ワイルドキャットカートリッジ
調子良く、発砲。手首の疲れも軽減される。
豆鉄砲のようなつまらない発砲音。頭部や胸部に一発でも被弾させることができれば、標的が人間である限り無力化できる。
速やかな即死は期待できないが、『面白いように当たる』ので、この場合では正解だ。
目前に突如として現れた一人にダブルタップで38口径を叩き込む。2発の頼り無い、しかし、素直な反動の銃弾は自分より3つほど歳上と思われる少年の心臓付近にめり込み、胸骨を叩き割る。
反撃の余地もなくその少年は力無く膝から崩れる。
……が、その少年の後から横っ飛びに勢い良く現れる影。
ありふれたマカロフを翳した人影。
歳の頃、15、6。人相の悪い顔つき。身長170cmくらい。別段鍛えているわけでもない体躯。黒い上下のジャージ。頭に無造作に巻いた白いタオル。
この人物と一瞬、目が合う。
「!」
「!」
刀奈とこの少年。
互いに手を一杯に伸ばして発砲しようとする。
刀奈の右手首は少年の左脇に、少年の右手首は刀奈の左脇に挟まれて膠着する。
「手前ぇ!」
「コイツ!」
2人は同時に叫ぶ。
互いが近すぎる距離で鉢合わせした結果だ。
それも曲がり角で。
登校途中に食パンでも咥えて額同士ぶつかれば話の種にでもなるのだろうが、生憎、そんな温い状況ではない。
二人供、両手が不自由な状態で罵声を浴びせながら空いた両足で子供の喧嘩さながらに爪先での小突き合いを始める。
「このガキ!」
「離してよ!」
「お前が離せ!」
「お前が先に離せ!」
刀奈の記憶が正しければこの目前の少年が最後の標的だ。
最後には額同士をぶつけてまで距離を取ろうとする始末。
「えい!」
「!」
――退いて駄目なら!
刀奈は離れるとは逆に抱きつくスタイルで少年に体当たりをする。
泡を食った少年は、重心を崩されてそのまま、仰向けに倒れる。
「この!」
少年が慌ててマカロフを刀奈に向かって構え直そうとする。その鼻先に、潰れるほどにS&W M28の銃口が押し付けられる。銃口は先ほどの発砲でほんのりと温い。
「うっ……」
「あすた ら びすた べいびー!」
凄惨な笑顔を浮かべて『撃鉄を起す』刀奈。彼女は見過ごす。……少年の唇が笑みで引き攣るのを。
カチンッ。
乾いた打撃音。
撃鉄が空撃ちした。
少年は刀奈が撃鉄を起こした時に6分の1回転したシリンダーに視線が走り、理解した。
『この拳銃に実包は残っていない』。
少年は咄嗟に右手首を180度回転させる。
空かさず、発砲。
マカロフのスライドは鋭いキックでコンクリの床を削る。
狙いは排出される空薬莢。
「熱っ!」
排出口から勢いよく飛び出た空薬莢は刀奈の頬に当たる。
反射的に左腕で顔面をブロックしながら実包の収まっていない、撃鉄が起きたままのS&W M28の銃口を少年の顔面に向け、マウントポジションから飛び起きた。
バックステップで背後の遮蔽物――ただの曲がり角の壁――に身を滑り込ませる。
頬が熱いのと薬室が空だった冷や汗で、アドレナリンがポンプで送り出される感触を直に感じる。
相変わらず唇の端で上下に動く禁煙パイポ。先程の乱闘でよく落とさなかったものだ。
可能な限り、冷静に呼吸を整えながら空薬莢を捨てて実包を装填する。
近距離で弾幕を張ることを前提にスネークショットを装填する。
「!」
散発的な軽い発砲音が響く。
マカロフで牽制射撃をしながら走り去る足音が聞こえる。
「逃がさないっ!」
遮蔽物から飛び出して銃口を下に向けたまま、少年の足音がする方に向かう。
足幅の差が決定的なのか、足音は遠のく一方で縮まらない。
