ワイルドピース

 百飛木と光江にとって弛みない攻撃を展開することが最大の防御であり処世術なのだ。
 その中で、光江は少しばかり百飛木と『同じ夢』を見ることに執着していた。
 少しばかりの齟齬。
 二人でなければ生きていけない、と思い込む百飛木。
 二人なら何でもできる、と信じる光江。
 齟齬の幅は『明るい社会で生きる人間』からすれば『理解の範疇を越えるほど』、皆無に等しい。
 齟齬の幅を喩えるのなら「生き抜く技術」と「生きる気力」の違いとでも表現しようか?
 どちらも正しく、どちらも必要。いつ、どのような状況で成分を配分するか。
 カタギの人間には理解でlきない世界での心理作用だ。
 客観的に考えれば、「生き抜く技術」は「生きる気力」と比べ得る単位も基準も次元が違うために縮尺としては不向きだという意見が多い。
 それが罷り通り、それが修羅場に於いて通貨単位のごとく流通しているのがこの『黒く、暗い、裏側の、底辺の、反社会的な世界』だ。
 百遍御託を並べても、『強い奴が強い』。
 これが真理だ。
 那由多不可思議の兵隊が押し寄せても、1発の銃弾で、阿頼耶阿摩羅の確率に命を賭けて勝利すれば、それが全てだ。
 ……これらを踏まえて。
 全てを理解しているはずの光江は、理不尽な依頼を断り切れなかった自身の無力を恨んでいる。
 光江は『この場だけは折れてあげた』と言わんばかりに、リビングのテーブルの上でノートPCのディスプレイを百飛木に向けた。
 フォスベリー・オートマチック・リボルバーのクリーニングを終えた百飛木はメンテナンスキットを丁寧にボール紙の箱に仕舞ってから、そのディスプレイに歩み寄る。
 右手には実包が装填されていないフォスベリー・オートマチック・リボルバー。
 左手にカーボン社製ファクトリーロードの38spl+が50発、詰まったブリスターパック。
 弾頭は一般的なセミジャケッテッドポイント。デュポンのMMT-2000系推進薬をベースに用いるライトハンティング用の実包だ。
 6インチ以上の銃身で用いることを前提に開発された強装弾だが、百飛木の知る限り、弾薬の好き嫌いが激しいフォスベリー・オートマチック・リボルバーのリコイルアクションを確実におこなうためには、これくらいの初活力は必要だ。
 具体的な数値は8.1gの弾頭を毎秒350m、初活力580Jで弾き出す。低スペックな357マグナム並みの数値だが、38spl+Pではエネルギーが高い。
 実際に使用した結果、スライドレールに歪みが生じてオーバーホールに出さなくてはならなくなった。
 入手ルートの都合上、毎回、定まったブランドの実包が確実に手に入るわけではないので、贔屓にしている輸入代行業者にはこのラインの数値で安定している実包なら、出来る限り情報が欲しいと打診している。
 何かと小癪な公安が、いつ、密輸ルートを摘発するか知れたものではない。
 あまりにも足元を見られ過ぎているので、空薬莢を集めて、自分で調整した手詰め装弾を作ろうかと思案しているくらいに財政は逼迫している。
 光江の会計能力が無ければ、とっくの昔に財政事情は破綻を来たし、博打に出るだけの弾薬も買えずに撃ち殺されている。
 必要経費は勿論前払いだが、実の所、生活に必要な雑費や雑貨で消えている。
 依頼主の心理として、報酬の前金や前払いより必要経費以外、全額後払いを採用している事業者の方が声を掛けやすい。
 いかにも事業者の腕前が一端であるという錯覚を起こすのだ。
 実際に名前の通った、荒事をビジネスにする事務所は一括後払い方式を採用している場合が多い。確実な仕事振りをアピールする宣伝材料としてこの方式を採用しているのだ。
