ワイルドキャットカートリッジ
それも、震える手で、コック&ロックやコンディション1も知らずに、薬室に初弾を装填する手順も覚束なく、ひたすら「金! 金!」と叫んでいるだけだ。
そういう輩に限って、緊張で拳銃を暴発させ、法廷で「殺すつもりはなかった!」と洟と涙を流して情状酌量を訴える。
拳銃を買う非合法社会の住人の半分くらいは、拳銃は買えても弾薬が満足に買えない人間が多い。
オマケに銃砲関係の知識が乏しいものだから、銃砲店に押し入って銃弾を確保しようとしても、自分の拳銃で使える実包が国内の正規ルートで販売されていない現実を知り、結局、金品目当ての強盗に摩り替わる。
国内の店頭で9mmパラベラムが置いてあると思い込んでいる銃砲音痴が実際に存在する。
何故、拳銃が非合法の商品であるのかという理由を考えない若年層が年々増えている。
先日の報道では、銃砲店から奪った単発式22口径ショートのヘンメリーフリーピストルで銀行強盗を働いて射殺された少年が居た。その少年が携えていたヘンメリーの薬室には実包が装填されておらず、薬室が開かれた痕跡もなかった。
拳銃は引き金を引けば距離、弾頭、被弾箇所を問わず人間を一発で絶命たらしめる道具だと勘違いする年少者の増加で警察庁も『何処からどのように説明していいのか解らない状況だ』。
そんな昨今を鑑みれば、一挺の拳銃で闇社会を渡り歩く決心をした刀奈の行動はごく当たり前だった。
クリーニングもその一つ。
今ではS&W M28の表面処理は完璧に取り戻されてモデルガン用クリーニングリキッドの後遺症はない。
拳銃とはどこまでいっても工業製品だ。メンテナンスを怠れば途端に不調をきたす。
毎回の使用後のクリーニングで防錆処理を施すのが理想だが、現在の『治安の悪い、公安が機能していない日本国』では銃のメンテナンスに関するアイテムの入手は予備弾倉の購入より難しく、値段が張る。
理由は前述の通りに、安物の拳銃が幅を利かせて使い捨て感覚なので、新しい拳銃を買った方が安上がりだからだ。
余程の昔気質なガンマンでもない限り、一挺の拳銃を長く愛着を持って使おうとする人間はいないだろう。
クリーニングを施してまでS&W M28を長く使おうという気概の刀奈は若年層の中にあっては希少な存在だ。大金を出して初めて買った大事な拳銃という理由もあるだろうが、実際は別の場所にある。
それはサイティングだ。
命中してこその飛び道具である銃火器はサイティングが常に命題として付きまとう。玄人ほど、命中精度に拘る。
刀奈も愛銃のS&W M28で命中精度に関して痛い思いをしている。
それを解りやすくいうなら、店頭でナイフを買って、家で箱から出していきなり試し切りをしたときの切れ味が、そのナイフの最高の切れ味だと勘違いするのと同じだ。
買ったばかりのナイフでも職人並みの腕前でシャープニングしてやれば恐ろしい切れ味を発揮する。
工場生産のナイフは製造時間短縮のためになまくらな磨ぎ方しかしていない場合が殆どだ。
それと同じく、拳銃も手元に届いて、ノーメンテナンス・ノーサイティングで最高の命中精度が保証されていることは極々稀な例だ。
現実は何度もサイトを微調整し、場合によっては不都合なパーツを交換しながら、自身の『現在の腕前や癖や体格』に合わせる。
プロアマ問わず、数え切れないくらいの実包を実際に発砲して目視で微調整する。
映画やドラマのように拾った拳銃でいきなり初弾を命中させるなど、所詮、モニターやスクリーンの中での話だ。
固定サイトの拳銃であっても一挺ずつ僅かな個性があり、必ず同じ位置に着弾するとは限らない。
特に銃身とサイトの関係は密接且つ繊細で、角にぶつけたり、床に落としただけで今までの調整が泡沫の如く消える。
従って、映画やドラマに登場する狙撃手が分解された狙撃銃を組み立てて試射もなしに初弾で命中させるのはファンタジーの領域なのだ。
刀奈は折角築き上げた最高のサイティングを台無しにしたくない思いで、たった一挺の拳銃を大事に使う。
個々の拳銃の癖を自分の癖のように捉えるのには長い時間が掛かる。
彼女はそれを知っている。だから、高い金を払ってクリーニングリキッドを買い、小まめにメンテナンスを施す。
路地裏で5000円程度で売られているサタデーナイトスペシャルでもサイティングと工作精度の高いパーツと交換してやれば仲間内のプリンキングでは負け知らずになるだろう。
刀奈の戦闘力は、言い換えれば命中精度とイコールなのだ。
ゆえに発砲する際は眼にも止まらぬ速射より、じっくりと狙い撃つスタイルを重要視している。
優れた光学サイトに安易に手を出さない刀奈は、昔気質なガンマン寄りな人間なのだろう。
「……」
