ワイルドキャットカートリッジ
公務執行の上でマグナムとそれに分類されない拳銃を持ち歩くのは合理的でないのは明白の理だ。
司法拳銃を公にぶら提げられる制服警官でも前述の通りサイズが大きく、長時間の装備から来る肉体疲労は避けられなかった。
だが、捨てる神あれば拾う神ありで、この6連発のS&W M28を7連発や8連発にカスタムしたモデルがメーカー純正モデルとして市場に出回り、数々のシューティングマッチで連覇を成し遂げるに到る。
44マグナムと同じNフレームを使用する、カスタムでもなんでもないオーソドックスな大型リボルバーは中学2年生の彼女には不釣合いな大きさだった。
少女に大型火器を持たせる、そんなギャップを楽しむ嗜好がある人種には堪らないシチェーション。
マイノリティの性癖を刺激する彼女の名前は那古刀奈(なご とうな)。14歳に成ったばかりだ。
アンダーカバーの公用として不向きなリボルバーにウォールナットのオーバーサイズグリップを装備し、銜え禁煙パイポで、的確な射撃の腕前を見せつけた彼女は、殺伐とした世情を生きるのに充分な資格を具えていた。
外見こそは少女……ボリュームの少ないボブショートに『今時のガキ』のように顎先が細い。パテを塗りこんで形成したように整った輪郭に収まる顔のパーツの一つ一つはあどけなくて荒削りで何処か儚い明るさを纏っている。
抽象的に表現するのなら、壊れ物注意な年頃特有のエネルギーが原石として剥き出しになっている状態。
人間を屠ることに呵責の念を抱かず、非合法の象徴に喩えられる拳銃を自在に操る。14年というそれだけの歳月で明るい世界を歩くことを止めた少女。……それが那古刀奈だ。
外見上、普通の中学生。平均的な体躯をした女子中学生。ただ、それだけという理由で拳銃は扱えない。
技術や理論は素質や才能でカバーできても、物理的法則をフルに活用する拳銃という工業製品とそれの実包から発生するエネルギーは使いこなすのにそれなりの膂力が必要だ。
弾頭重量10.3gの金属を初速440mで約1000Jで弾き出す反動は、言い換えればそれだけの作用が射撃手にも襲い掛かるということだ。
銃弾の威力を測るには様々な見解から導き出した公式が有るが、現実はそのよう様な数値など、些末なこととされる。
大方の場合、イニシアティブの有無に関係なく、戦闘行動は生存本能が心理的に働くからだ。
ジュール=初速×初速×弾頭重量÷2000や初活力=初速×初速×弾頭重量÷(重力加速度×2)という計算式を覚えたところで拳銃とそれが通じる戦闘区域及び距離では大して意味がない。
確実に発砲できて、確実に命中し、確実にノックアウトできる銃と腕と勘があれば、拳銃は使える。
致死に至る射程が精々3mと言われた45口径パーカッション式単発フィラデルフィアデリンジャーのたった1発でリンカーンを暗殺した。
フェルディナント大公がサラエボで暗殺された時に使われていたブローニングM1910はたった2発の32口径を吐き出しただけだった。源田実は「運と度胸は成功と比率する」と語った。
それらを踏まえた上で、はてさて、那古刀奈という少女の戦闘力はどこからくるのか?
強力な拳銃1挺があったからこそと考えるか、たまたま拳銃を所持していたからと考えるか。
何事を語ったとしても、強力な拳銃を操る少女がここに存在しているのは確かである。
「素人、素人、素人」
一言呟く毎に1発の発砲。
確実に、『その度に40m先の少年が一人ずつ生贄になる』。
6インチの銃身を経て銃口から飛び出す9mmのマグナム弾は被弾者の体を派手に損壊させて不快な死を提供する。
胎に響く発砲音。
銃口から1m以上伸びる朱色のフラッシュ。
刀奈は両足を肩幅ほどに開き、腰を低めに落とし、両手でS&W M28を保持して反動をできる限り全身で制御していた。
銃口の先を弾き飛ばされるような反動も涼しい顔で受け流す。
典型的なポリスコンバットシューティングスタイルだ。
警察がマグナムを遣わなくなって久しい昨今では珍しい光景だ。背中に10番口径のロードブロックでも背負っていれば一層、様になる。
ようやく、生き残った少年たちが物陰に飛び込んで反撃を試みるが、手首を潜望鏡のように突き出して盲撃ちをしているので、掠りもしない。
寧ろ、狙って撃って被弾した方が清々しい。牽制でもない無駄弾に偶然、致命傷を負わされたのでは成仏できない。
疎らに咲くマズルフラッシュ。口径が統一されていないばかりか、銃の種類も統一性がない。
遮蔽物は厄介だった。弾薬をそれまでのシルバーチップとGecoが『アミーリーマー』の名前で販売しているアーマーピアッシングと交換する。貫通を主眼とする徹甲弾だ。外見はフルメタルジャケットだが、タングステンの貫徹子が埋められた一般的な徹甲弾だ。
破壊力だけが拳銃の最強の定義でないことを知っている刀奈は貫通を目的とした弾薬も状況に応じて使い分ける手段を会得している。
単純に計算して103kgの物体を1m動かすエネルギーでシルバーチップを発砲していたため、硬い遮蔽物に逃げ込まれると変形しやすいシルバーチップは脆く潰れる。
