御旗を基に

  ※ ※ ※
――――遠いな……。
 鉄英は荒い息を整えながら、夕暮れの中、コンビナートの廃棄地区で吼える銃火を数えていた。
 鉄英が掻き集めた急造のチームは無名。金や酒や薬物で釣っただけの無能集団。……総勢5名。
 対して、敵のチームは7人。
 それも統制が取れた行動を崩さない。火力では僅かに劣るが、それ以上の大きな壁が戦況を悪化させる。
 ……それは鉄英も充分に理解している。だが、この襲撃は武力偵察の一環と共に微小な打撃を繰り返して与えて足元からの瓦解を計る戦術であることを忘れない。
 ベレッタM84のマガジンキャッチを押して弾倉を抜く。
 素早く残弾を確認すると再びマグウェルに叩き込む。なんだかんだの末に【田巻銃砲店】の店主が手に縒りをかけてオーバーホールしてくれた逸品だ。
「……」
 膠着。
 威勢よく銃火が迸る鉄火場ではあるが、双方共に決定打は皆無。
 この『喧嘩』が始まってから敵チームに援軍が到着する気配はない。
 舐められているのか、運良く、敵チーム全員が携帯電話を所持していないのか?
 廃材や放置されたリフトの陰から銃口だけを覗かせて無駄弾を吐き散らす双方。
 鉄英も牽制射撃を送るが、仲間は誰一人乗ってこない。
 敵チームの練度が高い証拠は、こちらが膠着させられたままで、敵はこちらの誰もが気付かない早さで戦線をジワジワと押し上げていることだ。
 「遠いな」という鉄英の発言は、「敵勢力を叩きのめすにはレベルが必要だ」ということを指している。
 作りたくもない一人舞台を作らねば偵察どころか、打撃にもなりはしない。
 軽く息を吸い込んだ鉄英は射線が重なるフィールドに飛び出す。
 仲間の腕前を考慮すればフレンドリーファイヤーの恐れもあるが、至近距離まで戦線を押し上げられるよりはマシだった。
 12m先にいる回転式を持つ1人を仕留めるのに9mmショートを4発も消費した。それも跳弾が2発命中してのラッキーパンチだ。
 ……引き換えに手勢を2人も失った。負傷ではなく、腹部や胸部に複数発命中しての致命傷だ。
 敵チーム……【首狩瀑布】の末端がこれだけの手練だとは! と、驚愕はしなかった。
 連中のヒエラルキーは腕前ではない。年功序列でも形のないカリスマ性でもな無い。
 連中は限りなく平らなヒエラルキーで戦力を平坦化しコンスタントに実力が発揮できるように訓練されている。
 10の力で大仕事を1つ片付けるより、7の力で3つの普通の仕事を片付けることを主眼として教育されている。戦力の並列化が連中の強みだ。
 ベレッタM84が次々と空薬莢を弾き出す。有効打を与えられぬ。敵に犠牲者はなかなか出ない。
 意志のある鉄英でこれなのだから、彼女に掻き集められた海千山千はまともに働いてくれるはずがない。
 今し方も背中を見せて遁走を計った味方の1人が敵に後頭部を撃ち抜かれて絶命する。
 散発的な発砲で距離を稼ぐ鉄英。気が付けば鉄英側の陣営は全滅。実に呆気ないものだ。
 どいつもこいつも逃げ出そうとして背中から撃たれている。
 武力偵察という一応の目的は果たしたので鉄英を包囲する陣形が完成するまでに彼女は後退りを始めた。
「!」
――――援軍!
 彼女が退路として確保していたルートの幾つかから砂利を踏む複数の足音が聞こえてくる。
 先程まで交戦していた戦線の距離は25m。退路側から侵入する勢力の先頭まで目算で40m。
 退路側の総数は5人程度。ことごとく退路を逆行してくるので気軽に飛び込めない。
 鉄英とて、拳銃があれば無敵のハリウッドスターではない。ただの『拳銃での喧嘩』に慣れているだけの普通の人間だ。
 どの退路を通っても遭遇戦は免れない。その間に背後から挟撃を仕掛けられれば一巻の終わり。
――――だったら……。
 鉄英は逆の心理を突くことに賭けた。
 殺すついもりでやってくる退路の戦力より、援軍が追い立ててくれるときが緩んでいるはずの矢面の連中に向かって突き進んだ。
 遮蔽物を伝いながら射線上をジグザグに移動。中央から突き抜ける。
 小癪にも口径が統一された銃火が鉄英の後を縫うように追い駆けてくる。
 鉄英も遮蔽物の陰に頭から飛び込んで間髪入れずに2本目の弾倉を叩き込む。スライドリリースレバーを押し下げると後退していたスライドが軽快な金属音を立てて前進し、薬室に実包を送り込む。掌から伝わるその感触で自分はまだ健在であることを実感する。
 不意に……。
 5m先の目前に飛び出してきた2人に2発ずつ、熱く焼けた9mmを叩き込む。
 視界の端で胸部に9mmに痕を付けられた2人を見る。
 人相こそは悪いが二十歳にも満たない顔付きだ。放り出された拳銃は何れもコルトM1911A1、あるいはガバクローン。
 2人とも、後腰に13インチと思われる12番口径シングルショットピストルをベルトに差していたが、ガバと揃って馬鹿な2挺撃ちをしないだけの知識はあるらしい。
 平凡な中折れ式12番口径のシングルショットピストル。
 それが【首狩瀑布】のトレードマークだ。
 体格や趣味に合っていようがいまいが、必ず構成員はそれを手渡される。
 メーカーやモデルは様々だが、銃身の上面には【首狩瀑布】の名前が楷書体でエッチングされている。1つのカラーに集った嘗ての【紺兵党】宜しく、結束を図るためのアイテムとして12番口径のシングルショットピストルが選ばれているのだ。
 傍目から観れば大袈裟に傾いた、飾り物以上の役目を果たすのか否か疑わしいが、少なくとも【首狩瀑布】の首魁である弦屋正秋は銃身長がこれと同じ銃身長のソウドオフショットガンの名手であることは確かだとの噂だ。
「邪魔!」
 走りながらの発砲。碌な照準ではない。
 標的を瞬間だけ足止めする効果以外はない。虚しく宙を舞う空薬莢。
 夕陽が落ちる黄昏時に連中が発砲する45口径はマズルリングが美しく映えて、小さな打ち上げ花火が連なっている様子に似ていた。
 切れ間なく轟く銃声は鉄英の9mmショートより頼もしく力強い咆哮だ。
 弾倉を1本交換するまでにさらに2人を屠る。……屠るという表現は正しくないかもしれない。精々、『当面の間、動けないだけの重傷を負わせた』といったところか。
 9mmショートのエネルギーでは1発で成人の命を奪うのは難しい。
 被弾した精神的ショックで心臓麻痺でも起さない限り即死はありえない。
 5mの距離で頭部に被弾しても心臓が停止するのは約1時間後だ。後頭部から小脳を破壊しても運動を司る神経が遮断されるだけで、即座に確実な死を提供できるかどうかは保証できない。
 実際に右脳を44マグナムで吹き飛ばされた男性が高度な手術と懸命なリハビリの結果、2年後に社会復帰して後遺症も殆ど残らずに生活している例も報告されている。
 兎に角、戦線の離脱。手勢が全滅した今、離脱して体勢を立て直してすぐに今回と同じゲリラ活動を行う必要がある。
 そうでなければ1人分の戦力で武力偵察をした意味がない。1人という最小単位で50倍の戦力と戦うには、多数の勢力が波状攻撃を仕掛けているというブラフを仕掛けるのも手段の一つだ。
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