ワイルドキャットカートリッジ

 右手に握るS&W M28。スピードローダーを挟んでいるお陰で指が使えない左手は掌の手首側でグリップを握る右手の指を覆う。
 深呼吸。
 深呼吸。
 深呼吸。
 銃口の先はプレハブ小屋の窓に映る2人と思われる影。
 パキッ。
 禁煙パイポが犬歯の圧力に負けて罅が入る。
 途端に発砲。
 躊躇いのない、一撃。
 願わくば初撃で笹屋翔一の頭を吹き飛ばしていますように……。
 いつもながらに胎に響く発砲音。
 マズルフラッシュと大きなガスリングのお陰で一瞬、視界を奪われる。
 窓ガラスに蜘蛛の巣状の大きな弾痕や蛍光灯の下で破裂する人間――恐らく少年――の頭部など、確認できようもない。聞こえるのは怒号と出鱈目な反撃の銃声。
 聴覚を澄まし、口径が統一されていない発砲音を聞き分け、飛び交う怒号から人数を計算する。
 落ち着いて体勢を変える。ひっくり返ったホーローのバスタブを盾に、伏せ撃ちの姿勢を取り、より安定した、より反動を抑えやすい体勢で刀奈にしては最速で2回、引き金を引く。
 プレハブの壁が盾に成らないという恐怖心を植え付け、精神的にフリーズさせるのが目的だ。
 プレハブ小屋の中では相変わらず怒号が続くが、発砲はピタリと止んだ。
 窓ガラスに映る影もない。全員伏せたと考えるのが妥当だろう。
 今度は、殆ど目線上のプレハブ小屋の床下辺りに落ち着いた発砲を3回繰り返す。
 左手のカバーが無いために発砲の度に大きく銃口は跳ね上がるが、衝撃の殆どは体表を伝い地面に吸収される。お気に入りのランチコートが砂利に塗れるが、気にしている場合ではない。
 思わぬ位置からの着弾に今度は小屋の中の影が飛び跳ねて喚き散らす。
 被弾した者はいないようだが、一方向からの牽制射撃だけだと勘づかれると膠着が解けてしまうので、移動しながら再装填する。
 遮蔽物伝いに移動と1、2発の発砲を繰り返して神経を磨耗させるまで、揺さぶる。
 携帯電話で救援を要請する暇も与えない。
 散発的な反撃は度々起きるが、常に刀奈が移動した後に窓から手首だけを覗かせた発砲なので当るはずもない。
 2個目のスピードローダーを消費した辺りから罵声交じりの呻き声が聞こえてきた。被弾した者が出たらしい。
 堪え切れず、プレハブ小屋のドアを蹴破って逃げ出す者が2人。
 刀奈が潜む遮蔽物に吶喊してくる! ……場所を知られたか!? と自身の甘さに唇を噛んだが違った。
 たまたま、逃げ出した方向が刀奈が潜んでいる遮蔽物がある方向というだけで、2人は刀奈を素通りして……振り向けば刀奈を視界に補足できるというのに気が付かず、走り去る。
 それを逃がす刀奈ではない。標的の笹屋翔一ではなかったが、刀奈は振り返り、10mほど向こうまで遁走する2人を背後から撃つ。
「……」
 人間を背中から撃つと『いつもこれだ』。
 刀奈の顔は曇り、胸に靄が掛った気分になる。
 撃つ直前までは恰好の標的なのに、発砲した瞬間……抵抗もしない、背中を向ける人間を撃つとささやかに罪悪感を感じる。
 圧倒的な罪悪感なら二度とするまいと心に誓えるのだが、鴨が葱を背負う標的にしか感じれず、無造作に撃ち殺せば爽快だろうという殺人悦楽症に似たサディスト的心理がほんの一瞬だけ働くので、『楽しい反面、虚しい』。
 背骨を砕き心臓付近で停止したセミジャケッテッドホローポイントは充分に衝撃を胸部全体に伝え、一瞬で2人の人間を即死に到らせた。
 2人の少年は被弾した瞬間に手にした拳銃の引き金を引き絞り、銃弾を地面に向けて暴発させたが、それが結果として2人の断末魔の代わりであった。
 虚しい心を一拍で切り替えて、視線と銃口をプレハブ小屋に向ける。
――――逃がさない!
