EVICTORS
分類上、小紅の所有する94年式拳銃は付喪神ということになるが、根源は人間の憎怨の集合体なので『悪霊の神』とも表現すべき存在だ。
『標的を武力で甚振ることができるのであれば人外でも人間でも問わずに能力を発揮する』ので小紅の管理に置かれている。
理由は簡単。人間の持ち主は自殺で命を落としたが、人外扱いの小紅なら死んでも代わりは居る。
実力は認めるが、得体の知れない神に昇華されつつある管理を自分たち人間が行うのは危険だからだ。
即ち、厄介払い先で更に厄介払いの対象になったのだ。
さて。
そんなわけで6畳1間の真新しい1K(※風呂トイレ共同)で1人と1体と1柱が仲良く暮らしている。そして、ここにもう1人入り浸っている人外が居る。
柏谷イオリ((かしわや いおり)。
ボーイッシュなショートカットが印象的で性格も外見を裏切らず活発明朗。
ジャージ姿でミニスカートにスパッツがトレードマークと謂わんばかりに普段着にしている16歳の少女。
彼女こそが本来ならこの『チーム』を率いるに相応しい能力を具えた本物の人外だ。
柏谷イオリ……彼女は【鞍馬天狗】の先祖返りだ。
厳密に言えば混血の果ての先祖返りで『鞍馬山の大天狗』の実力には遠く及ばない。
【鞍馬天狗】は度々、人間――鬼一法眼――に姿を変えて人間の界隈に降りて気紛れで、達者な使い手に法術や術式を伝授していた。
その最中、村娘との間にもうけた娘達――どういうわけか娘しか産まれなかった――に面白半分に自分の妙術を授けた。
ある者は呪術。ある者は剣術。ある者は兵法……このようにして全国には【鞍馬天狗】を始祖とする多種多様な流派が存在するに到る。
柏谷イオリは全ての術義の大家で《大京八流》の使い手だ。
《大京八流》……現在でいうハイブリッドアーツに当る。
剣術、体術、妖術、呪術、を織り交ぜた武術を、天衣無縫の兵法で自在に操り天も地も空も洋も関係なく戦う技法。
その内の極一部である剣術は《京八流》という名で人間界に浸透したが現在では伝説で語られるのみの存在である。
《京八流》の使い手の1人に源義経が存在するが義経は「妙な術者に神仏の界で使われていると言う太刀を習った」とだけ口伝しているだけに終わり、人間の世界では今以て眉唾の域を出ない。
当代継承者の1人である柏谷イオリ本人も自分の能力の限界を知らず、自分にどんな能力が秘められているのかも自覚が無い。
柏谷イオリ自身が気付いている能力は精々、自分の五感が認識している空間にある物体を手元に引き寄せる程度だ。
「神隠しは天狗の仕業」という昔話の元になっていることで有名な能力だ。
それ以外の特筆した能力は開花していない。普通の同年代の人間より倍近く身体能力が優れているだけの『超人』でしかない。摩訶不思議な業は何一つ使えない。空を翔ることも海を走ることも『今のまま』では不可能だ。
「狭い……」
「あのねぇ」
イオリが部屋の隅で三角座りしながらジト目で小紅をみる。
「元から狭い部屋なんだから、貴女も自分の部屋で寛げばいいでしょ?」
「だってー」
Tシャツ姿で小さなスタンドミラーを覗き込んで髪を纏める小紅。
後ろ腰に有るはずの94年式拳銃はホルスターごと放り出されてイオリの付近で蔑ろに扱われている。
イオリは94年式拳銃【ヘルガ】の収まったホルスターの縫い目を指でなぞりながら文句を垂れる。
「だって私の部屋、6畳1間で狭いもん。私の部屋のテレビって美縁の縄張りじゃないから心霊現象だらけでアナログのノイズと変わんないよー。……それに」
「それに何?」
そんなに広い部屋でもないので小紅が床で大きく背を伸ばせば部屋の端に有る家具類に手が付く。その要領で床に無造作に寝転がって思いっきり手を伸ばす。その先には94年式拳銃のホルスターの一端に指がかろうじて……届かない。
全身を伸ばして指先を畳に這わせる小紅。その指先からホルスターを1cm刻みで遠ざけるイオリ。
「それにさぁ……昨日は冷たかったもん……」
「……」
声が沈むイオリ。
困った表情に僅かな笑みを混ぜて小紅はホルスターを取るべく伸ばした指先で既に届くイオリの左足首をガシッと掴む。
「え? ちょっ!」
「じゃ、『今は』優しくしてあげようか?」
小紅がイオリの足を掴んでそのまま、膂力だけで引き寄せてイオリに覆い被さる。
完全に放置された94年式拳銃の【ヘルガ】は内心、『この色ボケが」と呆れ返ったが特にヘソを曲げる真似はしなかった。
顎先を指で持ち上げて、容赦なくイオリの唇を蹂躙……するつもりが、携帯電話の着信音で興を削がれる。
「もー。美縁ぃ」
