ワイルドピース

「ちっ!」
 連なる空薬莢が、のたうつ蛇か噴出する間欠泉のように目前を舞う。
 右手に構えたイングラムM10を横構えにして左手でサプレッサーを保持している。伸縮式のストックは延ばしていない。
 吶喊……このフロアのカチコミ組は合計で6人。依頼主は弾の続く限りの殺戮を御所望だ。
 殺戮云々は兎も角、45ACPの低速重量弾は充分な対人停止力を発揮してくれている。スプレーガンという渾名を付けられたこともある安価な短機関銃は部屋中にミシンで縫ったような弾痕を拵えて、応戦するフロアの『社員たち』を蜂の巣にしていく。
 このイングラムは光江たっての希望で、大枚を叩いて同行する『同業者の武器調達係り』からレンタルした。
 百飛木に対する精一杯の『お守り』のつもりだ。
 サプレッサーにより70デジベル以下に抑えられた発砲音は狭い室内でも耳栓なしでも不快に感じにくい。
 ボルトの後退量が少ないので銃口の跳ね上がりが少し大きく、両手で保持していてもお世辞にも精密狙撃に向いている銃とは言えない。
 サプレッサー付きで保持していなければ、前評判通りにジャジャ馬の印象しか受けなかっただろう。
 吶喊するカチコミに対してどこから涌いてくるのか、迎撃要員がドスや短機関銃を振り回して応戦する。
 優勢だったのは出鼻を挫いていた最初の5分だけで、その後は膠着と微速後退の繰り返しだった。
 百飛木とカチ込んだ6人の内、1人が死亡。2人は負傷。薄めた麻薬を予め服薬していたために鎮痛剤と鎮静剤の効果が現れて、今のところその2人には特に仕事に支障は現れていない。ただ、2人供、バイタルゾーンからずれた腹部を負傷したお陰で、いつ出血多量で行動不能に陥るか解らない。
 麻薬の常習を恐れて何の薬物も摂取していない百飛木は1発でも腹部に被弾するとお終いだ。
 イングラムが景気よく空薬莢を撒き散らし、銃火の向こうに立つ犠牲者を蜂の巣にするが、慣れない発射速度に少しばかり調子が狂う。
――――1人辺り5、6発も叩き込んでいたんじゃ効率が悪いな……。
 早い発射速度。それに加え、弾倉交換の際にはグリップエンドのマガジンキャッチを押さなければならない。フォスベリー・オートマチック・リボルバーとは全く違う『嫌な煩わしさ』のお陰で、度々ロスが出る。
 45ACPが30発入る弾倉でも実際に人間を仕留めるのは弾倉1本分ばら撒いても2、3人。
 無駄弾をばら撒いているという精神衛生的に悪い環境が、イングラムの戦闘力を心理的に削いでいた。頼もしい一方で貧乏性がその恩恵を帳消しにしてしまう。
 案山子でも撃ち倒す気軽さで引き金を引き続けていると、引き金にまで薬室の熱が伝導してきた。
――――拙い!
