
その下品極まりない銃声。時折、カチカチと聞こえるがタマの切れた回転式を空撃ちでもしているのか?
――――?
スロートマイクからの通信が途絶した。
電波障害ではなく通話していないだけだったが、急に唯衣の泣き言が止んだので重度の負傷を負ったか、一瞬で絶命したのか気を揉み始めた。
その矢先にバカ笑いが聞こえたかと思ったら、規則正しい、鼾にも寝息にも似た呼吸のノイズが聞こえてきた。疲労困憊極まってのナチュラルハイからの気絶状態だと分かった。
アドレナリンの分泌に体が耐えられなくなり、脳が負荷をシャットアウトさせるために神経を一時的に切断しただけだ。
亜美にも似た経験があるので銃撃戦の最中に口元を緩めて軽く笑う。
スロートマイクは外部の音声を拾わない。
唯衣がどのような状況でアッパートリップを起こしてショートしたのかは解らないが、取り敢えずは無事なようだ。
――――さて……。
――――こっちも早くキメて帰りましょうか!
22口径の豆鉄砲の威力は亜美にとって大した脅威ではない。脅威なのは、サプレッサーを装着し、『弱装弾だからこそ、狙うべき場所を心得ている精緻な射撃』だ。
狙う心理的余裕を持ち、光源がしっかりと確保された無風状態なら恐らくは、眼球を撃ち抜く技量も披露するだろう。
遮蔽の陰から手鏡を翳す。
暗闇にぽつぽつと咲くマズルフラッシュは賞金首の拳銃だ。この建物の奥まった場所は畢竟、脱出口に相応しくなく、1階玄関ホールとその付近の窓からの脱出が好ましいと判断したのか。
「……」
早く葉巻を吸いたい。違いな願いが亜美に一筋の光明を与える。
文字通りの光明。
レトリックとしての光明。
センテンスとしての光明。
手鏡を半分折り畳み、グロックグロックG20SFのタクティカルライトの光量リングをオフのまま絞る。
照射範囲を絞ってビームにすれば発光信号としても充分に使用できる光量が確保できる。
後ろ腰の予備弾倉のポーチに手を持っていくが、予備弾倉が皆無だ。空になった弾倉を差し込んでいるだけである。
やはり、跳弾とマズルフラッシュを用いた索敵は馬鹿の極みだった。グロックグロックG20SFの弾倉を引き抜き、残弾孔を確認する。……7発。薬室を含めて8発。雑魚を片付けるのに20連発弾倉を景気良く使ったのも仇になった。
これから行う小癪な作戦を考慮すればシビアな確率に賭けなければならない。
消音銃の使い手が潜む場所は依然、解らないが、建造物の構造上での遮蔽足り得る場所は亜美の脳内に叩き込まれている。