心底残念な顔をして尻ポケットに押し込んだ携帯電話を取ろうとするが、尻ポケットの携帯電話からはSMAFファイルの電子処理された音声で
「私の携帯じゃありません! 私が小紅さんの邪魔をするわけないじゃないですか!」
と若い女の非難の声が聞こえてきた。
「あ、ごめーん。私の……」
イオリがジャージのポケットから申しわけなさそうに携帯電話を取り出した。
「んー、いいじゃない、そんなの。止めて欲しい?」
小紅はイオリの携帯電話を持つ手を除けてイオリの白い喉に唇を這わせる。
「小紅の、んっ、その直ぐノッてくれる、んん、気持ちは凄く嬉しいんだけど……あ、あん!」
小紅の手が緩やかにイオリの胸の辺りを撫で始めたとき、理性に抵抗してイオリが言った。
「香具師ヶ峰(やしがみね)さんからの着信だよ?」
「!」
それを聞いた途端、小紅の好色な顔色は消え失せて、バネ仕掛けの玩具みたいにイオリから離れる。
勢いが良過ぎて狭い部屋の壁に体をぶつけたが、構わず尻ポケットから携帯電話を引っ張り出す。
「ちょっと! 美縁! 『やっさん』からの着信なんてあったの?」
「はいありました。空気を呼んでお報せしませんでした。小紅さんには是非ともイオリさんを御賞味していただきたくて……」
スライド式携帯の画面の向こうでは体をクネクネと捩じらせて顔を赤らめる、赤い着物の女がいる。
何処かで取り込んだ萌えキャラCG絵師の画風で表現されているが問題はそこではない。
「『やっさん』の着信は無条件で報せてって言ったでしょ!」
一応のチームリーダーである高野小紅の携帯電話には暗号化されたメールや通話が着信するが、時折、美縁の『空気を読んだ計らい』で事後に報告される場合がある。
香具師ヶ峰……特殊警務二課所属で高野チームを指揮する直轄の上司。
小紅のチームは超法規的措置で捜査という名の人外退治に出動するが、自由気侭に振舞えるわけではない。
特殊警務二課課長・香具師ヶ峰透通(やしがみね とおる)警部の指揮がなければ出動できない。ゆえに一応の組織という体をなしている。
香具師ヶ峰透通『警部』……勿論、警察庁に籍を置くからにはキャリア組の一員だ。現在35歳。年齢と階級、所属を考えても何ら不思議ではない。
更には香具師ヶ峰透通警部が人間であり、人外である部下を顎で扱える能力を有していることだが、この陰には自分が治める部下たちの『弱点』を手綱として握っているからだ。
『標的を武力で甚振ることができるのであれば人外でも人間でも問わずに能力を発揮する』ので小紅の管理に置かれている。
理由は簡単。人間の持ち主は自殺で命を落としたが、人外扱いの小紅なら死んでも代わりは居る。
実力は認めるが、得体の知れない神に昇華されつつある管理を自分たち人間が行うのは危険だからだ。
即ち、厄介払い先で更に厄介払いの対象になったのだ。
さて。
そんなわけで6畳1間の真新しい1K(※風呂トイレ共同)で1人と1体と1柱が仲良く暮らしている。そして、ここにもう1人入り浸っている人外が居る。
柏谷イオリ((かしわや いおり)。
ボーイッシュなショートカットが印象的で性格も外見を裏切らず活発明朗。
ジャージ姿でミニスカートにスパッツがトレードマークと謂わんばかりに普段着にしている16歳の少女。
彼女こそが本来ならこの『チーム』を率いるに相応しい能力を具えた本物の人外だ。
柏谷イオリ……彼女は【鞍馬天狗】の先祖返りだ。
厳密に言えば混血の果ての先祖返りで『鞍馬山の大天狗』の実力には遠く及ばない。
【鞍馬天狗】は度々、人間――鬼一法眼――に姿を変えて人間の界隈に降りて気紛れで、達者な使い手に法術や術式を伝授していた。
その最中、村娘との間にもうけた娘達――どういうわけか娘しか産まれなかった――に面白半分に自分の妙術を授けた。
ある者は呪術。ある者は剣術。ある者は兵法……このようにして全国には【鞍馬天狗】を始祖とする多種多様な流派が存在するに到る。
柏谷イオリは全ての術義の大家で《大京八流》の使い手だ。
《大京八流》……現在でいうハイブリッドアーツに当る。
剣術、体術、妖術、呪術、を織り交ぜた武術を、天衣無縫の兵法で自在に操り天も地も空も洋も関係なく戦う技法。
その内の極一部である剣術は《京八流》という名で人間界に浸透したが現在では伝説で語られるのみの存在である。
《京八流》の使い手の1人に源義経が存在するが義経は「妙な術者に神仏の界で使われていると言う太刀を習った」とだけ口伝しているだけに終わり、人間の世界では今以て眉唾の域を出ない。
当代継承者の1人である柏谷イオリ本人も自分の能力の限界を知らず、自分にどんな能力が秘められているのかも自覚が無い。
