愉しい余暇の作り方
「こんな状態なら松島さんも安心して会合に出席できないわね」
リオは応接室に入るなり開口一番に大声でいう。
血走った幾つもの眼光がリオを睨む。
「糞アマぁ、いい気になりやがって……」
犬歯を剥いて噛みつく勢いで右手の人差し指と掌の甲に包帯を巻いた五分刈りの男が一歩前に出る。
確かここへ来た初日に突然始まった『採用試験』でトカレフを持って参上した男だ。名前は大野といったか。
「あら。右手の指はどうしたの? 突き指でもした?」
額に血管が浮き出る大野。この部屋に居た5人の構成員も顔色が怒りの沸騰を示す。
「はいはい。解りました。黙っています……この一言をいえば黙りますぅ」
半分の長さになったヘンリーウインターマン・ハーフコロナを床に吐き出して踵で蹂躙する。葉巻を揉み消したとき特有の焦げ臭い悪臭が立ち込める。
息を飲んで一言。本当に一言をいっただけだった。
「アンタたち、『敵に買い取られた割には巧いこと、犬のフリしてるじゃない』」
リオの憶測。限りなく黒だと信じている可能性。そして荒唐無稽な話のタネ。
凍る空気。
直感。
――――あ、『当たり』だ。
リオは松島組ごと敵対組織に買い取られていたことを薄々、感じ始めていた。
松島が襲撃されるのは松島組内部と松島組関係者が同行する屋外。部外者で秘匿を常とするリオの行動範囲では松島優志は誰の襲撃も受けない。
ならば内通者の可能性も有ったが、事態はもっと大きなレベルだと知ったのは『たった今』。鎌掛けが大きな波紋となった。
少なくとも準幹部級は買い取られていたと思っていた。側近と懐刀、これも怪しい。その幹部級が首を揃えて談話している応接室で今、爆弾を放り込んだのに酷似した効果を醸しだしていた。
鎌掛けを相手の逆鱗に触れさせるのはレトリックのセオリーでもこんなに解りやすく決まってしまうと拍子抜けだ。
「う、裏切り者はコイツだーっ!」
大野は大声で叫んだ。声が裏返っている。怪訝な表情を作れば『攻撃対象』から除外してやろうと考えていた周りの幹部連中も、揃って大声で騒ぎたてた。
声での威勢のいい啖呵なのだが、何分、声が裏返っているので迫力に欠ける。
時代劇さながらに「出あえ出あえ!」と叫ぶ悪代官がこの部屋に密集しているのを思い描いた。
幹部級全部、悪性腫瘍。
『警護を完遂するために今すぐ排除する必要がある』。
後先考えずにヤクザに喧嘩を売るようにみえるが、リオのクライアントが松島優志という松島組最高権力者である限りは、『快適な警護期間』を過ごしてもらうのも任務の一つだ。
ここで松島組内部の謀反因子を皆殺しにしても松島の『正当防衛』が尊重される。
寧ろ二股膏薬で内通する存在自体を本江会……否、『組織という運営システム』が許すはずがない。
リオの半径3m以内に4人。
リオの右手は早かった。
FNバラクーダが黒い鈍色で弧線を描く。
抜き放たれて速射。
リオの右手側に立つ準幹部のバッジをつけた男の額に孔を開ける。
貫通することなく盲管となり、射入孔から急激に高まった圧力で粉砕された脳漿が吹き出る。
誰も彼もが慌てて懐に手を伸ばし、拳銃のグリップを握るが一拍遅い。
手近の3人を案山子を撃つように仕留める。
座ったまま、あるいは腰を浮かせようとしたまま、胸部にシルバーチップホローポイントの9mmパラベラムを叩き込まれる。
実包のブランドは高速弾で定評の有るCCI社のカーボネイドシリーズだ。3mの距離で弾頭を秒速420mで叩き込まれると単純計算で約630ジュールの初活力が発生する。
この距離でその威力が発揮されると、銃弾など当たればどれも同じという考えが一気に吹き飛ぶ。
中途半端な40S&Wや357SIGの出番がくじかれたのも理解できる。
FNバラクーダの3インチ銃身でこそ存分に威力を発揮できる。
銃身との相性を考えずに強力なだけの実包を選んでも経費の無駄だ。
合計4人仕留めたところで残りの2人が別のドアから転がりながら遁走する。
廊下に出るなり2人は「裏切り者だ!」「殺せ殺せ!」と喚きたてる。
このテナントが入るフロアは全て松島組の隠れ名義で借りた部屋ばかり。
そしてここに本日集結する視界に入った限りの25人は松島に二心を持っている構成員ばかり。
断言できる素材がある……リオが雇われた初日に天井からの襲撃で殺し損なった2人組の殺し屋が屠殺していたのは何もしらぬ若い三下か、準幹部にもなれない、箸にも棒にもかからない落ちこぼればかり。
つまり、反松島に所属していない者と素質のない者は声を掛けられ図に、犠牲者となっている。
久し振りの単純明快な鉄火場の香りに腹が熱くなる。
