愉しい余暇の作り方

  ※ ※ ※
「……」
――――車2台。合計8人。
――――長物は3人。後はハジキか。
――――リーダー格は誰だ?
――――全員下車して団子で集まっているところをみると大した練度じゃない。
――――ここまでついて来たってことは……外出を待っていた『別口』か?
――――あの旦那も敵が多くて大変だねぇ。
 リオはコンテナの上で寝そべり、モノスコープを使って追跡してきた連中を観察していた。
 応戦と排撃は警護のセオリーでは無い。
 が、敢えて破る。
 この広い無人の区画で松島を見付けるのには時間が掛かる。
 連中がローラー作戦を展開している隙に松島を逃がすことも考えたが第2波第3波の増援がくるリスクを考えると『連中が自分達が有利だと勘違いしている間』に無力化させれば、引き出せる情報も多いと判断した。
 それまで、松島の肝が冷え上がってパニックを起こさなければの話だ。手足を縛って口にガムテープを貼っておくべきだったと少し後悔している。
「ん?……」
――――気が付いたか?
――――ふふん。煙草に気が付いたな。
 思わず邪悪に口角が釣り上がるリオ。
 彼我の距離140m。9mmパラベラムが有効な距離ではない。
 リオはコンテナから降りて横隊でゾロゾロとこちらに向かってくる連中を視界の端に捉え、コンテナやプレハブ倉庫群が奥まった場所に爪先を向けた。
 密集した横隊。あの愚直な集団をみてもリオはFNバラクーダ以上の火器を欲しいと思ったことはない。「自動小銃が有れば」「クレイモアが使えたら」などとは思わない。
 あくまで、『護り屋』としての性分がそう思わせるのだろう。
 1人で警護するからこそ、身軽で『何も持っていない』と偽装する方が有利に働くことの方が多い。
 錆をまとったペール缶がリオの背丈の倍ほどに積まれた遮蔽物の陰で、彼女は潜んだ。
 連中がこの地点に到達するまでにリップミラーで歩幅を目測しながら左手首のミリタリーウオッチの秒針を照らし合わせる。会敵距離の算出とダッシュの際の優劣を知るためだ。
 やがて、複数の足音が緊張感の欠片も感じさせず近づくのを聞く。雑談すら聞こえる。
 1歩。
 10歩。
 100歩。
 長い緊張。煩い耳鳴り。心臓が時折、不整脈を見せるのは充分な睡眠を取っていないからだと思いたい。そういえば空腹だ。風呂に入っていなから体臭で敵に察知されるかも? いつもの葉巻が吸いたい。この仕事が終わったらハイネケンで一杯やろう。
 頭の中を現実逃避が錯綜し始めたころ、体は勝手に動いた。
 何も発見……否、探そうともしない連中の『リオが隠れる遮蔽物を過ぎ去った背中』を見ながら体は勝手に動いた。
 撃発。4発。
 間隔を置かない速射。恐ろしく冷徹で冷静に思考する。6発4秒のスピード。1秒にも満たない時間で4人が背中から撃たれてつんのめるように倒れる。
 15mほど離れた位置にいる残りの4人が、振り向く。
 手にした拳銃やカービンを構えている。それを認めても尚も、恐ろしく冷徹で冷静に思考する。薬室の2発が1秒にも満たない時間で吐き出され、振り向いた順に撃ち倒す。
 いずれも腹部。横隔膜が損傷しただろうから苦痛のあまり動けぬだろう。
 刹那に垣間みた光景は屠殺というに相応しいターキーショットでしかない。
 リオは遮蔽物から飛び出してバックダッシュで短距離の移動を繰り返し、FNバラクーダを再装填する。
 銃口を下に向けてエキストラクターを威勢良く押し込む。目の前に飛び上がったクリップでまとめられた空薬莢の束を掴み、空かさず新しいクリップを差し込む。
 9mmパラベラムの空薬莢の膨張率は回転式実包とは比較的低く、薬室の内部で急激に膨張した空薬莢が張りついて剥がれない、抜けないという事態が低い。これも自動式実包を使う回転式拳銃の強みの一つだろう。
