夜と霧の使者
殺し屋の殺し屋。
殺し屋の襲撃を事前に防ぐアンチキラーとも違う。
殺し屋の襲撃の際に防御力を発揮するキラーカウンターとも違う。
純粋に殺し屋のみを殺す殺し屋。
彼女彼らの用途は様々だ。殺し屋を殺す殺し屋という表現は謬見から生まれた表現かもしれない。
何故なら、殺し屋にも様々な種類が存在するからだ。
銃を用いる者。刃物を用いる者。毒を用いる者。電気を用いる者。動物を用いる者。トリックスターのようにターゲットを追い込んで社会的に抹殺する者。
銃を使う殺し屋にしてもさらに細分化される。
狙撃を専門にする者。近接での銃撃を専門にする者。弾幕を張り巡らせて無残な死を提供する者。特殊な弾薬を用いて特殊な方法でなす者。
殺し屋も多様化する時代。互いに異種を得意とする殺し屋が徒党を組んで看板を掲げる時代でもある。
極狭での狙撃は一流だが一撃に欠ける殺し屋が、猛毒を得意とする殺し屋と組めば射的競技用の22口径でも弾頭に毒を仕込めば速やかに死を提供できる『仕事道具』を得ることができる。
多様化の時代は即ち、変化応用の時代でもある。
近年では工業用レーザーカッターや電子レンジの理論を用いた高周波で『変死』させる手法も出回っている。勿論、従来通りの自殺や事故にみせかけた殺害を専門とする者も多数存在する。
ゆえに『殺し屋の殺し屋』と呼称するのは定義が広いのだ。
何しろ広義の意味ではヤクザの出入りで多用される鉄砲玉も、殺し屋の範疇だ。
もしかしたら降圧剤の投与のし過ぎで事故死が発生したとされる総合病院の内部に、医療従事者と二足の草鞋を履く殺し屋がいるかもしれない。
普段の、何気ない、代わり映えしない風景の裏側には玉石混交、有象無象、多芸に無芸な殺し屋が犇めき合っている。
クライアントより殺し屋の方が多いと皮肉られても仕方がない。
だからこそ頭角を現し始めた新しい職種として『殺し屋の殺し屋』が存在する。スイーパーやクリーナーと呼ばれるほど、洗練された業種ではない。
……そして。ここに一人の殺し屋の殺し屋が居る。
莨屋妹理(たばこや せのり)。33歳。女性。
名前に反してタバコ屋の生まれでもないし一人っ子であり、妹ではない。
殺し屋の殺し屋の具体的で共通した職務内容は相手が殺し屋であれば、依頼さえあればその殺し屋の動向いかんを問わずに殺害にとする。例に漏れず彼女の『手は汚れていた』。
殺し屋の殺し屋という呼称からして、戦車を狙う対戦車ヘリのごとく獰猛で悪辣な天敵の地位を確立していそうではあるが、決して違う。
むしろプロの殺人者を相手に七転八倒を繰り返し、泥塗れになりながらようやく息の根を止めるスマートでない仕事だ。
例に漏れず彼女の『体は瑕物だ』。
莨屋妹理。元フリーランスの傭兵。今ではフリーランスの殺し屋の殺し屋。
東欧を中心に大型トラック一杯いくらで取引される消耗戦力として参戦。
国や思想、宗教を問わずに戦ってきた。何も捻る部分がない戦闘悦楽症患者。
東欧の戦域ではその功績からしばしば、野戦任官で小隊規模の戦力を任せられた。
反面、アフリカや南米では参戦経験はあっても全くの無名。
湿度や砂埃で傷んだクズのような武器と弾薬しか与えられないと憤慨し、目立った戦功を挙げることはなかった。
赤道より南の戦場では敵を撃つより、レイプしようと集団で襲いくる友軍兵士を射殺する方が多かった。死に物狂いでレイプだけを考えて突進してくる狂信者のような兵士を相手に護身に徹していると、皮肉な事に全身の筋骨と感覚が鍛えられた。