逆にそのエネルギーをアーマーピアッシングに用いれば致死率は下がるが物体を貫く力は強くなる。
錆びの浮いたドラム缶や資材を積んだまま放棄されたリヤカーの陰に見え隠れする標的を撃つ。
予想通りに決定打には到らず、次弾で標的の頭部や頚部付近を撃ち抜く。
一人を仕留めるのに2発の実包を消費するために効率が良いとは言えないが、慣れない火器……短機関銃を無闇に発砲するよりも、散弾銃で不確定なパターンを描くよりも確実だった。
盲撃ちを繰り返しながら、遁走を始める少年たちを背中から撃つ。
深夜の銃撃戦――一方的な屠殺――はほどなく、終了した。
刀奈は移動も隠れもせずに固定銃座のように佇み、357マグナムを30発ほど消費しただけだ。
きっかり13人分の死体を確認する。
息の有る者や隠れ通した者を始末するために初めて大きなアクションに出る。
S&W M27をウイーバースタンスに切り替え、川原の土手を駆け下りて鉄錆びに似た生々しい臭いが鼻腔を擽る現場までくると、死体を足で蹴り飛ばして爪先から伝わる感触で死者か否かを判断する。
その『作業』の途中、38口径と思しき拳銃からは実包を抜いて、持ち主の懐を漁って38splを頂戴する。357マグナムのシリンダーを持つS&W M28では薬莢長が短かく僅かに薬莢の直径が小さい38splの実包であれば共用できる。
同じリムの張り出た38口径でも、38S&Wや38S&Wロングはリムの直径が違うので共用は不可だ。財布からもなけなしであろう端金を抜いてポケットに捩じ込む。
「……」
実包や小銭より価値が高いであろう、麻薬のパケ(※合成麻薬を0.1g単位で量り売りしているセロファン包装)を見つけると、忌々しげに爪先で袋が破れるまで蹂躙する。
使い捨て注射器のシリンジも拾った拳銃のグリップ底部で叩き割る。このときばかりは百年の仇を見つけた形相を眦に浮かべて破壊する。
先ほどまで、冷静に、冷酷に引き金を引き絞っていた少しばかり可愛いだけの美少女はどこにもいない。
司法拳銃を公にぶら提げられる制服警官でも前述の通りサイズが大きく、長時間の装備から来る肉体疲労は避けられなかった。
だが、捨てる神あれば拾う神ありで、この6連発のS&W M28を7連発や8連発にカスタムしたモデルがメーカー純正モデルとして市場に出回り、数々のシューティングマッチで連覇を成し遂げるに到る。
44マグナムと同じNフレームを使用する、カスタムでもなんでもないオーソドックスな大型リボルバーは中学2年生の彼女には不釣合いな大きさだった。
少女に大型火器を持たせる、そんなギャップを楽しむ嗜好がある人種には堪らないシチェーション。
マイノリティの性癖を刺激する彼女の名前は那古刀奈(なご とうな)。14歳に成ったばかりだ。
アンダーカバーの公用として不向きなリボルバーにウォールナットのオーバーサイズグリップを装備し、銜え禁煙パイポで、的確な射撃の腕前を見せつけた彼女は、殺伐とした世情を生きるのに充分な資格を具えていた。
外見こそは少女……ボリュームの少ないボブショートに『今時のガキ』のように顎先が細い。パテを塗りこんで形成したように整った輪郭に収まる顔のパーツの一つ一つはあどけなくて荒削りで何処か儚い明るさを纏っている。
抽象的に表現するのなら、壊れ物注意な年頃特有のエネルギーが原石として剥き出しになっている状態。
人間を屠ることに呵責の念を抱かず、非合法の象徴に喩えられる拳銃を自在に操る。14年というそれだけの歳月で明るい世界を歩くことを止めた少女。……それが那古刀奈だ。
外見上、普通の中学生。平均的な体躯をした女子中学生。ただ、それだけという理由で拳銃は扱えない。
技術や理論は素質や才能でカバーできても、物理的法則をフルに活用する拳銃という工業製品とそれの実包から発生するエネルギーは使いこなすのにそれなりの膂力が必要だ。
弾頭重量10.3gの金属を初速440mで約1000Jで弾き出す反動は、言い換えればそれだけの作用が射撃手にも襲い掛かるということだ。
銃弾の威力を測るには様々な見解から導き出した公式が有るが、現実はそのよう様な数値など、些末なこととされる。
大方の場合、イニシアティブの有無に関係なく、戦闘行動は生存本能が心理的に働くからだ。
ジュール=初速×初速×弾頭重量÷2000や初活力=初速×初速×弾頭重量÷(重力加速度×2)という計算式を覚えたところで拳銃とそれが通じる戦闘区域及び距離では大して意味がない。
確実に発砲できて、確実に命中し、確実にノックアウトできる銃と腕と勘があれば、拳銃は使える。
致死に至る射程が精々3mと言われた45口径パーカッション式単発フィラデルフィアデリンジャーのたった1発でリンカーンを暗殺した。
フェルディナント大公がサラエボで暗殺された時に使われていたブローニングM1910はたった2発の32口径を吐き出しただけだった。源田実は「運と度胸は成功と比率する」と語った。
それらを踏まえた上で、はてさて、那古刀奈という少女の戦闘力はどこからくるのか?
