EVICTORS

 本質は人間と何も変わらない小紅にとって人外と白兵戦を展開するのは自殺行為だ。ゆえに距離を保ち、【ヘルガ】で仕留める算段。
 相手はどう考えても生まれたての軟弱な人外とは思えない。
 8mm南部を何発叩き込めばいいのか皆目見当がつかない。
 【ヘルガ】の名誉を守るのなら、当たりさえすれば2発で葬ると胸を張って宣言したいが……分裂すると、それまで蓄積していたダメージも『分散』されてしまうのだろう。
 先程叩き込んだ筈の8mm南部のフルメタルジャケットが一向に傷口に効いている気配はない。
 左手の予備弾倉を口に銜え、空いたその手で山菜掘りナイフを抜き放ち、繰り出される槍の矛先や五寸釘の先端を往なす。一撃を山菜掘りナイフで受け止めるたびに体力が削られる。
 殴れるほどに近い距離で敢えて拳銃に拘るほど、小紅は素人ではない。
 拳銃は構えて、狙って、引き金を引くという動作が求められる。対して【槍手婆あ】の縞夜は白兵戦に適した得物を携えている。近接では五寸釘が、距離を開ければ手突き槍が一進一退を繰り返すしかない小紅を苦しめる。
 劇的な体力差。
 小紅の衣服がボロのように裂かれていく。
 ワゴンセールでまとめ買いした安物の衣服では有ったが、安月給の身分としては由々しき事態だ。
 予備弾倉を噛み縛って、剣呑な攻撃をひたすら凌ぐが、先ほどから何か引っ掛かる。……心に何か引っ掛かるのだ。
 いつもの残念な安物ファッションが切っ先で切り裂かれていくが肌には掻き瑕一つ負っていない。
 今までに何度、小紅自身が死を覚悟した瞬間が訪れただろう。だが、【槍手婆あ】の縞夜はその僅かな隙僅かな時間でさえも、衣服を切り裂くことに費やしている。
――――!
 表情……感情を表すという手段を持たないと思われていた、『婆あ』と呼ばれる土気色の美女は、小紅が衣服を剥がれて慄き上がる度に口角を少しずつ上げていく。
「好い加減にして!!」
 背後でイオリが叫ぶ。
 何ごとかと振り向きたかったが、目前の脅威から眼を背けるのは危険なのでできるだけ耳で状況を読もうと神経を割く。
「あんたはどうして!」
 怒り心頭のイオリ。酷い打撃でも受けたのか?
「私の首ならさっきも今もブチ抜けたでしょう!!」
 台詞が些か、不審。
「好い加減にしてよね! 美人なあんたに見せるほど、おおそれた物は持ってないわよ!」
 イオリともう1体が剣戟を繰り広げているのは確かだが、何やら理不尽な展開にイオリは血圧を上げているらしい。
 突如、風圧をまといながら襲い掛かるそれは攻撃でも移動でも防御でも待機でもなく、ただ、偶然に小紅の背中に当っただけだ。
「!」
 背中に触れる軽いそれを感じるや否や寒気を覚え、背後を敵に取られたと勘違いしたが……小紅の足元に落ちるそれを見ると、胆を冷やしただけに終わる。
 スカート。
 綺麗にホックとファスナーだけが破壊されたスカート。
 イオリの見慣れたチェック柄のミニスカート。
「ち、ちょっと! だから止めてって!」
 背後で起きる金属武器同士がぶつかり合う剣戟の激しい攻防はいつの間にか、イオリの静止を願う絶叫に塗り替えられる。
「……」
 会敵で交戦中に見えぬ背後で展開されている状況が完全に飲み込めない小紅は、更に悶々としたものを抱え始めた。
 仕事がオフであれば互いを求めることもある小紅とイオリ。
 とっくの昔に友達以上の関係を築いている相棒が背後で『善からぬ事態』に巻き込まれている。
 危険を振り切っても背後を見るべきか、目前の敵と継戦するかの漫画的シーソーが小紅の心中で踊り始めたときに……『先ほど感じた、心に引っ掛かるものの正体』を理解した。納得し、思い出し、『僅か』に筋が通ることを確認した。
