御旗を基に
鉄英一党は結局、朝方まで宴会だ。
鉄英以外の全員は流石に元リーダーだの大幹部だので組織運営に慣れていたのか、喫茶店を襲撃したことはおくびにも出さなかった。
『備品扱い』の銃火器も丁寧に残った弾薬と揃えて鉄英に提出して管理を任せた。
蟻の一穴が組織を瓦解させる原因だということを骨身に染みて理解しているのだ。だから、普段は連中は自前の火器で武装している。結成して日が浅過ぎるチームにしては協力的で助かる。
元々、【首狩瀑布】を倒すためなら、悪魔でも何でも契約を交わしてやると普段から意気込んでいた連中なので、【首狩瀑布】を打倒するに到る明確なプランを提示してやれば、借りてきた猫のように大人しく、飼い慣らした牧羊犬より従順だ。
行動は粗暴でも自分の立場とその責任を与えられれば誰でも一定以上の働きをする。
口が悪く何かと喧嘩腰な連中ばかりだが、人間の言語を理解するだけ、サファリパークの猛獣よりは付き合いやすい。
連中にはほとぼりが冷めるまで目立つ動きはするなと伝え、宴会場の居酒屋を去った。
ふにゃふにゃと可愛らしく酔いながら眠そうな目をこする鉄英にその場にいた全員が色欲まる出しのニヤケ顔だったが、猪口2杯で出来上がり寸前の鉄英には、威厳を保てるだけの台詞を吐くので精一杯だった。
……が、鉄英自身は皆が性的な目で自分を見ていたとは微塵も思っていない。
正確には、皆の目つきまで判断出来る状態ではなかったのだ。
彼女が彼らの輪姦されなかったのは、彼らに何かしらの箍が働いたからだろうが、それも彼らなりの敬意だろうか。
その日は痛くて重い頭を抱えながら金策に翻弄した。
インゴットや高級車を清水一意に頼んで小分けにして運搬するように手筈を整え、贔屓にしているヤード以外にも地下銀行を何件も廻ってクリーニングが終了した現金を引き降ろした。
降ろした金の一部でクリーニング前の貴金属を買って、いつでも持ち出せるように容積を小さくする。
仮に一億円の現金があったとしても、相当な重量のそれを軽々と持ち運んで怪しまれずに往来を歩くことは難しい。
『一億円分相当の宝石』ならば、運搬の手間も掛らず隠蔽するのに手頃な大きさになる。
この貴金属は鉄英の逃走資金ではない。
チームの活動資金であり、メンバーの逃走資金だ。
自分一人が【首狩瀑布】と刺し違えて終幕なら問題ないが、残念ながらメンバー全員が同じ覚悟だ。ならば、首魁の弦屋正秋を仕留めるまで生き永らえることを考えるだろう。
万が一の最悪が到来した折にこの貴金属を換金してクリーニングし、その間にメンバーを逃走させ、それぞれに与えた地下銀行の口座から引き出して使わせるつもりだ。
ここまで考えるのが、真桐鉄英だ。
自分のことだけしか考えられない狎れ合いの仲良しチームのリーダーではない。
一つの集まりの長になるからには末端の安全も確保する義務が生じる。
皮肉にも鉄英が嫌って仕方がない家族に深層心理レベルで経営学を植えつけられていたようだ。
【紺兵党】を率いていた頃もただのカリスマ性だけではなかった。
集団を組織し運営し兵站する能力と知識がなければ、そして計らずともそれを揮うだけの手腕がなければ小さいとはいえ少人数で一つの地区を統治するのは無理な話だったろう。
最終的に大きな外圧で潰されたとしても、それを『想定外の出来事』で片付けない鉄英。
名前のない鉄英の即席チームは連戦に暮れた。
勝率は9勝6敗。鉄英の欺瞞工作が絡んだ勝率だ。勝てる戦いを捨てることもある。9勝6敗という中途半端な勝率にポイントがあるのだ。