とうとう、非常階段が開放される派手な音が聞こえて、とっぷりと日が暮れた裏路地に少年の姿が消えていく。
スネークショットでなければ、もう少し明るければ、呼吸を整える時間が有れば、多少の遠距離でも標的の少年を仕留めることができたのかも知れない。
「逃がさない」と叫んだ自分が急に恥ずかしく思えて消え入りたい気分になる。
……仕事の遂行には失敗した。
機会は一度だけではない。依頼を遂行するまでの期日はまだ少し余裕がある。
準備を整え、ロケーションを見計らい、リベンジすれば名誉も挽回されると自分に言い聞かせる。今は速やかに撤退だ。
今になって、パトカーのサイレンが近付いてくる。
まるで銃声が止むのを待っていたような登場だ。
「……糞ッ垂れ」
禁煙パイポを罅が入るまで噛み締める。
皮肉なことに、少年が活用した逃走ルートを辿ったお陰でパトカーと鉢合わせせずに帰宅できた。
いつものランチコートがいつも以上に寂しく風になびく。
※ ※ ※
依頼人には期日が迫るまで、あるいは完全遂行まで、結果を報告しない。
仕事をしくじることが予想されるからだ。
逃がした魚はどんな仕掛けでも釣り上げる。
『街角の殺し屋』としての威厳のために。
そのために『情報収集のための必要経費を貰っているのだから』。
「!」
―――キターッ!
自室で飛び上がらんばかりに心が跳ねる刀奈。
依頼遂行までのリミットを目前にしたある日のこと。
マカロフの少年に逃げられたリベンジマッチを果たすべく、必要経費を良心が許すギリギリの額面を要求し、贔屓にしている情報屋に無理をいった甲斐があったのだ。
マカロフの少年の居場所が判明した。
小技が使えて腕前がやたらと立つ上に要領がいいと思ったら、やはり、名の通った不良だった。
笹屋翔一(ささや しょういち)。17歳。無職。隣町の不良集団のリーダー格だ。
元はカラーギャングの抗争のたびに雇われる助っ人をメインとしていたが、最近になって独自の集団を組織して版図を広げている矢先だった。
その最中に、気晴らしに輪姦した女が刀奈の元に駆け込み、先日のようなテナントビル内部での銃撃戦に発展したというわけだ。
咄嗟に弾き出された空薬莢を狙った場所にぶつける芸当は素人にはできない。
それなりに拳銃を使い込んだ人間の発想だ。
それに拳銃自身の特性を知っている面も伺える。
必ずしも全ての自動拳銃の空薬莢が勢い良く排出されるとは限らない。最近ではリバイバルモデルでも空薬莢での隣人の負傷を防ぐために排莢子が工夫されているモデルもある。安物なれど、余程マカロフに命を託してきたと判断出来る。
咄嗟に拳銃の特性を活かす判断ができる人間は経験が豊かであると相場は決まっている。
自室にて、情報屋が自筆でまとめた報告書――1枚のレポートパッドにボールペンで書いただけの、アナログな伝達手段――を頭に叩き込む。
更にOCR機能を立ち上げた携帯電話に読み取らせて撮影して記憶させる。後は自宅の庭でペーパーソースを燃やして始末する。
離婚直前の雰囲気が漂う家庭内では常に両親は不在だ。
きょうだいはいない。一人っ子だ。
両親は共働きで、刀奈に取り敢えず小遣いを渡して育児放棄な態度を見せている。
思春期の女の子には大変環境の悪い状態が数年、続いている。
刀奈が物心ついたときからと、表現しても差し支えない。
静かな家庭崩壊が長年続いているのも刀奈の心理が捻くれた原因の一つだ。
刀奈はS&W M28が収まったショルダーホルスターを装着し、腰にスピードーダーのポーチを巻き付ける。
愛用のランチコートを手に取り、好物のオレンジフレーバーの禁煙パイポを銜える。
相手にとって不足無し。