東欧でもレイプの被害者になりかけたことはあったが、数えるほどだ。黄色い猿は性欲の対象外らしい。道理で獣と交わう嗜好がオープンな土着部族が多い後進国ではレイプの現場に立ち会うことが多かったものだと納得した。
民間軍事企業を介さない傭兵の戦列参加というのは実に割に合わない。
半年間、命懸けで銃撃戦を展開するより日本国内で3ヶ月ほど、コンビニで深夜帯だけ働く方が実入りはいい。
装備や保険等という概念は存在しない。全て自前。
型式や配置を選ばなければ装備は現地の軍勢が支給してくれるが、負傷しようが死亡しようが一切の手当が出ないのは珍しくない。
つまり、持ち込みの装備を一瞥された瞬間にどこの戦線に放り込まれるかが決まる。
戦う前から戦いが始まっているフリーランスの傭兵という職業は『好きでなければやっていられない』。
妹理は、非情と無情と世知辛さが渦巻く傭兵稼業に飽きた。
戦場で自分を見つけた人間は戦場でなければ心中の燻りを消せないと昔から謳われるが、あっさりと飽きたので帰国した。
単純に飽きた。
人殺しが嫌になったのではない。硝煙弾雨にシェルショックの恐怖を覚えたのでもない。
……急にお握りが食べたくなった。
敢えていうならそれだけだ。
帰国して、自らが戦闘悦楽症であるという事実を認識はしたが、別段、困惑はしなかった。
排他的で閉鎖的な日本が嫌いで、国外に飛び出してその地ならではの体験をした末に、誰にも看取られずにその地で朽ち果てるのだと信じていただけに、突然の帰巣本能の沸騰が驚きだった。
無論、まともな職業に就けるわけもなく、現在に至る……殺し屋の殺し屋に至る。
当初は殺し屋だったが無抵抗な人間を奇襲さながらに殺すのではアドレナリンが分泌されず、快楽を誘うにはスリルが不足していた。
殺傷対象がプロの殺し屋であれば愉しませてくれるだろう。
そんな気楽な気分だった。
※ ※ ※
莨屋妹理。
身長170cm。上から88・63・89。体重57kg。33歳で身長170cmの長身から求めると意外と理想的な数字が羅列されるプロポーション。
所謂、剛腕に任せた硬い筋肉ではなく、しなやかな軟らかい筋肉繊維で構築された体躯なので、一見するとハードシチュエーションを生き抜いてきた女性の躯つきにはみえない。
やや、やつれた人妻を連想させる、頬に疲労の翳りを浮かべた輪郭はシャープで精気の灯った双眸から広がる柳眉や鼻筋も精悍で、違いなく美女に分類される容貌である。
光源の加減次第ではやつれ気味の顔に影が深く出て、小学生の子供が1人や2人いてもおかしくない、脂の乗った色香を醸し出していた。……残念ながら彼女は未婚だ。
家屋の登記上の名称にハイツと記載されているが、決して高台に佇む居住建造物では無い。
外国の暮らしが長い妹理は不動産屋がいうところのハイツやメゾンやアパートと聞いて、何度も脳内で和製ニュアンスだと言い聞かせて書類にサインしたものだ。
どうせなら共同住宅的存在の建造物は和製英語らしくコーポレイティブハウスの略称のコーポで統一して欲しいと思った。
日本に体感体験で馴染むリハビリを続ける一方で築いていたのが、東欧時代に懇意にしていた武器商人との流通経路の確保だった。
昨今の日本が大銃火器犯罪時代に突入したとはいえ、辛うじて司法機関の水際作戦は功を奏しており、地下経路からの武器弾薬の流通は難しかった。
そこで大手を振って出入国を繰り返す正規ディーラーから書類上正社員のブローカーを紹介してもらい難なく銃火器の入手経路を確保した。何はなくとも『銃がなければ彼女は彼女ではない』。
殺し屋の襲撃を事前に防ぐアンチキラーとも違う。
