ワイルドキャットカートリッジ

 何度もレポート用紙とカレンダー、腕時計を見比べる。
 眉を歪め、顔を顰める。セロリが不味いのではない。
 情報屋の提供した情報――知美の親友以上の親友であるキヨの敵討ちを実行するための有益な情報――では本日深夜しか襲撃に適した日時はない。
 連中の数は7人。それに加え、近日中に近場の不良グループと統合し、勢力拡大を図るという。
 標的の7人はただのカラーギャングで、無名の集団だ。
 流動的に街を徘徊する集団でしかない。そこへ最近、抗争で戦力が低下した若年層の不良集団が傘下に入り、戦力の増強を図るらしいのだ。
 カラーギャングが統率権を持ち、参入する集団は地回り的な下っ端扱いを受けることを口頭での約束事とし、低い扱いを甘んじて受け入れる代わりに、外部の大型集団からグループを守る目論見らしい。数の上では14人に膨れ上がる。
 リーダー同士で盃を交わす真似事が行われたのは昨日だが、本格的な顔合わせが始まるのは今夜。
 集まる連中の数はその日が一番多いと予想されるが、一番連携が執れていないのも、双方全員が初顔合わせをする今夜だろう。
 正直、気心が知れた仲同士あるいは訓練された少数より、烏合の衆同然の多数の方が討ち取りやすい。
 何も全員を討ち取る必要はない。目立つカラーギャングを最優先で仕留めればいい。
 場所は機縁にもワイルドキャットカートリッジの試し撃ちをした港湾部内部の倉庫街。
 今はバラック小屋同然で使われていない。
 刀奈の地理的知識として頭脳に既に入力されている。
「……」
 しばし考える。汚いものでも投げ捨てるように半分ほどの長さになったセロリをゴミ箱に放り投げると、何事かを脳内で巡らせながら自室に戻った。
 S&W M28での武装は大前提として。
   ※ ※ ※
 情報屋のレポート用紙に書かれた情報通りに、午前1時にぞろぞろと集まりつつある該当集団。
 いつものランチコートにデニムパンツ。
 腰や足裏が冷えるのを防ぐためにポケットカイロを貼り付ける。
 倉庫街の内部の街灯も射さない物陰で蹲ってカチカチと歯を鳴らしながら寒さと戦っている。
 煙草を吹かしながらたむろする10人前後の集団。
 鮮やかな青を基調とするカラーギャングの数は2人ほど足りない。
 襲撃するには早い。
 連中がドラム缶や一斗缶に棄てられた木材を投げ込んでオイルライターのオイルで火を点け始める。
 手を翳し暖かそうな顔をする連中を見ているだけで殺意が湧く。
 刀奈は新しいポケットカイロを取り出して指先に擦り付ける。寒さで悴んで指先の反応が遅くなっていては襲撃どころではない。
 オレンジフレーバーの禁煙パイポを銜えるが、味が薄れて風味が残されていないので吹き捨てる。
 コートのポケットから新しい禁煙パイポを取り出そうとしたとき、ざわつく連中の声にふと首を向けた。
「!」
 カラーギャングが2人。その中の一人に視線が走る。センターブルーのスタジアムジャンパーのポケットに手を突っ込んで、不遜な態度で煙草を銜える少年。
 情報通りの風体からこのカラーギャングのリーダーと思われる。
「……」
 ドラム缶や一斗缶の焚き火の明かりでその場に居る殆どの風体を知ることができる。
 長物のジャンパーやコートで隠してはいるが、どいつもこいつも懐や腰に拳銃を忍ばせているのが窺える。
――――頭、悪い。
 連中がたむろする倉庫の天井を見るなり、呆れ顔になる刀奈。
 高さ6mほどの天井の倉庫内で焚き火をしている。梁が火で炙られたらどうなるか全く考えていない。
――――さて。
 新しい禁煙パイポを銜えて一服、大きく吸い込む。S&W M28をゆっくりと抜いて薬室を開く。