『街角の殺し屋』という面目より、純粋な闘争心が湧き上がる。
豆鉄砲のようなつまらない発砲音。頭部や胸部に一発でも被弾させることができれば、標的が人間である限り無力化できる。
速やかな即死は期待できないが、『面白いように当たる』ので、この場合では正解だ。
目前に突如として現れた一人にダブルタップで38口径を叩き込む。2発の頼り無い、しかし、素直な反動の銃弾は自分より3つほど歳上と思われる少年の心臓付近にめり込み、胸骨を叩き割る。
反撃の余地もなくその少年は力無く膝から崩れる。
……が、その少年の後から横っ飛びに勢い良く現れる影。
ありふれたマカロフを翳した人影。
歳の頃、15、6。人相の悪い顔つき。身長170cmくらい。別段鍛えているわけでもない体躯。黒い上下のジャージ。頭に無造作に巻いた白いタオル。
この人物と一瞬、目が合う。
「!」
「!」
刀奈とこの少年。
互いに手を一杯に伸ばして発砲しようとする。
刀奈の右手首は少年の左脇に、少年の右手首は刀奈の左脇に挟まれて膠着する。
「手前ぇ!」
「コイツ!」
2人は同時に叫ぶ。
互いが近すぎる距離で鉢合わせした結果だ。
それも曲がり角で。
登校途中に食パンでも咥えて額同士ぶつかれば話の種にでもなるのだろうが、生憎、そんな温い状況ではない。
二人供、両手が不自由な状態で罵声を浴びせながら空いた両足で子供の喧嘩さながらに爪先での小突き合いを始める。
「このガキ!」
「離してよ!」
「お前が離せ!」
「お前が先に離せ!」
刀奈の記憶が正しければこの目前の少年が最後の標的だ。
最後には額同士をぶつけてまで距離を取ろうとする始末。
「えい!」
「!」
――退いて駄目なら!
刀奈は離れるとは逆に抱きつくスタイルで少年に体当たりをする。
泡を食った少年は、重心を崩されてそのまま、仰向けに倒れる。
「この!」
少年が慌ててマカロフを刀奈に向かって構え直そうとする。その鼻先に、潰れるほどにS&W M28の銃口が押し付けられる。銃口は先ほどの発砲でほんのりと温い。
「うっ……」
「あすた ら びすた べいびー!」
凄惨な笑顔を浮かべて『撃鉄を起す』刀奈。彼女は見過ごす。……少年の唇が笑みで引き攣るのを。
カチンッ。
乾いた打撃音。
撃鉄が空撃ちした。
少年は刀奈が撃鉄を起こした時に6分の1回転したシリンダーに視線が走り、理解した。
『この拳銃に実包は残っていない』。
少年は咄嗟に右手首を180度回転させる。
空かさず、発砲。
マカロフのスライドは鋭いキックでコンクリの床を削る。
狙いは排出される空薬莢。
「熱っ!」
排出口から勢いよく飛び出た空薬莢は刀奈の頬に当たる。
反射的に左腕で顔面をブロックしながら実包の収まっていない、撃鉄が起きたままのS&W M28の銃口を少年の顔面に向け、マウントポジションから飛び起きた。
バックステップで背後の遮蔽物――ただの曲がり角の壁――に身を滑り込ませる。
頬が熱いのと薬室が空だった冷や汗で、アドレナリンがポンプで送り出される感触を直に感じる。
相変わらず唇の端で上下に動く禁煙パイポ。先程の乱闘でよく落とさなかったものだ。
可能な限り、冷静に呼吸を整えながら空薬莢を捨てて実包を装填する。
近距離で弾幕を張ることを前提にスネークショットを装填する。
「!」
散発的な軽い発砲音が響く。
マカロフで牽制射撃をしながら走り去る足音が聞こえる。
「逃がさないっ!」
遮蔽物から飛び出して銃口を下に向けたまま、少年の足音がする方に向かう。
足幅の差が決定的なのか、足音は遠のく一方で縮まらない。
とうとう、非常階段が開放される派手な音が聞こえて、とっぷりと日が暮れた裏路地に少年の姿が消えていく。
