ワイルドキャットカートリッジ
柾寺義也(まさでら よしや)の非日常で普遍な死亡迄、後30分。
紺色。ボア、フード付きポリスジャンパー――中国製の安価な贋物――に袖を通したワイルドスパイスショートの高校3年生男子は道端でよく見る特徴の無い、のっぺらな顔に珠の様な汗を浮かべながら、先ほどから『半日前に起きた、ただ、一つのこと』を何度も捲くし立てる。
彼――柾寺義也。地元高校に通う普通の不良。社会不適格者を自覚する落伍者――の話を聞く、彼の12人の仲間は誰一人として、まともに話を聞いていないことに、そろそろ苛立ちが限界を突破しそうだった。
身長170cm、体重60kgの恵まれた、だが、喧嘩以外に活用させたことのない体躯を小さく震わせ、足元の空き缶を踏み潰した。
あと少しで癇癪を起しそうな顔になったとき、彼、柾寺義也の話にようやく耳を傾ける者が出てきた。
嘲りの表情を全く隠さない小馬鹿にした顔であったが、何とか柾寺義也の臨界点は危うい地点で鎮静に向かう。
「いやいや、悪い悪い。……で、『44マグナムを振り回すオンナノコ』にケツの穴を掘られて逃げてきたって話だっけ?」
前歯がニコチンで色を塗ったように黄色くなった少年は着衣であるパーカーの大きなカンガルーポケットに両手を突っ込んだまま、ニヤケ顔を隠さず柾寺義也少年に『先程から何度も聞いている内容と同じ文言』を返した。
「俺は……起きたことをありのままに話したぜ。処刑とか仕返しとかそんなチャチなモンじゃねぇ! もっと箍が外れた話だ!」
義也は震える手でポリスジャンパーの内ポケットからマイルドセブンのソフトパックを取り出した。
それを口に銜えたまま、マイルドセブンに火が点けられない。
強く握り拳を作り過ぎて指先が巧く使い捨てライターのホイールを親指で回せないのだ。
「と、とにかく、俺は逃げる! ちゃんと話はしたからな! 送ったメールで納得しなかったお前らが悪いんだからな!」
「へぇへぇ。御忠告どうも。『茶色のコートを着た中学生』に気を付けろってことだろ?」
前歯がニコチンで汚れたパーカーの少年は、左右の手を後腰に回し、ダブルバックサイドホルスターからデトニクス45コンバットマスターを威勢良く抜く。
それを機に、その場にいた大半の少年達が懐や腰から短物を抜く。
撃鉄を起す、気の早い者も居た。
「勝手にしろ! 昨日の夜、『ガキ一人に俺以外の5人はたった5発のタマで仕留められた』んだ!」
寒風が寂しく吹き荒ぶ河原に卑下した笑い声が沸き起こる。呼応する様に疎らに熾る一斗缶の炎が爆ぜる。
ある夜の、ある一級河川の橋の下での一コマ。
自身が笑われたことに対して一言叫ぼうとした義也は、半分ほどのマイルドセブンを吐き捨てて反駁の台詞を吐くべく口を開いた……。
途端。
西瓜を木製バットで叩き割るのに似た破裂音と共に柾寺義也の中途半端に荒くれた人生は強制的に終了させられる。
視覚的に美しいハレーションを描いて四散する。
オレンジ色の焚き火に脳漿と血液と骨片が一瞬だけ幻想的な空間を創り上げる。
……だが。
それが自分たちの仲間の頭部を構成する組織片だと判明すると、その場に居た12人は不覚にもそれぞれの得物を構えることなく、『響き渡る発砲音を聞きながらも』何もできずに竦んでしまった。
たった1発。
この12人の集団が、訓練された統率力のある集団ならば体勢を整えるのに2秒も必要としなかったろう。
30分間も口喧しく喚き散らしていたはずの人間が何が起きたのか解らぬうちに下顎だけが残る肉の塊に変わる。
派手に損壊した頭部跡からは、先ほどまで生きていた証に、溢れる血液から湯気が出る。