 確かに、未使用のワイルドキャットカートリッジがこちらに尻を向けて出番を待ち焦がれている。持参した全てのスピードローダーはこの実包を銜え込んでいる。
 この4日間でワイルドキャットカートリッジの理論上の数値計算を何度も繰り返したが、357マグナム以上41マグナム以下の性能である事が『紙の上で、計算機を用いて』証明されている。
 遮蔽物にしているドラム缶から立ち上がる。此方からは40m前でゴロつく連中が丸見えだ。
 作戦は無い。カラーギャングの皆殺しか考えていない。差し違える気はない、死ぬ気もない。
 連中は壊滅を恐れて大きな集団に迎合しようと考える連中だ。逃がしたところで大した脅威ではない。
 遮蔽物からそろそろと前に出て大胆にも、両足を肩幅に開いて腰の重心を落とす。
 ……そしてS&W M28を両手で構える。
 撃鉄を起こし…。…
 轟砲一発。
 躊躇いの無い眼に宿る、明確な殺意。
 銃身から竜が炎を吹くように長い赤味の強いオレンジ色の銃火を吐く。
 凄まじい爆発力に推し出されたシルバーチップホローポイントは刀奈の手に反動を伝えると同時に、カラーギャングのリーダーと思しき少年の右肋を捉えた。
 少年の体内では理想的なマッシュルーミングが形成されてそれが伝達する衝撃は心臓をショックで停止させるに到る。
 少年は巨大なハンマーで殴られたように吹き飛び、地面に転がりながら死の痙攣を始める。
 誰もが言葉を失った。
 長く尾を引く発砲音。
 緩慢な時間の中で刀奈だけは早かった。
 否、もう一人の影。
 連中の中に修羅場に慣れた奴がいる。
 発砲。
 銃声。
 轟音。
 刀奈のワイルドキャットカートリッジは悉く少年たちを捉える。
 致命傷に到らないが手足を引き千切られて芋虫のようにのたうつ奴もいる。
 反撃。
 応戦。
 連携。
 カラーギャングを4人仕留めたところで反撃の銃声が連なる。
 その頃には刀奈は遮蔽物に身を隠し、地面を這いずりながら姿を隠蔽できるトタン壁や廃材を伝いながら移動する。
――――小癪うっ!
 再装填を終え、残りのカラーギャングを始末しようと頭を上げる。カラーギャング以外の集団の方が連携が執れている。
 必ずツーマンセルで行動し、互いをカバーし合いながら、刀奈を緩く包囲すべく近付いてくる。
 リーダーシップを発揮するはずのカラーギャングは疎らに銃を発砲するだけだ。終いには――都合のいいことに――別の集団の連中がカラーギャングを捕まえて自分たちの盾にしながら間合いを詰めてくる。
 勿論、遠慮する理由は無く、盾にされているカラーギャングを射的のように撃ち殺す。
 ……だが。
 その死体を捨てずに進軍する連中。
 刀奈の使用している弾頭が人体を貫通し難い特性を持っているのを見極めたのか。
 2人一組で死体を盾にして発砲するさまは異様だが、形振り構わない戦法としては理想的だった。
 一人が弾切れになるともう一人が牽制射撃をしながら、相棒が再装填する時間を稼ぐ。
 一つのチームが弾幕を張っている間にもう一つのチームが間合いを詰める。……素人の集団にしては訓練され過ぎている。
 刀奈一人を討伐するために即席で考えた戦法だとしても、恐ろしいほどに統率されている。
――――?
――――何なの!
 禁煙パイポを何度も吸い込みながら頭をクールダウンさせようとする。勿論、薬学的鎮静剤的な効果は無いので即座に気分が入れ替わることはない。
 頭の中で指折り、カラーギャング以外の人数を数える。
 カラーギャング以外は誰一人としてS&W M28の洗礼を受けていない。
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