ワイルドキャットカートリッジ
メンツやプライドといった矜持に関する類ではない。
殺意が含まれない敵意。「必ずブチ殺す」と嘯いても実際は『闘って仕留めたくて仕方が無い』。若さが根源にある瑞々しい闘争本能。
早速、笹屋翔一なる人物の足跡や縄張りを見聞すべく家を飛び出した。
ある休日の昼下がりだ。寒空はいつも通り。冬の空とは昼でも夜でも違う顔をした寒さを醸し出すのはなぜだろう。
自転車に跨ると、逸る心とは裏腹に安全運転で……いや、どこにでもいる中学生がダラダラと自転車を転がしている風体でペダルを漕ぎ出した。
鉄砲玉のように飛び出して注目を集めてもメリットはない。
「?」
途中、ポケットの中で携帯電話が軽やかな着信メロディを歌う。
サブディスプレイには葉畝知美と表示されている。
「あー、知美? 何?」
出来るだけ平常を装い応対に出る。
「……ねぇ……とーな。殺し屋ってコロシを頼むのにお金が掛るのかな?」
「? ……如何したの?」
一瞬、心臓を氷の手で鷲掴みにされた錯覚がする。だが、葉畝知美の言葉のニュアンスから、刀奈の正体に気が付いた雰囲気はなかった。
「孝美が……殺された」
孝美とは葉畝知美の一つ歳下の妹だ。
知美と仲が良く、姉妹というより親友同士という雰囲気が強い。それほど仲がいい。刀奈も知っている。知美の家に遊びに行くときには必ず出迎えてくれる、物静かな少女だ。体育会系で活発な姉とは正反対で大人しく文学を嗜むおっとりとした少女。
即座に何事かの事態が発生し、気合で生きるタイプの知美の心をヘシ折るような非業が発生したのだと悟る。
刀奈は自転車を止めてじっと聞く。……彼女の親友のキヨが死んだとき以来の暗い声を再び聞いた。
「……孝美が……さぁ……」
「……」
「……殺された。犬ッコロみたいに殺された……昨日の夕方だよ。父さんを迎えに行くって、家を出たまま、返らなくてサ……」
知美の声にどんどん洟が混じる。
「誰に!」
刀奈は知美の仔細を遮った。
はらわたが一瞬で沸騰する。
孝美という少女が犯罪の被害者になったこと以上に、親友の葉畝知美に、これほどの悲運を与えた人智を超えた何かに凶悪な殺意を覚えた。
『自他公認のカップル』とまで認識されて幸せだった知美から鯒浦喜代という半身を奪い、今度は最愛の妹まで奪う、『お高く止まった偉そうな存在』が許せなかった。
「『繋ぎ』を取ってあげる! ヤッた奴のアてを言いな!」
腹の中で火炎瓶が割れたように体が熱くなる。
笹屋翔一という若い無頼者を始末するという目的が、『街角の殺し屋』の面目を保つため、本日中にカタをつけるというプライドが、一瞬にして跡形もなく雲散霧消。
刀奈という少女がこのように一時の情動で動かされる、あるいは後先も考えずに針路を変える人間でなければ、ただの銃を持った中学生で終わる。
直情な蛮勇を大いに奮い、自分自身に素直に生きる姿勢は『殺し屋として生きていくのには無用心の極み』であった。
それでも現在まで生存している秘訣は、デメリットと捉えがちな真っ直ぐで自己陶酔に陥らない自分自身を保ち続けることができているからともいえる。
彼女がこの先、齢を重ねるに連れ自分の行動を振り返ったとき、誇れるのか否か、恥ずかしさの余り枕に顔を埋めるか否かは未だ解らない。
『正しいことを正しいと認識して何が悪い!』
これが彼女が心に抱く叫びだ。
「……で、情報はたったのそれだけ? 他には?」
刀奈は知美から情報を聞き出すのに夢中だ。
