ワイルドキャットカートリッジ

 殺意や憎悪が極限まで煮詰められると、却って冷静な判断を下すことがある。
 今の刀奈が正にそれだ。怒りの感情を具体的に表現するために脳細胞が活性化してアドレナリンが吹き出るほど、思考を高速で巡らせると、『怒り』という感情が薄れて単純に「力で捻じ伏せたい」という単純明快な考えに到る。
――――あー。
――――どうすればハラワタが落ち着く殺し方ができるかなー。
 刀奈の倫理観はその一点に到達している。
 起動させたパソコンを操作してネットを徘徊する。検索ワードに適当な単語を入力して国内外を問わずにサイトを巡る。
「……お」
 刀奈は小さく呻く。
 ブラックタロンに関する記述を発見した。
 外見と名前のネガティブなイメージから一時販売停止になった不遇の弾薬だ。
 別段優秀なホローポイントではないが、凶悪なイメージに惹かれた。
 即座に、ありふれた黒サイトで価格表を閲覧するが、プレミア価格の札が貼られて値段が高騰している。
 その他にセフティスラッグやエクスプロッシブカートリッジなどを転々としたが、計算機を叩きながら卓上演習を繰り返す。
 結果として……使い慣れたゼミジャケッテッドホローポイントに帰結する。
 ネットを閉じようとしたときだ。
「?」
 ホットロードというワードを拾う。
 続けてトリプルロードというワードを拾う。
 さらに続けてワイルドキャットカートリッジというワードを拾う。
「む……」
 素早く、手元のメモに数値や文字を羅列し、カタカタと電卓を叩く。
 ホットロードとトリプルロードはいずも薬莢に封じる炸薬量のオーバーロードを意味する。
 単純に普通の炸薬を増量して銃弾自体の初速や停止力の増強を図った実包だ。
 対してワイルドキャットカートリッジは少し定義が違う。
 複数の炸薬を独自にブレンドしてさらに強力な初速を得る、手詰め装弾だ。
 炸薬を増やすだけの前者2つとは違う。様々な炸薬を混ぜ合わせてオリジナルの炸薬を作り、それに適する弾頭を被せてでき上がりだ。
 ワイルドキャットカートリッジは主にライフルなどの長物で使用される。拳銃では耐久性の問題から多用されることは少ない。
――――これなら!
 数時間後。
 手元のメモに書いた計算が導き出した数値を見て納得する。
 S&W M28は本来44マグナムを撃つためにデザインされた拵えだ。破壊力では格下の357マグナムでは問題なく扱えて当然だ。
 ならば、44マグナムに相当する――計算上の話で、実際の射撃は計算外――ワイルドキャットカートリッジを拵えれば、高価な実包を購入する必要は無い。
 尚、この安直な考え方を『ワイルドキャット』という。
 この場合の『ワイルドキャット』には「向こう見ず」「暴走機関車」などの無鉄砲な奴というニュアンスを含む。
 猛然と炸薬の特性を頭に叩き込み、『一夜漬けにしては』上等なレシピを密売屋に送りつけ、日本化薬とデュポンのある種の炸薬を然るべき分量でブレンドした手詰め装弾をオーダーした。弾頭はオーソドックスにシルバーチップホローポイントだ。
 理論上の計算を多角的に何度も計算し直したので、頭が疲れる。
 拳銃用の薬莢にマグナムライフルの炸薬だけをトリプルロードすればいいというものではない。ひたすら強力な炸薬を詰めたところで、撃ち出す銃身の長さが加速するに足る長さでなければ意味がなく、却って銃本体の寿命を縮めるだけだ。
 だから、オーダーした手詰め装弾はマグナム拳銃用炸薬に通常の狩猟用ライフルの炸薬をホンの少量、足しただけの物でしかない。
 極論な例を持ち出せば、炸薬が強力過ぎても、シルバーチップの弾頭が銃身内で変形し、最悪の場合、銃口から飛び出た瞬間に粉砕してしまう。
 爆発的に発生するエネルギーを阻害する、『爆発エネルギー』を発生させて命中精度や反動を調整するのだ。……単純に装薬する分量を減らせばいいという話でもない。
 それでは無秩序に爆発エネルギーが吐き出されるだけなのだ。
 これらの理論はワイルドキャットカートリッジに限ったことではない。
 工場で大量生産されるファクトリーロードでも使用する銃に合わせて、安全圏内で炸薬や分量が調整されている。
 それを敢えて自作で追求する理由は――マグナムフリークに多い傾向だが――何と言っても、『できるだけ強力な実包を可能な限り安全に運用したい』という願望だろう。
 刀奈は標的を人間では無く、糞の詰まった肉袋程度にしか見做していないので停止力も致死率も無視して『一発で悲惨な最期を提供できる』実包を、一夜漬けで完成させた。
 星の数ほど有る炸薬の組み合わせをもっと勉強したいところだったが、深く入り込めば残りの人生を全て捧げてもマスターしきれないので、『妥当な破壊力』だけを選んだ。……そもそも素人の領域では無い。
  ※ ※ ※
 長い2週間。
 待ちに待った50発のワイルドキャットカートリッジがブリスターパックに詰められて、密売屋から届けられた。
 夜の繁華街の裏路地で、それを受け取った刀奈は密売屋に惜し気もなく色を付けた料金を払う。
 今後も良い仕事をしてもらうための投資だ。
 刀奈は一目散で自転車を漕ぎ、港湾部の埠頭に来る。
 この辺りは武装した暴走族や麻薬中毒患者の巣窟でまともな人間が立ち寄る場所では無い。
 緊張を抑えた手でS&W M28の薬室に銀色一色の真新しい実包を詰める。
 目測で30mほど先に置いた、雨水が詰まったポリタンクを的にするつもりだ。
「!」
 体に衝撃。
 背後から誰かに押される。スラックスの尻ポケットに違和感。
――――掏られた!
 麻薬を買う金欲しさに男が財布を掏っただけだ。
 彼女の唇の端が悪魔のように吊り上る。指を指すように装填済みのS&W M28の銃口を走り去っている最中の男の背中に向ける。
 腰を落とし重心が落ち着くと両手でS&W M28を保持し、撃鉄を起す。
 刹那。
 間延びする357マグナムの発砲音と共にシルバーチップホローポイントが放たれる。
 長い火炎が銃口から伸びる。
 シリンダーギャップから漏れるガスが大輪の花火のようだ。
 反動は凄まじいが掌からグリップがすっぽ抜けるような過分な反動ではない。
 同時に30m先で男の延髄に命中すると、頚骨を絶ち、喉の肉を引き裂いて首が胴体から引き千切れる。首を失った男は2歩ほど惰性で走って膝から崩れた。
 文句無し。
 手落ちがあったとすれば、実包のスペックを数値化する余裕がなかったことだろうか? いくら当り場所がよかったとしても、357マグナムでは成人男性の首が引き千切れることはない。
 一瞬でワンランク上の破壊力に酔い痴れる。
「ははは……ははは……あーっはっはっはっ!」
 思わず腹の底からの箍が外れたような笑いが込み上げる。人間を背後から撃つという自己に課した禁忌に似た感情も吹き飛ばされるほどに……。
  ※ ※ ※
 更に4日後。
 実戦でワイルドキャットカートリッジを使用したくてウズウズしている中、奮発して大枚を握らせた情報屋から相変わらずのアナログな通信手段――手紙――で情報が送られてきた。
「……」
 台所で塩胡椒を振りかけたセロリを齧りながら3枚のレポート用紙を睨む。
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