御旗を基に

 重厚でスマートな物腰。慇懃な台詞。
 危険度や形振りも考えず自転車の束から立ち上がり、声の主を見る。
「清水さん!」
 いつものスーツ姿に200連発弾倉を装備したミニミ軽機関銃を腰溜めにしている清水一意が軽く会釈した。
 相変わらずの無表情とテノールな声色がイメージを裏切らない。
 清水一意の足元には空薬莢と給弾ベルトのリンクが無数に転がっている。
「……」
 首を反対に回して『彼の戦果』を確認する。
 5.56mm弾に満遍なく全身に弾痕を穿かれた死体が3つ転がっている。流石、米軍が正式採用する軽機関銃である。制圧力以前に銃弾1発当りの破壊力が桁違いだ。
「清水さん……どうして?」
「……無礼を承知で助太刀させていただきました。何しろ、総裁からの命令ですので。鉄英様の毎日を『いつも通りに総裁にお伝えしていた』ところ、早く助力せよとのことで……」
 形容し難い複雑な感情が腹の底でぐちゃぐちゃと掻き混ぜられる。
 未練も何も無くスッキリと楽になれたかも知れないチャンスをまたしても逃した。
 悔しい反面、まだ死ぬときではないと『どこかで誰かが何かを使って』助けてくれたのかもしれない。
 日本は八百万の神の国だ。『悟りを開いて最期を迎える美少女』を守る神様もいるに違いない。
「助力せよとのことでしたが、財閥の力を盾に取るわけも行かず、忸怩ながら私1人で参戦しました」
 清水一意の言わんとしていることは解る。
 清水一意は鉄英を助けるためだけに貧乏籤を引かされたのだ。
 ババ引きで差し出されたジョーカーを進んで引いた可能性もあるが、言葉の端や仕草に感情というものを表さない清水一意を外見だけで思考をプロファイリングすることは難しい。
 実家に所属する、都合の良い使い捨ての番犬になりさがり、それを生業とする男だ。
 簡単に真意を掴ませる真似はしない。
「お嬢様、僭越ながら申し上げます」
「何かあるの?」
「私が『買い戻した情報』によりますと、間もなく、この商店街一帯は件の【首狩瀑布】なる無法者の集団との銃撃が展開される予定です」
「!」
 引火した導火線を発見したような顔で清水一意に視線を向ける鉄英。
「な?」
「『この件は財閥の人間は一切関わっていなかった』と処理される予定ですので、誰も助太刀は参上致しませんし、『圏外の緘口令』は敷かれていません。存分に大暴れ下さいませ。ただ……」
「? ただ?」
「『清水家の者が一人行方不明』だそうです。どこで何をしているか……全く分かりません」
 彼女は彼のその言葉に優しい苦笑いを浮かべた。
――――手間を掛けさせるね。ごめんね。
 彼が独りでここに来た。
 圏外の緘口令……メディアに顔が暴露しても誰も社会的地位を救済してくれないということを意味する。
 鉄英とて至れり尽くせりな財閥の力で都合よく全てを揉み消してもらおうと思っていなかっただけに清水一意の一言にはカチンときた。彼にではなく、彼の家の背後にいる大元締め……彼女の実家の家長に対して。
「あ、そう。それは嬉しい報告ね」
 清水一意の助太刀も余計なお世話と思いたい反面、それ以上に余計なお世話の神様が拾わせてくれた命だからもう少し生きてみようと改めた。
「お嬢様。失礼ですが、弾薬は足りていますか?」
「……アパートから殆ど持ってきた。200発くらい。それが?」
「敵の戦力は30名以上40名以下。事前に得た情報ですと、首魁を始め、いずれも一騎当千の猛者揃いだとか。無駄な弾薬は使えません」
「清水さんはマシンガンだけ?」
「いえ、スーツの下に自動拳銃を1挺所持しております。それ以外に手榴弾が3個です」
 返事をする代わりに肩を竦めて口笛を吹く鉄英。
「会敵までの予想時間は?」
「……マイナス5秒というところでしょうか?」
