ワイルドキャットカートリッジ

「くっ!」
 退路が無いことに気がつく。
――――そう言えば!
 カラーギャング以外に犠牲者は居ない。
 カラーギャングは全員、呆気無く、無残に絶命し、屍になってさえも盾としてワイルドキャットカートリッジから放たれるシルバーチップホローポイント弾を受けて、食み出た臓器を引き摺りながら、刀奈の攻撃に晒されている。
 遮蔽物の陰から連中の火器を注視する。
「……拙い」
 有り触れたマカロフで統一されている。
 道理で再装填を繰り返しても弾薬にバラつきが無いわけだ。
 口径や弾倉が統一されていないと隣の相棒に弾薬を借りることができないという弊害が発生し、どちらかが弾薬切れを起した時点で戦力低下に繋がる。
 それを見越してか、たまたま流通経路が一つしかなかったのか、どちらにしても状況は悪い。
 戦力を決して分断させず面制圧で包囲。喧嘩慣れしている。これれほどの統率力を持った集団がなぜに格下の戦闘力しか持たないカラーギャングの配下に収まろうとしたのか理解できない。
「?」
――――ツーマンセルが3組?
――――合計すれば14人の集団の筈。
――――私は『7人』仕留めた。
――――じゃあ、あと1人は?
 自ずと、この集団を指揮している人間を『疑う』。
――――どこかで指揮を執っている人間がいる。
――――ソイツがこの集団の本当の頭脳だ。
 9mmマカロフ弾のマズルフラッシュが記者団のストロボの如く瞬く中、刀奈は遮蔽物と隠蔽物の陰を伝う。
 隠蔽物といっても錆びたトタンの壁なので9mmマカロフでもボール紙のように穴が開く。
 寧ろ、ほどよく潰れた弾頭が体にめり込む方が負傷の度合いは深いと思われる。
 高価な実包が惜しいが、牽制するつもりで、一番近いツーマンセルに発砲する。
「!」
 盾としての抵抗を失っていたカラーギャングの死体を貫通したシルバーチップホローポイントが片手で死体を持ち上げていた少年の胸部に命中し、そのツーマンセルは無防備に刀奈の目の前に晒された。
 その機を逃がす刀奈ではない。
 少々無理な体勢からの発砲だった。弾頭は違えることなく、遮蔽物が見つからずオロオロする少年の腹部に命中し、派手に尻餅を搗かせた。腹部の射入孔から腸が食み出ていたが、少年の眼は虚空を写したまま、ピクリとも動かなかった。
 それを先途に連中の射線を横切りながら再装填する。
 刀奈の走り去った後に銀色の空薬莢が無造作に転がる。
 見ていた他のツーマンセルもカラーギャングの死体を捨てて、遮蔽物に隠れる。
 バラけるツーマンセルの内、刹那の遅れを見せた一組に対して、地面に伏せた途端に銃撃する。
 2人の内一人の腰部に被弾し、その場に下半身から崩れる。未だ息はあるが戦闘続行不能だろう。放っておいても1時間以内に出血死する重症だ。
「!」
 気配……殺気というに相応しい寒気を感じると、素早く立ち上がり、駆ける。
 ドラム缶やポリタンクが詰まれた廃材の小さな山の陰に飛び込む。
「……『来た』」
 刀奈は呻いた。
 相棒を失った先程のツーマンセルの一人が新しい相棒と合流してバラック同然の隠蔽物に飛び込む。
 その相棒は暗がりで解らなかったが、計算上では存在する14人目……この集団のリーダーだと直感する。
 新しく組織されたツーマンセルはもう一組のツーマンセルの援護を受けて無事に隠れ果せた。
 舌打ちする時間を惜しむ。引き金を引き絞る時間に割り当てる。
 「ビンゴ!」
 好い加減、反動で痺れてきた右手がヤケクソ気味に放った実包は逃げるツーマンセルを援護していたもう一組のツーマンセルの真ん中を『強行的に通過した』。
 2人は肘上部の腕を1発の銃弾で撃ち抜かれた。一人は左腕を捥がれ、もう一人は右腕の骨が関節が増えたようにありえない方向に曲がっていた。