室内の気温と外気が同じ温度になるまで部屋の空気を入れ替える。
ようやく、クリーニングの始まりだ。
無心でシリンダーとバレルにクリーニングロッドを通す。
ラチェットとエキストラクターにオイルを注す。
防錆スプレーを噴いた後、ウエスで万遍無く表面に丁寧に引き伸ばす。
鼻を突く酸性の匂いも慣れれば問題はない。
初めてクリーニングリキッドを使ったときは閉め切った部屋で開封したものだから鼻が曲がる揮発成分の匂いに吐き気を覚えた。
ネット世代の刀奈でもS&W M28のクリーニング方法とクリーニングリキッドの種類を検索して情報を得るのに時間が必要だった。
クリーニングの技術の半分以上は経験と勘だ。
メンテナンス方法は図解としてネットの海で拾えたが、細かなパーツは拾えない。だから、高い金を払って密売屋でS&W M28一挺分の交換パーツを買い、常にストックしてもらっている。
無心。ひたすら、無心。
クリーニングが完了し、出番のないS&W M28には実包を装填せず、再び油紙に包んで本棚に並べて書籍類で隠蔽する。
部屋に残る刺激臭が風に洗われて、今し方まで6連発6インチリボルバーをクリーニングしていた痕跡がなくなる。
洗面所で指先を良く洗うと、暗い台所でレトルト食品を温める。
栄養価の偏りを防ぐために各種サプリメントをラムネ菓子のように口に放り込んで嚥下する。
電子レンジで温められている内に4枚切りの食パンにスライスした胡瓜と輪切りにしたピーマン、千切ったレタスとキャベツを乗せてもう一枚の食パンで挟む。
これを2セット作ったころにレトルト食品ができ上がる。発育が著しい年頃の娘の夕餉としてはあまりにも適当で、味覚的満足感は計算されていない。カロリーとバランスしか考慮されていない。
これが刀奈のいつもの食事で、こられを一人で胃袋に収めるのがいつもの風景だ。
一通り、胃袋を満たすと再び自室に篭り、パソコンを起動させる。
ネットに繋ぎ、『街の殺し屋』としての依頼が『0件であることを確認する』。
依頼が0件ならば心置きなく、知美の敵討ちを肩代わりできる。
ごく個人的な暴力の行使に知美が深く喰い付かなかったことは本当に幸いだ。
知美の親友――厳密に言えば、親友以上の関係――であるキヨは刀奈にとっても数少ない親友だ。
友人はいくらでもいるが、親友として認識できる友人は何にも代え難い。
「ブッ殺したい!」という短絡的な感情だけで今の刀奈のモチベーションは維持されている。殺人悦楽症に似て非なる情動。
そういう輩に限って、緊張で拳銃を暴発させ、法廷で「殺すつもりはなかった!」と洟と涙を流して情状酌量を訴える。
拳銃を買う非合法社会の住人の半分くらいは、拳銃は買えても弾薬が満足に買えない人間が多い。
オマケに銃砲関係の知識が乏しいものだから、銃砲店に押し入って銃弾を確保しようとしても、自分の拳銃で使える実包が国内の正規ルートで販売されていない現実を知り、結局、金品目当ての強盗に摩り替わる。
国内の店頭で9mmパラベラムが置いてあると思い込んでいる銃砲音痴が実際に存在する。
何故、拳銃が非合法の商品であるのかという理由を考えない若年層が年々増えている。
先日の報道では、銃砲店から奪った単発式22口径ショートのヘンメリーフリーピストルで銀行強盗を働いて射殺された少年が居た。その少年が携えていたヘンメリーの薬室には実包が装填されておらず、薬室が開かれた痕跡もなかった。
拳銃は引き金を引けば距離、弾頭、被弾箇所を問わず人間を一発で絶命たらしめる道具だと勘違いする年少者の増加で警察庁も『何処からどのように説明していいのか解らない状況だ』。
そんな昨今を鑑みれば、一挺の拳銃で闇社会を渡り歩く決心をした刀奈の行動はごく当たり前だった。
クリーニングもその一つ。
今ではS&W M28の表面処理は完璧に取り戻されてモデルガン用クリーニングリキッドの後遺症はない。
拳銃とはどこまでいっても工業製品だ。メンテナンスを怠れば途端に不調をきたす。
毎回の使用後のクリーニングで防錆処理を施すのが理想だが、現在の『治安の悪い、公安が機能していない日本国』では銃のメンテナンスに関するアイテムの入手は予備弾倉の購入より難しく、値段が張る。
理由は前述の通りに、安物の拳銃が幅を利かせて使い捨て感覚なので、新しい拳銃を買った方が安上がりだからだ。
余程の昔気質なガンマンでもない限り、一挺の拳銃を長く愛着を持って使おうとする人間はいないだろう。
クリーニングを施してまでS&W M28を長く使おうという気概の刀奈は若年層の中にあっては希少な存在だ。大金を出して初めて買った大事な拳銃という理由もあるだろうが、実際は別の場所にある。
それはサイティングだ。