【首狩瀑布】の本陣を刺激させずにジワジワと真綿で締めるような消耗を強いる作戦だ。
圧倒的に連続勝利だけを収め続けたのでは【首狩瀑布】が表立って活動を活性化させてことらの行動範囲を狭められたのでは本末転倒だからだ。
【首狩瀑布】とて無能の集団ではない。突如として現れた姿の見えない抵抗勢力を追うのに、馴染みの情報屋を総動員していた。
それ以上に鉄英は情報屋に金をばら撒き、偽情報や逆情報を流布させていた。逆手にとって、【首狩瀑布】御用達の情報屋から【首狩瀑布】の動向を買い取ることもしばしばだった。
※ ※ ※
「ネタが捉まらねぇってな納得いかねぇなぁ」
弦屋正秋が顔がすっかり入れ替わった各地区の連絡員の悪人面を並べて顎を掻いた。
このところの散発的な抵抗に構成員が15人も脱落した。
命を落とした者や重傷で動けない者、警官に捕らわれた者。
大急ぎで人員の補充を図っている最中だが、使えそうな『タマ』が皆無で【首狩瀑布】の質自体が低下しつつある。
いつもの定食屋【たつみ屋】でコロッケ定食を搔っ込みながら、頭を働かせているが、敵が『見えない』。
それに【紺兵党】の生き残りの女というのも『どうなったのか、情報が少ない』。
鉄英の欺瞞工作に嵌った弦屋正秋は正体不明の抵抗チームと孤軍奮闘中の真桐鉄英が頭の中で、完全に繋がっていない。寧ろ別勢力だと認識している。
コロッケ定食をヤカンからコップに注いだ冷えた麦茶で胃袋の奥に押し込む。
総勢35名に低下した【首狩瀑布】の戦力では外部からの干渉もそろそろ懸案事項として取り入れなければならない。
他者の追随を許さない電撃作戦で連戦連勝を飾ることができたのは、士気と練度の高い構成員が『横の繋がり』を重んじ、尚且つ情報を並列化させたからだ。
コロッケ定食を食べ終えた直後、思考が巡らない頭に嫌気が差して思わず割り箸を指の力だけでへし折ってしまう。
「ブラフを撒きましょう」
「ああ?」
今まで無言だった樋川晃が突如として口を開いた。
「【首狩瀑布】が弱体して末期であると、それを本物の情報と装って『偽の偽情報』をばら撒きましょう」
「それで効果は期待できるか? ……解ってるよ。多分成功するだろうな。だがよ」
「勿論です……」
樋川晃が弦屋正秋の言葉を制して言う。
「他の地区からも漁夫の利を得ようと幾つものチームが流れ込んで群雄割拠が始まるでしょう。ですが、『将軍』が健在ならば時間を掛ければ再起できます」
「……」
「今は反抗勢力を潰すことだけに集中しましょう」
「……樋川。お前ぇがその考えに到った経緯は?」
樋川晃は弦屋正秋に射殺すような視線を浴びせられたが涼しい顔で答えた。
「この界隈で勝利するには情報が武器です。敵がどんなチームであっても、敵が【紺兵党】の生き残りでも必ず最後には情報による撹乱が鍵になります……我々と戦うつもりならば尚一層、情報戦を重要視するでしょう」
「だけどよぉ、街の情報屋は……」
弦屋正秋は口を尖らせて不服を突き出す。
尚も揺るがない樋川晃。
「我々が考えつく作戦は敵も実行していると考えたほうが裏を掻きやすいです」
腕を組んで尚も凶相を樋川晃に叩きつける弦屋正秋。
「なぁ、樋川。お前ぇの言う根拠には『根拠が無ぇんだ』。ソイツが納得いかねぇなぁ」
「根拠ならあります」
「ほう?」
「我々がこの街に乗り込んで数多のチームを潰してきましたが、強固な抵抗を続けていたリーダー格たちは、去るどころか、急接近して『呑み会を開いています』」
樋川晃の全問正解の答案用紙を突きつけるような顔。
それは、思い返せば放置していた問題点だった。……重要度が低いから放置していた問題だった。