誰しもが転がる柾寺義也だったその物体に視線を縫い付けられたまま、動けないでいた。
動こうにも足が震え、腰と膝に力が入らない。ズボンの股間に漏らした小便が染みになって浮き出る奴も居た。
5発。
決して速くない射撃速度だったが、五つの銃声は確実に五つの生命を吹き消した。
違わず、心臓。頭部。
頭部は派手に破裂するくせに胸部を穿つ弾頭は強烈なストレートを叩き込んだように体幹を震わせ、尻餅を搗かせるように吹っ飛ばす。
この事から、対人停止力の高い弾頭であることが解る。
それも拳銃クラスのマグナム実包。
人体を貫通していないことから、シルバーチップやホローポイント系だと覗えた。
臓物や脳漿や血液の腥い臭いが夜風に舞い上がり、暗い虚空に吸い込まれる。
5人が案山子のごとく――柾寺義也を含めると6人――撃ち倒されても反撃出来ない。
狙撃手がどこに居るのか解らないという問題以前に、拳銃こそはぶら提げていても、『奪われる側』からの命の遣り取りは初めてだったために、怖気ずいて戦意を挫かれたのだ。
狙撃手が回転式を用いて河原の土手から狙っていたのを、耳を澄ませば聞こえたのかも知れない。冷静になれば判断できたのかもしれない。
……悠々と再装填している姿を確認できたのかもしれない。
「……素人……44マグじゃないわよ」
彼女は呟く。霧のような秋水を放つ静かな声で呟く。
微かなオレンジの香り。……彼女を例えるのなら色彩もオレンジが似合いそうだった。
明るいブラウンが基調のランチコートに袖を通した彼女は誰も見ていないのにオーバーな演出で、大型リボルバーを手首のスナップだけで左へ振る。
サムピースを押しっ放しなので、シリンダーが開放される。薬室に収まる薬莢にはそれぞれ雷管に打撃痕が有る。
銃口を空に向けて威勢良くエキストラクターを押し込み、膨張した空薬莢を排出する。
ハンドエジェクター式の本物のリボルバー拳銃はモデルガンと違い、銃口を上に向けても自重で空薬莢が落下しない。撃発の際に膨張して、薬室内部の僅かな隙間も埋まってしまうからだ。
彼女の足元の草叢に6個の空薬莢が、役目を終えた者の末路と言わんばかりに無慈悲に捨てられる。
ランチコートの右脇から新しい実包の尻を銜え込んだスピードローダーを取り出す。
装填からシリンダーの填め込み、空のスピードローダーをポケットに落とす動作を滑らかに行う。
これらの動作が大きく整った体躯をした成年男子なら問題も文句も無かったのだろうが、オレンジフレーバーの禁煙パイポを銜えた彼女は身長157cm体重54kgの年端も行かない顔の女の子だったということだ。
厳密に彼女の尊厳を優先するのなら平均的な体躯をした中学2年生の少女と表現するべきか。
だらりと下げた右手には6インチ銃身の黒い大型リボルバー。
S&W M28。販売名がハイウェイパトロールマンで有名なリボルバー拳銃だ。全長265.5mm、重量1247gの堂々とした風格。 銃身根元のテーパーラインが44マグナムで御馴染みのS&W M29と一発で選別する方法だ。
何しろ、44マグナムを強度的に問題無く発砲できる拵えで、破壊力では格下の357マグナムを使用する安全設計だ。
名前の割には寸法、重量的な問題から公務機関にはあまり受けは良くなかったという。
実際は、357マグナムを使用することから、1発で暴走する車両をストップさせるパワーが必要とされる一部の高速道路警務者には愛用されていた。
名前の通りの働きをしていたリボルバーだったが、人間相手にはオーバーキルだと非難が相次いで、結果的に38splと中間的な性能を持つ38spl+Pの開発を促進させてしまう。