「……美縁」
「はい!」
「コイツ……命懸けで遊んでるねぇ……」
「え?!」
 唐突に小紅は喋る。
 尻ポケットであり得るはずのない出番が訪れた美縁はあたふたとした口調で返答した。
「ほら、【槍手婆あ】って丑の刻参りの女を検めていたって」
「はい」
「詰まり、遣り手婆あ時代の性で女を引ん剥いて商品になる女かどうか検めていたんでしょ。で、元々霊脈の強い土地の力を借りて……思念体を媒介にして物理的に介入できる存在にな成った……そんなところでしょうね」
「つまり……それは……」
「そう。人間に……女を丸裸にするためなら手段は選ばないけどその手段を行使する上で邪魔なら『殺す』ということね」
 小紅は、突然肩をだらんと下げ、山菜掘りナイフを床に捨てる。
 銃口を先に向け【ヘルガ】を床に静かに置く。
 そして行う、突飛な行動……。
「小紅さん! 止めて下さい!」
「まあまあ。見てなさいな」
 美縁はバイブ機能を最大にして抗議する。
 【ヘルガ】に気をつけて、試着室で鼻歌交じりに着替えるのと全く同質の仕草で……衣服と下着を残らず脱ぎ捨てる。
 靴も靴下脱いで、眼鏡や髪をアップで止めているピンも外す。
 一糸纏わぬ小紅が腰に手を当てて、そこに立つ。
 肌理の細かい見事な肌を外気に露出させ、小玉のスイカに餅肌をコーティングしたような豊かな胸を誇らしげに揺らす。
 砂時計の括れを連想させる引き締まったウエストは、靭かな四肢の躍動を繋ぎ止めるべくデザインされた機能を思わせる。
 歯を立ててかぶり付きたくなる大きな水密桃の尻肉は典型的安産型を見せているが実際はハートを逆にした美しい形状を隠している。
 綺麗に剃り整えられている、頭髪より薄い色をした淡い翳りを被った秘めやかな部分の間から僅かに見える尻の白い肉。押し開いた上に舐め回して昇り立つ色香も深く吸い込みたくなる太腿。
 素晴らしい裸身。
 この薄暗い空間で、荒んだ空気が孕む空間で、死臭と埃が殺気で攪拌される異様な空間で……彼女は『魅せるために』、そこにニヒルな笑みを唇の端に浮かべて立っていた。
「ふふん。どや?」
 少し挑戦的で少し悪戯っぽい、キュートな笑顔。
 目前の【槍手婆あ】の縞夜はゼンマイの切れた人形のように、得物を携えたまま停止した。あたかも、その恰好をしたマネキンのように。
「え? え?」
 背後でイオリは突然停止する相手の攻撃に拍子抜けした。
 互いの得物が衝突する寸前のことだ。
 イオリは無表情で死臭を纏う黒髪美人がこちらを見ていないのに気づき、背後をみずに警戒をしながら小紅に声を掛けた。
「小紅……こいつら……」
「どや! 私の体に五寸釘を打たれたか!」
 小紅自身は巧い事言ったと大きな胸を若干反らした。
 背後をみていないイオリには何のことか理解できない。
「イオリぃ。こいつらの目的は私達を裸にすることだよ。だったら裸になった。で、こいつら、目的が『半分』達成されたんで活動を一時停止」
 何の情報も得ていない、理詰めで問題が解決できないイオリには何をいっているのか解らなかったが、突如彼女の背後でガタンと大きな物音がしたときは小紅が攻撃を受けたのだと思い、目前で停止する敵にも構わず後ろを振り向いた。
「……え?」
 アドレナリンが覚めていないイオリにはそれがスローモーションに見えた。
 ガタンッ。
 大きく勢い良く、柔らかい入り口が露出するのも構わずに床板を踏んだ小紅。
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