あまりにも熱心だから、知美の方が圧倒されている。携帯電話のスピーカーの向こうで知美はどもり気味に刀奈の一問一答の質問に答える。
「解った。『街角の殺し屋』とかいうのに『伝のある人を知っている』から頼んでみる。お金は後で何とかしてもらうわ」
通話を切る。怒り心頭で震える携帯電話を持つ手で、懇ろにしている情報屋に連絡を取る。
「あー。私だけど……は? 直ぐに調べて欲しいの! 今直ぐ!」
夕方までに勝負がつくはずの笹屋翔一討伐作戦が夕方近くになった。
日が暮れるまでまだ時間はあるが、情報屋が『上乗せ』を要求するものだから、交渉で時間を大分ロスした。
笹屋翔一の縄張りは繁華街より国道を挟んで少し離れた場所にある廃材の投棄場だった。
廃材の投棄場といっても広い更地に10人入れば満員のプレハブ小屋と未回収の廃材が疎らに点在する程度の『街中』だ。
更地と見間違う敷地は高い養生塀で囲まれており、身の丈の三倍程もある廃棄資材があちらこちらで山を造っている。
プレハブ小屋は電気が通っているはずだ。
何度、新しい鍵で施錠したのか、何度、鎖でドアや窓を囲ったのか? どれも破壊されて無秩序に使用されているらしく、地面にはささやかな抵抗の鎖や鍵の残骸が『銃弾で解かれたまま、転がっている』。
情報屋から引き出した情報では、理由を持ってたむろする集団という特性を具えているらしい。
繁華街を徘徊するのは末端構成員だけで、本星の笹屋翔一やその側近数名は『今現在は派手に版図を広げる以外に出歩くことはまい』。
笹屋翔一自身が助っ人紛いの喧嘩屋上がりなので敵が多いからだ。
そう考えれば笹屋翔一という人物は肝の据わった臆病者だと判断できる。戦うべき場所とときを心得ているわけだ。
この養生塀の隙間から見える、目前40mの位置にあるプレハブ小屋が今のところのアジトだ。5mほど離れた位置には簡易トイレのブースが5つ並んでいる。
「……」
やがてプレハブ小屋内部で電灯が点る。
擦りガラス越しに複数の人間の影が確認できる。
シルエットの風体から作業員ではないのが分かった。それに現場関係者が居るのなら『この敷地の出入り口に掛けてある鎖と錠前を銃弾で弾き飛ばさない』。
街中とはいえ、寂れた区画の真ん中だ。
『少々の無茶』は展開をしても逃走は楽だろう。それは連中も計算済みだろう。
禁煙パイポを唇の端で噛み締め、ランチコートのボタンを外す。
ランチコートの上から左脇を押さえる。何時もの頼もしい感触が脇腹に押し付けられる。
そっと左右の腰を押さえてみる。片手の指で足りる人間を始末するのに充分な弾薬を確かに携行しているのを実感する。
堆積する廃材を遮蔽物に陰から陰へ移動を繰り返す。
不細工に組み上げられたアルミやステンレスの遮蔽物は銃撃戦に成った折には充分な盾の役割を果たす。場所によってはS&W M28の357マグナムのアーマーピアシングも停止してしまうと予想される。
棄てられたホーローのバスタブの陰に移動。プレハブ小屋まで、距離15m。
プレハブ小屋には出入り口は一箇所しかなく、四方に擦りガラスの窓が設置されている。典型的なユニットハウス型のプレハブで、壁材も硬質ウレタンフォームを薄い鉄板で挟んだだけの簡素な造りだ。この距離では357マグナムにとってボール紙同然だ。
「……」
刀奈の強襲を感知していない今こそが吶喊のとき。
侍が腰に佩いた刀を抜く様に、S&W M28をスラリと抜く。左手は軽く握り拳を作り、それぞれの指の間にスピードローダーを挟み込む。使用実包は躊躇わずセミジャケッテッドホローポイントだ。