紺色。ボア、フード付きポリスジャンパー――中国製の安価な贋物――に袖を通したワイルドスパイスショートの高校3年生男子は道端でよく見る特徴の無い、のっぺらな顔に珠の様な汗を浮かべながら、先ほどから『半日前に起きた、ただ、一つのこと』を何度も捲くし立てる。
彼――柾寺義也。地元高校に通う普通の不良。社会不適格者を自覚する落伍者――の話を聞く、彼の12人の仲間は誰一人として、まともに話を聞いていないことに、そろそろ苛立ちが限界を突破しそうだった。
身長170cm、体重60kgの恵まれた、だが、喧嘩以外に活用させたことのない体躯を小さく震わせ、足元の空き缶を踏み潰した。
あと少しで癇癪を起しそうな顔になったとき、彼、柾寺義也の話にようやく耳を傾ける者が出てきた。
嘲りの表情を全く隠さない小馬鹿にした顔であったが、何とか柾寺義也の臨界点は危うい地点で鎮静に向かう。
「いやいや、悪い悪い。……で、『44マグナムを振り回すオンナノコ』にケツの穴を掘られて逃げてきたって話だっけ?」
前歯がニコチンで色を塗ったように黄色くなった少年は着衣であるパーカーの大きなカンガルーポケットに両手を突っ込んだまま、ニヤケ顔を隠さず柾寺義也少年に『先程から何度も聞いている内容と同じ文言』を返した。
「俺は……起きたことをありのままに話したぜ。処刑とか仕返しとかそんなチャチなモンじゃねぇ! もっと箍が外れた話だ!」
義也は震える手でポリスジャンパーの内ポケットからマイルドセブンのソフトパックを取り出した。
それを口に銜えたまま、マイルドセブンに火が点けられない。
強く握り拳を作り過ぎて指先が巧く使い捨てライターのホイールを親指で回せないのだ。
「と、とにかく、俺は逃げる! ちゃんと話はしたからな! 送ったメールで納得しなかったお前らが悪いんだからな!」
「へぇへぇ。御忠告どうも。『茶色のコートを着た中学生』に気を付けろってことだろ?」
前歯がニコチンで汚れたパーカーの少年は、左右の手を後腰に回し、ダブルバックサイドホルスターからデトニクス45コンバットマスターを威勢良く抜く。
それを機に、その場にいた大半の少年達が懐や腰から短物を抜く。
撃鉄を起す、気の早い者も居た。
「勝手にしろ! 昨日の夜、『ガキ一人に俺以外の5人はたった5発のタマで仕留められた』んだ!」
寒風が寂しく吹き荒ぶ河原に卑下した笑い声が沸き起こる。呼応する様に疎らに熾る一斗缶の炎が爆ぜる。
ある夜の、ある一級河川の橋の下での一コマ。
自身が笑われたことに対して一言叫ぼうとした義也は、半分ほどのマイルドセブンを吐き捨てて反駁の台詞を吐くべく口を開いた……。
途端。
西瓜を木製バットで叩き割るのに似た破裂音と共に柾寺義也の中途半端に荒くれた人生は強制的に終了させられる。
視覚的に美しいハレーションを描いて四散する。
オレンジ色の焚き火に脳漿と血液と骨片が一瞬だけ幻想的な空間を創り上げる。
……だが。
それが自分たちの仲間の頭部を構成する組織片だと判明すると、その場に居た12人は不覚にもそれぞれの得物を構えることなく、『響き渡る発砲音を聞きながらも』何もできずに竦んでしまった。
たった1発。
この12人の集団が、訓練された統率力のある集団ならば体勢を整えるのに2秒も必要としなかったろう。
30分間も口喧しく喚き散らしていたはずの人間が何が起きたのか解らぬうちに下顎だけが残る肉の塊に変わる。
派手に損壊した頭部跡からは、先ほどまで生きていた証に、溢れる血液から湯気が出る。
誰しもが転がる柾寺義也だったその物体に視線を縫い付けられたまま、動けないでいた。
