ワイルドキャットカートリッジ

 人の道を踏み外したことよりも美しく破滅に突き進む傾向に美学を感じる……明らかに倒錯した世界の住人に成り果てる。
 刀奈が安い人情で殺し屋になる過程は動機としては薄い。
 あるいは、動機に『重きを置く事をよしとしていない節』が有るとも取れる。
 殺人悦楽症とは違った、性癖嗜好とも違う理由。
 恐らく刀奈自身も心境の推移を理解していない。心境の推移という現象を認識しているか否かも怪しい。彼女自身が情動と短絡的な理由で行う『殺人』に気がつかない限り……。
「初めて天罰を信じたよ……」
 葉畝知美が息を整えたのを見計らってから、刀奈はボールを普通に投げ返した。
 刀奈が皆殺しにした連中は、世間では不良集団同士の仲間割れか他集団との抗争で命を落としたという報道であっという間に沈静化した。
 お陰で、刀奈が始末した連中の悪行は殆どが解明されないまま、あやふやに迷宮入りとなる。
 銃火器犯罪や麻薬密売を端に発する法治国家の崩壊は、最早、若年層集団のイザコザに付き合っているほど暇な事態ではない。
 正直なところ、司法組織としては、非合法な商品の水際防止と国内の大型犯罪組織に対する頂上作戦の下準備で、街中の治安に人員を割いている余裕はない。
 言い方を変えれば、国内に一度でも流入した非合法商品は取り締まる過程がザルで、縄に掛りにくいいという事態を引き起こしている。
「これでキヨが成仏してくれたら良いんだけどねー」
 他人事丸出しな口調で刀奈は顔に翳を落とす葉畝知美に言い放つ。
「……そうだな」
 葉畝知美は先程とは打って変わって、緩い速度のボールを肩の力だけで投げる。
 ある冬の日の昼。中学校校舎屋上での何気ない一コマ。会話は重く怠い。
 影の当事者である本人が韜晦している限り、これは『いつもの出来事を語らう中学生2人の図』でしかない。
   ※ ※ ※
 一粒が直径6.1mmの4号バックショットが6粒封入されたスネークショットを全ての薬室に落とし込み、壁の際を遮蔽物にして、牽制程度の速射を2回繰り返した。
 単純に計算すれば22口径ショート弾の短機関銃を12発ばら撒いたのと同じ効果が期待できる。
 本来なら狂犬や蛇に向けて撃つはずの弾頭だが、戦闘に転用すれば弾幕を張るのに応用できる。勿論、散弾銃のように薬莢の長さ自体が微小な拳銃弾なので炸薬も少なく、射程は極々、限られる。
 シングルショットピストル用実包でも無い限り、薬莢長に物理的制限のある拳銃弾でスネークショットを発砲した場合、対人戦闘として有効な距離は精々4m。それ以降は殺傷力の低い粒球が出鱈目に撒き散らされるだけだ。
 刀奈が敢えて、スネークショットを装填した理由は――正確に言えば封入されている粒球が大きなスネークショットを装填した理由は――現在、刀奈が苦手なCQBで戦闘を展開しているから他ならない。
 自らが動きつつ同じく動体標的を、一撃必殺一発必中を旨とする6連発のマグナムで行う室内戦闘を苦手としているからだ。
「……!」
 ホンの1m前方にある遮蔽物の陰から野良猫のように飛び出す、標的。
 落ち着いて、両手でS&W M28を構えて狙って撃つ暇などない。
 室内。
 廃ビルのフロア全域。4階建ての小さなテナントビルだったらしい。
 雑居ビル群の陰でひっそりと佇む建造物。
 この地域全体が近々、造成地になる予定で更地がところどころに見え、残りの建物に真っ当な人間の気配は無い。
 今までにも何度か仕事で足を運んだことのある地域だ。
 嫌な思い出がある場所。殆どの確率で、この地域に足を踏み入れると強姦の対象に選ばれる。この地域には犯罪者とその一歩手前の人間しか居座らない『都合の良い』ロケーションなのだ。
 その中の小さなビルでの大きな仕事。
 依頼者は出来るだけ無残な死を提供してほしいとお望みだ。
 ならば、これほどマグナムに適任の仕事はない。
 依頼者は、今どき珍しくも何ともないレイプの被害者。いつも通りに二つ返事で依頼を引き受けたのはいいが……。
 標的集団の情報も必要経費――この金額は報酬とは別料金――で充分に入手出来た。
――――予想外!