左膝を地面に突き、大きく開脚。右膝の少し上に脇を締めた右肘を持ってくる。
殺意が含まれない敵意。「必ずブチ殺す」と嘯いても実際は『闘って仕留めたくて仕方が無い』。若さが根源にある瑞々しい闘争本能。
早速、笹屋翔一なる人物の足跡や縄張りを見聞すべく家を飛び出した。
ある休日の昼下がりだ。寒空はいつも通り。冬の空とは昼でも夜でも違う顔をした寒さを醸し出すのはなぜだろう。
自転車に跨ると、逸る心とは裏腹に安全運転で……いや、どこにでもいる中学生がダラダラと自転車を転がしている風体でペダルを漕ぎ出した。
鉄砲玉のように飛び出して注目を集めてもメリットはない。
「?」
途中、ポケットの中で携帯電話が軽やかな着信メロディを歌う。
サブディスプレイには葉畝知美と表示されている。
「あー、知美? 何?」
出来るだけ平常を装い応対に出る。
「……ねぇ……とーな。殺し屋ってコロシを頼むのにお金が掛るのかな?」
「? ……如何したの?」
一瞬、心臓を氷の手で鷲掴みにされた錯覚がする。だが、葉畝知美の言葉のニュアンスから、刀奈の正体に気が付いた雰囲気はなかった。
「孝美が……殺された」
孝美とは葉畝知美の一つ歳下の妹だ。
知美と仲が良く、姉妹というより親友同士という雰囲気が強い。それほど仲がいい。刀奈も知っている。知美の家に遊びに行くときには必ず出迎えてくれる、物静かな少女だ。体育会系で活発な姉とは正反対で大人しく文学を嗜むおっとりとした少女。
即座に何事かの事態が発生し、気合で生きるタイプの知美の心をヘシ折るような非業が発生したのだと悟る。
刀奈は自転車を止めてじっと聞く。……彼女の親友のキヨが死んだとき以来の暗い声を再び聞いた。
「……孝美が……さぁ……」
「……」
「……殺された。犬ッコロみたいに殺された……昨日の夕方だよ。父さんを迎えに行くって、家を出たまま、返らなくてサ……」
知美の声にどんどん洟が混じる。
「誰に!」
刀奈は知美の仔細を遮った。
はらわたが一瞬で沸騰する。
孝美という少女が犯罪の被害者になったこと以上に、親友の葉畝知美に、これほどの悲運を与えた人智を超えた何かに凶悪な殺意を覚えた。
『自他公認のカップル』とまで認識されて幸せだった知美から鯒浦喜代という半身を奪い、今度は最愛の妹まで奪う、『お高く止まった偉そうな存在』が許せなかった。
「『繋ぎ』を取ってあげる! ヤッた奴のアてを言いな!」
腹の中で火炎瓶が割れたように体が熱くなる。
笹屋翔一という若い無頼者を始末するという目的が、『街角の殺し屋』の面目を保つため、本日中にカタをつけるというプライドが、一瞬にして跡形もなく雲散霧消。
刀奈という少女がこのように一時の情動で動かされる、あるいは後先も考えずに針路を変える人間でなければ、ただの銃を持った中学生で終わる。
直情な蛮勇を大いに奮い、自分自身に素直に生きる姿勢は『殺し屋として生きていくのには無用心の極み』であった。
それでも現在まで生存している秘訣は、デメリットと捉えがちな真っ直ぐで自己陶酔に陥らない自分自身を保ち続けることができているからともいえる。
彼女がこの先、齢を重ねるに連れ自分の行動を振り返ったとき、誇れるのか否か、恥ずかしさの余り枕に顔を埋めるか否かは未だ解らない。
『正しいことを正しいと認識して何が悪い!』
これが彼女が心に抱く叫びだ。
「……で、情報はたったのそれだけ? 他には?」
刀奈は知美から情報を聞き出すのに夢中だ。
あまりにも熱心だから、知美の方が圧倒されている。携帯電話のスピーカーの向こうで知美はどもり気味に刀奈の一問一答の質問に答える。