 カチコミ前にボルトを分解して確認したが……ボルトはクローズボルトだった。
 それは、放熱効率が悪く長時間の連射には向かない構造だということだ。
 クローズボルトの全自動火器を扱う場合は、素早い指切り連射を心掛けなければ、調子に乗って間断のない連射を繰り返せば引き金が火傷するくらいに熱を帯びる。
 危険だ。クローズボルトで小型の全自動火器ほど、熱による事故は多発する。
 サプレッサーも使い捨てカイロを握っているかのように熱い。
 恐らく、ボルト周辺は軍手が必要なくらいに熱を帯びているに違いない。
「死ねやぁっ!」
 不意に横脇から短ドスを腰溜めにしたヤクザが、威勢よく飛び出してきた。黙って突き刺しにくれば仕留められる確率が高くなったのに……。
 百飛木は咄嗟にイングラムの本体を翳して馬鹿長い弾倉で短ドスの一撃を往なす。
「!」
 引き金を引いていないのに、撃針が作動し雷管を叩く。暴発し、全弾、吐く。
 エジェクションポートから残弾分の空薬莢が溢れ出る。
 咄嗟に身を捩って熱く焼けた空薬莢の雨を避けて、倒れ込みざまに短ドスを構えた男の突き出した右手の甲にサプレッサーの先端を押し付ける。熱さのあまり、息を呑んだヤクザは短ドスを落として一歩、飛び下がる。
「ほらよ」
「!」
 ヤクザの胸に向かって熱暴走を起こして冷めるまで使い物にならないイングラムを放り投げる。
 鳩が豆鉄砲を喰らった顔で思わずイングラムを受け取るヤクザ。受け取り方が悪かったのか、熱を帯びた部分を握ってしまい掌に火傷を負う。
「!」
 はっ、とヤクザの顔色が変わる。
「遅い!」
 百飛木が床から立ち上がりながら銃口を床に強く押し付けて、コッキングしたフォスベリー・オートマチック・リボルバーを無造作に向けて、流れるようなフォームで引き金を引く。
 轟音一発。
 ヤクザの眉間に38口径の孔が開き、後頭部の射出口から派手に脳漿と血液が斑になった内蔵物を撒き散らした。ようやく、慣れ親しんだ相棒が揮える。……イングラムは後で回収しないと光江に苦しい言い訳をすることになる。
 イングラムのマガジンポーチしか付属していないBDUを脱ぎ、左手でフォスベリー・オートマチック・リボルバーの予備弾薬ポーチを確認する。
 アドレナリンが心地良く衝動を撹拌し始める。
 右手に構えた、見慣れた珍銃が解離した世界で銃火を美しく描く。
 右手首に伝わる独特の反動――リコイルアクションの作動。真後ろに伝わるキック――だけが現実を繋ぎ止める。
 イングラムでは達しなかった殺戮の世界。
 引き金を引いた数だけ散華する生命。
 あいつも、こいつも、そいつも。
 飛び交う銃弾の中で、狭い空間の中で、血煙と硝煙が渦巻く空間で。
 撃つ。
 撃つ。
 視覚に入る危険因子は撃つ。
 このフロアのカチコミ組は既に3人が脱落した。
 構いやしない。
 撃ちたい。討ちたい。
 さあ、標的は前へ。
 この轟音。この反動。そして、体が覚えた『8発の世界』。
 それが終わると惜しむ感触があり、火傷も恐れずサムピースを押して熱い銃身を折る。新しい実包を薬室にスピードローダーで落とし込む。
 美しい世界。
 芸術には全く疎い百飛木ではあったが、鉄火が渦巻く1秒以下の世界でないと見ることができない、体験することができない、そんな感動は理解できる。
 定義は違えども、百飛木はフォスベリー・オートマチック・リボルバーと五感を用いてある種のクリエイティブな世界にダイブしているに違いない。
 どれだけを討ち倒し、誰がどんな顔をしていたのかも解らない。
 内向的酩酊。
 ……だから。
 だから、不意に背後から右肩を叩かれたときも体は紫電の速度で振り向き、右手は秋水のごとく鋭く閃いた。
 カチッ。
 引き金が空引きする。
 見覚えのある男の額に1cmまで迫った銃口が震えもせず、停止する。
 引き金の空引き。
 フォスベリー・オートマチック・リボルバーの薬室に、残弾はない。
 撃発位置まで起きた引き金が役目を終えた薬莢の尻を叩いただけなのだ。
「……」
「……『よう。助っ人。撤収だ』」
 カチコミ前のブリーフィングで指示棒を揮って突入ルートを説明していた今回の作戦のリーダーが立っていた。
 額に近接した銃口が向いても顔色を変えない四十絡みの精悍な顔付きをしたその男は、愛用らしいバレットM468の10インチモデルを右手に携えたまま、双眸が薄っすらと霞んでいる百飛木を睨むわけでもなく、挨拶するような気楽な雰囲気で話し掛ける。
「ケムリに呑まれたな。早く帰って水風呂に飛び込め」
 M468の男は百飛木の頬を手の甲で軽く叩くときびすを返してカチコミ組の残存戦力を統率して撤収に入った。
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