ワイルドキャットカートリッジ
麻薬に関するアイテムを見つけたときばかりは、オレンジフレーバーの禁煙パイポをギリギリと噛み込んで、嫌悪を露にする。
どうやらその辺りに那古刀奈という少女の14年分の履歴が隠されているらしい。
約1.3kgのS&W M28を軽々と振り回す膂力は特筆するものではあるが、それに伴う技術にも好奇心を抱く人間が多いことだろう。
刀奈は財布を内ポケットに収納するような素振りでS&W M28を左脇のショルダーホルスターに滑り込ませる。「寒い……」と呟くと、ランチコートのハンドウォームに手を突っ込んできびすを返した。
幽鬼のごとく夜陰に溶け入るように消えていく。
※ ※ ※
仰ぐほどに高いフェンスに守られた屋上。
冬空の下だというのにやはり、この場所は学生に人気のスポットだ。
市立梶麻中学校。この辺りの市町村は人口密度が高く、梶麻中学の全校生徒数は700人を数える。
尤も、ただ生徒数が多いというだけでその他は取り立てて評価するポイントは見当たらない。
校舎が増改築の繰り返しで、新旧工法のパッチワーク的な雰囲気を隠しもしていない。
5年ほど前に壁面防護のために吹き付け塗装工事をした程度で、雑多なことこの上ない。大小合わせたせたグラウンドの数と総面積では教育施設では県下有数ということくらいか?
その5階建て西側校舎の屋上で、昼休みを過ごす刀奈。
冬服に明るいブラウンのランチコートに袖を通したまま、女子の級友とキャッチボールの最中だ。
教室は暖かいが、基本的にアウトドア人間の刀奈は大人しくしていられない性分だ。
女子ソフトボール部のレギュラーだという彼女に向かって、刀奈は銜えパイポで「もっと強く投げて!」と叫ぶ。
球速やグラブにボールが収まる心地よい音からして既にキャッチボールという気楽な遊びではなくなっているのに、刀奈は息も乱さず一定のペースで『剛速球』を放ち続ける。
「おめーなぁ! 体育会系のスペックを越えてんじゃねーよ!」
長身でベリーショートと大きな猫目が印象的な彼女は刀奈を非難した。
彼女は何度、刀奈を女子ソフトボール部へ誘ったのかわからない。
刀奈のコンパクトながらも優れた身体能力を欲する体育会系クラブは一時期は挙って禁煙パイポがイメージアイテムの彼女に熱烈な勧誘を行ったものだ。
「そんなことよりさぁ! 知ってる? キヨをマワしてコロした連中が誰かに『掘られた』らしいよぉ!」
刀奈はさり気無く、7m向こうで白球を受け止めている、自称女子ソフト部のエースに向かって話した。
怯えや他意などは感じられず、本当に「こんな噂が有るんだけど」という口調での軽い話し掛け方だった。
「……」
それを聞いた長身の彼女は受け止めたボールを返すことなく、途端に沈んだ顔でボソボソと喋り出した。
「えー? 何ー?」
刀奈はあっけらかんとした問い掛けをする。
貴重な昼休みの天候が一層冬空を演出する。
厚い鉛色の雲が幾重もの層を成す。
冷たい風に耐えられなくなった、屋上にいたいくつかのグループが校舎の中に入り、余裕を持って造られた踊り場で雑談を始める。
刀奈たちのように腹ごなしの運動に興じている連中は体が温まっているので構わずその場で元気に戯れる。
「あんな奴らブチ殺されて当然だ!」
今期一番の剛速球が炸裂。この気迫のこもるアンダースローが試合で用いられていれば良い結果を残せるのは確実だろう。
ベリーショートの彼女は白い息を吐きながら肩で息を整える。
疲れによる小休止ではない。明らかに怒号を堪える表情だ。……刀奈は知っている。非業の死を遂げたキヨという少女と、このベリーショートの少女、葉畝知美(はせ ともみ)は親友以上の関係であることを。
一週間前に鯒浦喜代(こちうら きよ)という女子中学生が下校途中に忽然と姿を消して二日後に腹腔を刃物で割かれ、コンクリブロックの錘を空っぽの腹腔に押し込まれたまま、市内山間部の沼地から引き上げられた。
『刀奈の独自の調査』では、薬物を投与され数人の男に輪姦された挙句、腐敗ガスを抜くために腹を開腔されて沈められたとのことだ。
腹部や胃腸を大きく切り裂かれた死体は河川池沼などに沈められると腐敗ガスが発生しても腹部で気体が溜まらずに長く浮上しない。
……勿論。