「解った。『街角の殺し屋』とかいうのに『伝のある人を知っている』から頼んでみる。お金は後で何とかしてもらうわ」
通話を切る。怒り心頭で震える携帯電話を持つ手で、懇ろにしている情報屋に連絡を取る。
「あー。私だけど……は? 直ぐに調べて欲しいの! 今直ぐ!」
夕方までに勝負がつくはずの笹屋翔一討伐作戦が夕方近くになった。
日が暮れるまでまだ時間はあるが、情報屋が『上乗せ』を要求するものだから、交渉で時間を大分ロスした。
笹屋翔一の縄張りは繁華街より国道を挟んで少し離れた場所にある廃材の投棄場だった。
廃材の投棄場といっても広い更地に10人入れば満員のプレハブ小屋と未回収の廃材が疎らに点在する程度の『街中』だ。
更地と見間違う敷地は高い養生塀で囲まれており、身の丈の三倍程もある廃棄資材があちらこちらで山を造っている。
プレハブ小屋は電気が通っているはずだ。
何度、新しい鍵で施錠したのか、何度、鎖でドアや窓を囲ったのか? どれも破壊されて無秩序に使用されているらしく、地面にはささやかな抵抗の鎖や鍵の残骸が『銃弾で解かれたまま、転がっている』。
情報屋から引き出した情報では、理由を持ってたむろする集団という特性を具えているらしい。
繁華街を徘徊するのは末端構成員だけで、本星の笹屋翔一やその側近数名は『今現在は派手に版図を広げる以外に出歩くことはまい』。
笹屋翔一自身が助っ人紛いの喧嘩屋上がりなので敵が多いからだ。
そう考えれば笹屋翔一という人物は肝の据わった臆病者だと判断できる。戦うべき場所とときを心得ているわけだ。
この養生塀の隙間から見える、目前40mの位置にあるプレハブ小屋が今のところのアジトだ。5mほど離れた位置には簡易トイレのブースが5つ並んでいる。
「……」
やがてプレハブ小屋内部で電灯が点る。
擦りガラス越しに複数の人間の影が確認できる。
シルエットの風体から作業員ではないのが分かった。それに現場関係者が居るのなら『この敷地の出入り口に掛けてある鎖と錠前を銃弾で弾き飛ばさない』。
街中とはいえ、寂れた区画の真ん中だ。
『少々の無茶』は展開をしても逃走は楽だろう。それは連中も計算済みだろう。
禁煙パイポを唇の端で噛み締め、ランチコートのボタンを外す。
ランチコートの上から左脇を押さえる。何時もの頼もしい感触が脇腹に押し付けられる。
そっと左右の腰を押さえてみる。片手の指で足りる人間を始末するのに充分な弾薬を確かに携行しているのを実感する。
堆積する廃材を遮蔽物に陰から陰へ移動を繰り返す。
不細工に組み上げられたアルミやステンレスの遮蔽物は銃撃戦に成った折には充分な盾の役割を果たす。場所によってはS&W M28の357マグナムのアーマーピアシングも停止してしまうと予想される。
棄てられたホーローのバスタブの陰に移動。プレハブ小屋まで、距離15m。
プレハブ小屋には出入り口は一箇所しかなく、四方に擦りガラスの窓が設置されている。典型的なユニットハウス型のプレハブで、壁材も硬質ウレタンフォームを薄い鉄板で挟んだだけの簡素な造りだ。この距離では357マグナムにとってボール紙同然だ。
「……」
刀奈の強襲を感知していない今こそが吶喊のとき。
侍が腰に佩いた刀を抜く様に、S&W M28をスラリと抜く。左手は軽く握り拳を作り、それぞれの指の間にスピードローダーを挟み込む。使用実包は躊躇わずセミジャケッテッドホローポイントだ。
左膝を地面に突き、大きく開脚。右膝の少し上に脇を締めた右肘を持ってくる。