柏谷イオリ自身が気付いている能力は精々、自分の五感が認識している空間にある物体を手元に引き寄せる程度だ。
「神隠しは天狗の仕業」という昔話の元になっていることで有名な能力だ。
それ以外の特筆した能力は開花していない。普通の同年代の人間より倍近く身体能力が優れているだけの『超人』でしかない。摩訶不思議な業は何一つ使えない。空を翔ることも海を走ることも『今のまま』では不可能だ。
「狭い……」
「あのねぇ」
イオリが部屋の隅で三角座りしながらジト目で小紅をみる。
「元から狭い部屋なんだから、貴女も自分の部屋で寛げばいいでしょ?」
「だってー」
Tシャツ姿で小さなスタンドミラーを覗き込んで髪を纏める小紅。
後ろ腰に有るはずの94年式拳銃はホルスターごと放り出されてイオリの付近で蔑ろに扱われている。
イオリは94年式拳銃【ヘルガ】の収まったホルスターの縫い目を指でなぞりながら文句を垂れる。
「だって私の部屋、6畳1間で狭いもん。私の部屋のテレビって美縁の縄張りじゃないから心霊現象だらけでアナログのノイズと変わんないよー。……それに」
「それに何?」
そんなに広い部屋でもないので小紅が床で大きく背を伸ばせば部屋の端に有る家具類に手が付く。その要領で床に無造作に寝転がって思いっきり手を伸ばす。その先には94年式拳銃のホルスターの一端に指がかろうじて……届かない。
全身を伸ばして指先を畳に這わせる小紅。その指先からホルスターを1cm刻みで遠ざけるイオリ。
「それにさぁ……昨日は冷たかったもん……」
「……」
声が沈むイオリ。
困った表情に僅かな笑みを混ぜて小紅はホルスターを取るべく伸ばした指先で既に届くイオリの左足首をガシッと掴む。
「え? ちょっ!」
「じゃ、『今は』優しくしてあげようか?」
小紅がイオリの足を掴んでそのまま、膂力だけで引き寄せてイオリに覆い被さる。
完全に放置された94年式拳銃の【ヘルガ】は内心、『この色ボケが」と呆れ返ったが特にヘソを曲げる真似はしなかった。
顎先を指で持ち上げて、容赦なくイオリの唇を蹂躙……するつもりが、携帯電話の着信音で興を削がれる。
「もー。美縁ぃ」
心底残念な顔をして尻ポケットに押し込んだ携帯電話を取ろうとするが、尻ポケットの携帯電話からはSMAFファイルの電子処理された音声で
「私の携帯じゃありません! 私が小紅さんの邪魔をするわけないじゃないですか!」
と若い女の非難の声が聞こえてきた。
「あ、ごめーん。私の……」
イオリがジャージのポケットから申しわけなさそうに携帯電話を取り出した。
「んー、いいじゃない、そんなの。止めて欲しい?」
小紅はイオリの携帯電話を持つ手を除けてイオリの白い喉に唇を這わせる。
「小紅の、んっ、その直ぐノッてくれる、んん、気持ちは凄く嬉しいんだけど……あ、あん!」
小紅の手が緩やかにイオリの胸の辺りを撫で始めたとき、理性に抵抗してイオリが言った。
「香具師ヶ峰(やしがみね)さんからの着信だよ?」
「!」
それを聞いた途端、小紅の好色な顔色は消え失せて、バネ仕掛けの玩具みたいにイオリから離れる。
勢いが良過ぎて狭い部屋の壁に体をぶつけたが、構わず尻ポケットから携帯電話を引っ張り出す。
「ちょっと! 美縁! 『やっさん』からの着信なんてあったの?」
「はいありました。空気を呼んでお報せしませんでした。小紅さんには是非ともイオリさんを御賞味していただきたくて……」
スライド式携帯の画面の向こうでは体をクネクネと捩じらせて顔を赤らめる、赤い着物の女がいる。
何処かで取り込んだ萌えキャラCG絵師の画風で表現されているが問題はそこではない。
「『やっさん』の着信は無条件で報せてって言ったでしょ!」
一応のチームリーダーである高野小紅の携帯電話には暗号化されたメールや通話が着信するが、時折、美縁の『空気を読んだ計らい』で事後に報告される場合がある。
香具師ヶ峰……特殊警務二課所属で高野チームを指揮する直轄の上司。
小紅のチームは超法規的措置で捜査という名の人外退治に出動するが、自由気侭に振舞えるわけではない。
特殊警務二課課長・香具師ヶ峰透通(やしがみね とおる)警部の指揮がなければ出動できない。ゆえに一応の組織という体をなしている。
香具師ヶ峰透通『警部』……勿論、警察庁に籍を置くからにはキャリア組の一員だ。現在35歳。年齢と階級、所属を考えても何ら不思議ではない。
更には香具師ヶ峰透通警部が人間であり、人外である部下を顎で扱える能力を有していることだが、この陰には自分が治める部下たちの『弱点』を手綱として握っているからだ。