 向けるや否や発砲。
 同じくドアから逃亡を図った少年――これまた、笹屋翔一では無い――に向けて発砲。
 丁寧な射撃ではなく、反動を抑えられない無理な体勢からの片手撃ちだったために、銃口が滑車で吊り上げられたように跳ね上がり、もう少しでリアサイトで額を削る所だった。
 放った銃弾は少年の腹部に命中し、無声映画のように音もなく腹部が膨れて射入孔が小さく破裂する。
 腹腔で潰れた弾頭が全てのエネルギーを発散させ、横隔膜内部を破裂させたのだ。
 膝から崩れた少年は仰ぐように空を見たかと思うと噴水のごとくドス黒い血液を口から吐いてうつ伏せに倒れる。
 リロード。
 いつもの大袈裟なアクションでスイングアウトさせた後に芝居がかった動作で空薬莢を捨て、滑らかにスピードローダーを押し込む。左手の甲でシリンダーを一気に戻す。
 必要も無いのに左手小指の付け根でシリンダーを空回転させて、回転の停止を待たずに撃鉄を完全に起す。
 カキッというラッチ同士が噛み合わさる金属音がして回転が停止する。
 ……これらの動作は、全ての回転式拳銃で『してはいけない』行為。
 回転式拳銃のメカニズム的な寿命を短くする粗暴な『間違えたアクション』だが、リボルバーはこのように扱うべしという間違えたイメージを刷り込まれた刀奈にはこれが気分やモチベーションを司る儀式に成っている。
 刀奈が回転式を扱う上で幼い頃に観た刑事ドラマが正しいアクションでリボルバーを扱っていたら、もう少し静かに、お淑やかな手付きで大事にS&W M28を愛していただろう。
 西部劇に感化されていたら無煙火薬が発する僅かな硝煙も可愛らしい唇でフッと吹き消すに違いない。
「……?」
 ふと、少しの疑念。
 必ずしも本星である笹屋翔一が『最後に仕留める決まりごとはない』。早ければ初撃で仕留められている。火蓋を切って落とした一発で笹屋翔一を仕留めた可能性もある。
 既に4人仕留めた。だが、笹屋翔一の姿は見ていない。
 元からここに居ないか、巧妙に逃げ出したか、まだ小屋の中で頭を抱えて震えているか。
――――仕掛けるか……。
 S&W M28を両手で保持し、屈み気味な体勢でプレハブ小屋に果敢に走り込む。
「……?」
――――コイツか?
 プレハブ小屋の中はスチールデスクやパイプ椅子が散乱しており、弾痕が開くホワイトボードが壁に垂れ下がっている。
 全ての窓ガラスは体をなさない銃撃戦で跡形も無く砕かれている。
 足元には頭部が無い死体が一つ。
 最初に、窓ガラス越しに仕留めた影の主だろう。
 他には震えている奴や負傷した奴や死亡した奴などはいない。
 キッと風通しの良くなった窓を睨む。結論としてはまたしても逃げられたらしい。
 きびすを返して立ち去ろうとした。
 出入り口まできて再び、きびすを返すと下顎だけを残して頭部を破壊された死体に近付き、懐を漁る。
 安物のフライトジャケットにジーンズパンツ。血を吸ったトレーナー。
「あ……」
 思わず、声が出る。
 後ろ腰にマカロフが差し込まれている。クリップ式のマガジンポーチには未使用の予備弾倉が3本挿し込まれている。
「……く」
 込み上げる悔しさ。
 更に衣服を漁り、遺品を調べる。
「……」
 尻ポケットから出てきた財布に差し込まれた原付バイクの運転免許証は決定的だった。
 『笹屋翔一』。
 マカロフを発見したときの疑念が晴れた。『この死体が笹屋翔一』だ。
 運転免許証には確かにあの廃ビルで見た笹屋翔一の顔写真が貼られていた。
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