 熱したフライパンの上でのた打ち回るミミズさながらに腕の傷口を押さえて悶える2人に、呼吸を整えてから1発ずつ叩き込んで黙らせる。
 バラック小屋と区別がつかない倉庫の影からマズルフラッシュが散発的に咲く。 
 1挺だけの射撃であると、発砲の間隔で解る。二手に分かれたか、リーダーを逃がすための囮か、大回りして刀奈を挟撃する布石だろう。
 刀奈としてはサッサと『逃亡して欲しい』。
 目的のカラーギャングは討伐したのでここで粘る意味がないのだ。だから、連中は尻尾を巻いて逃げるとばかり思い込んでいた計算が大きく崩れる。
 しかも強敵だ。
 気が付けばお気に入りのランチコートの裾や縁に風穴や銃弾が掠った跡が何箇所もある。
 吹き出るアドレナリンが恐怖心を和らげる。
 連中へのたまたまの命中とワイルドキャットカートリッジの破壊力がそれに拍車を掛ける。
 今なら『誰とでも勝負できる』気分だ。
 続け様の反動がもたらす右手の痺れも心地良く下腹を擽る。
 ひたすら、2人の影との闘いが展開される。
 そろそろスピードローダーの弾薬が心許なくなってくる。
 悠長にバラ弾をスピードローダーに銜え込ませている時間は無い。
 姿の見えない、どこに潜んでいるのか解らない標的相手に消極的に出ていても埒が開かない。
 この期に及んでいまだ銜えている禁煙パイポを大きく吸い込むと、遮蔽物から威勢良く躍り出る。
 目前の散発的に発砲を繰り返すマカロフに対してジグザグを描いて吶喊する。
 ガシャッ。
 カキッ。
 少年の顔が見えた。二人の拳銃は同時にアクションを見せた。
 少年のマカロフはスライドが後退したまま、停止。
 刀奈のS&W M28は撃鉄を起こした。
「ねぇ。良い夜ね」
 彼我の距離2m。
 逡巡する理由はない。刀奈は引き金を引き絞る。
 倉庫同士に挟まれた狭い隙間で耳を聾する発砲音が轟く。
 『頭部を失った少年の体』が大きく仰向けに倒れる。
 刀奈はその死体をヒラリと飛び越えて再装填をしながら真っ直ぐに、一路、開けた退路を走る。
――――影? 誰?
 細い倉庫小屋の狭間の向こうに影が見える。右手にはマカロフのシルエット。
「よう。しつこい奴だな」
「!」
 その影は街灯を背中にマカロフの銃口をこちらにゆっくり向ける。
 乱れる呼吸を走りながらできるだけ整え、S&W M28の銃口をマカロフを構える影におもむろに向ける。
 両者、互いを目指して歩く。
 距離がどんどん縮まる。
 刀奈は寸でのところで、スライディングして影――恐らく少年――の足元に滑り込む。
 刀奈のスライデイングの軌跡にことごとく9mmマカロフが縫い込まれて行く。
 特筆すべきは……。
 背後に街灯の明かりを背負う影の人物は『恐ろしく素早いアクションでマカロフを再装填したことだ』。
 マカロフのマガジンキャッチはグリップ底部にある。
 右手だけで再装填に於ける全ての動作を行うことは至難の業だ。だが、その影は弾倉を交換し、悠々とスライディングの運動エネルギーを失う刀奈を待った。
「よう。良い夜だな」
「!」
 影の前で刀奈の運動エネルギーは停止。突き出したS&W M28の長過ぎる銃身はマカロフのスライドで横から叩かれて、銃口を逸らされる。
――――笹屋翔一!
 確かにあの廃ビルで邂逅した、確かに根城のプレハブで頭部を吹き飛ばした笹屋翔一がそこにいる。
 刀奈の眼が大きく見開かれ、視点が定まらない。S&W M28の慣れた重量が10倍以上に感じられる。
「あ……あ……何で……」
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