鉄英以外の全員は流石に元リーダーだの大幹部だので組織運営に慣れていたのか、喫茶店を襲撃したことはおくびにも出さなかった。
『備品扱い』の銃火器も丁寧に残った弾薬と揃えて鉄英に提出して管理を任せた。
蟻の一穴が組織を瓦解させる原因だということを骨身に染みて理解しているのだ。だから、普段は連中は自前の火器で武装している。結成して日が浅過ぎるチームにしては協力的で助かる。
元々、【首狩瀑布】を倒すためなら、悪魔でも何でも契約を交わしてやると普段から意気込んでいた連中なので、【首狩瀑布】を打倒するに到る明確なプランを提示してやれば、借りてきた猫のように大人しく、飼い慣らした牧羊犬より従順だ。
行動は粗暴でも自分の立場とその責任を与えられれば誰でも一定以上の働きをする。
口が悪く何かと喧嘩腰な連中ばかりだが、人間の言語を理解するだけ、サファリパークの猛獣よりは付き合いやすい。
連中にはほとぼりが冷めるまで目立つ動きはするなと伝え、宴会場の居酒屋を去った。
ふにゃふにゃと可愛らしく酔いながら眠そうな目をこする鉄英にその場にいた全員が色欲まる出しのニヤケ顔だったが、猪口2杯で出来上がり寸前の鉄英には、威厳を保てるだけの台詞を吐くので精一杯だった。
……が、鉄英自身は皆が性的な目で自分を見ていたとは微塵も思っていない。
正確には、皆の目つきまで判断出来る状態ではなかったのだ。
彼女が彼らの輪姦されなかったのは、彼らに何かしらの箍が働いたからだろうが、それも彼らなりの敬意だろうか。
その日は痛くて重い頭を抱えながら金策に翻弄した。
インゴットや高級車を清水一意に頼んで小分けにして運搬するように手筈を整え、贔屓にしているヤード以外にも地下銀行を何件も廻ってクリーニングが終了した現金を引き降ろした。
降ろした金の一部でクリーニング前の貴金属を買って、いつでも持ち出せるように容積を小さくする。
仮に一億円の現金があったとしても、相当な重量のそれを軽々と持ち運んで怪しまれずに往来を歩くことは難しい。
『一億円分相当の宝石』ならば、運搬の手間も掛らず隠蔽するのに手頃な大きさになる。
この貴金属は鉄英の逃走資金ではない。
チームの活動資金であり、メンバーの逃走資金だ。
自分一人が【首狩瀑布】と刺し違えて終幕なら問題ないが、残念ながらメンバー全員が同じ覚悟だ。ならば、首魁の弦屋正秋を仕留めるまで生き永らえることを考えるだろう。
万が一の最悪が到来した折にこの貴金属を換金してクリーニングし、その間にメンバーを逃走させ、それぞれに与えた地下銀行の口座から引き出して使わせるつもりだ。
ここまで考えるのが、真桐鉄英だ。
自分のことだけしか考えられない狎れ合いの仲良しチームのリーダーではない。
一つの集まりの長になるからには末端の安全も確保する義務が生じる。
皮肉にも鉄英が嫌って仕方がない家族に深層心理レベルで経営学を植えつけられていたようだ。
【紺兵党】を率いていた頃もただのカリスマ性だけではなかった。
集団を組織し運営し兵站する能力と知識がなければ、そして計らずともそれを揮うだけの手腕がなければ小さいとはいえ少人数で一つの地区を統治するのは無理な話だったろう。
最終的に大きな外圧で潰されたとしても、それを『想定外の出来事』で片付けない鉄英。
名前のない鉄英の即席チームは連戦に暮れた。
勝率は9勝6敗。鉄英の欺瞞工作が絡んだ勝率だ。勝てる戦いを捨てることもある。9勝6敗という中途半端な勝率にポイントがあるのだ。
【首狩瀑布】の本陣を刺激させずにジワジワと真綿で締めるような消耗を強いる作戦だ。