 清水一意の視線が涼しいながらも、鉄英の肩越しの向こうを見たまま動いていない。
 清水一意の眼前70mの辺りから堂々と練り歩いてくる【首狩瀑布】の首魁・弦屋正秋。
 忘れようもない忌々しい顔つきは何一つ変わっていないので安心した。心置きなくブチ殺せる。
「弦屋は『囮』よ」
「はい。先程から物陰で『チラチラと虫が飛んでいます』」
 虫。
 それは鉄英も視認していた。
 店舗群の裏路地を走る多数の足音や空き店舗の屋内に人影が写る。
 2人を包囲する戦線が形成されつつある。
「首魁はお嬢様が仕留めなければ意味がないことを忘れないで下さい」
「……解ってる」
 一々、五月蝿い。お爺様の番犬のくせに。隠しごとがお上手な紳士さまで。
 様々な悪態が鉄英の脳裏を瞬間的に埋め尽くすほどイラついていた。
 どうもこの怒りやイラつきは『弦屋正秋の顔面に9mmを叩き込まないと鎮まりそうに無い』。
「清水さん! 『癇癪球』!」
「は!」
 清水一意は呼吸を合わせたように鉄英の差し出した手にM67手榴弾を手渡す。
 右手にしっかり握り、安全ピンに左手の人差し指を通して思いっきり引っ張る。キンという涼しい音。
 右手の人差し指で安全レバーを弾く。
 瞬間、掌の中で撃鉄が信管を叩く僅かな震動を感じる。
 大きなモーションで、大きな仰角で手榴弾を投擲する。着弾点は路地へ折れる店舗の間の通路。
 その隙を援護すべく、清水一意が円周を書く動作で周囲に銃弾をばら撒く。
 耳を劈く大音響。
 金切り声を上げるミニミ。
 勿論、これらで全てが片付くとは思っていない。開始を報せる打ち上げ花火だ。
 2人とも牽制射撃を行いながら二手に分かれ、左右の店舗の裏路地へ飛び込んだ。弦屋正秋の姿は確認していない。『ミニミの撒き散らした銃弾でも伏せなかった』豪胆の持ち主だ、必ずまともに最前線まで出張ってくる。
 鉄英は左手に予備弾倉を2本握って、右手だけで9mmショートのリコイルを抑え込んでいた。
 1つの標的に発砲する際は必ずダブルタップ。確実な無力化を期待するためではなく、確実な被弾を拵えるために命中する確率を上げている。
 いかに連中が訓練されているとしても被弾した際の精神的沈静暗示を施す訓練は受けていないだろう。所詮、訓練されていると言っても戦闘訓練と戦闘区域でのコミュニケーション止まりだ。
 お決まりのガバクローンが見えるたびに怯まずダブルタップ。
 連中はチキンレース的タイマン勝負だと揃ってダブルハンドでガバクローンを握り、視界に射線を捉えてから発砲するので僅かなラグが発生する。
 ガバクローンが45口径7連発という単列弾倉ゆえに『1発の価値』を叩き込まれている。その1発を外したときが死ぬとき。
 【首狩瀑布】は常にギリギリな……そういう精神論を基に一発必中一撃必殺主義を掲げている。
 無用な乱射でトリガーハッピーを生産することを防ぐ目的もある。旧陸軍に通じる火器運用だ。
 反して、1つの標的に存分に『軽い銃弾』を浴びせる鉄英の思想は旧軍と南方で戦った敵軍と同じ考え方に近い。
 左手に持った弾倉を全て使い切るまでに5人を打ち倒したが、恐らくすぐに死に到る怪我人はいないだろう。被弾箇所を押さえて寝転がったまま地面をバタバタと蹴るだけの元気がある。
 軽い軽い発砲音。
 心地良く排出される空薬莢。
 狭い路地に響き渡る銃声が耳を聾しても甘く脳髄を蕩けさせる。
――――あ、駄目。
――――酔ってる。
 複数の銃口がこちらを向き、彼女の命を奪わんとして獰猛な咆哮を挙げるのに、彼女はクラッカーを髣髴とさせる9mmショートで迎撃するたびに素敵な罪悪感に襲われた。
――――ゴメンね。
――――私だけこんなに撃って。
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