 百飛木が一匹狼時分に持ち前の管理能力のなさを発揮したために、今は台所事情はマシになったとはいえ苦しい。揶揄抜きで飢え死にする事態に陥ったこともあった。
 そこへ光江という有能な相棒兼パートナーが現れて、序々に資金を運転させて挽回しつつある。
 正直なところ、光江の出会いと、自分たちに塒を与えてくれた権力者がいなければ、何もできないところか、何ができるのかも解らないところだ。辺りには空気を吸う感覚で銃弾を撒き散らす連中や、空き缶でも狙い撃つ気軽さで600m先の疾走する人間の頭を撃ち抜く奴もいる。
 そうなれば、単純に事務所の回転効率を上げて地道に残高を上げ、小さくとも確実な仕事を多数、こなさなければならない。
 そうして、弾薬の代金や独自の情報代、セーフハウスなどの撤退時の維持、蓄えにも報酬をさかねばならない。
 派手に、大きな一つの仕事を全力で遂行するより、8割の力で平凡な仕事を3件ほど度こなした方が効率が良い。
「うーむ……『他社』の連中とも連携するのか……」
「そりゃー、殴り込みなんだから、一人じゃ効率が悪いでしょ?」
「『力関係』的に指揮権が『他社』に持っていかれるのは仕方がないな……」
 光江が今回の仕事で危惧している最大の要点はそこだ。
「そう。『他の事務所』の方が有利なの……こんなときは決まって先頭に立たされるんだから」
 組織が雇ったのは百飛木の事務所――引いては百飛木一人の戦力――だけではない。他の同業者の傘下に一時的に収まって、その指揮の下、カチコミを決行する。
 そうなれば事業主として格下ほど、前衛という名の弾避けに立たされる。統計的に見ても『一番乗りの鉄砲玉』の死亡率は高い。
 嘗て、カチコミがヤクザ同士の『普通の殴り込み』だった時代。
 先頭を任されたヤクザは麻薬を打って恐怖を掻き消して鉄火場に臨んだ。
 現在では三下を使って構成員の数を減らすカチコミより金でプロを雇って効率良く敵戦力を削いだ方が、人員面でも財政面でも負担が少ないのでしばしば、カチコミの依頼が舞い込む。
 弱小ヤクザが標的なら一撃必殺、一発必中を心掛けていれば百飛木一人の戦闘力で壊滅に近いダメージを与えられたが、今回は中堅組織の前線司令部に例えられる強固な現場だった。
 難戦必至の状態で自由の利かないポジションを割り振りされるのは目に見えている。
「……ま、いいさ。依頼の内容からすれば矢面に立つ奴ほど、報酬も良いらしい。一稼ぎして、温泉旅館で腰でも伸ばそう」
「……もうっ」
 光江は、楽観しているのか腕に自信があるのか、はたまたドンパチが好きなのかやせ我慢なのか、表情では解らないパートナーの横顔をみて軽く頭を抱えた。


 只今なら体重二割り増し。
 そんなキャッチフレーズが百飛木の脳裏を横切る。
 6階建てのテナントビルの2、3階フロアを完全制圧が『大勝利』の条件だ。
 3階フロア突入組に編入された百飛木は、レンタルした45口径のイングラムM10だ。
 今時、45口径のイングラムとは……否、今回では45口径は実に有り難い話だ、と頭を切り替える。
 予めバラしてボルトを確認した。
 イングラムにはクローズボルトとオープンボルトの2種類が存在する。 刻印を見た限りでは生半可な知識では判別が付かない。
 一度バラしてボルトの構造を確認するのが手っ取り早い。
 中古ながら、サプレッサーも付属している。近距離で45口径を毎分900発以上の速度でばら撒けるのは心強い。
 愛用のフォスベリー・オートマチック・リボルバーはショルダーホルスターに収めて、イングラムM10の予備弾倉のポーチを腹巻の様に巻いて吶喊した。BDUをまとっての仕事も雰囲気が出てたまにはいいものだ。
 ……たまには、だ。
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