命中してこその飛び道具である銃火器はサイティングが常に命題として付きまとう。玄人ほど、命中精度に拘る。
刀奈も愛銃のS&W M28で命中精度に関して痛い思いをしている。
それを解りやすくいうなら、店頭でナイフを買って、家で箱から出していきなり試し切りをしたときの切れ味が、そのナイフの最高の切れ味だと勘違いするのと同じだ。
買ったばかりのナイフでも職人並みの腕前でシャープニングしてやれば恐ろしい切れ味を発揮する。
工場生産のナイフは製造時間短縮のためになまくらな磨ぎ方しかしていない場合が殆どだ。
それと同じく、拳銃も手元に届いて、ノーメンテナンス・ノーサイティングで最高の命中精度が保証されていることは極々稀な例だ。
現実は何度もサイトを微調整し、場合によっては不都合なパーツを交換しながら、自身の『現在の腕前や癖や体格』に合わせる。
プロアマ問わず、数え切れないくらいの実包を実際に発砲して目視で微調整する。
映画やドラマのように拾った拳銃でいきなり初弾を命中させるなど、所詮、モニターやスクリーンの中での話だ。
固定サイトの拳銃であっても一挺ずつ僅かな個性があり、必ず同じ位置に着弾するとは限らない。
特に銃身とサイトの関係は密接且つ繊細で、角にぶつけたり、床に落としただけで今までの調整が泡沫の如く消える。
従って、映画やドラマに登場する狙撃手が分解された狙撃銃を組み立てて試射もなしに初弾で命中させるのはファンタジーの領域なのだ。
刀奈は折角築き上げた最高のサイティングを台無しにしたくない思いで、たった一挺の拳銃を大事に使う。
個々の拳銃の癖を自分の癖のように捉えるのには長い時間が掛かる。
彼女はそれを知っている。だから、高い金を払ってクリーニングリキッドを買い、小まめにメンテナンスを施す。
路地裏で5000円程度で売られているサタデーナイトスペシャルでもサイティングと工作精度の高いパーツと交換してやれば仲間内のプリンキングでは負け知らずになるだろう。
刀奈の戦闘力は、言い換えれば命中精度とイコールなのだ。
ゆえに発砲する際は眼にも止まらぬ速射より、じっくりと狙い撃つスタイルを重要視している。
優れた光学サイトに安易に手を出さない刀奈は、昔気質なガンマン寄りな人間なのだろう。
「……」
室内の気温と外気が同じ温度になるまで部屋の空気を入れ替える。
ようやく、クリーニングの始まりだ。
無心でシリンダーとバレルにクリーニングロッドを通す。
ラチェットとエキストラクターにオイルを注す。
防錆スプレーを噴いた後、ウエスで万遍無く表面に丁寧に引き伸ばす。
鼻を突く酸性の匂いも慣れれば問題はない。
初めてクリーニングリキッドを使ったときは閉め切った部屋で開封したものだから鼻が曲がる揮発成分の匂いに吐き気を覚えた。
ネット世代の刀奈でもS&W M28のクリーニング方法とクリーニングリキッドの種類を検索して情報を得るのに時間が必要だった。
クリーニングの技術の半分以上は経験と勘だ。
メンテナンス方法は図解としてネットの海で拾えたが、細かなパーツは拾えない。だから、高い金を払って密売屋でS&W M28一挺分の交換パーツを買い、常にストックしてもらっている。
無心。ひたすら、無心。
クリーニングが完了し、出番のないS&W M28には実包を装填せず、再び油紙に包んで本棚に並べて書籍類で隠蔽する。
部屋に残る刺激臭が風に洗われて、今し方まで6連発6インチリボルバーをクリーニングしていた痕跡がなくなる。
洗面所で指先を良く洗うと、暗い台所でレトルト食品を温める。
栄養価の偏りを防ぐために各種サプリメントをラムネ菓子のように口に放り込んで嚥下する。
電子レンジで温められている内に4枚切りの食パンにスライスした胡瓜と輪切りにしたピーマン、千切ったレタスとキャベツを乗せてもう一枚の食パンで挟む。
これを2セット作ったころにレトルト食品ができ上がる。発育が著しい年頃の娘の夕餉としてはあまりにも適当で、味覚的満足感は計算されていない。カロリーとバランスしか考慮されていない。
これが刀奈のいつもの食事で、こられを一人で胃袋に収めるのがいつもの風景だ。
一通り、胃袋を満たすと再び自室に篭り、パソコンを起動させる。
ネットに繋ぎ、『街の殺し屋』としての依頼が『0件であることを確認する』。
依頼が0件ならば心置きなく、知美の敵討ちを肩代わりできる。
ごく個人的な暴力の行使に知美が深く喰い付かなかったことは本当に幸いだ。
知美の親友――厳密に言えば、親友以上の関係――であるキヨは刀奈にとっても数少ない親友だ。
友人はいくらでもいるが、親友として認識できる友人は何にも代え難い。
「ブッ殺したい!」という短絡的な感情だけで今の刀奈のモチベーションは維持されている。殺人悦楽症に似て非なる情動。