反対に脳味噌が冷血味を帯びて鏖殺の手段ばかり考えている。
FNバラクーダを再装填。未だ2発の9mmを咥えていたが敵中なので薬室は満タンにしておく。
予備のクリップは7個。バラ弾を詰めた弾薬サックには100発の9mmパラベラムがある。悠長にクリップに9mmを嵌め込んでいる時間などありはしないだろう。寧ろこの状況でそのような時間と隙があるのならリオの命もそこまでだ。
逃げ出した2人の背後に銃口を定めるが、途中のドアが開き、飛び出てきた青年の左脇腹に命中し好機を逃す。
――――ほう。
その逃げる後ろ姿。1人は確か大野とかいうトカレフ使いだった。
いつの間にか上級幹部のバッジをつけていた。もう既に松島を葬った気分でいたのだろう。
廊下の奥やテナントの外部からも怒号や罵詈雑言に似た声が聞こえる。
銃口を前方に向けたまま、左掌を咄嗟に壁に当てる。
階下へ降りる足音の振動は感知できない。いずれの足音も律儀にこちらに向かってくる。
優先順位としては、高い地位の幹部を先に血祭りに上げて、口を割らせるための1人だけを行動不能に陥れればいい。
開いたドアや廊下の角、パーテーションの陰から口径が統一されていない安っぽい拳銃を握った戦闘員が飛び出してくる。
どいつもこいつもヤクザ映画かアクション映画の山場を思い描いているのか、芝居掛かった大袈裟なアクションで拳銃を振り翳すものだからリオの目元に苦笑いが耐えない。
的確に、確実に、正確に、引き金を引く。ダブルアクションの回転式とは思えない引き金の軽さだ。
モダンコルトの回転式だと雷管への打撃不良で不発を連発しているのではないかと疑う軽さ。
ヨーロッパ生まれの回転式らしい小気味良い動作。
手首に伝わる反動も御し易く、その割に一般的な38splより優れた性能なのだからマーケットが拡がらなかったのが納得いかない。
銃声が轟く。6発毎の沈黙。その間断のまばらで不揃いな反撃の銃声。
初日に松島がのたまった「防音だから」の言葉を信じるのなら、昼日中の交通量の多い街のど真ん中で、堂々と銃撃戦が展開されているとは誰も思わないだろう。
手榴弾でも使わない限り大丈夫だが、素人に武器を持たせると何をやらかすのか解らない。そう考えるとまたも苦笑い。
鴨撃ちのように倒れる戦闘員。リオは角やドアの陰を遮蔽物としてこの階を蹂躙するつもりだ。
リオは応接室に入るなり開口一番に大声でいう。
血走った幾つもの眼光がリオを睨む。
「糞アマぁ、いい気になりやがって……」
犬歯を剥いて噛みつく勢いで右手の人差し指と掌の甲に包帯を巻いた五分刈りの男が一歩前に出る。
確かここへ来た初日に突然始まった『採用試験』でトカレフを持って参上した男だ。名前は大野といったか。
「あら。右手の指はどうしたの? 突き指でもした?」
額に血管が浮き出る大野。この部屋に居た5人の構成員も顔色が怒りの沸騰を示す。
「はいはい。解りました。黙っています……この一言をいえば黙りますぅ」
半分の長さになったヘンリーウインターマン・ハーフコロナを床に吐き出して踵で蹂躙する。葉巻を揉み消したとき特有の焦げ臭い悪臭が立ち込める。
息を飲んで一言。本当に一言をいっただけだった。
「アンタたち、『敵に買い取られた割には巧いこと、犬のフリしてるじゃない』」
リオの憶測。限りなく黒だと信じている可能性。そして荒唐無稽な話のタネ。
凍る空気。
直感。
――――あ、『当たり』だ。
リオは松島組ごと敵対組織に買い取られていたことを薄々、感じ始めていた。
松島が襲撃されるのは松島組内部と松島組関係者が同行する屋外。部外者で秘匿を常とするリオの行動範囲では松島優志は誰の襲撃も受けない。
ならば内通者の可能性も有ったが、事態はもっと大きなレベルだと知ったのは『たった今』。鎌掛けが大きな波紋となった。
少なくとも準幹部級は買い取られていたと思っていた。側近と懐刀、これも怪しい。その幹部級が首を揃えて談話している応接室で今、爆弾を放り込んだのに酷似した効果を醸しだしていた。
鎌掛けを相手の逆鱗に触れさせるのはレトリックのセオリーでもこんなに解りやすく決まってしまうと拍子抜けだ。
「う、裏切り者はコイツだーっ!」
大野は大声で叫んだ。声が裏返っている。怪訝な表情を作れば『攻撃対象』から除外してやろうと考えていた周りの幹部連中も、揃って大声で騒ぎたてた。
声での威勢のいい啖呵なのだが、何分、声が裏返っているので迫力に欠ける。
時代劇さながらに「出あえ出あえ!」と叫ぶ悪代官がこの部屋に密集しているのを思い描いた。
幹部級全部、悪性腫瘍。
『警護を完遂するために今すぐ排除する必要がある』。