圧倒的に連続勝利だけを収め続けたのでは【首狩瀑布】が表立って活動を活性化させてことらの行動範囲を狭められたのでは本末転倒だからだ。
【首狩瀑布】とて無能の集団ではない。突如として現れた姿の見えない抵抗勢力を追うのに、馴染みの情報屋を総動員していた。
それ以上に鉄英は情報屋に金をばら撒き、偽情報や逆情報を流布させていた。逆手にとって、【首狩瀑布】御用達の情報屋から【首狩瀑布】の動向を買い取ることもしばしばだった。
※ ※ ※
「ネタが捉まらねぇってな納得いかねぇなぁ」
弦屋正秋が顔がすっかり入れ替わった各地区の連絡員の悪人面を並べて顎を掻いた。
このところの散発的な抵抗に構成員が15人も脱落した。
命を落とした者や重傷で動けない者、警官に捕らわれた者。
大急ぎで人員の補充を図っている最中だが、使えそうな『タマ』が皆無で【首狩瀑布】の質自体が低下しつつある。
いつもの定食屋【たつみ屋】でコロッケ定食を搔っ込みながら、頭を働かせているが、敵が『見えない』。
それに【紺兵党】の生き残りの女というのも『どうなったのか、情報が少ない』。
鉄英の欺瞞工作に嵌った弦屋正秋は正体不明の抵抗チームと孤軍奮闘中の真桐鉄英が頭の中で、完全に繋がっていない。寧ろ別勢力だと認識している。
コロッケ定食をヤカンからコップに注いだ冷えた麦茶で胃袋の奥に押し込む。
総勢35名に低下した【首狩瀑布】の戦力では外部からの干渉もそろそろ懸案事項として取り入れなければならない。
他者の追随を許さない電撃作戦で連戦連勝を飾ることができたのは、士気と練度の高い構成員が『横の繋がり』を重んじ、尚且つ情報を並列化させたからだ。
コロッケ定食を食べ終えた直後、思考が巡らない頭に嫌気が差して思わず割り箸を指の力だけでへし折ってしまう。
「ブラフを撒きましょう」
「ああ?」
今まで無言だった樋川晃が突如として口を開いた。
「【首狩瀑布】が弱体して末期であると、それを本物の情報と装って『偽の偽情報』をばら撒きましょう」
「それで効果は期待できるか? ……解ってるよ。多分成功するだろうな。だがよ」
「勿論です……」
樋川晃が弦屋正秋の言葉を制して言う。
「他の地区からも漁夫の利を得ようと幾つものチームが流れ込んで群雄割拠が始まるでしょう。ですが、『将軍』が健在ならば時間を掛ければ再起できます」
「……」
「今は反抗勢力を潰すことだけに集中しましょう」
「……樋川。お前ぇがその考えに到った経緯は?」
樋川晃は弦屋正秋に射殺すような視線を浴びせられたが涼しい顔で答えた。
「この界隈で勝利するには情報が武器です。敵がどんなチームであっても、敵が【紺兵党】の生き残りでも必ず最後には情報による撹乱が鍵になります……我々と戦うつもりならば尚一層、情報戦を重要視するでしょう」
「だけどよぉ、街の情報屋は……」
弦屋正秋は口を尖らせて不服を突き出す。
尚も揺るがない樋川晃。
「我々が考えつく作戦は敵も実行していると考えたほうが裏を掻きやすいです」
腕を組んで尚も凶相を樋川晃に叩きつける弦屋正秋。
「なぁ、樋川。お前ぇの言う根拠には『根拠が無ぇんだ』。ソイツが納得いかねぇなぁ」
「根拠ならあります」
「ほう?」
「我々がこの街に乗り込んで数多のチームを潰してきましたが、強固な抵抗を続けていたリーダー格たちは、去るどころか、急接近して『呑み会を開いています』」
樋川晃の全問正解の答案用紙を突きつけるような顔。
それは、思い返せば放置していた問題点だった。……重要度が低いから放置していた問題だった。