 オレンジフレーバーの禁煙パイポを噛み締めながら、咄嗟に右手だけで発砲。
 とにかく、近距離で弾幕を張り、相手の機動力が低下したところに止めを刺す戦法に切り替えたばかりだ。
 時間帯は夕方。
 日が完全に暮れるまでに、光源が確保されている間にカタをつけたい。
 耳を聾する発砲音。どこかのHPでインドアマッチでは耳栓が必要という文言を読んだ記憶があるのでウレタンの耳栓をしているが、目前に咲くマズルフラッシュとシリンダーギャップから弾けるオレンジ色を含むガスの派手な圧力を『見ていると』、聴覚が低下していても視覚的に大迫力だ。
 ―――予想外!
 刀奈は唸った。経験値の低さが起因している事態に戸惑う。
 発砲。発砲。その度に空腹気味な胃袋に体幹を伝う衝撃が木霊する。
 自分の不利な条件を弾薬の換装で補うが、長引けばスタミナが尽きてしまう。
 敵の数は6人。その内、2人を片付けた。
 依頼主の御用命通りに頭部に至近距離からスネークショットを叩き込んだ。
 幾ら殺傷力の低いスネークショットでも1mからの直撃ではいつも以上に無残な損壊跡を残す。
 至近距離で頭部に命中すると破裂というより、破壊という表現がぴったりだ。
 通常のマグナムのような『点』による爆発的な衝撃ではなく、散弾が『面』で制圧するので、押し潰すような被弾痕を残す。
 しばらくは生魚の活け造りや割れたアケビを見たくない気分になる。
 相変わらずの大袈裟なアクションでスイングアウト。
 幼い頃に見た『旧き良き時代のアクション主体の刑事ドラマ』の影響だ。
 どんなに拳銃はサムピースを操作して、左手の指で拳銃の右側からシリンダーを押し、丁寧に排莢しなければならないと解っていても、こればかりは、体が素直に従えない。『リボルバー使いはかくあるべき』という間違えた認識が刀奈のイメージを支配しているせいだ。
 空薬莢が無造作に捨てられて冷たい泣き声を挙げる。
――――予想外!
 全てに於いて予想外なのは、自分のスタミナの底が知れていることだけではない。
 長くオーバーサイズグリップを握っていると、グリップのチェッカリングが掌に喰い込んで皮が捲れる痛みを覚える。
 標的も案山子じゃない。明確に刀奈を敵認定して死に物狂いで反撃してくる。
 敵の放つ雑多な銃弾が仕事用のランチコートの裾を何度も掠った。
 禁煙パイポの先端を45口径と思しき銃弾が掠った時は、人間とは死ぬべきときがくれば走馬灯を鑑賞する暇もない、と腹の底から実感した。
 いい加減、スネークショットも底をつきそうだ……。
 不本意ながら、刀奈は予備に携行していた38splを補弾していく。
 何時もならマグナム実包をスマートにスピードローダーで装填するところだが、今までに始末した標的の懐を漁って奪ってきた『頼りない実包』だった。
 こればかりは、誠に以って、本当に、苦渋ながら……。一般的な38口径を携行していたのは正解だった。
「!」
 反動が軽い。当たり前だが。反動が軽い。
 片手で反動が制御出来る程に。
 勿論、357マグナムと38splとの比較は体感で知っている。齢14にその聡い行動をすぐに期待するのは酷というものだ。
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