殺し屋の襲撃の際に防御力を発揮するキラーカウンターとも違う。
純粋に殺し屋のみを殺す殺し屋。
彼女彼らの用途は様々だ。殺し屋を殺す殺し屋という表現は謬見から生まれた表現かもしれない。
何故なら、殺し屋にも様々な種類が存在するからだ。
銃を用いる者。刃物を用いる者。毒を用いる者。電気を用いる者。動物を用いる者。トリックスターのようにターゲットを追い込んで社会的に抹殺する者。
銃を使う殺し屋にしてもさらに細分化される。
狙撃を専門にする者。近接での銃撃を専門にする者。弾幕を張り巡らせて無残な死を提供する者。特殊な弾薬を用いて特殊な方法でなす者。
殺し屋も多様化する時代。互いに異種を得意とする殺し屋が徒党を組んで看板を掲げる時代でもある。
極狭での狙撃は一流だが一撃に欠ける殺し屋が、猛毒を得意とする殺し屋と組めば射的競技用の22口径でも弾頭に毒を仕込めば速やかに死を提供できる『仕事道具』を得ることができる。
多様化の時代は即ち、変化応用の時代でもある。
近年では工業用レーザーカッターや電子レンジの理論を用いた高周波で『変死』させる手法も出回っている。勿論、従来通りの自殺や事故にみせかけた殺害を専門とする者も多数存在する。
ゆえに『殺し屋の殺し屋』と呼称するのは定義が広いのだ。
何しろ広義の意味ではヤクザの出入りで多用される鉄砲玉も、殺し屋の範疇だ。
もしかしたら降圧剤の投与のし過ぎで事故死が発生したとされる総合病院の内部に、医療従事者と二足の草鞋を履く殺し屋がいるかもしれない。
普段の、何気ない、代わり映えしない風景の裏側には玉石混交、有象無象、多芸に無芸な殺し屋が犇めき合っている。
クライアントより殺し屋の方が多いと皮肉られても仕方がない。
だからこそ頭角を現し始めた新しい職種として『殺し屋の殺し屋』が存在する。スイーパーやクリーナーと呼ばれるほど、洗練された業種ではない。
……そして。ここに一人の殺し屋の殺し屋が居る。
莨屋妹理(たばこや せのり)。33歳。女性。
名前に反してタバコ屋の生まれでもないし一人っ子であり、妹ではない。
殺し屋の殺し屋の具体的で共通した職務内容は相手が殺し屋であれば、依頼さえあればその殺し屋の動向いかんを問わずに殺害にとする。例に漏れず彼女の『手は汚れていた』。
殺し屋の殺し屋という呼称からして、戦車を狙う対戦車ヘリのごとく獰猛で悪辣な天敵の地位を確立していそうではあるが、決して違う。
むしろプロの殺人者を相手に七転八倒を繰り返し、泥塗れになりながらようやく息の根を止めるスマートでない仕事だ。
例に漏れず彼女の『体は瑕物だ』。
莨屋妹理。元フリーランスの傭兵。今ではフリーランスの殺し屋の殺し屋。
東欧を中心に大型トラック一杯いくらで取引される消耗戦力として参戦。
国や思想、宗教を問わずに戦ってきた。何も捻る部分がない戦闘悦楽症患者。
東欧の戦域ではその功績からしばしば、野戦任官で小隊規模の戦力を任せられた。
反面、アフリカや南米では参戦経験はあっても全くの無名。
湿度や砂埃で傷んだクズのような武器と弾薬しか与えられないと憤慨し、目立った戦功を挙げることはなかった。
赤道より南の戦場では敵を撃つより、レイプしようと集団で襲いくる友軍兵士を射殺する方が多かった。死に物狂いでレイプだけを考えて突進してくる狂信者のような兵士を相手に護身に徹していると、皮肉な事に全身の筋骨と感覚が鍛えられた。
東欧でもレイプの被害者になりかけたことはあったが、数えるほどだ。黄色い猿は性欲の対象外らしい。道理で獣と交わう嗜好がオープンな土着部族が多い後進国ではレイプの現場に立ち会うことが多かったものだと納得した。