勿論のこと、『仇を討ったのは刀奈本人だ』。
刀奈を動かした起因は情動。安っぽい勧善懲悪。力の行使。力を持つ者だからできる気楽な偽善。
……どのような喩えをいくら並べても、思春期独特のテンションが生み出す向こう見ずな行動でしかない。
結果、『他者の命を奪い爽快感を得ても』刀奈には友人の敵討ちという大義名分は正道にしか感じることができない。
実包節約のために、実包購入のために死体の懐を漁る真似をしても、その行為自体が、道を外している事実すら認知できない。
自分の限界を知る機会……と捉えたか否かは今以て刀奈にも解らない。気がつけば行動を開始していた。
銃は小学生の頃から馴染んでいる。インターネットで簡単に通信販売で買える。
大枚5枚でアンダーグラウンドサイトで現在のS&W M28を買った。
現金は親の財布からくすねた。
銃が欲しかった理由は至極簡単。本当に撃ち殺してやりたい奴が当時のクラスに居たから。
切り殺すや刺し殺すでは駄目。撃ち殺すでないと駄目。水風船を破裂させるように派手に損壊する様を見てみたい。
だから、『一番大きな銃を買った』。
事実は44マグナムのS&W M28を買ったつもりなのだが、仲介業者に騙されて、素人では一見で判別出来ない同寸法のS&W M28を買わされた。
噂に聞く44マグナムが使用できないと知ったときの落胆は大きかったが、長大な銃身で鉄アレイの如く重いフラットブラックは……見詰めれば見詰めるだけ、刀奈に自信を与えた。
実包を装填していなくとも、S&W M28を用いた殺害方法を何度も脳内で再現させて満足させた。
熱心に動画サイトに投稿されたコンバットシューティングのレクチャーを喰い入るように見つめて頭に叩き込んだ。
銃にはエイミングを初めとするハード面での運用とサイティングやメンテナンスといったソフト面の管理が必要であることも知る。
気に入らない奴を後先考えずに一人殺すだけなら、ここまで努力しない。
未熟な頭脳が弾き出した冴えたプランは『拳銃を用いた遠距離狙撃で華麗に始末し、痕跡も残さず立ち去る』という無軌道も甚だしいものだった。
結局は『世の中には殺してもいい奴と殺すほどの価値もない奴が居る』と考えが及び、実行には移さなかった。
しかし紙に油が染み込むように吸収した知識や潜在的に恵まれた膂力に気が付いた刀奈は、この後『街角の殺し屋』として頭角を現す。
理由を万遍並べても自分が不法に銃を所持している事実は罪悪感に変換されることなく、他人より優れた存在であると錯覚させる。
それゆえに、安い報酬で泣き寝入りを訴える依頼人だけを選んで淡々と標的を始末する。
浅い経験のために、リボルバーを用いる速射やムービングコンバット(※自分も移動しながらの動体標的との戦闘)は、やや、お粗末だがそれ以外は堂に入ったものに仕上がる。
小学生の麻薬常習者も珍しくない昨今、小学生の殺し屋が存在していても不思議ではない。
中学生になり、第二次性徴を迎えた辺りの不安定な情緒の中で感情だけの行動が増えると、無報酬で仕事を遂行することが増えてきた。
どうやらその辺りに那古刀奈という少女の14年分の履歴が隠されているらしい。
約1.3kgのS&W M28を軽々と振り回す膂力は特筆するものではあるが、それに伴う技術にも好奇心を抱く人間が多いことだろう。
刀奈は財布を内ポケットに収納するような素振りでS&W M28を左脇のショルダーホルスターに滑り込ませる。「寒い……」と呟くと、ランチコートのハンドウォームに手を突っ込んできびすを返した。
幽鬼のごとく夜陰に溶け入るように消えていく。
※ ※ ※
仰ぐほどに高いフェンスに守られた屋上。
冬空の下だというのにやはり、この場所は学生に人気のスポットだ。
市立梶麻中学校。この辺りの市町村は人口密度が高く、梶麻中学の全校生徒数は700人を数える。
尤も、ただ生徒数が多いというだけでその他は取り立てて評価するポイントは見当たらない。
校舎が増改築の繰り返しで、新旧工法のパッチワーク的な雰囲気を隠しもしていない。
5年ほど前に壁面防護のために吹き付け塗装工事をした程度で、雑多なことこの上ない。大小合わせたせたグラウンドの数と総面積では教育施設では県下有数ということくらいか?