動こうにも足が震え、腰と膝に力が入らない。ズボンの股間に漏らした小便が染みになって浮き出る奴も居た。
5発。
決して速くない射撃速度だったが、五つの銃声は確実に五つの生命を吹き消した。
違わず、心臓。頭部。
頭部は派手に破裂するくせに胸部を穿つ弾頭は強烈なストレートを叩き込んだように体幹を震わせ、尻餅を搗かせるように吹っ飛ばす。
この事から、対人停止力の高い弾頭であることが解る。
それも拳銃クラスのマグナム実包。
人体を貫通していないことから、シルバーチップやホローポイント系だと覗えた。
臓物や脳漿や血液の腥い臭いが夜風に舞い上がり、暗い虚空に吸い込まれる。
5人が案山子のごとく――柾寺義也を含めると6人――撃ち倒されても反撃出来ない。
狙撃手がどこに居るのか解らないという問題以前に、拳銃こそはぶら提げていても、『奪われる側』からの命の遣り取りは初めてだったために、怖気ずいて戦意を挫かれたのだ。
狙撃手が回転式を用いて河原の土手から狙っていたのを、耳を澄ませば聞こえたのかも知れない。冷静になれば判断できたのかもしれない。
……悠々と再装填している姿を確認できたのかもしれない。
「……素人……44マグじゃないわよ」
彼女は呟く。霧のような秋水を放つ静かな声で呟く。
微かなオレンジの香り。……彼女を例えるのなら色彩もオレンジが似合いそうだった。
明るいブラウンが基調のランチコートに袖を通した彼女は誰も見ていないのにオーバーな演出で、大型リボルバーを手首のスナップだけで左へ振る。
サムピースを押しっ放しなので、シリンダーが開放される。薬室に収まる薬莢にはそれぞれ雷管に打撃痕が有る。
銃口を空に向けて威勢良くエキストラクターを押し込み、膨張した空薬莢を排出する。
ハンドエジェクター式の本物のリボルバー拳銃はモデルガンと違い、銃口を上に向けても自重で空薬莢が落下しない。撃発の際に膨張して、薬室内部の僅かな隙間も埋まってしまうからだ。
彼女の足元の草叢に6個の空薬莢が、役目を終えた者の末路と言わんばかりに無慈悲に捨てられる。
ランチコートの右脇から新しい実包の尻を銜え込んだスピードローダーを取り出す。
装填からシリンダーの填め込み、空のスピードローダーをポケットに落とす動作を滑らかに行う。
これらの動作が大きく整った体躯をした成年男子なら問題も文句も無かったのだろうが、オレンジフレーバーの禁煙パイポを銜えた彼女は身長157cm体重54kgの年端も行かない顔の女の子だったということだ。
厳密に彼女の尊厳を優先するのなら平均的な体躯をした中学2年生の少女と表現するべきか。
だらりと下げた右手には6インチ銃身の黒い大型リボルバー。
S&W M28。販売名がハイウェイパトロールマンで有名なリボルバー拳銃だ。全長265.5mm、重量1247gの堂々とした風格。 銃身根元のテーパーラインが44マグナムで御馴染みのS&W M29と一発で選別する方法だ。
何しろ、44マグナムを強度的に問題無く発砲できる拵えで、破壊力では格下の357マグナムを使用する安全設計だ。
名前の割には寸法、重量的な問題から公務機関にはあまり受けは良くなかったという。
実際は、357マグナムを使用することから、1発で暴走する車両をストップさせるパワーが必要とされる一部の高速道路警務者には愛用されていた。
名前の通りの働きをしていたリボルバーだったが、人間相手にはオーバーキルだと非難が相次いで、結果的に38splと中間的な性能を持つ38spl+Pの開発を促進させてしまう。
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