 短距離の変則的なバックダッシュを繰り返しながら、今度は牽制の銃撃で2人の生き残りを足止めする。
 FNバラクーダの薬室が2回目の空腹を覚えた頃になると、リオは乗り付けてきたサーブに飛び込むように乗車する。
 切れる息を整えながらシートで腹ばいになり再装填すると、開かれたドアの前方に見える、脇に止まっている2台のワンボックスカーのタイヤを前後2箇所ずつ撃ってパンクさせる。
 助手席にFNバラクーダを投げ出してシートに座りなおし、キーを捻る。
 急発進。砂煙。タイヤが擦れる。焦げ臭い匂いが窓から入ってくる。エンジンに負荷。
 猛然と走り出したサーブだが、港湾部の出口辺りで停車して、リオは降車。
 トランクを開けて似つかわしくないタイプの笑顔を浮かべて笑う。
 松島が今にも嘔吐しそうな蒼い顔で睨み返してきた。
 嘔吐しそう……ではなく、トランクから這い出るなり吐き戻す松島。
 リオは松島を安全な位置に隠したのではなく、敵のど真ん中に放置したままだったのだ。
 偽装工作と疑似餌の代わりに松島の煙草とライターを拝借して地面に蒔いて敵の注意を惹きつけただけだ。
「酷いことをするもんだ……」
 自動販売機で買ったミネラルウオーターで口を何度もゆすいでようやく声を絞り出した松島の感想はソレだった。
 停車した下町の風景に高級車のサーブは不釣り合い。
 放置していれば近所の子供に釘か10円玉で瑕を付けられそうな予感がする。
「松島さん、あなた、本当に他の『会合の出席者』に殺し屋を差し向けてないわよね? こんなに立て続けに襲撃があるのは異常よ。複数の敵が個別で雇った殺し屋たちが『偶々バッティングしたみたい』に波状攻撃を仕掛けてきているわ」
「ウチは上から下まで、知性皆無の武闘派しかいないのでね。蹴落とすために手段を選ばない奴は珍しくない。だけど俺は殺し屋は雇っていない。尻を捲って安穏と生きることを選んだ俺がなぜ火に油を注ぐ?」
――――んー。そこなんだよねー。
 リオはヘンリーウインターマンの機械巻きを銜えると、火も点けずに考えを巡らせる。
 どこをどのように考察しても、高級幹部たちのバトルロイヤルじみている展開に穏健主義に鞍替えした松島が集中して狙われる理由がない。
「……」
――――まさかね。
――――それじゃ『ファンタジーというより漫画みたいな』話だわ。
 いくつかの可能性を切り捨てた結果、とある結果に行き着いたが『ヤクザ社会の考えとして短絡的過ぎる』のでバカバカしいとリオはその考えを廃棄した。
 その日の午後4時。入念な回り道を繰り返してようやく松島の情婦が住んでいるマンションに到着した。
 リオが松島の右後方を歩き、部屋まで警護する。
 ドアを開けると、どんなヤクザの愛人らしいケバい女が出てくるのかと思ったが、黒髪ロングで清楚な30代半ばと思われる女が応対に出た。
 深窓の令嬢がすくすくと齢を重ね、化粧を捨てて質素倹約に生きていたらこのような容姿になるに違いないと想像させる、上品な物腰の女だ。
 この女もやがてては自身の弾除けに使うつもりだったであろう松島に、リオは腹を立て始めた。
「あら。珍しい。こんな時間に」
 三次元で塑像されたアルカイックスマイルを浮かべた松島の情婦は松島の背後で警護するリオを見ても敵意や不信感をみせなかった。
 そればかりか「お付きの方もどうぞ」と慇懃に部屋の中に案内された。
 3LDKの高級マンション。30階建て。ロケーションとしては狙撃ポイントの的だが、幸い遮光カーテンがどの部屋にも設えられていて狙撃手対策に役に立ちそうだ。不用意に松島が窓際に立たなければの話だが。
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