強力な拳銃1挺があったからこそと考えるか、たまたま拳銃を所持していたからと考えるか。
何事を語ったとしても、強力な拳銃を操る少女がここに存在しているのは確かである。
「素人、素人、素人」
一言呟く毎に1発の発砲。
確実に、『その度に40m先の少年が一人ずつ生贄になる』。
6インチの銃身を経て銃口から飛び出す9mmのマグナム弾は被弾者の体を派手に損壊させて不快な死を提供する。
胎に響く発砲音。
銃口から1m以上伸びる朱色のフラッシュ。
刀奈は両足を肩幅ほどに開き、腰を低めに落とし、両手でS&W M28を保持して反動をできる限り全身で制御していた。
銃口の先を弾き飛ばされるような反動も涼しい顔で受け流す。
典型的なポリスコンバットシューティングスタイルだ。
警察がマグナムを遣わなくなって久しい昨今では珍しい光景だ。背中に10番口径のロードブロックでも背負っていれば一層、様になる。
ようやく、生き残った少年たちが物陰に飛び込んで反撃を試みるが、手首を潜望鏡のように突き出して盲撃ちをしているので、掠りもしない。
寧ろ、狙って撃って被弾した方が清々しい。牽制でもない無駄弾に偶然、致命傷を負わされたのでは成仏できない。
疎らに咲くマズルフラッシュ。口径が統一されていないばかりか、銃の種類も統一性がない。
遮蔽物は厄介だった。弾薬をそれまでのシルバーチップとGecoが『アミーリーマー』の名前で販売しているアーマーピアッシングと交換する。貫通を主眼とする徹甲弾だ。外見はフルメタルジャケットだが、タングステンの貫徹子が埋められた一般的な徹甲弾だ。
破壊力だけが拳銃の最強の定義でないことを知っている刀奈は貫通を目的とした弾薬も状況に応じて使い分ける手段を会得している。
単純に計算して103kgの物体を1m動かすエネルギーでシルバーチップを発砲していたため、硬い遮蔽物に逃げ込まれると変形しやすいシルバーチップは脆く潰れる。
逆にそのエネルギーをアーマーピアッシングに用いれば致死率は下がるが物体を貫く力は強くなる。
錆びの浮いたドラム缶や資材を積んだまま放棄されたリヤカーの陰に見え隠れする標的を撃つ。
予想通りに決定打には到らず、次弾で標的の頭部や頚部付近を撃ち抜く。
一人を仕留めるのに2発の実包を消費するために効率が良いとは言えないが、慣れない火器……短機関銃を無闇に発砲するよりも、散弾銃で不確定なパターンを描くよりも確実だった。
盲撃ちを繰り返しながら、遁走を始める少年たちを背中から撃つ。
深夜の銃撃戦――一方的な屠殺――はほどなく、終了した。
刀奈は移動も隠れもせずに固定銃座のように佇み、357マグナムを30発ほど消費しただけだ。
きっかり13人分の死体を確認する。
息の有る者や隠れ通した者を始末するために初めて大きなアクションに出る。
S&W M27をウイーバースタンスに切り替え、川原の土手を駆け下りて鉄錆びに似た生々しい臭いが鼻腔を擽る現場までくると、死体を足で蹴り飛ばして爪先から伝わる感触で死者か否かを判断する。
その『作業』の途中、38口径と思しき拳銃からは実包を抜いて、持ち主の懐を漁って38splを頂戴する。357マグナムのシリンダーを持つS&W M28では薬莢長が短かく僅かに薬莢の直径が小さい38splの実包であれば共用できる。
同じリムの張り出た38口径でも、38S&Wや38S&Wロングはリムの直径が違うので共用は不可だ。財布からもなけなしであろう端金を抜いてポケットに捩じ込む。
「……」
実包や小銭より価値が高いであろう、麻薬のパケ(※合成麻薬を0.1g単位で量り売りしているセロファン包装)を見つけると、忌々しげに爪先で袋が破れるまで蹂躙する。
使い捨て注射器のシリンジも拾った拳銃のグリップ底部で叩き割る。このときばかりは百年の仇を見つけた形相を眦に浮かべて破壊する。
先ほどまで、冷静に、冷酷に引き金を引き絞っていた少しばかり可愛いだけの美少女はどこにもいない。