御旗を基に

 大人しくし過ぎて、反撃の余地が見付からない。短機関銃が唸ったのと同時に反射的にスターモデルMDを右脇から引き摺り出したが、ズッコケたお陰で反撃の合図が出せなかった。
 結果的に窓から飛び込んできた銃弾で頭を撃ち抜かれる事態には到らなかった。
 だが、手勢11人の内、4人は目の前でボロキレのように体を銃弾を叩きつけられて弾痕からドクドクとドス黒い血液を溢れ出させている。恐らく長くは生きられない。
 裏手から逃げようとした勘の良い奴が3人ほどいたようだが、怒声と45口径が重なった喧しい数秒間が過ぎるとピタリと銃撃戦が止んだ。
 ガラスや建材が頭から降り注ぐ中、床を、踏み潰された蛙のような恰好で這いながら加瀬肇は携帯電話を引っ張り出してしかるべきダイヤルを呼び出す。勿論、【首狩瀑布】大代表の弦屋正秋に救援の電話をかけるためだ。
「!」
 呼び出し音が鳴り始めたとき、目前50cmに、ロシア軍のF1手榴弾が転がってくる。顔を引き攣らせる間もなく、「安全ピンが抜けてる。レバーは?」と現実逃避な思考が巡る。
 轟音。
 ハリウッドが戦争映画で見せる派手なプロップ的爆発ではなく、ただ、小さな爆薬が直径5mm四方の鉄片を秒速7kmで半径20mに撒き散らしただけの小さな爆発。
 半径30m以内ならば鼓膜を激しく損傷して爆圧で内蔵を攪拌される、死に切れない損害を受ける程度の爆発だ。
 勿論の事、目前50cmでそれが炸裂した加瀬肇の生命など風前の灯とうより、アフターバーナーの前に立てられた6分の1スケールPVC塗装フィギュアのごとく跡形もなく吹き飛ばされる。
 まともに爆風と破片を受け過ぎたので頭部から肩の上部までが消失してしまっている。
 続けざまに放り込まれる手榴弾。
 喫茶店の構え自体が激しく軋んで屋台骨まで罅が入る。改装より新築工事が必要だ。
 喫茶店内部では虫の息の生存者を確認するより、まともな形を留めた死体を捜す方が簡単だった。



「チョロイチョロイ」
「簡単過ぎて骨がねぇ。連荘、いっとく?」
「ばーか。お前のジツリキじゃねぇだろ」
 喫茶店の向かいの空き店舗前に違法駐車されている自動車の列の陰で8人の青年は軽口を叩く。
 いずれもアメカジ気触れのファッションに身を包んだストリートギャングといった風体だ。
 手にはサプレッサー付きイングラムやら33連弾倉を叩き込んだグロック17を持っている。
「『俺たちのシマ』を荒らした罰だ!」
「何カッコ付けてんだよ!」
 8人はかねてからの手筈通りに二手に分かれて退散した。
 とある午後10時の、とある喫茶店での出来事。
「ヘラヘラしてんじゃないよ」
「!」
「!」
 二手に分かれた内の一団に足音を殺して走り寄る小さな影。
 襲撃した連中も品のない笑いを撒き散らしてはいたが、足はしっかりと駆けていた。その男たちの逃げ足に追いつく若い女の声。
「お。姐さん」
「おつかれっす!」
 彼らに慕われている女性こそが鉄英だ。
「この先はサツが張ってる。付いておいで! 違う逃げ道を教えるから!」
 軽い足取りであっという間に集団の先頭に上がると、黴臭い狭い路地を何度も曲がる。
 表通りに出ると、息を整えながら、あらかじめ用意しておいた逃走用のバンに乗り込み何食わぬ顔でエンジンを掛ける。
 これが今の鉄英の『傘下』だ。
 全員、何処かのチームのリーダーか大幹部だった連中。
 【首狩瀑布】にチームを乗っ取られたり、武力で壊滅させられて恨みが積もりに積もって、早まった考えを起そうとしていたところを鉄英が『スカウト』し、アルファロメオを売り捌いた金で雇った。
 連中が持っている火器もアルファロメオの金額の一部で買った物だ。
 志を同じくした者……そのように触れ込んだのに今では鉄英は年上からも『姐さん』と慕われている。