その5階建て西側校舎の屋上で、昼休みを過ごす刀奈。
冬服に明るいブラウンのランチコートに袖を通したまま、女子の級友とキャッチボールの最中だ。
教室は暖かいが、基本的にアウトドア人間の刀奈は大人しくしていられない性分だ。
女子ソフトボール部のレギュラーだという彼女に向かって、刀奈は銜えパイポで「もっと強く投げて!」と叫ぶ。
球速やグラブにボールが収まる心地よい音からして既にキャッチボールという気楽な遊びではなくなっているのに、刀奈は息も乱さず一定のペースで『剛速球』を放ち続ける。
「おめーなぁ! 体育会系のスペックを越えてんじゃねーよ!」
長身でベリーショートと大きな猫目が印象的な彼女は刀奈を非難した。
彼女は何度、刀奈を女子ソフトボール部へ誘ったのかわからない。
刀奈のコンパクトながらも優れた身体能力を欲する体育会系クラブは一時期は挙って禁煙パイポがイメージアイテムの彼女に熱烈な勧誘を行ったものだ。
「そんなことよりさぁ! 知ってる? キヨをマワしてコロした連中が誰かに『掘られた』らしいよぉ!」
刀奈はさり気無く、7m向こうで白球を受け止めている、自称女子ソフト部のエースに向かって話した。
怯えや他意などは感じられず、本当に「こんな噂が有るんだけど」という口調での軽い話し掛け方だった。
「……」
それを聞いた長身の彼女は受け止めたボールを返すことなく、途端に沈んだ顔でボソボソと喋り出した。
「えー? 何ー?」
刀奈はあっけらかんとした問い掛けをする。
貴重な昼休みの天候が一層冬空を演出する。
厚い鉛色の雲が幾重もの層を成す。
冷たい風に耐えられなくなった、屋上にいたいくつかのグループが校舎の中に入り、余裕を持って造られた踊り場で雑談を始める。
刀奈たちのように腹ごなしの運動に興じている連中は体が温まっているので構わずその場で元気に戯れる。
「あんな奴らブチ殺されて当然だ!」
今期一番の剛速球が炸裂。この気迫のこもるアンダースローが試合で用いられていれば良い結果を残せるのは確実だろう。
ベリーショートの彼女は白い息を吐きながら肩で息を整える。
疲れによる小休止ではない。明らかに怒号を堪える表情だ。……刀奈は知っている。非業の死を遂げたキヨという少女と、このベリーショートの少女、葉畝知美(はせ ともみ)は親友以上の関係であることを。
一週間前に鯒浦喜代(こちうら きよ)という女子中学生が下校途中に忽然と姿を消して二日後に腹腔を刃物で割かれ、コンクリブロックの錘を空っぽの腹腔に押し込まれたまま、市内山間部の沼地から引き上げられた。
『刀奈の独自の調査』では、薬物を投与され数人の男に輪姦された挙句、腐敗ガスを抜くために腹を開腔されて沈められたとのことだ。
腹部や胃腸を大きく切り裂かれた死体は河川池沼などに沈められると腐敗ガスが発生しても腹部で気体が溜まらずに長く浮上しない。
……勿論。
勿論のこと、『仇を討ったのは刀奈本人だ』。
刀奈を動かした起因は情動。安っぽい勧善懲悪。力の行使。力を持つ者だからできる気楽な偽善。
……どのような喩えをいくら並べても、思春期独特のテンションが生み出す向こう見ずな行動でしかない。
結果、『他者の命を奪い爽快感を得ても』刀奈には友人の敵討ちという大義名分は正道にしか感じることができない。
実包節約のために、実包購入のために死体の懐を漁る真似をしても、その行為自体が、道を外している事実すら認知できない。
自分の限界を知る機会……と捉えたか否かは今以て刀奈にも解らない。気がつけば行動を開始していた。
銃は小学生の頃から馴染んでいる。インターネットで簡単に通信販売で買える。
大枚5枚でアンダーグラウンドサイトで現在のS&W M28を買った。
現金は親の財布からくすねた。
銃が欲しかった理由は至極簡単。本当に撃ち殺してやりたい奴が当時のクラスに居たから。
切り殺すや刺し殺すでは駄目。撃ち殺すでないと駄目。水風船を破裂させるように派手に損壊する様を見てみたい。
だから、『一番大きな銃を買った』。
事実は44マグナムのS&W M28を買ったつもりなのだが、仲介業者に騙されて、素人では一見で判別出来ない同寸法のS&W M28を買わされた。
噂に聞く44マグナムが使用できないと知ったときの落胆は大きかったが、長大な銃身で鉄アレイの如く重いフラットブラックは……見詰めれば見詰めるだけ、刀奈に自信を与えた。
実包を装填していなくとも、S&W M28を用いた殺害方法を何度も脳内で再現させて満足させた。
熱心に動画サイトに投稿されたコンバットシューティングのレクチャーを喰い入るように見つめて頭に叩き込んだ。
銃にはエイミングを初めとするハード面での運用とサイティングやメンテナンスといったソフト面の管理が必要であることも知る。
気に入らない奴を後先考えずに一人殺すだけなら、ここまで努力しない。
未熟な頭脳が弾き出した冴えたプランは『拳銃を用いた遠距離狙撃で華麗に始末し、痕跡も残さず立ち去る』という無軌道も甚だしいものだった。
結局は『世の中には殺してもいい奴と殺すほどの価値もない奴が居る』と考えが及び、実行には移さなかった。
しかし紙に油が染み込むように吸収した知識や潜在的に恵まれた膂力に気が付いた刀奈は、この後『街角の殺し屋』として頭角を現す。
理由を万遍並べても自分が不法に銃を所持している事実は罪悪感に変換されることなく、他人より優れた存在であると錯覚させる。
それゆえに、安い報酬で泣き寝入りを訴える依頼人だけを選んで淡々と標的を始末する。
浅い経験のために、リボルバーを用いる速射やムービングコンバット(※自分も移動しながらの動体標的との戦闘)は、やや、お粗末だがそれ以外は堂に入ったものに仕上がる。
小学生の麻薬常習者も珍しくない昨今、小学生の殺し屋が存在していても不思議ではない。
中学生になり、第二次性徴を迎えた辺りの不安定な情緒の中で感情だけの行動が増えると、無報酬で仕事を遂行することが増えてきた。