民間軍事企業を介さない傭兵の戦列参加というのは実に割に合わない。
半年間、命懸けで銃撃戦を展開するより日本国内で3ヶ月ほど、コンビニで深夜帯だけ働く方が実入りはいい。
装備や保険等という概念は存在しない。全て自前。
型式や配置を選ばなければ装備は現地の軍勢が支給してくれるが、負傷しようが死亡しようが一切の手当が出ないのは珍しくない。
つまり、持ち込みの装備を一瞥された瞬間にどこの戦線に放り込まれるかが決まる。
戦う前から戦いが始まっているフリーランスの傭兵という職業は『好きでなければやっていられない』。
妹理は、非情と無情と世知辛さが渦巻く傭兵稼業に飽きた。
戦場で自分を見つけた人間は戦場でなければ心中の燻りを消せないと昔から謳われるが、あっさりと飽きたので帰国した。
単純に飽きた。
人殺しが嫌になったのではない。硝煙弾雨にシェルショックの恐怖を覚えたのでもない。
……急にお握りが食べたくなった。
敢えていうならそれだけだ。
帰国して、自らが戦闘悦楽症であるという事実を認識はしたが、別段、困惑はしなかった。
排他的で閉鎖的な日本が嫌いで、国外に飛び出してその地ならではの体験をした末に、誰にも看取られずにその地で朽ち果てるのだと信じていただけに、突然の帰巣本能の沸騰が驚きだった。
無論、まともな職業に就けるわけもなく、現在に至る……殺し屋の殺し屋に至る。
当初は殺し屋だったが無抵抗な人間を奇襲さながらに殺すのではアドレナリンが分泌されず、快楽を誘うにはスリルが不足していた。
殺傷対象がプロの殺し屋であれば愉しませてくれるだろう。
そんな気楽な気分だった。
※ ※ ※
莨屋妹理。
身長170cm。上から88・63・89。体重57kg。33歳で身長170cmの長身から求めると意外と理想的な数字が羅列されるプロポーション。
所謂、剛腕に任せた硬い筋肉ではなく、しなやかな軟らかい筋肉繊維で構築された体躯なので、一見するとハードシチュエーションを生き抜いてきた女性の躯つきにはみえない。
やや、やつれた人妻を連想させる、頬に疲労の翳りを浮かべた輪郭はシャープで精気の灯った双眸から広がる柳眉や鼻筋も精悍で、違いなく美女に分類される容貌である。
光源の加減次第ではやつれ気味の顔に影が深く出て、小学生の子供が1人や2人いてもおかしくない、脂の乗った色香を醸し出していた。……残念ながら彼女は未婚だ。
家屋の登記上の名称にハイツと記載されているが、決して高台に佇む居住建造物では無い。
外国の暮らしが長い妹理は不動産屋がいうところのハイツやメゾンやアパートと聞いて、何度も脳内で和製ニュアンスだと言い聞かせて書類にサインしたものだ。
どうせなら共同住宅的存在の建造物は和製英語らしくコーポレイティブハウスの略称のコーポで統一して欲しいと思った。
日本に体感体験で馴染むリハビリを続ける一方で築いていたのが、東欧時代に懇意にしていた武器商人との流通経路の確保だった。
昨今の日本が大銃火器犯罪時代に突入したとはいえ、辛うじて司法機関の水際作戦は功を奏しており、地下経路からの武器弾薬の流通は難しかった。
そこで大手を振って出入国を繰り返す正規ディーラーから書類上正社員のブローカーを紹介してもらい難なく銃火器の入手経路を確保した。何はなくとも『銃がなければ彼女は彼女ではない』。
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