「で。首尾は? 会計」
 港湾地区の開発区域に有る資材倉庫――大型ガレージにプレハブの壁と屋根が付いた程度――で、喫茶店を襲撃した全員が合流すると、エンジンを切ったバンに凭れたまま、鉄英は会計と呼ばれた青年を見た。
 勿論、役職を渾名としただけのものだ。
 会計以外にも書記と庶務が居る。
 この即席チームでは結成するに当たり、最初に鉄英を長として年功序列に番号を与え、それから能力に応じて番号に関わらず、書記・会計・庶務の役職を与えた。
 小集団をできる限りシステマチックに運営するために全員に責任感を求められる役柄と、その所在をはっきりとさせた。
 それぞれの役職にも第2、第3と席を作ってある。現在のその役職が脱落した場合、番号が繰り上がるのだ。
 会計といっても全ての財政を担うわけではない。
 帳面上の出納を皆の前で鉄英と同時に読み上げて、帳簿を皆に見せて鉄英一人が潤沢な資金を独り占めしていない証拠を見せるためだ。
 金品で急造した即席集団なので現金の力は偉大だ。長く付き合うつもりのない集団でも、手を組んでいるうちは一枚岩に近い結束を維持するのが重要課題である。
 全ての庶務の手伝いもあって消費した弾薬を算出し、鉄英と会計が別々に手にした帳面に記入する。
「いい? せーの」
 の、合図でA4のレポート用紙に黒いマジックで書いた数字を照らし合わせる。
 鉄英も会計もイングラムの弾倉半分程度のズレで計算が大方合致する。その程度の誤差は問題無い。
 金の出どころは鉄英の『打ち出の小槌』でも、その金は打倒【首狩瀑布】のためにある資金であるという印象を強く持たせるための『演出』だ。
 鉄英の打倒【首狩瀑布】という計算は、何一つブレていない。ブレているのは自分が進むべき路だけだ。
 打倒【首狩瀑布】にかける意気込みも、誰かに自分を止めて欲しいという欲求も同等の力で拮抗している。
「はいはい。みんなお疲れー。解散」
「呑みに行きませんか?」
「馬鹿いってないで今日は早く帰ってゆっくり寝てちょうだい! 今はテンションが高いから目が冴えてるだけよ。脳内麻薬が下がってきたら明日辺りに酷いだるさを覚えるから。ね、早く寝てね?」
 小さな子供を諭す母親の気分だ。
 連中は嘗てのリーダーや大幹部というだけあって、チームが生き残る雰囲気や機運を読み取る力が少なからずある。
 ゆえに、自分たちを手際良く治めてくれる自分以上の格を持った人間には年上であっても従う。
 当初は試すつもりで鉄英を敬うポーズをしていただけの連中も組織のあるべき姿を理想論ではなく現実主義を交えて理論で証明する彼女に惹かれている。
 その絶頂が、山のような武器を見せられてしばらく行動に困らない金額をみせられたときだ。
 更に彼らを感動させたのは、今夜の喫茶店襲撃で呆気ない勝利を収める計画を聞かされて、実行し、ドミノを倒すように順調に始終したときだ。
 尚も呑みに行こうと食い下がる連中。
 こんな連中に「彼方たち、二十歳未満でしょ?」とか「宴会気分は自重なさい!」とか説いても結局無駄に終わり、情報屋に偽情報――「ここに鉄英一党は居ない」――を売り渡して安全を図った地区にまで繰り出して、舐める程度の飲酒で全員の高揚した気分が酒であやふやになるのを待った。


「頭痛い」
 翌日、酒に弱い体質の鉄英はスポーツ飲料をがぶ飲みしながらコメカミを押していた。
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