後先考えずにヤクザに喧嘩を売るようにみえるが、リオのクライアントが松島優志という松島組最高権力者である限りは、『快適な警護期間』を過ごしてもらうのも任務の一つだ。
ここで松島組内部の謀反因子を皆殺しにしても松島の『正当防衛』が尊重される。
寧ろ二股膏薬で内通する存在自体を本江会……否、『組織という運営システム』が許すはずがない。
リオの半径3m以内に4人。
リオの右手は早かった。
FNバラクーダが黒い鈍色で弧線を描く。
抜き放たれて速射。
リオの右手側に立つ準幹部のバッジをつけた男の額に孔を開ける。
貫通することなく盲管となり、射入孔から急激に高まった圧力で粉砕された脳漿が吹き出る。
誰も彼もが慌てて懐に手を伸ばし、拳銃のグリップを握るが一拍遅い。
手近の3人を案山子を撃つように仕留める。
座ったまま、あるいは腰を浮かせようとしたまま、胸部にシルバーチップホローポイントの9mmパラベラムを叩き込まれる。
実包のブランドは高速弾で定評の有るCCI社のカーボネイドシリーズだ。3mの距離で弾頭を秒速420mで叩き込まれると単純計算で約630ジュールの初活力が発生する。
この距離でその威力が発揮されると、銃弾など当たればどれも同じという考えが一気に吹き飛ぶ。
中途半端な40S&Wや357SIGの出番がくじかれたのも理解できる。
FNバラクーダの3インチ銃身でこそ存分に威力を発揮できる。
銃身との相性を考えずに強力なだけの実包を選んでも経費の無駄だ。
合計4人仕留めたところで残りの2人が別のドアから転がりながら遁走する。
廊下に出るなり2人は「裏切り者だ!」「殺せ殺せ!」と喚きたてる。
このテナントが入るフロアは全て松島組の隠れ名義で借りた部屋ばかり。
そしてここに本日集結する視界に入った限りの25人は松島に二心を持っている構成員ばかり。
断言できる素材がある……リオが雇われた初日に天井からの襲撃で殺し損なった2人組の殺し屋が屠殺していたのは何もしらぬ若い三下か、準幹部にもなれない、箸にも棒にもかからない落ちこぼればかり。
つまり、反松島に所属していない者と素質のない者は声を掛けられ図に、犠牲者となっている。
久し振りの単純明快な鉄火場の香りに腹が熱くなる。
反対に脳味噌が冷血味を帯びて鏖殺の手段ばかり考えている。
FNバラクーダを再装填。未だ2発の9mmを咥えていたが敵中なので薬室は満タンにしておく。
予備のクリップは7個。バラ弾を詰めた弾薬サックには100発の9mmパラベラムがある。悠長にクリップに9mmを嵌め込んでいる時間などありはしないだろう。寧ろこの状況でそのような時間と隙があるのならリオの命もそこまでだ。
逃げ出した2人の背後に銃口を定めるが、途中のドアが開き、飛び出てきた青年の左脇腹に命中し好機を逃す。
――――ほう。
その逃げる後ろ姿。1人は確か大野とかいうトカレフ使いだった。
いつの間にか上級幹部のバッジをつけていた。もう既に松島を葬った気分でいたのだろう。
廊下の奥やテナントの外部からも怒号や罵詈雑言に似た声が聞こえる。
銃口を前方に向けたまま、左掌を咄嗟に壁に当てる。
階下へ降りる足音の振動は感知できない。いずれの足音も律儀にこちらに向かってくる。
優先順位としては、高い地位の幹部を先に血祭りに上げて、口を割らせるための1人だけを行動不能に陥れればいい。
開いたドアや廊下の角、パーテーションの陰から口径が統一されていない安っぽい拳銃を握った戦闘員が飛び出してくる。
どいつもこいつもヤクザ映画かアクション映画の山場を思い描いているのか、芝居掛かった大袈裟なアクションで拳銃を振り翳すものだからリオの目元に苦笑いが耐えない。
的確に、確実に、正確に、引き金を引く。ダブルアクションの回転式とは思えない引き金の軽さだ。
モダンコルトの回転式だと雷管への打撃不良で不発を連発しているのではないかと疑う軽さ。
ヨーロッパ生まれの回転式らしい小気味良い動作。
手首に伝わる反動も御し易く、その割に一般的な38splより優れた性能なのだからマーケットが拡がらなかったのが納得いかない。
銃声が轟く。6発毎の沈黙。その間断のまばらで不揃いな反撃の銃声。
初日に松島がのたまった「防音だから」の言葉を信じるのなら、昼日中の交通量の多い街のど真ん中で、堂々と銃撃戦が展開されているとは誰も思わないだろう。
手榴弾でも使わない限り大丈夫だが、素人に武器を持たせると何をやらかすのか解らない。そう考えるとまたも苦笑い。
鴨撃ちのように倒れる戦闘員。リオは角やドアの陰を遮蔽物としてこの階を蹂躙するつもりだ。