スネークショットでなければ、もう少し明るければ、呼吸を整える時間が有れば、多少の遠距離でも標的の少年を仕留めることができたのかも知れない。
「逃がさない」と叫んだ自分が急に恥ずかしく思えて消え入りたい気分になる。
……仕事の遂行には失敗した。
機会は一度だけではない。依頼を遂行するまでの期日はまだ少し余裕がある。
準備を整え、ロケーションを見計らい、リベンジすれば名誉も挽回されると自分に言い聞かせる。今は速やかに撤退だ。
今になって、パトカーのサイレンが近付いてくる。
まるで銃声が止むのを待っていたような登場だ。
「……糞ッ垂れ」
禁煙パイポを罅が入るまで噛み締める。
皮肉なことに、少年が活用した逃走ルートを辿ったお陰でパトカーと鉢合わせせずに帰宅できた。
いつものランチコートがいつも以上に寂しく風になびく。
※ ※ ※
依頼人には期日が迫るまで、あるいは完全遂行まで、結果を報告しない。
仕事をしくじることが予想されるからだ。
逃がした魚はどんな仕掛けでも釣り上げる。
『街角の殺し屋』としての威厳のために。
そのために『情報収集のための必要経費を貰っているのだから』。
「!」
―――キターッ!
自室で飛び上がらんばかりに心が跳ねる刀奈。
依頼遂行までのリミットを目前にしたある日のこと。
マカロフの少年に逃げられたリベンジマッチを果たすべく、必要経費を良心が許すギリギリの額面を要求し、贔屓にしている情報屋に無理をいった甲斐があったのだ。
マカロフの少年の居場所が判明した。
小技が使えて腕前がやたらと立つ上に要領がいいと思ったら、やはり、名の通った不良だった。
笹屋翔一(ささや しょういち)。17歳。無職。隣町の不良集団のリーダー格だ。
元はカラーギャングの抗争のたびに雇われる助っ人をメインとしていたが、最近になって独自の集団を組織して版図を広げている矢先だった。
その最中に、気晴らしに輪姦した女が刀奈の元に駆け込み、先日のようなテナントビル内部での銃撃戦に発展したというわけだ。
咄嗟に弾き出された空薬莢を狙った場所にぶつける芸当は素人にはできない。
それなりに拳銃を使い込んだ人間の発想だ。
それに拳銃自身の特性を知っている面も伺える。
必ずしも全ての自動拳銃の空薬莢が勢い良く排出されるとは限らない。最近ではリバイバルモデルでも空薬莢での隣人の負傷を防ぐために排莢子が工夫されているモデルもある。安物なれど、余程マカロフに命を託してきたと判断出来る。
咄嗟に拳銃の特性を活かす判断ができる人間は経験が豊かであると相場は決まっている。
自室にて、情報屋が自筆でまとめた報告書――1枚のレポートパッドにボールペンで書いただけの、アナログな伝達手段――を頭に叩き込む。
更にOCR機能を立ち上げた携帯電話に読み取らせて撮影して記憶させる。後は自宅の庭でペーパーソースを燃やして始末する。
離婚直前の雰囲気が漂う家庭内では常に両親は不在だ。
きょうだいはいない。一人っ子だ。
両親は共働きで、刀奈に取り敢えず小遣いを渡して育児放棄な態度を見せている。
思春期の女の子には大変環境の悪い状態が数年、続いている。
刀奈が物心ついたときからと、表現しても差し支えない。
静かな家庭崩壊が長年続いているのも刀奈の心理が捻くれた原因の一つだ。
刀奈はS&W M28が収まったショルダーホルスターを装着し、腰にスピードーダーのポーチを巻き付ける。
愛用のランチコートを手に取り、好物のオレンジフレーバーの禁煙パイポを銜える。
相手にとって不足無し。
『街角の殺し屋』という面目より、純粋な闘争心が湧き上がる。